【短編版】え、宮廷結界師として国を守ってきたのにお払い箱ですか!? 結界が破られて国が崩壊しそうだから戻って来いと言われても『今さらもう遅い』エルフの王女様に溺愛されながらのスローライフが最高に楽しい
流行りに便乗して宮廷追放もの書いてみました!
※ 連載はじめました、よろしければ是非!
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ある日のこと。
国のお抱え結界師として働く俺――リットは、国王に呼び出され謁見の間をおとずれていた。
「聞こえないのか?
貴様はクビだと言ったのだよ」
「はあ、クビですか」
国王じきじきに告げられたクビ宣告。
ようやく長年の役割から解放されるのか、と俺はなんの感慨もなくそう答えた。
結界師とは、国を守護するための結界を維持する職人のことだ。モンスターの侵入を防ぐ国の守りのかなめとも言える重要な役割である。しかしこの国の王族は、結界のありがたみをすっかり忘れ去ってしまったのだろう。
この国での結界師への待遇は、すこぶる悪かった。
「ま、まさか師匠をクビにするなんて!?
師匠ほどの腕を持つ結界師の代わりなんて、世界中を探してもいませんよ!」
そう言うのは俺の弟子のアリーシャ。ショートボブの青髪が特徴的な、可愛らしい少女だ。
はるばる隣国から俺の腕前を聞きつけて弟子入りを志願した――少々パワフルな少女だ。このまま俺のもとで腕を磨けば、将来的には凄腕の結界師に成長することだろう。
「ものわかりが悪いわね。
『結界師』なんて職業自体が、もはや不要だと言ってるのよ!」
国王の隣でふんぞりかえる王女様が、そんな答えをよこした。
(な、なにを言ってるんだこいつ。
国を滅ぼすつもりか?)
勝ち誇ったように笑う王女の名はエリーゼ。燃えるような赤髪のツインテールをかきあげ、自信満々の様子だった。結界師を不要と言い切る豪胆さには、いっそ敬意を表したい。それとも無知なだけか?
「結界師が不要だと言い切ったな。
この国の戦力だけで、襲い来るモンスターすべてに対処するという自信のあらわれか?」
「ふん、これから国を出るあなたに心配してもらう必要はない。
結界師なんてうさんくさい人に、力を借りる必要はないと判断したまでよ」
どうやらクビ宣告は、エリーゼが国王に意見して実現されたらしい。
ふむ、エリーゼには何かにつけて目の敵にされていたからな。このアホは、結界の薄い危険な場所であっても、ホイホイと入り込む。何度も引き止めてきたが、それで不興をかってしまったのだろうか。
まあどうでも良いことだな。
「結界師がうさんくさいとは、何たる侮辱ですか!」
いきどおるアリーシャ。
「……やれやれ、
ここにいる奴らも、みな同じ判断なのか?」
あたりを見渡すも、誰もエリーゼの発言に異を唱えない。
(呆れて言葉も出ないな。
これでお偉いさんが集まってるんだから、世も末だな……)
一方の俺は冷静だった。説得する時間も馬鹿らしいしな。
一方の俺は冷静だった。説得する時間も馬鹿らしいしな。
一度張った結界が、何もしないでずっと効果を発揮するとでも思っているのだろうか? 結界のメンテナンスの大切さについては、常日頃から教えてきたつもりだったんだがな。伝わってないのでは、俺の教え方もまだまだということか。
「考え直した方がよいと思うぞ。
結界もなしで、どうやってこの国を守っていくつもりだ?」
俺の問いに答えたのは、エリーゼではなく隣にいた宰相であった。
肥え太った体をたぷんたぷんと揺らしながら、クビ宣告されて焦る(ように見える)俺を見て、楽しそうに笑っている。
「聞いて驚け、この詐欺師が。
エリーゼ様が、ついに聖女の力に目覚めたのだ!」
エリーゼが得意そうに胸を張った。
(……で?)
ポカンとした。それとこの茶番に、いったいなんの関係があるというんだ?
「聖女の力だと?」
「そうよ。残念だったわね。
聖女が見つかった今、結界師なんてお祓い箱。ただ飯ぐらいのイカサマ師。
あなたは追放よ、追放! ざまあないわね!」
聖女の力に目覚めたらしいエリーゼは、俺を指差し楽しそうにそう言った。
(聖女の力と結界師に――いったいなんの因果関係があるんだ?)
