表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

188/252

第18話 


 それは翌日の朝、バスでの移動の最中……


「昨晩の愛理沙さん、凄かったですね」

「……昨晩、ですか?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべた千春に対し、愛理沙は首を傾げた。

 そしてしばらく考えた後……答えた。


「何のことですか?」

「あら、覚えてないの?」


 天香は意外そうな声を上げた。

 愛理沙は大きく頷く。


「……はい。人狼ゲームをしていたことは覚えていますが、それからの記憶が……」

「愛理沙ちゃん、チョコレートで酔っぱらっちゃったんだよ」


 亜夜香はニヤっと笑みを浮かべた。

 愛理沙は大きく目を見開いた。


「へぇ……そうだったんですね。それで……途中で寝てしまったということでしょうか? 気が付くとベッドの中にいたもので……」


「まあ、確かに途中で寝ちゃったけど……」


「それまでが凄かったんですよね」


 「ねぇー」と、亜夜香と千春は顔を見合わせて笑みを浮かべた。

 そんな二人に対し、由弦は思わず眉を顰めた。


「覚えてないんだし、いいだろ。もうその話は……」

「いや、しかし勿体ないだろ」

「あれだけの熱い告白を覚えてないのはな」


 宗一郎と聖はニヤニヤと笑みを浮かべた。

 由弦は思わず頬を赤らめ、顔を背けた。


 昨晩のこと。

 由弦の返答を聞いた愛理沙は安心したのか、酔って眠くなったのか、そもそも疲れていたからか、寝てしまった。

 由弦はそんな彼女を女子部屋まで連れて行き、ベッドの上に寝かせた。


 ……そこまでは良かった。

 しかしその後、男子部屋に戻った後に亜夜香たちに散々に揶揄われる羽目になった。


 趣味の悪いことに亜夜香たちはこっそり聞き耳を立てていたのだ。


「えーっと、由弦さんは……私に何か、言ってくれたんですか?」


 愛理沙はきょとんと首を傾げながら尋ねた。

 由弦は首を大きく左右に振った。


「いや、大したことは言ってない。気にしないでくれ」


 由弦にとって本心ではあったが、同時に恥ずかしい内容でもあった。

 忘れているなら忘れていて欲しいと由弦は思っている。


「私の耳には大したことであったように聞こえたけど……そこそこ重要なこと、言ってたわよね? もう一度、伝えた方がいいんじゃないかしら?」


 ニヤっと天香は笑みを浮かべながら言った。

 完全に揶揄うつもりであることは見え見えだが……しかし同時に正論ではある。

 

 愛理沙が由弦との価値観のズレを不安に思っていたことは間違いないのだ。

 もし由弦の回答を忘れてしまっているのであれば、あらためて伝えなければならない。


「違わないが……その、言い方というものが、あるからね。……愛理沙が忘れているなら、あらためて伝えるとも。もちろん、君たちがいないところで」


 ここで話すつもりはない。

 と、由弦は断言した。


 由弦の回答に天香は「ふーん」とつまらなそうな表情を浮かべた。

 そしてあらためて愛理沙に向き直る。


「愛理沙さんは覚えてないのかしら?」

「覚えてないと言われましても、何のことだか……」

「例えば、高瀬川君にあなたが何を言ったのか、とか」

「……よく覚えてません。私、変なこと言ったんですか?」

「今、一瞬笑ったわね。上手く、誤魔化せたと思ったでしょ?」


 天香の指摘に愛理沙は反射的に自分の口元を抑えた。

 そして抑えてから、ハッとした表情を浮かべる。


「な、何のことだか……」

「間抜けは見つかったわね」

「やめてください! キスを強請った記憶なんか、ありません!」


 愛理沙はきっぱりと、記憶にない、身に覚えがないと否定した。

 しかし……愛理沙以外の面々は揃って呆れ顔を浮かべた。


「……何ですか?」

「……愛理沙。誰も君がキスを強請ったとは、一言も言ってないよ」


 由弦は苦笑しながら指摘してあげた。

 愛理沙の顔が見る見るうちに赤く染まる。


「ははーん、実は覚えてたんだ?」

「忘れたフリをしてなかったことにしようとは……小賢しいですねぇ」


 早速、亜夜香と千春は愛理沙を揶揄い始めた。

 二人に揶揄われた愛理沙は恥ずかしそうに身を縮める。


「や、やめて、ください。あの時は、どうかしてたんです……」


 愛理沙は恥ずかしそうな声で弁明した。

 一方で宗一郎と聖は愉快そうに笑った。


「良かったな、由弦。愛理沙さんはちゃんと覚えてるみたいだぞ」

「あんな告白、忘れられるのはあまりにも悲しいからな。良かった、良かった」

「君たちは……」


 由弦は思わずため息をつき、それから少しだけ笑みを浮かべた。

 恥ずかしい気持ちもあるが、同時に愛理沙が覚えていてくれたことに安堵した。


 ……せっかく恥ずかしい思いを押し殺して本心を打ち明けたのに、それを忘れられるのは、それはそれで悲しいことだからだ。


「覚えてくれていてよかった。てっきり、愛理沙にとって、うっかり忘れてしまう程度のことなのかと思っていたよ」


 吹っ切れた由弦は自分への矛先を逸らすため、愛理沙を揶揄う側に回ることにした。 

 すると愛理沙は翠色の瞳で由弦を睨みつけた。


「ゆ、由弦さんまで……もう、嫌いです」


 そう言って頬を背ける愛理沙に由弦は尋ねる。


「そんな……キスしたら、許してくれる?」

「や、やめてください!」


 愛理沙は顔を真っ赤にして叫んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 記憶があってよかった良かった。 それにしても、あれだけの告白を忘れたフリができるとは、なかなかの役者。
[一言] 末永く爆発してくれたまえw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