第32話
「ほら、ブロッコリーも食べて。トマトだけじゃなくて」
「イヤッ!」
愛理沙の言葉に弓理はイヤイヤと首を振る。
その横では愛弥がパクパクとリンゴを食べていた。
デザートを食べたかったら、一口でもいいので野菜を食べる。
と、一応のルールになっている。
「ほら、見て。弓沙は食べてるわよ?」
愛理沙はそう言って弓沙の方を見た。
彼女は離乳食を食べている最中だった。
手には自分用のスプーンを持って、ぐちゃぐちゃと中身を掻き回している。
一方で弓沙を膝の上に抱えている由弦も、幼児用のスプーンを持っていた。
「弓沙、あーんして」
「あーん」
由弦が声を掛けると、弓沙は大きく口を開けた。
由弦は弓沙の口に、柔らかくなるまで煮込まれたブロッコリーを放り込む。
「んー!」
弓沙は両手と両足を嬉しそうにパタパタさせる。
弓沙は好き嫌いがない。
何を食べても嬉しそうにする。
「自分で食べてないじゃん!」
弓理は頬を膨らませた。
弓理の言葉に由弦と愛理沙は思わず苦笑する。
弓沙が自分で食べないのは、まだ上手くスプーンを使えないからだ。
一応訓練のためにスプーンを持たせてはいるが、現に遊んでしまっている。
もっとも、たまに食べる気になって、自分で口に運ぶこともあるが……。
「あーん、したら食べるの?」
愛理沙が半笑いで聞くと、弓理は目を見開いた。
それから恥ずかしそうに、首を小さく縦に振った。
「食べる……」
「はい、あーん」
「あーん」
弓理は目をギュッと瞑りながら、ブロッコリーを口に含み、歯で噛んだ。
何度か噛んでから、飲み込む。
そして最後に水筒の水を飲んだ。
「私、弓沙より偉い?」
「偉い、偉い」
愛理沙は弓理の頭を優しく撫でる。
弓理は満足そうな表情を浮かべてから、愛理沙に問いかける。
「りんご、食べて良い?」
「いいわよ」
弓理は嬉々とした表情で自分の分のリンゴを食べ始めた。
一方、愛弥はそんな愛理沙と弓理のやり取りをじっと見ていた。
「……愛弥も食べさせて欲しい?」
「お代わり!」
愛理沙の問いに対し、愛弥は自分の弁当箱を指さした。
先ほどまで入っていたリンゴはなくなり、空になっている。
食べさせて欲しいわけでもなく、甘えたいわけでもなく、ただお代わりが欲しかっただけのようだった。
色気より食い気だ。
「うーん、お代わり、お代わりかぁ……」
「別にいいんじゃないか? 俺のをやるよ」
「この後、アイスも食べるじゃないですか。ちゃんと晩御飯も入るかどうか……」
「遅らせればいいじゃないか」
由弦の言葉に愛理沙は頷いた。
「そうですね。じゃあ、パパのをあげます。ほら、お礼を言って」
「ありがとう!」
「うん、大きくなったら返してくれ」
愛弥は由弦の弁当箱を開けると、好き勝手におかずやデザートを食べ始めた。
愛弥は好き嫌いせずに何でも食べられるが、しかし好物と好物でないものはある。
普通の子供と同様に肉類や甘い物は好物だし、一方で野菜はさほど好物ではない。
「ちょっとは残しておいてくれよ?」
「うん!」
愛弥はからあげを全部食べ終えてから頷いた。
こうして由弦の弁当箱から野菜以外がなくなった。
この後も、由弦と愛理沙は子供たちと一緒に遊んだ。
特に子供たちに好評だったのは、動物と触れ合えるコーナーだ。
ひよこやウサギ、モルモットなど、家では触れない動物に触ることができ、楽しそうだった。
代わりに全身、毛だらけになったが……。
「寝ちゃいましたね、三人とも」
「助かるよ。……渋滞中、騒がれたら敵わない」
帰りの車中にて。
由弦と愛理沙は声を低めながら話していた。
事故か工事か、渋滞の影響で足止めを食らっている。
渋滞が好きな子供はそう多くない。
静かに寝てくれているのは、由弦と愛理沙にとってはありがたい。
「……夜、寝てくれると良いのですが」
「あー、うん、まあ、それは帰ってから考えよう」
愛理沙の懸念に由弦は苦笑した。
おそらく、家に帰る頃には元気になっているはずだ。
それを考えると気が重い。
「でも、懐かしいですね」
「……なにが?」
「ほら、昔も……初めて行った時、渋滞に嵌ったじゃないですか」
「ああ、そうだね」
今日、来た動物園は二人にとって初めてではない。
実は大学生の頃、ドライブで訪れたことがある。
「子供と来る時の下見……とか言ってたなぁ」
「ふふ、そうですね。……あまり参考にはなりませんでしたけど」
「そうだね。……こんなに大変だとは思ってなかった」
「本当ですよ。特に動物の散歩とか……散々です」
動物園にはヤギやウサギを散歩できるサービスがあった。
今回、それを利用してみたが……
五歳児と三歳児にはまともに散歩できなかった。
愛弥も弓理も途中で飽きてしまい、放り出す始末だ。
「当分、行かなくて良いかな。ここには……」
「そうですね。弓沙がもう少し大きくなってからにしましょう」
「……それはそれで苦労が増えないか?」
「そのころには愛弥と弓理が落ち着いてますよ。……多分」
由弦の問いに愛理沙は目を逸らした。
弓理はともかく、愛弥が落ち着く未来は見えない。
「そう言えば、思い出したけど。あの時さ」
「はい?」
「帰りにホテル、寄ったよね?」
「何を思い出してるんですか」
由弦の言葉に愛理沙は噴き出した。
「いや、楽しかったなって」
「否定はしませんけど……」
「何なら、今度、行こうか?」
「えー、いや、でも子供たちが……」
「父さんたちに預ければ良いじゃないか。一晩くらい、いいだろ」
「う、うーん、そ、そうですね……」
二人がそんな話をしていると……。
「パパとママ、どこに行くの?」
後ろから息子の声がした。
由弦と愛理沙は思わず背筋を伸ばす。
「い、いや、どこにも行かないよ?」
「あなたたちを置いて、行くわけないじゃないですか」
「嘘だ! 今、言ってたもん! ホテルって……ねぇ、どこに行くの? 連れてって!」
「だから行かないって……」
由弦と愛理沙は何とか誤魔化そうとする。
「……ん、もう、着いたの? あと何分?」
「うぇーん!!」
騒ぎのせいか、弓理が起き出し、弓沙が泣き始めた。
どこに行くのかと聞く息子。
いつ着くのかとグズる娘。
そして訳も分からず泣く、末っ子。
帰りの車中は地獄絵図になった。
次話で完結です。
カクヨムで新作『語学留学に来たはずの貴族令嬢、なぜか花嫁修業を始める』の連載を開始しました。
ぜひご一読ください。
https://kakuyomu.jp/works/16818093072947187098




