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第12話 婚約者と修学旅行


 十一月半ばのある日……


「あ、見てください、由弦さん。富士山が見えましたよ」


 新幹線の小さな窓に映る、青と白の山を指さしながら愛理沙は嬉しそうに言った。

 由弦も大きく頷く。


「そうかぁ……もう、富士山が見えるところまで……到着まであと、どれくらい?」


 由弦の口から思わずため息が漏れた。

 目的地――京都・奈良――までの道程の、三分の一程度をようやく進んだくらいか。


 これから富士山が見えなくなるまで進まなければならない。


「うーん……あと一時間くらいですね。……というか、由弦さんも持ってますよね? しおり」


 修学旅行の旅のしおりを読みながら、愛理沙はそう言った。

 由弦は小さく肩を竦め、小さく笑った。


「っふ……人生ってのは、予定通り行かないのが常々だからね。俺はそんなものは……」

「面倒くさいからあまり読んでないということですか」

「要するにそういうこと」


 由弦の答えに愛理沙は呆れ顔を浮かべた。


 そう、本日、由弦と愛理沙を含めた、二年生たちは修学旅行へと出かけていた。

 期間は三泊四日、目的地は王道の京都・奈良だ。


「楽しみじゃないんですか?」


 愛理沙は不思議そうな表情でそう言った。

 どうやら愛理沙は楽しみで仕方がなく、しおりを何度も読み込んできたらしい。


 早朝、少し眠そうにしていたのが印象的だった。

 もっとも、今は興奮からか眠気は感じていなさそうではあるが……


(……後で眠くならなければいいが)


 由弦の肩に頭を乗せて眠る……

 そんな愛理沙の姿を幻視した。


「まさか! 君と一緒の旅行だからね。楽しみじゃないはずないじゃないか」


 由弦はそう言いながら愛理沙の髪を軽く撫でた。

 愛理沙は心地よさそうに目を細める。


「そうですか? それなら良かったですけれど」


 愛理沙は深く追求することなく笑みを浮かべた。

 やはり機嫌が良さそうだ。


(……別に楽しみじゃないというわけではないんだけれど)


 かといって、愛理沙ほど楽しみにしている、ワクワクしているというほどではない。

 というのが由弦の本音だ。

 実は京都・奈良は家族で何度も訪れたことがある。


 同じところを何度も見て楽しめるほど、由弦は歴史好きではない。

 