そりゃ、聖女はたしかに強力な光魔法が使えはする。しかし残念ながら、結界術には何の役にも立たないだろう。根本的に役割がまったく違うのだ。
そんなことも知らず、エリーゼは高笑いしていた――人生楽しそうでなによりだ。
「俺を追放して、本当に国は大丈夫なのか?
結界のあちこちに綻びが出ている。一か月も保たないぞ?」
「不安を煽るのは詐欺師の常套句ね、お決まりのやつ!」
いや、事実を言ってるだけなんだが……。
「師匠、こいつらに何を言っても無駄ですよ……」
呆れた声でアリーシャが言う。同感だな。
「聖女様が『結界師など不要だ!』と言い切ったのだ。
最後ぐらい罪を認めて、おとなしく追放されたらどうかね?」
そんな言葉を吐いたのは宰相だ。
(……罪って何だ?)
心当たりが全くない。
あまりの言いがかりに、怒りを通り越して笑ってしまう。
歴史を学べば、結界師を失った国がどうなるか分かるはずだがな。この様子では誰も知らないのか? まあ俺も、ここまで言われて面倒を見るほどお人よしではない。
「そうか、契約はそちらの都合で破棄するんだな。
俺はもう、国を出て自由にして良いんだな?」
「イニシエの時代の契約なぞ破棄してくれる。この国に貴様の居場所はない。
これからは物乞いでもして、みっともなく生きていくのだな」
ふむ、国王からお墨付きまでいただけた。
結界師の先祖様が国と結んだ専属契約には、嫌気がさしていたからな。もとより契約魔法に縛られて、仕方なく国の面倒を見ていただけ。この国にはすでに未練もない。
「さて、これからどこへ向かうか……」
俺のつぶやきを、職を失い行き場所に困った哀れな弱者のつぶやきだと思ったのだろう。
エリーゼがニヤリと底意地悪くわらった……が、もちろんそんなことはない。
奴らは知らないのだ。世界中にモンスターがあふれかえったこの世界で、フリーの結界師がどれほど貴重かを。
「師匠、当然わたしも付いていきます」
「一人前に育て上げると――約束したからな。同行を許可しよう」
やたらと気合の入ったアリーシャに気圧されて、俺は思わずそう答えた。
「ま、待て! 国から出ていくのは、そこの詐欺師だけで十分だ。
アリーシャには、是非とも我が国にとどまってもらいたい。もちろん別の職への斡旋も――」
アリーシャは非常に優秀な人間だ。
気配りができて、教えられたことを貪欲に吸収する素直さ。俺の目から見ても、優秀さは明らかだった――だからこそ国王はアリーシャを引き止めたのだろうが、
「お断りです。
私が信頼するのは、あとにも先にも師匠――リット様だけです」
まるで取り付く島もない。
「師匠のような凄腕の結界師は、世界中を探しても見つかりません。
フリーになったと知れたなら、下手すると争奪戦が起こりますよ? 人間に限らず『エルフ』や『ドワーフ』からも、招待状が届いてるんです」
「ば、バカな。君は騙されているのだよ。
エルフやドワーフの技術レベルがあれば、こんな詐欺師に頼る必要もないだろう?」
アリーシャは呆れたように目を細めた。
「基礎研究が進んでいるところほど、より優れた結界師は大切。
その程度は常識だと思っていたのですが……この国では、違うのですね。これほどの方を、みすみす手放すなんて――ここまで愚かだとは思いませんでした」
そう言ってアリーシャは、集まった人々を睥睨する。
アリーシャは随分と俺のことを高く買ってくれている。師匠と慕ってくれているが、実のところ自分の結界師としての腕前は未知数だ。1つの国の結界をひとりで支えてきたのだから、それなりに自信はあるが……あいにく他の結界師を、アリーシャぐらいしか知らないしな。
「アリーシャ、過ぎたことを言っても仕方がないさ。行こう」
「……師匠が、そうおっしゃるなら」
まだ何か言いたげなアリーシャであったが、俺が諌めると渋々といった様子で従う。怒ると辛辣だが、基本的には素直で良い子なのだ。
そうして謁見の間をあとにしようとしたところで――
突如、入り口の扉が開け放たれた。
入口に立っていたのは、この辺では珍しい服装をした3人の少女。
中でも扉を開け放った少女は、尖った耳が特徴的な――
「こ、こんなところにエルフですって!?」
取り乱した様子でエリーゼが叫ぶ。
無理もない。こんなところまで、エルフが出てくるのは珍しいからな。
「のろまの結界師。
エルフといったら国賓級! 万が一にも失礼があったらいけない。すぐにお通しして――」
ぎゃーぎゃーとエリーゼが何かを叫んでいる。エルフの少女は、チラリとエリーゼをいちべつしたが、すぐに興味を失ったように目をそらす。それから、とてとてと俺の方に駆け寄ってくると――
「会いたかったです、旦那さま!」
ガバッと抱きついてきた。
◆◇◆◇◆
「ティファニア様、俺はこの国のいち結界師に過ぎません。
エルフの里の王族が、そんな気軽に抱きついてはいけません」
俺は世迷いごとを言うエルフの少女――ティファニアを、メリメリと引っぺがす。
「でも今日、追放されるのでしょう? おめでとうございます!
