表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

179/252

第9話

「あ、愛理沙……!? これは一体……」

「どうぞ、お上がりください」


 ニコっと愛理沙は笑みを浮かべて言った。

 普段の笑顔とは少し異なる……アルバイトで鍛えた、接客風の笑顔だった。


 仕事中では何度も見たことのある“笑顔”ではあったが、由弦自身に向けられたのはこれが初めてだ。


(か、可愛い……)


 そのあまりの破壊力に由弦は頭がくらくらするのを感じた。

 由弦は愛理沙の自然な笑顔が好きだが、しかしこういう作り笑顔も……悪くない。


「お召し物をお預かりしますね」

「あ、あぁ……うん」


 気が付くと由弦は愛理沙にコートと学ランを脱がされていた。

 愛理沙はそれを丁寧に畳むと、由弦をリビングへと案内する。


 リビングは……


(あ、ここは特に変わらないのね)


 特別な飾り付けがあるというわけではなかった。

 さすがに映画の上映時間ではそこまで手が回らなかったのだろう。


「どうぞ、お座りください」

「うん」


 言われるままに由弦は座布団に腰を下ろす。


「お飲み物をお持ちしますね」


 愛理沙はそう言うと台所へ消えて行き、ボトルに入った飲み物とグラスを持ってきた。

 グラスをテーブルに置き、飲み物を注ぐ。


 自然と由弦の視線が飲み物……

 ではなく、愛理沙の胸元へと向かった。

 

 メイド服の襟元から除く、白い谷間が気になって仕方がなかったのだ。


「こちらはシャンパン……風のジュースです。……お食事をお持ち致しますね」


 注ぎ終わると愛理沙はすぐに立ち上がり、台所から料理を運んできた。


「こちらはスモークサーモンのマリネです」

「あ、ありがとう……」


 小さなガラスのお洒落なグラスに、少量のマリネが盛られていた。

 見た目も美しく、緑色のソースも手が込んでいるように見える。


「……いただきます」


 由弦はフォークでマリネを口に運ぶ。

 じっと、愛理沙は翠色の瞳で由弦を見つめる。


「どうですか?」

「うん、美味しい。……さすがだね」


 由弦がそう褒めると、愛理沙は嬉しそうに微笑んだ。


(しかし……これ、もしかして突き出し(アミューズ)か?)


 家庭料理なら、これだけでメインであると胸を張れる代物だが……

 しかし量的にメインには見えない。


 だが突き出し(アミューズ)であると考えれば納得できる。


「……次は前菜(オードブル)?」


 試しに由弦はそう尋ねた。

 すると愛理沙はニコリと微笑んだ。


「はい、もちろんです」

「そ、そうか……」


 どうやら今日の夕食はコースメニューのようだ。

 これにはさすがの由弦も驚くしかない。


「ところで愛理沙は一緒に食べないのか?」

「今日はゆ、ご主人様のご奉仕に集中しようかなと思っていましたが……」


 ご奉仕。

 その言葉に一瞬、クラっとしながらも由弦は尋ねた。


「愛理沙の分はないのか?」

「一応作りましたが……えっと、私もご一緒した方が嬉しいですか?」

「どんなことでも、君と一緒の方が楽しい」


 これだけ手の込んだ物を作られた上に、それを一人で食べるのはさすがの由弦も「申し訳ない」という気持ちが僅かに湧いてくる。

 

 もちろん、これが愛理沙流のおもてなしであり、また「メイドとご主人様」という一種の遊びであることも認識しているが……

 由弦としては幸せな時間は愛理沙と分かち合いたいのだ。


「……正直、そう言ってくださるのではないかと思ってました」


 愛理沙はそう言うと立ち上がり、台所から前菜と思しき料理を持ってきた。

 今度は一人分ではなく、二人分だ。

 ついでに自分用のグラスと、先ほどの突き出しも持ってきたようだ。


「飲み物は俺が注ごう」

「え? あっ、いや……」


 今の愛理沙はメイドであり、由弦はご主人様だ。

 と考えると、ロールプレイ的には由弦に注いでもらうのはあまり良くないのかもしれない。

 

 だが、ルールに縛られ過ぎるのもそれはそれで面白くない。


「……ご主人様の好意を、無碍にするのか?」

「い、いえ……まさか……ありがとうございます」


 由弦の言葉にハッとした表情を浮かべ、愛理沙は素直に由弦から飲み物を受け取った。

 愛理沙が飲み物を手に取るのを確認すると、由弦はそっとグラスを掲げた。


「じゃあ……乾杯」

「……乾杯、です」


 二人で軽くグラスを当てた。






 さて、突き出し、前菜に続き……

 スープ、魚料理(ポワソン)口直し(ソルベ)肉料理(アントレ)と、次々と愛理沙は料理を運んできた。


 言うまでもなく、すべて一品一品丁寧に作られた代物ばかりだ。


 コース料理だろうと最初に予想を立てていた由弦だが、しかしさすがに“フルコース”だとは思っていなかった。

 ただただ、驚嘆するしかない。


「……これだけ作るのは大変だったんじゃないか?」


 肉料理を食べ終えた由弦は愛理沙にそう尋ねた。

 愛理沙は小さく頷く。


「まあ、それなりに……でも、本当はここまで作るつもりは……最初はなかったんですけどね」

「……どういうことだ?」

「えっと……作っているうちに楽しくなってしまったというか、あれもこれも作ろうかなと考えてたら……」

「な、なるほど……」


 どうやら愛理沙自身もそれなりに楽しんでいたようだ。

 由弦は少しだけホッとする。


 自分のためだけにここまでしてもらうのはさすがに申し訳ないからだ。


「じゃあ……そろそろ、今日の本当のメイン、デザートを持ってきますね?」


 愛理沙の言葉に由弦は頷いた。

 そう、今日は由弦の誕生日だ。


 誕生日と言えばやはり……


「ご主人様、お誕生日……おめでとうございます」


 そう、誕生日ケーキだ。


六巻は1月の初旬に発売となっています。

カバーイラストは↓の通りです。

順次、新しい情報を公開していければと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] フルコースかあ。さすがだなあ。 書影が5巻のものなのですが…
[一言] 誕生日のメインデザートは愛理沙自身だと思った私は汚れているかもしれない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