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第5話


「「「く、くだらなすぎる……」」」


 亜夜香たち三人は揃ってそう言った。

 

 喧嘩の切っ掛けもくだらなければ、そのやり取りもくだらない。

 深刻に考えて損したと、三人は思った。


「く、くだらないって……わ、私は真剣です!!」


 必至にそう訴える愛理沙に対し、亜夜香は肩を竦めて言った。


「冬になったら打てばいいじゃん。はい、解決」

「嫌だって言ってるじゃないですか!」


 そう主張する愛理沙に対し千春は尋ねる。


「愛理沙さんって、反ワク派だったりするんです?」

「い、いや、別にそういうわけじゃないですけど……」


 そこで天香が尋ねる。


「じゃあ、何が嫌なの?」

「そ、それは……い、痛いし……」


 そんなことだろうなと三人は思った。

 三人も注射は打てるが、しかし大好きというわけではない。

 苦手な人がいることは知っている。


「まあ、打たなかったから死ぬってわけでもないし、打ったからって罹らないわけでもないからねぇ。打つ打たないは愛理沙ちゃんの自由だと私は思うけれど……ゆづるんに強要されたの?」


 愛理沙の言い方では由弦が注射を打つように強要したように聞こえる。

 だが、幼馴染である亜夜香が知る限り、高瀬川由弦はそういう人間ではない。


 愛理沙のおっぱいを強引に揉もうとすることはあるかもしれないが、無理矢理注射を打たせるような真似をする男ではないと思っていた。


 ……なお、愛理沙のおっぱいを強引に揉もうとすることはあるかもしれないと思っているのは、亜夜香自身が揉みたいと思っているからだったりする。

 

「い、いや……別にそういうわけでもないですけれど……」

「じゃあ、どういうわけなんです?」 


 千春が首を傾げる。


「君が打ちたくないなら、打たなくて良いよって、ため息ついて。それが何と言うか、モヤっとしたというか……」

「あぁー、まあ、それはちょっとムカつくわね」


 天香は愛理沙の言葉に同意するように頷いた。

 注射が怖いから嫌という気持ちを理解してくれたわけではなく、ただ呆れて諦めただけ。

 そんな態度を取られるのは確かに腹が立つ。


 ……もっとも、天香も正直、注射が怖いという理由で彼氏と喧嘩する女の気持ちは理解できなかったが。


「暗いのが怖いって言ってくれた時は、一緒に添い寝してくれたのに……」

「サラっと惚気ますねぇー」


 ちょいちょい惚気エピソードを挟む愛理沙に千春は呆れ顔だ。

 そんなに仲が良いなら、とっとと注射でも何でも打って仲直りすれば良いんじゃないかと千春は思ってしまう。


「私たちは愛理沙ちゃんの気持ち、分からないでもないけどさぁー。でもきっと、ゆづるんは分かってないよ?」

「……やっぱり、伝わってないのでしょうか?」

「男だからね。言葉にしてない気持ちは一割くらいしか伝わってないと思ってた方がいいよ」


 亜夜香は肩を竦めてそう言った。

 一方で愛理沙は肩を落とす。


「う、うーん……じゃあ、どうすれば……」

「伝えるしかないんじゃない?」


 天香がそう言うが愛理沙は首を左右に振った。


「今更……無理です」

「無理ってことはないでしょ。言わないと伝わらないんじゃない? 言った方がいいと思うけど……」

「……面倒くさい女だと思われたら、嫌じゃないですか」


 もうすでに十分、面倒くさい女だよ。

 三人は思ったが言わなかった。

 人間関係というのは、何でも正直に伝えれば良いというものではないのだ。


 しかし、案外言葉にしなくとも通じる時はあるもので……


「……やっぱり、面倒くさい女ですよね」

「「「……」」」


 亜夜香たちは何も言わなかった。

 無言の肯定だ。


 愛理沙が小さくため息をつくと……

 同時に携帯が音を鳴らした。


「こんな時に……ひゃっ!!」


 思わず愛理沙は声を上げた。

 亜夜香たちがどうしたのか? と尋ねると、愛理沙は強張った表情のまま、無言で携帯の画面を見せた。


 ――今日の放課後、話したいことがある――


 由弦からのメールだった。


「良かったじゃん。愛理沙ちゃん……ゆづるん、謝ってくれるんじゃない?」


 そう言えばあちらには宗一郎と聖がいたなぁ……

 と亜夜香は思いながらそう言った。


 二人が愛理沙の気持ちに気付き、由弦に伝えた可能性は高い。


「そ、そうでしょうか……」

「それ以外にないと思うけど。……何が不安なの?」


 天香が尋ねると、愛理沙は酷く不安そうな表情を浮かながら答える。


「……別れ話の可能性もあるかなって」

「まあ、ないと思いますけどね。でも、別れたくないなら、尚のこと話を聞くべきですし……早く返信した方がいいですよ?」

「えっ、あ、はい!」


 千春の忠告に愛理沙はハッとした表情を浮かべた。

 震える手で携帯に文字を打ち込み、そして消すことを繰り返す。


 何度も何度も繰り返し……

 

 ――分かりました――


「こ、これで……大丈夫でしょうか?」

「いいんじゃない?」

「じゃ、じゃあ、送りますよ……?」

「送ればいいんじゃないですか?」

「もう少し、詳しく書いた方が……」

「それよりも早く返信した方がいいんじゃない? 既読無視だと思われていいならいいと思うけど……」

「お、送ります!!」



 こうして愛理沙は由弦にメールを送ったのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] くだらない夫婦喧嘩も仲直りも、当人たちは大真面目にやっているのですねえ。双方とも別れる気は毛頭ないんだから。
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