旦那さまとは夫婦になるんですから、何も問題ありません!」
この少女はこう見えても、エルフの里を束ねる王のひとり娘。エリーゼもティファニアも黙って立っていれば王族の貫禄があるのに、喋りだすと残念な感じになるのは何故なのか。
「このバカエルフ! その胸の飾りで、リット様を誘惑するのはやめなさいよ。
リット様は、私たち獣人族の集落に住むんだから!」
ぷくっと頬を膨らませたのは、ティファニアと同時に入ってきた獣人族の少女――リーシア。もふもふのしっぽが楽しげに、ふわふわと揺れている。こう見えて廃れかけた一族を救うために日々を全力で生きる努力家だ。無邪気にティファニアと言い争っているところを見ると、そうは見えないけどな。
「ティファニアもリーシアも、そんなに迫ったらリットさんが困っとるで?
リットさんの力はドワーフ族の鍛冶スキルと合わせて、ようやく真の力を発揮するんや。な、リットさん?」
おい、こっちに振るな。
ティファニアたちの目線が、どうにも怖いんだが。
こちらを覗き込んできたのは、ドワーフ族の小柄な少女。名はエマ。背負うのは身長に不釣り合いな巨大なハンマー。鍛冶スキル一本で鍛冶連合のリーダーまで上り詰めた本格派の職人――鍛冶師・エマと言えば、遠く離れたこの地でも知る人ぞ知る有名人だ。
「ごめん。昔、ティファニアと、もしもの時はエルフの里で世話になると約束してしまったからさ。
リーシアもエマも、気持ちは本当にありがたいんだけどさ……」
まさかこんなところまで来るとは、夢にも思っていなかった。いや、わざわざ俺をスカウトに来たと思うのは、いくらなんでも自惚れが過ぎるか。わざわざクビを宣告されそうな日程を調べてまで、乗り込んでくるとも思えない。
「旦那さま! 覚えていて下さったんですね、嬉しいです!」
ティファニアがまた抱きつこうとしてくるので、くるりと回避。アリーシャの視線も怖いしな。
「残念、先を越されちゃったか」
「エルフの里に飽きたら、ウチらはいつでもリットさんを歓迎するで?」
幸いリーシアもエマも、たいして気にしていない様子だった。
ほっとしたが彼女たちの優しさに甘えてはいけないよな。何か依頼されたら積極的に応えていこう。
「エルフの里の王族に、ドワーフ鍛冶連合の代表に、獣人族の族長まで……」
「しかもあれほど親しげな様子で……」
「あのリットとかいう結界師、いったい何者なんだ?」
謁見の間に集められた人々が、にわかに騒ぎ始めた。
「なっ なっ なっ!?」
中でもエリーゼの慌てようは、見ていて可哀想になるほどだった。口をパクパクとさせて俺とティファニアたちとの間で視線を彷徨わせ、やがてはこちらをキッと睨む。
ツカツカと歩み寄ってきて、俺の腕を掴もうとしたところで――
「あなたがエリーゼさんですね。噂はかねがね――」
「はじめまして、ティファニア様。
遠いエルフの里まで、私の名前が知られているのは光栄です」
立ちふさがったのはティファニアだった。
「ええ。あなたのことは、よ~く知っていますよ。
世界の宝とも言える旦那さまを国に閉じ込めて、不当な契約を押し付けてこき使った――悪人としてね」
「なっ、なんですって!?」
何か言いかけたエリーゼだったが、ティファニアの冷たい視線にさらされ、気圧されたように黙り込んでしまう。王族としての格の違い。ティファニアはこの一瞬の間で、わがまま王女を黙らせてみせたのだ。
「聞いてないわよ、この詐欺師!
