第14話
放課後。
「じゃあ、帰ろうか。愛理沙」
「はい」
由弦と愛理沙はいつも通り、帰路についた。
そう、いつも通り。
「……」
「……」
「あの、愛理沙」
「……はい?」
由弦は愛理沙に声を掛けると、愛理沙はきょとんとした表情を浮かべた。
堪えきれなくなった由弦は愛理沙に尋ねる。
「その、チョコは?」
「……あ、すみません!」
「……」
「嘘ですよ。ちゃんと覚えてます」
愛理沙はそう言って苦笑した。
「痛まないように家の冷蔵庫で保存してます。だから今は渡せません」
「なるほど。学校が終わった後というのは、そういうことか」
てっきり放課後にもらえると思っていた由弦は、変な勘違いをしていたこと恥じた。
考えてみれば、もし持ってきているのであれば、わざわざ夕方に渡す意味はない。
「もしかして、学校でもらいたかったりしたんですか?」
「いや、うーん、そうだね。……シチュエーション的には学校でもらった方が、ドキドキ感はあったかな?」
愛理沙の問いに対して由弦は正直に答えることにした。
好きな人から、恋人からチョコレートを学校でもらうというのは、男子としてはそれなりに憧れを抱く展開ではある。
「そうでしたか。……では、来年はそうしましょうか?」
愛理沙は顎に手を当てながらそう言った。
一方で由弦は慌てて首を左右に振った。
せっかく作ったチョコレートが痛まないようにという配慮があったのは由弦も理解していた。
「いや、俺も君のチョコレートを万全な状態で食べたい」
由弦がそう言うと愛理沙は困惑した表情を浮かべた。
「……別にそういう意図はないですよ?」
「あ、そうなの?」
味が劣化してしまうため学校に持っていけないとばかり思っていた由弦は拍子抜けした。
学校に持って行っても問題がないなら、来年は持ってきてくれても良いかもしれない。
「では、この辺りで」
「あぁ」
そんな話をしているうちに、駅の近くまでやってきた。
普段はここで「また明日」だ。
「後でそちらに向かいます。……御夕飯もそちらで作りますから。楽しみにしておいてくださいね」
「分かった。事前に買っておく物はあるかな?」
由弦は愛理沙にそう尋ねた。
愛理沙は少し考えてから答えた。
「後でメールします」
「そうか。じゃあ、よろしく」
こうしてその場で由弦は愛理沙と別れた。
それから程なくして由弦の携帯に愛理沙からのメールが届いた。
電車に乗っている最中に打ったのだろう。
家に帰る途中で買ってしまおうと由弦はメールの中身を確認する。
「フランスパン、イチゴ、バナナ、キュウイ、マシュマロ……? おやつじゃないか?」
必要な食材はどれもこれも、夕食というよりは三時のおやつに相応しい物ばかりだった。
そして調理が必要なようにも見えない。
普通にそのまま食べて美味しい食べ物ばかりだ。
しかし今日は夕食を振る舞ってくれると言う愛理沙が、フルーツを皿に持って今日の夕飯はこれだと言うはずがない。
この食材で何かしらの料理を作るつもりなのは確かだ。
そこまで考えた由弦の脳裏に中華鍋でイチゴやバナナを炒める愛理沙の姿が浮かんだ。
「いや……絶対に違う」
由弦は慌てて首を左右に振った。
メールの最後には「何を作るか、もうお分かりですよね?」という文面が記されているが……
由弦にはまるで見当が付かなかった。
「フルーツサンド……とか? それならフランスパンよりも、食パンの方がいいんじゃないか?」
いろいろと疑問を抱いた由弦ではあるが、料理の知識は由弦よりも愛理沙の方が遥かに上だ。
愛理沙が料理に必要な食材と言うからには、必要なのだろう。
由弦は大人しく従うことにした。
食材を買い終え、冷蔵庫にしまってから数十分後。
「お邪魔します」
愛理沙が由弦の家にやってきた。
私服にお洒落で小さな鞄と……リュックサックを背負っていた。
「持つよ、それ」
「ではお願いします」
由弦は愛理沙からリュックサックを受け取る。
リュックサックのサイズは決して大きくはないが、少し重たかった。
食べ物というよりは、機械の重みだ。
「何が入ってるんだ?」
「何って、チョコレートフォンデュを作る器械ですよ」
「チョコレートフォンデュ……? あぁ、チーズフォンデュのチョコレート版みたいなやつか」
由弦はチョコレートフォンデュを食べたことはないが、存在だけは知っていた。
なるほど、確かにバレンタインに相応しい食べ物だろう。
学校に持っていけなかったのも納得だ。
「……何を作ると思っていたんですか? あのラインナップで」
「中華鍋で炒めると思ってた」
「そんなわけないじゃないですか。……普段からそんなの食べてるんですか?」
「さすがに冗談だよ。チョコレートフォンデュは気が付かなかったけど」
そんなやり取りをしながら、二人はリビングへと移動する。
そこで由弦は尋ねる。
「これ、どこに置けばいいかな?」
「そうですね。……とりあえず、貸してください」
由弦は愛理沙の言葉に従い、彼女にリュックサックを手渡した。
すると愛理沙は由弦に背中を向けた。
リュックサックを開き、素早く中から器械を取り出す。
まるで中に何か、見られたくない物が入っているようだった。
「では、早速御夕飯にしましょう。その前に私は……少し着替えてきます」
愛理沙は機械をテーブルに置いてからそう言った。
由弦は思わず首を傾げた。
「……着替える? どうして?」
「チョコレートフォンデュをやりますから。服が汚れると良くないじゃないですか。だから汚れても問題がない恰好になります」
「なるほど?」
ならば最初から汚れても問題ないような恰好になれば良いのではないかと、由弦は思ったが……
汚れても問題ないということは、古着か、部屋着のような服ということ。
女の子としてはそれで外を出歩きたくないのだろう。
と、由弦は強引に自分を納得させた。
「由弦さんも黒い服か……汚れても問題ない服になった方がいいですよ」
「分かった。着替えておくよ」
由弦は愛理沙が脱衣所に消えたのを確認すると、早速汚れが目立ちにくい服に着替えた。
それから余った時間で器械を動かすために、延長コードを引っ張ってきた。
「……お待たせしました」
「いや、俺も今、準備が終わったところで……」
そこまで言いかけたところで由弦は固まった。
大きく目を見開く。
「バ、バレンタインチョコです……お、お召し上がりください」
裸にリボンだけを身に纏った格好で、愛理沙はそう言った。




