第11話
「最初はどうしましょうか?」
「私は温かい物が食べたいなぁ……ほら、あのおでんとか」
「いいですね! そうしましょう」
愛理沙と亜夜香の二人は勝手にそう決めると、スタスタとおでんの屋台へと向かってしまった。
由弦と宗一郎は慌てて二人の後を追う。
「私は大根と卵と昆布と……由弦さんは何が良いですか?」
「え? あぁ、俺は別に……」
朝は食べてきたし。
そんなにお腹は空いてないからいいかな。
と、由弦は言おうとしたが、愛理沙の意図に気付いて口を噤んだ。
「……愛理沙のおすすめでいいよ」
「そうですか? じゃあ……こんにゃくと、しらたきと……あれ、ウィンナーですよね? ……ウィンナーにしましょう」
注文を終えると、愛理沙は箸を使って器用におでんの具材を半分にし始めた。
いろいろな具材を食べたいが、全部は食べ切れないので半分食べて欲しい。
愛理沙の意図はそういうところだったようだ。
「おでんにウィンナーって、イロモノかなと思ったんですけれど……意外と美味しいですね」
「イロモノかな? 割と一般的な気がするけど……ポトフにも入れるし」
「ポトフは洋風じゃないですか。おでんに入れたら、味が変わっちゃうような気がしますが……和風でも意外と合うんだなと」
由弦にとってはおでんにウィンナーが入っているのは、決して珍しいようなものではなかったが、愛理沙にとっては意外な発見だったようだ。
おでんの具材は家庭によって異なる。
そしてコンビニ等で購入しない限りは、外で食べるような機会も少ない。
自分の家のおでんに入っていない具材が奇怪に映るのは、当然と言えば当然だ。
「入れるなら、お出汁は洋風に寄せた方がいいのでしょうか? いや、でもそれだとポトフになっちゃうし……」
「……そんなに一生懸命に考えなくても」
真剣におでんの料理方法に考えを巡らす愛理沙に由弦は苦笑した。
もちろん、愛理沙の料理が美味しくなるのは大歓迎ではあるが、今考えることではない。
「いや、でもこれは重要な問題で……」
「じゃあ、今度、試作品を食べさせてくれ。俺も一緒に作るよ」
「むっ……私としては一番美味しい物を食べて欲しいのですが……」
「俺は愛理沙がどんな風に味を研究しているのかも気になる」
由弦の言葉に愛理沙は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「そうですか? ……由弦さんがそう言うなら。……由弦さんの感想も、大事ですものね」
そんな二人のやり取りを聞いていた亜夜香は、唐突に宗一郎に向き直った。
「はい、宗一郎君。あーん」
「な、何だよ、急に」
「いや、こっちも対抗しようかなって」
「別に張り合う必要性もないだろ」
唐突にイチャイチャし始める二人。
由弦と愛理沙はそれぞれ顔を見合わせる。
「外から見ると、ああ見えるのか……」
「……私たちも気を付けましょう」
二人は今更ながら、そんなことを思った。
「あぁ……温まる……」
「甘くておいしいですねぇ」
甘酒を飲みながら、亜夜香と愛理沙は幸せそうな表情を浮かべた。
すでにおでん、タコ焼きに続けて三軒目の屋台だ。
最初から行きたそうにしていた愛理沙はもちろん、「付き合ってやるか」という態度だった亜夜香も、愛理沙と同じくらい楽しそうに飲み食いしている。
「愛理沙さんって、朝食べてないのか?」
宗一郎は由弦に小声で耳打ちした。
由弦は困惑しながらも首を左右に振る。
「いや、俺と同じくらい食べていた気がするんだが……」
由弦は愛理沙が作ってくれた美味しい雑煮を食べた後ということもあり、それほど食欲はない。
だが愛理沙はそうでもないようだった。
「ちなみに亜夜香ちゃんは?」
「メールでは食べてくるって言ってたけどな。……屋台ではあまり食べないようにするって」
宗一郎も不思議そうに首を傾げた。
彼も由弦と同様に朝食を食べてきているので、あまり食欲はないようだ。
「正直、キツいよな」
「あぁ……もう、苦しくなってきた」
由弦も宗一郎も愛理沙や亜夜香に付き合って、一緒に食べていた。
しかも二人よりも食べた量は多かった。
自分たちは女の子だから、こんなにたくさん食べられないけど、男の子ならこれくらいは食べられるよね?
