第6話
さて、放課後……
「あー、えっと、その……愛理沙」
ホームルーム後、由弦は少し間を開けてから愛理沙に話しかけた。
「……はい」
短く愛理沙はそう返事をすると、由弦の顔を見上げる。
続きを促されていると察した由弦は少しだけ動揺する。
……この後のことを何も考えていなかったからだ。
「えっと……一緒に帰らないか? ……この場じゃ、話せないから」
さすがにまだ人がいる教室で、謝罪や弁明をする勇気は由弦にはなかった。
愛理沙もまたプライベートな喧嘩の内容を周囲に聞き耳を建てられたりするのは嫌だろうという判断だ。
「……」
しばらくの沈黙の後……
「分かりました」
愛理沙は頷いた。
由弦と愛理沙は二人で並んで歩き始める。
一先ず校門を出て、それから普段の二人の下校ルートを少し歩きながら……
(こ、この後、どうするか……)
由弦は必死に考えていた。
下校中、公道の歩道路は謝罪をするのに相応しい場所ではないと由弦は思っていた。
……宗一郎や亜夜香たちならば、つべこべ言わずに謝れよと言うだろう。
要するに由弦はまだ覚悟ができてなかった。
「……」
由弦はチラっと愛理沙の表情を伺う。
しかし愛理沙は先ほどからずっと俯いており、その表情を確認することはできなかった。
次に由弦は周囲の景色を確認する。
すると近くに喫茶店を発見した。
「……愛理沙」
「はい」
由弦が呼びかけると、愛理沙はパッと顔を上げた。
顔を強張らせ、緊張した表情の愛理沙に対し、由弦は喫茶店を指さしながら言った。
「あそこ、入らないか?」
(……食べ終えてしまった)
ケーキを食べ終え、食後の珈琲を飲みながら由弦は内心でそんなことを呟いた。
入店してから食べ終えるまで、二人の間の会話は全くなかった。
(いつまでも逃げてちゃ、ダメだよな……)
由弦はそう思い、カップを置くと愛理沙の方を向いた。
丁度、愛理沙と目が合ってしまう。
ドキっと由弦の心臓が跳ねる。
しかし緊張を飲み込み、由弦は口を開いた。
「「あ、あの……」」
そして同時に愛理沙も口を開いた。
二人は慌てて口を噤む。
そしてしばらく間を空けて……
「何だ……?」
「何でしょう……?」
再び同じタイミングでそう言ってしまう。
「あ、愛理沙から……」
「いえ……由弦さんから。……呼び出したのは、由弦さん、ですよね?」
「……そうだね」
由弦は頷いた。
一度天を仰ぎ、それからあらためて愛理沙に向き直ると……
「ごめん。君の気持ちにちゃんと寄り添えていなかった」
謝罪した。
「その……本当に無理強いするような気持ちはなくて、君が怖いなら無理をする必要はないと思う気持ちは本当で……えー、ただ、あくまで少しおすすめするくらいの提案というか……」
何通りも作ったはずの謝罪の言葉は、すでに由弦の頭から抜け落ちてしまっていた。
ひたすら言い訳をするように弁明と、そして自分の考え……
そして愛理沙と仲直りしたいという気持ちを由弦は伝えようとする。
それに対して愛理沙は……
「いえ、私も……すみませんでした」
頭を下げた。
「その、高校生にもなって……注射が怖いなんて、恥ずかしいことだなと……思ってて。何と言うか、勝手に馬鹿にされた気持ちになっていたというか……本当にすみません。面倒くさい理由で拗ねて……これじゃあ、子供みたいですよね?」
愛理沙は恥ずかしそうにそう言った。
由弦はそんな彼女に対し首を左右に振った。
「そんなことないよ」
「……本当にそう思ってます?」
「えー、あー、いや、思わないこともないけど……」
由弦は僅かに目を泳がせた。
「でも、そういうところも可愛いなって……」
「……やっぱり、馬鹿にしてます?」
「い、いや……そういうことじゃなくて……」
「ふふっ……」
由弦が焦った様子で弁解をしようとすると、愛理沙は楽しそうに口元に手を当てて笑った。
揶揄われたことに気付いた由弦は少しだけムッとした。
「……でもまあ、高校生にもなって、注射が怖いというのは、どうかと思うけれどね?」
「高校生にもなって、自分でお片付けできない人に言われたくないです」
「い、いや……最近はちゃんとできてるだろ!?」
「嘘ばっかり。私が来る直前に、押し入れの中に全部放り込んでるでしょう?」
「そ、そんなことは……」
散らかったものを強引に押し入れに放り込み、適当に掃除機を掛けて誤魔化す。
というのが由弦の掃除だ。
見かけの上では綺麗になっているので、誤魔化せていると思っていたようだが……
見抜かれていたみたいだ。
「由弦さんは私がいないとダメみたいですね」
「ま、まあ、否定はしないけど……でも前よりは進歩していると自分では……」
「じゃあ、これから確認に行きましょうか」
「え? こ、これから……?」
「ダメですか?」
「ダメじゃないけど……その、十分だけ……」
「……その言い方だと、やっぱり散らかってるんですね」
「い、いや、そんなことはないけどさぁ……」
こうして二人は仲直りした。




