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エピローグ

 修学旅行を終えた……ある日のこと。

 由弦と愛理沙は二人で病院に来ていた。


「ほ、本当に……本当に痛くないですか?」

「大丈夫。ここの先生は上手いから」

「……し、信じますからね?」


 そう、二人は注射……インフルエンザ予防接種を受けに来ていた。

 もっとも、由弦はすでに済ませているので、受けるのは愛理沙だけだ。

 由弦は愛理沙の付き添いである。


「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。みんな受けてるんだし」

「そ、そうですか……? それなら……」


 その時だった。


「うぎゃぁぁぁぁぁ!!」


 とてつもない叫び声が診察室から響き渡った。

 愛理沙は小さな悲鳴を上げ、由弦に抱き着く。

 そして恐怖で引き攣った表情で診察室のドアをじっと見つめる。


 ……しばらくすると、号泣する幼児とその母親と思しき女性が出てきた。


「や、やっぱり! 痛いんじゃないですか! ゆ、由弦さん……だ、騙しましたね?」


 酷い! 信じてたのに!

 と、愛理沙はそんな顔を由弦に向けた。


 由弦は思わずため息をつく。


「あの子は幼稚園児……君は高校生だろう?」

「だ、だから……何だというんですか」

「子供というのはちょっとしたことで……転んだくらいでも泣いたりする。でも、君はそうじゃないだろ? 転んだくらいで泣いたりしないだろ?」

「そ、それは……そう、ですけれど……」


 別に大して痛くない。

 あの子は幼稚園児だから、大袈裟は反応を見せているだけだ。

 由弦は愛理沙をそう元気づける。


「ほら、あの子……小学生っぽいけど、泣いてないだろ?」

「……そうですね」

「小学生ですら、大丈夫なんだ。君は高校生だろう? 絶対に大丈夫だよ」

「そ、そうですよね!?」


 由弦の励ましに自信が湧いてきたらしい。

 愛理沙の表情が僅かに明るくなる。


 しかし……


「雪城さん。雪城愛理沙さん」

「ひっ……」


 愛理沙の表情が再び曇る。 

 

「ゆ、由弦さん……」

「うん、大丈夫。……一緒に行くから」


 由弦は愛理沙を元気づけながら、診察室へと入った。




 さて、最初は「どうして関係ない男が一緒に入ってくるんだ?」という表情を浮かべていた医者と看護師だったが……

 緊張でガクガクになっている愛理沙を見て、いろいろと察してくれたらしい。


 追い出されることなく、由弦は愛理沙の側にいることが許された。


「こ、怖い……怖いです、由弦さん……」

「うん、大丈夫。ほら、側にいるから……」


 恐怖で震える愛理沙の手を、由弦はそっと握りしめた。

 由弦の手の温もりに安心したのか、愛理沙の身体に入っていた力が抜けるが……


「はい、雪城さん。じっとしててくださいね……」

「っきゃ!!」


 看護師に腕を掴まれ、愛理沙は悲鳴を上げた。

 再び腕に力が入る。


「ま、まだ……まだですか!!」


 目をギュッと瞑る愛理沙。 

 看護師はそんな愛理沙の腕に消毒液を塗る。


「うぐっ……」


 愛理沙は小さな悲鳴を上げた。

 そして由弦に尋ねる。


「お、終わりました……?」

「落ち着け、愛理沙。今のはただの消毒だ」

「そ、そんな……」


 ガタガタと身体を震わせる愛理沙。

 呆れ顔を浮かる看護師。


 由弦は非常に恥ずかしい気持ちになり……思わず看護師に対して軽く頭を下げてしまった。


「少しチクっとしますよ……」


 ついに愛理沙の腕に注射針が迫る。

 

「うっ……」


 白い肌に針が突き刺さった。


「はい、三、二、一……」


 愛理沙の表情が僅かに歪む。


「くぅ……」


 針が抜ける。

 その瞬間、愛理沙の表情が強張った。

 そして……


「はい、終わりです! よく押さえてくださいね」

「はぁ、はぁ……」


 愛理沙は目を開き、安堵の表情を浮かべた。

 そして僅かに涙を浮かべながら……由弦の方を向きながら言った。


「で、できました! ゆ、由弦さん! わ、私、できました!」

「う、うん……良かったね」


 由弦はとても恥ずかしかった。






「ふぅ……これで私も一つ、大人に近づいたということですかね」

「あぁー、うん、まあ、そうなんじゃないかな」


 由弦の部屋に帰った後。

 ドヤ顔を浮かべる愛理沙に由弦は曖昧な笑みを浮かべた。


 ……ただの注射だろ。

 とは言わない。


 由弦にとっては小さなことでも、愛理沙にとっては非常に大きな一歩だったのだから。

 おそらく、きっと、多分。


「……でも、由弦さん。嘘つきましたよね?」

「……え?」

「……痛かったです」


 愛理沙は不満そうな表情を浮かべた。

 どうやら騙されたと感じているらしい。


「いや、痛くない方だと思うけど……君も耐えられただろ?」

「耐えられましたけど……ちゃんと痛かったです」

「そりゃあ……注射だし、ちょっと痛いくらいは感じるよ」


 身体に針を刺すのだから、無痛というわけにはいかない。

 

「でも……痛かったです!」

「……うん、分かった。俺が悪かった」

「……投げやりですね」

「い、いや、だって……」


 さすがの由弦も、注射程度で拗ねたり、怖がったりする愛理沙の気持ちに共感することはできない。

 できないが……


「うん、でも、偉かったよ。愛理沙」

「……本当にそう思ってますか?」

「うん。……ありがとう、愛理沙。俺に合わせてくれて」


 理解することはできる。

 そしてまた、愛理沙が恐怖を押し殺し、由弦と合わせて注射を打つ決心をしてくれたことは嬉しいことだった。


「べ、別に……由弦さんのためじゃないです。私自身……さすがに高校生にもなって、注射が怖いのは恥ずかしいなと、思っただけです」


 愛理沙は頬を赤らめながらも……プイっと頬を背けた。

 それから由弦に尋ねる。


「その、由弦さん」

「……ご褒美が欲しい?」

「……はい」


 小さく頷く愛理沙を……

 由弦はそっと抱きしめた。


 そして……


「んっ……」

 

 愛理沙の望み通り、深い深い接吻を交わした。

くぅー、疲れましたw

これにて(六章)完結です!

七章始まるまでは少し間が空くと思います。


それまで、こちらの作品(タイトル:「キスなんてできないでしょ?」と挑発する生意気な幼馴染をわからせてやったら、予想以上にデレた~無自覚カップルがおしどり夫婦になるまで~)

https://ncode.syosetu.com/n0604hu/

読みながら待機していただければと思います。

一応、書籍化も決まっている人気作品です。


六巻の方も購入の検討、よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[一言] うーん、健康診断で採血とかするとどうなっちゃうんだろう。 歯医者さんも行けそうもないですねえ/w
[一言] 注射で痛いなら、初めての時や出産は激痛なんじゃ
感想一覧
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