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第13話 婚約者とバレンタイン

 二月十四日。

 それは女の子が日頃からお世話になっている男の子へ、チョコレートをプレゼントする日だ。


 当然ながら由弦は愛理沙からのチョコレートを期待していた。

 去年とは異なり、必ずもらえるだろうと思っていた。


 ……そのため、朝からチョコレートの「チ」の字も発しない愛理沙に対して由弦はヤキモキしていた。


「春期講習の件なんですけれども、私もいろいろと調べまして……」


 勉強について、受験について真面目な話をしてくれている愛理沙だが、由弦はそんなことよりもバレンタインのことで頭が一杯だった。


 もしかして、愛理沙は自分のことが嫌いになってしまったのか?

 まさか、そんなことはない。

 今朝もおはようのキスをしたばかりだ。

 嫌いな人とキスをしてくれるはずがない。


 では、怒っているのか?

 しかし今朝の愛理沙は機嫌がとても良いというほどではないが、悪いわけではなさそうだ。


 となると……


「それで由弦さんはどこが……」

「……愛理沙。聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 由弦は愛理沙の言葉を遮るようにそう言った。

 それに対して愛理沙は嫌な顔一つせず、小さく首を傾げた。


「何でしょうか?」

「……今日、何の日か知ってる?」

「……え!?」


 もしかして、バレンタインのことを忘れているのではないか。

 そう思った由弦が愛理沙に尋ねると、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「何か、特別な日でしたっけ?」

「……」

「冗談ですよ。そんな顔をしないでください」


 落ち込んだ表情の由弦に対して愛理沙は笑いながら言った。

 揶揄われていたことに気付いた由弦は思わず眉を上げた。


「やめてくれよ。もらえないと思ったじゃないか」

「そんなにチョコレート、好きですか?」

「いや、好きなのはチョコレートじゃなくて君だけど」


 チョコレートが欲しいのではない。

 愛理沙からのチョコレートが欲しいのだ。

 何なら、愛理沙からもらえるならばチョコレートである必要性は薄かった。


「用意しているので、安心してください。学校が終わった後にあげますよ」

「そ、そう? なら、楽しみにしておくよ」


 愛理沙から忘れられていたわけではないことが分かり、由弦はホッと息をついた。

 



 そんな話をしているうちに、二人は学校に到着した。

 由弦は下駄箱を開けた。


「あっ……」


 由弦は思わず声を漏らした。

 そこには可愛らしいリボンと包装紙で飾り付けられた箱が入っていた。


 由弦が固まっていると、愛理沙は由弦の下駄箱を覗き込んだ。


「どうされましたか? ……貸してください!!」


 愛理沙はハッとした表情を浮かべると、由弦の下駄箱に手を突っ込んだ。

 そして箱を乱暴に取り出す。


「開けますよ?」

「は、はい」


 由弦は頷いた。

 愛理沙は包装紙を破くようにして、箱の中を開ける。

 そこにはチョコレートとメッセージカードが入っていた。


 ――本命だと思った? 残念、義理チョコでした! by AYAKA――


「ふざけないでください!!」


 愛理沙はそう叫ぶと、憤慨した表情を浮かべながら箱ごとチョコレートを由弦に渡した。


「これは食べていいです」

「そ、そうですか」


 愛理沙の剣幕に押されながら、由弦は頷いた。

 それから二人は上靴に履き替え、教室へと向かった。


「由弦さん、机の中、確認させてください」

「好きなだけ、調べてくれ」


 愛理沙は警戒した様子で由弦の机の中を覗き込んだ。

 確認し終えて、顔を上げた愛理沙の表情からは警戒の色は薄くなっていた。


「何もありませんでした」

「それは良かった」


 去年の件から考えても、友人以外からのチョコレートをもらったら、愛理沙の機嫌が悪くなるのは目に見えている。

 愛理沙は怒ると怖いので、チョコレートが入っていなかったのは由弦にとっても幸いだった。


「では、私は亜夜香さんに苦情を言ってきます」

「行ってらっしゃい」


 愛理沙は肩を怒らせながら亜夜香の席へと向かう。

 由弦がその背中を見送っていると……


「いやぁ、モテる男は辛いですね」

「虎の尾を踏むような人、確認するまでもなくいるわけないと思うけれど」


 千春と天香の二人に話しかけられた。

 二人はそれぞれ綺麗に包装された箱を持っていた。


「おはよう、二人とも。えっと、その箱は……」

「お受け取りください。……愛理沙さんには内緒ですよ?」

「内緒にしなくてもいいわよ。義理だから」


 千春と天香はそう言って由弦にチョコレートが入っている箱を手渡した。

 

「ありがとう。大事に食べるよ」


 由弦のお礼を聞いてから、二人は逃げるようにその場から立ち去った。

 ほぼ同時に愛理沙が由弦のところへと戻ってきた。


「由弦さん……あ! 目を離した隙に!!」

「義理だよ、義理。ほら、二人からの……」


 由弦は弁明するように千春と亜夜香を指さした。

 すると二人は自分たちが渡したことを示すように、小さく手を振った。


 愛理沙はホッと息をつく。


「なら、大丈夫です」

「食べてもいい?」

「もらった物を残すのは失礼だと思います。……身元が割れている物なら、変な物が入っていることもないですし、大丈夫でしょう」


 愛理沙はそう言って大きく頷いた。

 それから腕を組み、念を押すように言った。


「でも……食べるのは私のチョコレートを食べた後です。……いいですね?」

「言われなくても。楽しみにしているよ」


 由弦がそう言って微笑むと、愛理沙は僅かに頬を赤らめ、頷いた。


「……はい。期待していてください」



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