どういうことなのか、きっちりと説明してもらうわよ!」
ティファニアには敵わないと見て、エリーゼは即座に俺にターゲットを移す。
「師匠に対してなんて口の聞き方を!」
「獣人族はやられたことは忘れない。その侮辱、いつか借りは返す」
「リットさんをバカにするんなら、ウチらも敵に回すことになる。よう覚えとき?」
総スカンを喰ったエリーゼはもはや涙目。そっと国王の後に隠れてしまった。さっきまでの自信満々な態度はどこへいってしまったのか。
この国が結界師を認めないのは、いつものことだ。俺としてはどうでも良かったが、わざわざスカウトにきた人間が貶されているのを、心優しい彼女たちは見ていられなかったのだろう。
(なによ。こいつに、こんなに利用価値があったっていうの?
こいつのレンタルを条件にすれば、エルフやドワーフとの交渉だって……)
黙りこんでいたエリーゼだったが、内心ではそんなことを考えているようだった。相手の真意を見抜く結界――悪人に騙されないようエリーゼを守るためにかけたつもりだったんだが。こうして、彼女の本性を明らかにするとは、なんとも皮肉な話だな。
「詐欺――結界師リット。クビは取り消すわ。
あなたを……あなた様を再び国で雇いたいと考えているのだけど――考え直すつもりはない?」
エリーゼの気色悪い猫なで声。俺に利用価値を見出したのだろう。本心が聞こえてしまった今、一顧だに値しないけどな。あんなのでも騙されるやつはコロリと騙されるのだから世も末だ。
「勝手にクビを宣告して、国を出ていけと言っていたな。物乞いでもして生きろと…そんなことまで言っておいて。
今更それは、ちょっと都合が良すぎるんじゃないか?」
「そ、それは……」
「契約魔法が切れた時点で、俺はこの国の結界師でもなんでもない。もはや赤の他人だ」
「そんなこと言わないで? 私とリットの仲じゃない?」
エリーゼの言葉にムッとした表情を浮かべるのは俺だけではない。普段の俺に対する扱いを見ているアリーシャなどは、あからさまに嫌悪感の混ざった目でエリーゼを睨みつけている。
「俺の力なんてなくても、王女様ならよろしくやっていけるだろうよ?
じゃあな、聖女さま」
(チッ、詐欺師の癖に生意気な。
最後の最後まで、役に立たなかったわね)
殊勝な顔をしつつ、内心ではそんなことを考えていたエリーゼ。元気そうで何よりだ。
ふむ、役立たずか。
そう言われるのも癪だな。最後ぐらいは、何か国のためになることをしてから立ち去るか。
「ティファニア、随分と図々しいお願いなんだけどさ……」
「なんでもおっしゃって下さい。
ほかでもない旦那さまの頼みです。たとえ悪魔に魂を売ってでも、叶えてみせます!」
すごい勢いだな!?