 だから愛理沙と、そして友人たちとの旅行という意味ではそれなりに楽しみではあるが……

 京都、奈良かぁ……という気持ちはある。


 もっとも、それを楽しみにしている愛理沙に告げてもあまり意味はない。

 世の中には言わなくても良い本音、言わない方が良い本音があるのだ。

「いやぁ、そこまで楽しみにしてくださるとは。地元の人間としては嬉しい限りです」


 ニコニコと笑みを浮かべながらそう言ったのは、愛理沙の前の席――座席を回転させているため、正面とも言える――に座っている少女。

 上西千春だった。

 そう、彼女の実家は京都にある。

 ……彼女にとっては実質、里帰りだ。


 果たして楽しめるのか、やや疑問だ。


「そう言えば千春さんと天香のご実家って、京都ですよね?」

「ええ、まあ……えっと、寄りたかったりします? 私としては、ただでさえ薄い修学旅行気分をより薄めたくはないのですが……」


 やはり千春としては、修学旅行先が京都・奈良なのはあまり嬉しいことではないらしい。

 そして千春の隣に座る少女、凪梨天香もまた首を大きく縦に振る。


「……私も、その、実家に招待するというのは、いや、別にダメというわけではないけれど」


 凄く嫌そうな表情で天香はそう言った。

 愛理沙は慌てた様子で首を左右に振る。


「い、いや、別に寄りたいというわけではないです。いえ、寄りたくないと言えば語弊がありますが……」


 今度、また別の機会にお願いします。

 と、愛理沙が言うと千春と天香は大きく頷いた。


 二人とも修学旅行でなければ問題ないようだ。


「どうせ行くなら、遊園地がいいですよ、遊園地。……せっかくですし、大阪まで行きませんか?」


 ニヤニヤと千春は笑みを浮かべながらそんなことを言い出した。

 愛理沙は呆れた表情を浮かべる。


「ダメに決まってるじゃないですか。関係ないところに行っちゃ……」

「大丈夫ですよ。自由行動ですし、先生たちだって常に見張ってられるわけじゃないですし……」


 どうやら千春は冗談ではなく、本気で行きたいらしい。

 確かに彼女にしてみれば、地元で観光するよりは遊園地で遊びたいのだろう。


 しかしそんな千春に愛理沙は苦言を口にする。


「お気持ちは分かりますが……レポート課題はどうするんですか?」


 由弦たちの高校の修学旅行は原則自由行動だ。

 しかし授業の一環である以上、遊び惚けたり、観光に興じ続けて良いわけではない。


 事前に京都や奈良に関連する研究テーマを設定し、それを調べなければいけないのだ。

 そこから外れてはいけないし、後でレポートの提出も義務付けられている。


「え!? 愛理沙さん、真面目に調査をするつもりなんですか!? 修学旅行なのに……」

「修学旅行ですよ? その辺りは最低限、ちゃんとしないと……」


 二人は驚いた表情を浮かべ……

 それから同意を求めるように周囲の面々の顔を見渡した。


「俺は好きに観光して、後からこじつけるつもりでいる」


 そう答えたのは通路を挟んで反対側の座席に座っている少年、佐竹宗一郎だ。

 そしてそれに同意するように頷くのは……宗一郎の隣に座る少女、橘亜夜香。


「私も……宗一郎君のを後で見せてもらって、パクるつもりでいる!」


 何故か自慢気に胸を張る亜夜香に苦笑しながらも……

 由弦も続けて答えた。


「俺は……わざわざ外で調べなくとも、本とネットで分かることをテーマにして、事前に作っておいた。……修学旅行中に課題レポートが脳裏にチラつくのは嫌だからね」


 由弦、宗一郎、亜夜香は千春派だった。

 我が意を得たりと千春は得意気な表情を浮かべる。


「私も由弦さんと同様に事前に作ってあります。修学旅行は遊び倒すつもりです」

 

 せっかくの修学旅行です。

 勉強のことなんか考えず、遊ぶのが“普通”です。

 と、千春は堂々と主張したが……


「俺はそれなりに真面目にやるぞ……上手い嘘を作る自信がないからな」

「私も最低限、体裁は整えるわ」


 聖と……そしてその隣、丁度千春と聖の間に座っている少女、凪梨天香は愛理沙の意見に賛同を示した。

 味方がいることに愛理沙はホッと息をつく。


 しかし千春は得意気な表情を浮かべたままだ。


「多数派は私ですね」

「むむ……」


 勝ち誇った表情の千春に対し、愛理沙は少し悔しそうな表情を浮かべた。

 それから由弦に向き直った。


「由弦さん! 私の婚約者なら私の意見に賛成してくださいよ!!」

「い、いや、それとこれとは話が別というか……」


 愛理沙の味方をしてやれないことに申し訳ないと思いつつも、由弦は考えを改めるつもりはなかった。

 ……課題レポートのことを考えながら修学旅行に参加したくないからだ。


「むむ……まあ、皆さんの課題ですから、そこはご自由だとは思いますが……しかし大阪は説明のしようがないかと……」


 あくまで「京都・奈良について調べましょう」という課題なのだ。

 もし教師に見つかり、どうして大阪にまで行ったのかと問われた時の説明ができない。


「大丈夫ですって、バレなければ……」


 千春はニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。

 これには愛理沙は困惑の表情を浮かべる。


「そ、それは……い、いや、でも……」

「ほら、由弦さん。……婚約者として、言ってあげてくださいよ」


 由弦は“仲間”として認識されているようだった。

 確かに由弦は千春と似た意見を持ってはいるが……


「さすがに大阪まではなぁ……教師も駅で張ってるんじゃないか?」


 大阪まで遊びに行こうという千春の案には賛同しにくい。

 由弦は“婚約者”として愛理沙の味方をすることにした。


 これには愛理沙も満面の笑みを浮かべる。

 一方で千春は……


「むむ……まあ、いいでしょう」


 あっさりと引き下がった。

 さすがにルール違反は良くないと考え直した……

 というよりは、愛理沙や聖、天香たちに配慮したのだろう。


 三人は真面目に課外調査をするつもりなのだから、大阪で遊ぶわけにはいかないのだ。


「なら、全力で観光を楽しむことにしましょう。案内は任せてください!」


 そう言いながら千春は大きく胸を張った。

 何だかんだで、友人と一緒に旅行をすることそのものは楽しみのようだった。





「……しかし、面白いな」

「何が面白いの? 聖君」

「いや……価値観や考え方の違いが色濃く出たなと。特に課題に関しては真っ二つに……」

「あぁ……確かに。育った環境の違いなのかしらねぇ……」


 天香と聖は小声でそんなことを話すのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 育った環境がどう影響したのか… というのは興味深い話。 まあなんというか、結局は本人が真面目か真面目じゃないか、というところに帰結する気はするのだけれど。
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