第4話
「最初はのんびり系のアトラクションにしようか」
遊園地に入場してから由弦は愛理沙にそう提案した。
由弦の言葉に愛理沙はお腹を摩り、苦笑しながら頷いた。
「私もその方が良いと思います」
二人とも、食べ過ぎた朝食を未だに消化しきれていなかった。
この状態で落ちたり回転したりするようなアトラクションに乗る気にはなれなかった。
……食べた物を口から戻すようなことになるのは避けたい。
そういうわけで二人は比較的のんびりとした、雰囲気を楽しめるアトラクションから楽しむことにした。
アトラクションに乗っている時間は精々、五分程度ではあるが、待ち時間を含めれば一回当たり一時間を超える。
一つ、乗り終える頃には苦しいと感じるほどの満腹感からは解放されていた。
「次はどうしましょうか?」
ウキウキとした表情で愛理沙はそう言った。
由弦は少し考えてから、パンフレットを指さす。
「じゃあ、これ行く?」
由弦の言動に愛理沙の表情が強張った。
それは昨日、話題に上ったホラー系のアトラクションだった。
ホラーとしての怖さはもちろん、絶叫系マシンとしての評価も高い。
「そ、そう、ですね……そ、それは……」
「怖いなら、やめておいた方がいいと思うけどね」
昨日の大して怖いとは言えないようなアトラクションにさえ、愛理沙は終始怖がっていたのだ。
それ以上に怖いと評判のこのアトラクションに耐えられるとは思えなかった。
「こ、怖いですけど……でも、乗ってみたいです」
「……昨日よりも数倍、怖いと思うけど。大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよ。き、昨日は夜だったからで……今はまだ、お外も明るいじゃないですか」
「いや、昨日もそこそこ明るかったけどね」
パーク全体はイルミネーションや街頭、アトラクションの光りにより照らされている。
だから夜と言っても、そこそこ明るい。
「大丈夫と言ったら、大丈夫です! ……それとも、由弦さん。怖いんですか?」
「なっ……!」
愛理沙の思わぬ挑発に、由弦は思わず目を見開いた。
絶句する由弦に対し、愛理沙は得意気な表情を浮かべる。
「私は大丈夫って、言ってるのに……反対する理由、それ以外にないですよね?」
愛理沙は得意気な表情でそう言った。
正解でしょ? と、そんな顔だ。
その表情は少し可愛かった。
しかしいくら可愛いと言っても、全く腹が立たないといえばそんなことはない。
「よし、分かった。もう反対はしない。乗ろうじゃないか」
「最初からそう言ってます」
由弦の言葉に愛理沙は満足気な表情を浮かべた。
どうやら、本当に大丈夫だと思っているらしい。
怖がりのくせに、その自信がどこから来るのか由弦は全く分からなかった。
「……怖くても、縋りつかないでくれよ?」
「分かってますよ」
愛理沙は当然だとでも言うように大きく頷いた。
……そして一時間半後。
「ふ、ふぅ……た、大したこと、な、なかった、ですね」
由弦の腕に掴まり、膝を震わせながら愛理沙はそう言った。
最初は完全に腰が抜けて、マシンから立ち上がれなかったほどなので、これでもかなり回復した方だ。
「愛理沙、離れてくれないか? 歩きづらい」
「そ、そんな、い、意地悪言わないでください……」
愛理沙は上目遣いで由弦を見上げながら、腕をギュッと掴み直した。
柔らかい愛理沙の体の感触が伝わってくる。
普段の由弦であれば役得だと、そのままにしているところだが、今回はそういう気分ではなかった。
「縋りつかないって、言ったじゃないか」
「う、うぅ……」
由弦の言葉に愛理沙はゆっくりと手を離す。
が、同時にガクっと体が沈みかけた。
愛理沙は慌てて由弦の腕にしがみ付いた。
「まだ外、明るいけど?」
明るいなら怖くないんじゃないのか?
と由弦は半笑いしながら愛理沙に問いかけた。
愛理沙は気まずそうに顔を背けた。
「そ、その……想定以上だったというか……」
「散々、怖いって前置きはしたはずだけど」
「わ、私が間違ってました……ごめんなさい。これじゃ、ダメですか?」
愛理沙は潤んだ瞳で由弦を見上げた。
これ以上、弄るのは可哀想だと判断した由弦は苦笑しながら頷いた。
「仕方がない」
「……ありがとうございます」
一先ず、愛理沙の足腰が直るまではまともに移動できない。
由弦は近くに合ったベンチに愛理沙を座らせた。
「口から心臓が出るかと思いました……」
ようやく体の震えが直った愛理沙はあらためてそんな感想を口にした。
そんな愛理沙に由弦は問いかける。
「まさかとは思うけど、漏らしてないよね?」
「えっ……? ま、まさか……」
由弦の冗談半分の問いかけに、愛理沙は露骨に目を逸らした。
由弦は思わず真顔になった。
「……嘘だろ?」
「し、してないです! 漏らしては、ないです!」
「……漏らしては?」
愛理沙の言葉に引っ掛かりを覚えた由弦はあらためて問い詰めた。
愛理沙は気まずそうな表情で口を噤む。
由弦はじっと、愛理沙を見つめながら顔を近づけた。
「……冷っとはしました」
由弦の視線に溜まりかねた愛理沙は顔を赤らめ、俯きながらそう言った。
それから慌てた表情で顔を上げ、由弦に詰め寄った。
「本当に漏らしてないですからね?」
「本当ならいいけど……」
「危なかっただけです。漏らしてはないですから!」
「危なかったのも、相当な話だとは思うけど……」
「してないですからね!」
「分かった、分かったよ」
愛理沙の勢いに押される形で由弦は何度も頷いた。
ようやく満足したのか、愛理沙はベンチに座り直す。
「でも、楽しかったです。怖くて今回はあまり集中できませんでしたから。次はしっかりと集中して乗りたいですね。二回目ならそこまで怖くないでしょうし」
「懲りないなぁ……君は」
由弦は思わず呆れ顔を浮かべた。