よしっと気合を入れ直すティファニアは、後にいた2人に得意げな顔を向ける。後ろのふたりは悔しそうな表情――何故だろうか。
「身勝手だが、2人にもお願いだ。
エルフの里に世話になると言いながら、こんなことを頼むのは本当に心苦しいんだが……」
俺が頭を下げると、ふたりとも何故かひどく恐縮した様子であたふた。その後、パッと表情を明るくした。一方のティファニアは、むーっと頬を膨らませる。何故だ。
「リット様、どうか頭を上げてください」
「そうやで、遠慮なんかいらへん。
いつも頼ってばかりで心苦しかったんや。ウチらに任しとき!」
なんとも、心強い。
こうもあっさりと受け入れられると、不安になるな。
「俺に力を貸しても、おまえたちには何のメリットもないぞ。ほんとうに良いのか?」
「ときどき様子を見に来て、結界の整備をすると約束してくれた。
それだけで、頼みを聞くには十分だよ」
獣人族のリーシアがそう言えば、
「ウチらの種族は、あんたのおかげで滅びを免れたんや。
それなのに頼みを断るなんて、恥知らずも良いとこや」
ドワーフの少女――エマも、目をキラキラさせてそんなことを言う。
それはあまりに大袈裟だ。片手間でモンスターを倒して結界を見繕っただけなのに。
でも、そういうことなら遠慮なく――
「この国の結界は、じきに破られ――モンスターの群れに襲われることになる。
そうなる前に、この国の国民をそれぞれ受け入れてやって欲しいんだ。バカな王族の判断の巻き添えになるなんて、あんまりだからさ」
もっとも、俺の話を信じた国民は多くはない。詐欺師の言い分なぞ聞く必要がない、とバカにするような声も多かったしな。それでも、俺とアリーシャの言葉を聞いてくれた数少ない者ぐらいは守り抜きたいと思ったのだ。
「ちょっと待ちなさい。
なにウチの国から人を連れて行こうとしてるのよ。聞いてないわよ!?」
「言ってないからな」
復活したエリーゼが、何か言っている。
「いきなり人が流出したら、ウチの国に何か問題があったみたいじゃない。
メンツ丸つぶれよ、断じて許すわけにはいかないわ!」
いやいや、知らんがな。命の方が大事だ。
「より住みやすい場所で暮らすのは、この国で暮らす人間の当然の権利。
この国の法律でも、きっちりと定められているはずだが?」
「うっさい! どうせあんたが騙したんでしょう、復讐のつもり?」
何故、そうなる……。
「師匠、まともに取り合うだけ時間の無駄です。
こんなところには、もう用もありません。すぐに出発しましょう」
たしかに話すだけ不毛だ。それにこれ以上ティファニアたちに、この国の情けないところを見せるわけにもいかないしな。
「待ちなさい! まだ、話は終わってないわよ?」
「俺はしがないフリーの結界師だ。これ以上、王女様の時間を奪うわけにはいかないさ。
――元・お抱えの結界師として、最後の忠告だ。国を滅ぼした愚かな王族として歴史に名を残したくなければ、すぐにでも結界師を雇うことだな」
俺だって国が滅ぶところなんて見たくない。心の底からの忠告だったが、
「ふん、忠告どうも。
この国には、聖女の私がいる。無益なアドバイスね」
エリーゼは鼻を鳴らすだけだった。本当に、後でどうなっても知らないからな?
そうして俺は国を出る。
俺を慕う一番弟子、エルフの王族、獣人族の族長、ドワーフの少女と共に。
国に縛られる窮屈な日々は終わり、輝かしい日々が始まろうとしていた。
◆◇◆◇◆
私――エリーゼは、とてもイライラしていた。思い出すのは、何の感慨もなさそうに国を出ていった生意気な結界師の姿。
「あんの詐欺師が、随分と生意気言ってくれたじゃない。
土下座でもして許しを乞ってきたら、これからも国に置いてやろうと思ってたのに……」
結界が喰い破られて、モンスターが侵入する?
そんなことはここ1000年なかった。これから先もあり得ないだろう。イニシエの時代から続くバカな契約のせいで、ムダ金を結界師に払ってきたのだ。この国は、ようやくその呪縛から解放されたのだ。
「聖女の力に感謝しないとね」
『結界師』に頼る伝統を壊すのは並大抵のことではなかった。国の中から『聖女』が現れ、国が湧いている今こそ、革命を進める絶好の機会だったのだ。
「どんなことをしてでも、王位は私が手に入れるわ」
女である私の王位継承権は低い。
王位を継ぐために、これまでも国を束ねる権力者との繋がりを大切にしてきたつもりだ。でもまだ足りない。他の候補者を押す貴族を黙らせるための、圧倒的な功績が必要なのだ。
分かりやすい功績は何か。
私が、次にやるべきことを考えていると――
「大変です、エリーゼ様!」
突如、ひとりの侍女が駆け込んできた。
考え事をしている時には黙って入るなと、何度も伝えてきたつもりなのだけどね。
「そんなに慌てて、どうしたというのですか?
