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第7話 婚約者と過ごす新年

 大晦日の夕方。


「海老の背ワタはこの部分に爪楊枝を刺して……こうすると、抜けます。やってみてください」

「ふむ……こ、こうかな?」

「そう。上手です」


 由弦と愛理沙は二人で海老の背ワタを抜いていた。

 厳密に言えば、「年越しそば」に乗せる「海老天」を作るために海老の下処理をしていた。


「そう言えば……彩弓ちゃんですけれど」

「彩弓がどうかしたのか?」

「インフルエンザの予防接種は受けていたんですか?」

「受けていたんじゃないか? うちは毎年、受けてるし……」

「受けてるのに罹っちゃったなら、打ち損じゃないですか」


 由弦の妹、高瀬川彩弓は、現在季節性インフルエンザにより寝込んでいた。

 大晦日であるにも関わらず、由弦が実家に帰らずに愛理沙と過ごしている理由がそれである。

 彩弓が寝込んだため、例年高瀬川家で行われるイベントが全て中止になったのだ。


「……いや、打った分、症状は軽くなっているはずだから。むしろ打って良かったと言える」

「ふーん……」

「納得してなさそうな顔だね……克服したんじゃないのか?」


 由弦がそう尋ねると、愛理沙は首を左右に振った。


「まさか。別に注射くらい、今の私はどうということもないですよ? ただ……気の毒だなと、思っただけです」

「そうか、それは良かった。じゃあ来年も注射、大丈夫だね」


 来年は――試験を受けるのは再来年になるが――由弦も愛理沙も大学受験を控えている。

 今年よりもむしろ、来年の方が重要と言えるだろう。


「え、えぇ……だ、大丈夫ですよ。ただ、その……付き添ってくれますよね? 来年も……」


 愛理沙の言葉に、由弦は以前愛理沙の付き添いで病院に行ったことを思い出した。

 少し……否、とてつもなく恥ずかしかったのを覚えている。

 正直なところ、二度目は嫌だった。


「……もちろん」


 しかし注射を頑張って受けようとしている婚約者に嫌とは言えない。

 由弦は何とか首を縦に振った。


「……今の間は何ですか?」

「他意はないよ」

「そうですか? ……由弦さんが嫌でも、付き添ってもらいますからね? 覚えておいてください」


 どうやら病院での付き添いは由弦の意思とは無関係に強制らしかった。

 とはいえ、条件付きとはいえ愛理沙が自分から注射を打つ覚悟を決めてくれていることは、由弦にとっては喜ばしいことだ。


「分かっているよ。来年は一緒に打ちに行こうか」

「はい、そうしましょう」


 そんな“病院デート?”の約束をしているうちに、海老の下処理が終わった。

 後はその他にも用意された野菜と一緒に、油で揚げるだけだ。


「揚げるのは……不安なので、私がやります。由弦さんはお蕎麦を茹でてください。……できますよね?」

「当たり前じゃないか。茹でるだけだろう?」


 蕎麦を茹でるくらい、何の問題もない。

 素麺やインスタントラーメンを茹でるくらいは、由弦もできるからだ。


「そうですか? ……茹でた後、ちゃんと水で締めてくださいね」

「水で……締める?」

「流水で洗うということです。……できますよね?」

「できるけど……えっと、温かい蕎麦だよね? これから作るのは」


 水で洗ったら冷えてしまう。

 そんなことをせず、蕎麦汁に直接入れた方が良いのではないかと由弦は愛理沙に尋ねた。


「……冷やした方が食感が良くなるんです。覚えておいてください」

「なるほど。けど、冷たい蕎麦を入れたら汁が冷めるんじゃないか? それは……」

「お蕎麦を入れてから、再度加熱します。……指示はその時出すので、とりあえず茹でるところまでやってください」

「わ、分かった……」


 由弦は頷くと、鍋に水を張り、お湯を沸かす。

 そうしている間にも愛理沙はテキパキと天ぷらを揚げていく。


「表示通りでいいんだよね?」


 お湯を沸かしてから、由弦は愛理沙に再度そう尋ねた。

 すると愛理沙は一瞬だけ、視線を由弦の方へと向けた。


「はい。表示通りです。……ちゃんと時間は測ってくださいね?」

「分かってる」


 由弦は携帯を取り出し、タイマーをセットしてから蕎麦を鍋の中に入れた。

 愛理沙に言われるまま、表示通りに茹でる。


「茹で上がったけど……どうすればいい? ザルに入れて洗えばいいのかな?」

「それでもいいですけれど、蕎麦湯が勿体ないので……そうですね。一度ボウルに蕎麦だけ移して、それから台所でザルに移してから、洗ってください」

「分かった」


 由弦は愛理沙に言われるままに蕎麦をお湯から取り出し、ボウルから再度ザルに移して、流水で洗った。

 流水で洗いながら愛理沙に尋ねる。


「どれくらい洗えば良い?」

「熱が無くなるまでです。終わったら、しっかりと水気を切ってください」

「分かった」


 由弦は愛理沙の指示をしっかり守り、水で蕎麦を締める。

 一方で愛理沙は由弦が心配で仕方がないのか、天ぷらを揚げながらも、チラチラと由弦の方へと視線を向けている。


「終わったけど……次はどうする?」

「そうですね。……こっちももう揚げ終わりそうですし、蕎麦汁に入れてしまいましょう。お蕎麦を入れてから、温めてください」


 蕎麦汁は愛理沙が事前に作っており、小さな鍋の中に入っていた。

 由弦は水をしっかりと切り終えた蕎麦をその中に入れて、火にかけて加熱した。


 十分に温まったと判断したところで、火を止める。


「終わったよ」


 由弦がそう言って愛理沙の方を向いた。

 愛理沙はすでに天ぷらを揚げ終えていた。


「こちらも丁度終わりました。器に入れましょう」


 由弦は用意していた器に汁ごと、蕎麦を入れた。

 その中に愛理沙は天ぷらを持って行く。


 そして最後に軽く、小葱を散らして……完成だ。


 二人はリビングまで蕎麦を持って行く。

 そして手を合わせ……


「「いただきます」」


 二人で作った蕎麦を食べ始めた。


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