第14話
「そう言えばこの坂で転ぶと、三年以内に死ぬらしいわね」
階段を上っている最中に天香が楽しそうにそんなことを言い始めた。
天香はこの手の呪いやオカルトの話が好きなのだ。
一方でこの手の話題を嫌い者もいる。
「え? な、何ですか、それ……」
愛理沙は顔を青くした。
よっぽど怖いのか、絶対に転ばないとでも言うように由弦の腕にがっしりとしがみ付く。
……逆に由弦の方が転びそうだ。
「うん? 何か、聞いたことあるな、それ。何か、絵本みたいな物で読んだことがあるような……」
聖は不思議そうに首を傾げた。
なるほど、確かに由弦も「三年しか生きられない」というようなフレーズをどこかで聞いたことがある気がした。
それは確か……
「三年峠のことじゃないか?」
宗一郎がそう言うと、聖は「それだ!」と大きな声で言った。
由弦もまた思い出す。
小学生の頃、国語の教科書で読んだ記憶があった。
「……私も知ってます。それのせいで、夜も眠れなくなりました」
「えぇ……」
顔を青くする愛理沙に、由弦は思わず困惑する。
確かに前半部分は怖いと怖い話ではあったが、しかし最終的にはハッピーエンドだったはずだ。
少なくとも夜も眠れなくなるほど、怖い話ではない。
「でも、清水寺の話じゃなかった気がしますが……」
愛理沙の疑問に答えたのは亜夜香だった。
「三年峠は韓国の民話だね。でもまあ、三回何かすると呪われる伝承は、清水寺に限らずどこにでもあるよ。もしかしたら……身近にある坂も、そうだったりするかもね?」
にやにやっと笑みを浮かべながら亜夜香は愛理沙に向かってそう言った。
すると愛理沙はぶるっと身体を震わせ、呟く。
「……今度から坂は避けます」
どうやら愛理沙にとって、「三年峠」はトラウマになるほどの怖い話だったらしい。
(ネットに溢れてる「三回みたら死ぬ絵」みたいなのを見せたら、どうなるんだろうか……)
非常に気になったが、愛理沙は本当に死んでしまいそうなので、悪戯感覚で見せるようなことはやめることにした。
「呪いなんて実在するわけないじゃないですか。実在してたら高瀬川家は滅亡してますよ」
千春は楽しそうにそう言った。
その言葉を聞いた愛理沙は青い顔で由弦を見上げた。
「……昔、高瀬川家は一族郎党呪いをかけられたことがあってね」
「そ、それって……私も対象だったりしますか?」
「さあ……それは掛けた人たちが詳しいんじゃないか?」
由弦はそう言いながら千春を見た。
すると千春は小さく肩を竦めた。
「知りませんよ。掛けたのは私じゃなくて、ご先祖様なんですから。まあでも、順当に考えれば対象じゃないですか」
ニヤニヤっと笑みを浮かべながら、千春は愛理沙に向かってそう言った。
愛理沙は不安そうな表情を浮かべる。
「わ、私……死にたくないですよ? な、何とかなりませんか?」
「私に言われましても……掛けた本人は死んじゃってますし。まあでも、見ての通り由弦さんはピンピンしてますし、高瀬川家も繁栄してますから、効果なんてないですよ」
「結局、呪いなんてのはただの思い込みということだろう。気にするから、調子が悪くなったような気がするんだよ。だから……愛理沙もあまり気にしない方がいい」
由弦と千春の言葉に愛理沙は少し安心したらしい。
ホッとした表情を浮かべるのだった。
清水寺と言えば……
「清水の舞台から飛び降りる」で有名な「清水の舞台」がある。
そしてもう一つ、有名なスポットとしては……
「恋みくじねぇ……当たるの?」
半信半疑、という様子で天香が言った。
清水寺の敷地内にある「地主神社」は縁結びの神様を祀っており、そこで引ける「恋みくじ」が有名だ。
「よく当たると評判……らしいぞ」
携帯を見ながら聖が答えた。
そんな聖に対し、千春は小さく肩を竦めた。
呪いも占いも全部、気のせいです。
とでも言いたそうな表情だ。
実際に口には出さないのは、他所の神社だからだろう。
「俺と愛理沙の場合は引くまでもないね」
「もう、恋人同士、婚約者同士ですものね」
由弦の言葉に愛理沙はニコニコと笑みを浮かべながら答えた。
そんな二人に対し、亜夜香はニヤっと笑みを浮かべた。
「いやぁ……それはどうかな? これからの二人のことが分かるかもしれないよ?」
「最近、くだらない喧嘩をしたばかりだし。引いておいた方がいいんじゃないか?」
由弦と愛理沙は思わずムッとした表情を浮かべた。
まるで二人がまた喧嘩をしてしまうことがあるかのような、そんな言い方だったからだ。
しかし絶対にそんなことはないとまでは言えなかった。
「まあ、おみくじは占いというよりは、神様からのアドバイスのようなものですから。引いてみても損はないんじゃないんですか? ……大抵は当たり障りのない内容ですが」
千春のそんな言葉に……由弦と愛理沙は顔を見合わせ、頷いた。
引いてみるくらいはいいだろう、と。
こうして七人はそれぞれ恋みくじを引いてみた。
その結果は……
「お、吉だな……」
「あら、吉……」
少しだけ弾んだ声を上げたのは聖と天香だった。
大吉ではないにしても、悪くない結果だ。
「おぉ、大吉です! いやぁ、やっぱり日頃の行いがいいからですかねぇ」
一方、一際嬉しそうな声を上げたのは千春だ。
占いや呪いなんか信じない……というスタンスの割には嬉しそうだ。
良い結果だった時だけは信じる方針のようである。
「半吉かぁ……大吉か大凶が良かったなぁ……」
「むむ、小吉……せめて吉以上、凶以下じゃないと、リアクションに困るな」
亜夜香と宗一郎は揃って苦笑いを浮かべた。
二人はおみくじというものをあまり信じていないらしい。
話題の種でしかないのだろう。
そして……
「す、末吉……」
「……私も末吉です」
由弦と愛理沙は表情を引き攣らせた。
お世辞にもあまり良いとは言えない結果だ。
凶ではないため、決して悪いというほどではないのかもしれないが……
「千春さん……末吉って、どれくらいですか?」
心配そうな表情で愛理沙は千春に尋ねた。
千春は愛理沙のおみくじの結果を覗き込みながら答える。
「うーん、今は悪いけど後で良くなるという感じでしょうか? まあ、後で良くなるなら、概ね良いと言っても良いんじゃないですか?」
「そ、そうですか……」
千春に励まされるも、愛理沙は落ち込んだ表情のままだ。
やはり愛理沙はこの手の占いやおみくじの……特に悪い結果については、気にしてしまうタイプなのだろう。
「悪い結果は結んだ方がいいんだっけ?」
「そうですね。というか、由弦さん……そういうの気にされるんですね?」
「え? あぁ……まあ、多少はね?」
意外そうな千春の問いに、由弦は曖昧な笑みを浮かべた。
実際のところ、高瀬川家は信じるか信じないかは別として、願掛けなどはそこそこ重視する。
「もしかして、今は悪いと感じてたりするんですか?」
「え? まさか……」
「そんなわけ、ないじゃないですか」
千春の言葉に由弦と愛理沙は慌てて否定した。
そんな二人の反応に何かを悟ったのか、千春は苦笑いを浮かべた。
「こういうのは誰にでも当てはまるようなことを書いているものですから。気にしない方がいいですよ」
二人は曖昧な笑みを浮かべた。