今どき、その程度のマナーすら習わないですか」
「非常事態です。どうかお許しを」
非常事態とは穏やかではない。
何があったのかと身構えたが、
「モンスターです。
リステン辺境伯の収める領地に、モンスターの群れがあらわれました!」
そんな言葉を聞いて一気に肩の力が抜けた。辺境伯の役割は、結界から漏れてきたモンスターを撃つことだ。たまには働いて貰わなければ困る。
「そんな些事を報告に来たの?
そんなことで、私の大切なティータイムを邪魔したのね?」
目を細めると、侍女はヒイッと悲鳴を上げて逃げ出してしまった。
(ふん。まるで教育がなっていないわね)
また侍女頭を呼んで、教育がどうなってるかを問い詰めないといけないわね。次々と人が辞めていくから、なかなか人が育たなくて大変なのだ。
「あら……? これは何かしら」
私は、侍女が落としていった手紙を拾い上げた。この家紋は――リステン辺境伯のもの?
「ええっと。なになに……。
『結界の穴から多数のモンスターが出現。我が兵だけでの対処は困難。至急、王国騎士団と結界師の増援を求む』……と」
(いたずらかしら?)
真っ先に思ったのはそんなこと。
だって結界に穴が開いて、そこからモンスターのがあらわれたなんてまるで――
「いいえ、そんなはずはないわ。
あいつは詐欺師、あいつは詐欺師。そんなこと起こりうるはずがないのよ」
悪い想像を頭から追い払う。
冷静に思考する。
無視して燃やしたい衝動に駆られたが、もしもこれが真実なら無視するのは非常にまずい。
(あの侍女は、わたしのお付きのものではなかった。だいたい父ではなく、何故ここにに直接届いた?)
(……これは、ずる賢い弟の罠かもしれない)
この事態を有効活用するために、私は思考を巡らせ――エリーゼ近衛隊を動かすことを決意。それは私だけで動かせる唯一の兵力。
国が動く前に私が内々に納めて、自らの功績とする。聖女の力は戦闘にも使える強力なものだ。
「モンスターの群れか。良いタイミングであらわれてくれたわね。
私の踏み台になってもらうわよ」
そう言ってリステン辺境伯の収める地方へと向かったのだが……
「な、なによこれ……」
思わず目を疑った。
モンスターの数は一体や二体ではない。
目立ったのは結界にでかでかと空いた穴。瘴気が流れ出してきており、肉眼でも確認できるどす黒くおぞましい空気があふれ出していた。そこからモンスターが続々と湧き出してきているのだ。
「こ、こんなの聞いてない……」
リステン辺境伯の私兵も、必死になってモンスターを退けようとしていたが、いかんせん数が多すぎた。次々と顕れるモンスターの大群に、力尽きひとり、またひとり、と倒されていく。
それは絶望的な光景。
「ついに王都から救援が届いたぞ~!」
指揮官のもとに、伝令が走った。
歓声が上がる。モンスターが続々と湧き出す絶望的な戦況で、最後の希望だったのだろう。
「結界師様は?」
「もういないわ」
「は? それはどういう……」
開口一番聞かれたのは、例の詐欺師の所在。王女である私がわざわざ駆けつけたのに、なんて失礼なのかしら。
「あいつは詐欺罪で、国外追放されたわ」
「詐欺罪、よりにもよって国外追放だと? わ、わけが分からん。
国の守りのかなめを……我が国は、いったい何を考えているのだ?」
リステン辺境伯の顔には、心底理解できないと書かれていた。待ち望んだ救援が来たはずなのに、その顔に浮かぶのは喜びではなく絶望。
ここの人たちは、どうやらあの詐欺師に騙されているようだ。目を覚まさせないといけない。
「皆のもの、よく戦いました。
聖女である私が来たからには、もう大丈夫です! この程度のモンスター、私の光魔法で一掃して――」
高らかに声を張り上げる。
純白の衣に、見栄えのする錫杖。国の英雄となる聖女の姿はインパクトが重要だ。侵入したモンスターを殲滅した手柄を大々的に宣伝するため、随分とお金をかけた。
それなのに――
「結界師様がいらっしゃらないなら無意味だ。
……王女様を傷つけたとなっては、末代までの恥でございます。さあ、お下がりください」
「な!? 私は聖女よ、戦えるわ!」
まるで取り合ってもらえない。