という感じで、半ば押し付けられていた。
もちろん、それは愛理沙や亜夜香の二人が一方的に悪いというわけではない。
二人とも、ちゃんと由弦と宗一郎が食べられるかを確認してくれている。
そこで見栄を張って「これくらいは余裕」と答えてしまった、由弦と宗一郎が悪いのだ。
「次は何にしようか?」
「私、あの串に刺さったポテトチップスみたいなのが気になります」
「あぁ、トルネードポテトね。いいね」
甘酒を飲みながら、愛理沙と亜夜香は次に食べる物を相談していた。
由弦と宗一郎は顔を見合わせる。
「どうする? 止めるか?」
「……余裕って言ったばっかりで、今更無理と言うのはなぁ」
見栄を張ってしまった手前、ギブアップとは言い出し辛かった。
しかしこれ以上食べるのは由弦も宗一郎も辛い。
「上手い事、説得するかぁ……」
「そうだな。……二人もお腹は膨れているだろうし」
二人は愛理沙と亜夜香が甘酒を飲み終えたところを見計らい、声を掛けた。
「そろそろ解散にしないか?」
由弦は開口一番にそう切り出した。
すると亜夜香は不思議そうな表情を浮かべた。
「急だね。……何か、予定でもあるの?」
亜夜香は愛理沙へと視線を向けながらそう尋ねた。
由弦と愛理沙が正月を一緒に過ごしているのは周知の上だ。
デートの予定があるのかと思ったのだろう。
「いえ、特になかったと思いますが……?」
愛理沙は不思議そうに首を傾げた。
「いや、特に理由はないけどさ。もう、いい時間だし……少し寒いしさ。風邪を引くと良くないし」
由弦が気候を言い訳にすると、二人の顔に納得の色が浮かんだ。
愛理沙も亜夜香も寒さを感じないわけではない。
「じゃあ、最後に温かい物でも食べて終わりにする?」
「そうですね。おしることか、どうですか?」
「いいね。さっき、あっちの方で見かけたし……」
最後に何か食べてから帰る流れになってしまった。
しかし由弦の腹部は限界に近い。
食べられないこともないが、できれば食べたくなかった。
「い、いや、さっき甘酒飲んだばかりだし、おしるこは……」
そう言い出したのは宗一郎だ。
彼もまた由弦と同様に限界に近かった。
しかしそんな宗一郎の表情に何かを察したのか、亜夜香は笑みを浮かべた。
「ははーん、さては限界なんでしょ? 正直に言えばいいのに」
「え? ……そうだったんですか?」
愛理沙もまた驚いたような表情を浮かべた。
由弦と宗一郎は揃って目を逸らした。
「い、いや、別にそういうわけじゃないけどさ?」
「あまり食べ過ぎると、ほら……正月明けがね?」
「正月太りって言うもんな」
由弦と宗一郎の言葉にニヤニヤとした表情を浮かべていた亜夜香の顔が引き攣った。
愛理沙もまた、深刻な表情で自分のお腹を撫でる。
「……まあ、私たちもお腹いっぱいだしね。この辺りにしておこうか」
「無理に付き合っていただくのも、申し訳ないですしね。解散しましょう」
亜夜香と愛理沙の二人はそう言うと、同意するように首を縦に振った。
由弦と宗一郎の二人は思わず胸を撫で下ろすのだった。