覚悟を決めたように、リステン辺境伯はモンスターの群れと向き合った。
「結界の手ほどきを受けたものは、どれだけいる?」
「リット様の講座に出ていたのは、私を含めて5人。心もとないが……やるしかない」
私を抜きにして、話がどんどん進んでいく。聖女である私が目の前にいるのに、話題に上がるのはあの詐欺師ばかり。そんなのは許せなかった。
「エリーゼ近衛隊、私に続きなさい!」
「姫、お待ちください!」
止める声など聞こえない。
ここで多大な戦果を上げて、華々しく王都に凱旋する。そんな華々しい未来を疑いもしなかった。そう思っていたのだが――
「ひっ、なによこれ」
モンスターと対峙して気づく。
体中に紅い目を持つ、あまりに禍々しい風貌。ぎろりと見据えられるだけで、体が震えた。聖女としての力を行使する余裕などない。吞気に神に祈りを捧げてなどいられなかった。
思わず後ずさる。
ここは……戦場を知らない人間が、決して挑んではいけない場所だ。
そこからどうやって、今いる安全地帯に戻ったのかは覚えていない。
恥も外聞もなく泣き叫んだ気がする。
「結界師を、詐欺師だなんて罵って追い出しておいて。
それなのに、このざまか」
そんな、声なき声が聞こえてくるようだ。
聖女の力があれば国は安泰など――どの口が言っていたのか。
「エリーゼ様。結界師リットは、ほんとうにただの詐欺師だったのですよね?」
「結界に空いた穴。湧き出るモンスター……」
「これではまるで――」
私を信じて付いてきた、近衛隊の視線が痛い。
その視線は疑心の色が濃い。
「これはただの事故よ。結界師の追放とは何も関係がない――そう、あるわけがない」
私の言葉には、なんの説得力もなかった。なかば自分自信に言い聞かせるように。胸の奥にずっとある嫌な予感――それに向き合ったら何かが終わってしまう気がしたから。
呆然と見つめる私の前で、リステン辺境伯らがモンスター相手に激戦を繰り広げていた。モンスターの大群をひきつけ、少人数の精鋭が結界に空いた穴に向かって押し寄せる。巧みな連携だった。
リステン辺境伯たちは激戦の末、モンスターを封じ込め、結界を修復してみせた。
(ここまで活躍されては、褒賞を与えないわけにはいかない。私はなんの戦果もあげられてないし――なんの意味もない遠征だったわね)
こんなことを考えていた私は、まだことの重大さを認識できていなかったのだ。
「大儀でした。国に帰ったら父にも――」
「我らはもう、この国を信じられない。
長年、国に忠誠を尽くしてきたリット様を――結界師の一族を裏切るようなことをするなんて」
戻ってきたリステン伯爵は、開口一番そう言った。そして、忠義の証とされた勲章を地面に投げ捨てた。
それは貴族籍を返上するという意思表示。
「な、何をしているのですか?」
「わしらはこの地を捨てて、エルフの里へと向かう。我らが忠誠を捧げるのは、後にも先にもリット様だけだ」
「な、何がのぞみかしら?
金銀財宝、亜人族の奴隷――なんでも用意するわ」
「失望したよ、エリーザ様。我らは……そのようなもので動くと思われていたのだな?
我らは誇りのために戦ってきた、この国に望むことなどもはや何もない」
リステン辺境伯は、まるであらかじめこの状況を予測していたようだった。
決意は固い。取り付く島もなかった。
(なにが、誇りのためよ……)
王国への敬意を欠いた行為。
反逆罪で引っ捕らえようと思えば、連行することはできるかもしれないが……あまり、得策だとは思えなかった。客観的に見て、リステン辺境伯たちは今回の騒動では英雄だ。下手に扱うと、一気に民の心が離れてしまう可能性がある。
(今回のこと、どう説明しよう……)
結界師・リット。ようやく一件落着だと思ったら、今度はこんな問題まで引き起こすなんて。ほんっとに忌々しいやつね。
私は、まだ何も知らなかったのだ。
結界師・リットを追放したことで、すでに王国を見限った者も少なくなかったことを。
結界のほころびは、取り返しがつかないレベルになっていることを。
ほんとうの地獄がここからはじまることを、私はまだ――なにも知らなかったのだ。
◆◇◆◇◆
「はっはっは、アリーシャは面白いことを言うな?
いくらエリーゼ王女がアホだと言っても、まさか聖女の力を過信して、近衛隊だけを連れてモンスターの鎮圧に向かうなんて……そんなバカなことするはずが――」
ないよな、流石にな……?
聖女の力を役に立てたいなら、まずは訓練に打ち込むべきだ。そして、そもそも王女の役割はそこじゃない。築いたコネを使って、一刻もはやく次の結界師を探すべきだ。
エルフの里への移動には、馬車を使うことにした。
一緒に国外に避難する国民の中には、運送屋を営む者がいたのだ。大人数での移動となったが、快く良く受け入れてくれた。
「旦那さまがあれだけ言っても、まるで聞く耳を持たなかったんですよ? 危機感も何もなかったんじゃないですか?」
「師匠の忠告を聞かなかった報いです」
「案外、手柄を立てるちょうどよいチャンス! ……ぐらいにしか、思ってなかったんとちゃう?」
アリーシャとティファニアは、いまだにぷんすかと怒っていた。面と向かってバカにされたときは髄分と腹が立ったもんだが、今となってはすこぶるどうでも良かった。
これから行く場所に、興味が移ろっていたのだ。
「あれがエルフの里か?」
「はい、旦那様!」
ティファニアが、嬉しそうに俺の腕にからみつく。
「さすがは旦那さまです!
一族に伝わる秘術・隠匿結界も、あっさりと見破ってしまったのですね」
秘術だと? バレバレすぎて、ほんとうに隠す気があるか疑ったぞ。
「受け入れ準備のせいで、忙しくてメンテナンスが追いついてないのか? それなら、悪いことをした……。お詫びと言ってはなんだが、結界の修繕は手伝うぞ?」
「秘術は万全の状態なのですが……。
いいえ、なんでもありません! いずれはエルフを束ねる身です。世界一の結界術、近くで見て勉強させてもらいます!」
また大げさなことを。でも、そう言われて悪い気はしない。
ティファニアは、俺に気を遣わせないようにそんな言い方をしてみせたのだろう。どこかのアホ王女に爪の垢を煎じて飲ませたい。
「ティファニア! 離れてください、師匠のことは渡しませんよ!?」
「いやです! あなたこそ、ずっと旦那様を独占してきたじゃないですか。
夫婦が腕を組んで、なにが悪いっていうんですか!」
ぷくっ~っと膨れるティファニアは、見た目も相まって幼い少女にしか見えない。エルフの中では最年少に近くても、俺よりは年上なんだよな……。
「ふっ、夫婦!?」
「そうです! 私と旦那様は、将来を誓いあった仲なんですよ!」
まったくもって記憶にないんだが?
ドヤ顔のティファニアに対抗するように、アリーシャは無言で俺の腕を引っ張る。ティファニアがひっついていない方の腕を。
対抗するように、ティファニアも俺の腕を全力で引っ張り――
なんだなんだ、なにが起きてるんだ?
目を白黒させる俺に、
「リット様、たまには私たちの村にも様子を見に来てくださいね?」
「ウチはまだ、あんたのこと諦めたわけやないからな!」
リーシアたちが、ぶんぶんと腕を振りながらそんなことを言った。そんなに念押ししないでも、ちゃんと結界を点検するために定期的に向かうつもりだ。安心してほしい。
そんなことを考える俺を見て、ティファニアがべーっと舌を出した。
そんな他愛のない話を続けて――ついにエルフの里に到着する。
「旦那さま。ようこそ、エルフの里へ!」
とてとてと走って行ったティファニアは、ぱっと振り返り天真爛漫な笑みを浮かべる。あまりの無邪気さに、思わずこちらまで釣られて笑顔になってしまう笑み――思わず見惚れてしまった。
ツンツンと面白くなさそうなアリーシャに脇をつつかれ、ようやく我に返る。
「ティファニア、これからよろしくな」
「はい。ふつつかものですが、よろしくお願いします!」
ティファニアはペコリと頭を下げた。
これからはじまるエルフの里での日々を祝福するように、太陽がさんさんと降り注いでいた。
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