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第3話

 時を遡ること数日前……


「やっぱり愛理沙の作る料理は最高だな」


 素麺を食べながら由弦はそう呟いた。

 これに対し愛理沙は苦笑を浮かべた。


「……素麺なんて大差はないと思いますけれど」

「素麺というよりは君の作る麺つゆが美味しい」


 素麺は市販の物だが、麺つゆは鰹節や昆布からダシを取って作った愛理沙のお手製だ。

 市販の薄めて使用する麺つゆと比較して、旨味や香りが僅かに違う。

 この僅かな違いが美味しさに繋がっている。


「そう言ってもらえると嬉しいです」


 由弦の言葉に愛理沙は表情を綻ばせた。

 普通なら市販品で済ませるような物を、わざわざ手作りするのだ。

 そこには当然、愛理沙なりの拘りがあり……

 それを褒めてもらえるのは嬉しいことなのだろう。


「しかし……そろそろ素麺の季節も終わりか」

「もうすぐ九月ですもんね」


 由弦の言葉に愛理沙は同意するように頷く。

 もっとも、最近の九月はまだまだ暑いので、とても秋とは言えない。


 秋を感じられるようになるまでには、あと一月以上は掛かるだろう。


「そしてあっという間に冬ですよ」

「鍋料理、楽しみにしてる」

「……ちょっと、気が早いですよ?」


 蝉が鳴いている中、鍋の話をするのはあまりに気が早いと言える。


「でも……私も由弦さんとの冬、楽しみにしています」

「それはまた、どうして?」

「……恋人として冬を過ごすのは、初めてかなって」


 由弦と愛理沙が恋仲になったのは、今年の春頃からだ。

 だから恋人にとって大事な日と言える冬のイベント――例えばクリスマスなど――は未経験だ。


「それに修学旅行もありますよね」

「修学旅行か……一緒の班になれるといいんだけど」


 できれば一緒の部屋がいい。

 と、由弦は思っていたがどう考えてもそれは認められない。

 期待するだけ無駄だ。


「楽しいこと、いっぱいありますね!」


 嬉しそうに愛理沙は微笑んだ。

 そんな愛理沙を見て、由弦も嬉しい気持ちになる。


 冬はあまり好きではない。

 そう言っていた愛理沙はすでに過去の物。

 そしてそれを過去にできたのは自分だと……彼女を幸せにすることができたのは自分だと、実感できたからだ。


「でも風邪には気を付けないと」

「今度は私が看病してあげますよ」

「……汗を拭いてくれって頼んだら、拭いてくれる?」

「えっ? そ、それは……もちろん……」


 少し愛理沙は頬を赤らめながら頷いた。

 自分の大胆な行動を思い出し、恥ずかしくなったのか。

 それとも由弦の裸体を想像してしまったのか……

 おそらく両方だろう。


「まあ、風邪を引かないのが一番だけど」

「そ、そうですね!」

「インフルエンザにだけは罹りたくない。予防接種も受けないと」


 何気なく由弦がそう言うと……

 愛理沙の表情が僅かに強張った。


「予防接種……ですか」

「うん……愛理沙も毎年、してるだろ?」

「いえ……私は、その、受けてないです」


 愛理沙の言葉に由弦は少しだけ驚く。

 もちろん、インフルエンザの予防接種を受けない人がいることは由弦も理解しているが……

 受ける方が多数派だとも考えていた。


「それはどうして……? 注射を打つと、体調が悪くなるタイプか?」


 実は由弦も注射を打つと、少しだけ眩暈がしたりするタイプだ。

 倒れるほどではないが、あまり良い気分にはならない。


「い、いえ……どうでしょうか? しばらく、注射をしたことはないので……」

「……どうして?」

「そ、それは……怖いじゃないですか」


 少し恥ずかしそうに愛理沙はそう言った。

 高校ににもなって……

 と、由弦は思わず思ってしまう。


 もっとも愛理沙は暗いところが苦手だったり、山葵がダメだったりと、子供っぽいところがある。


 そういうところもまた可愛らしい。

 由弦は思わず笑ってしまった。


「……何を笑ってるんですか」

「いや、可愛いなと思って」


 由弦に笑われたのが、少し気に障ったらしい。

 愛理沙はムスッとした表情を浮かべた。

 そんなところも可愛らしい。


 可愛らしいが……


「……できれば、打って欲しいんだけどな」

「……え? な、何でですか!?」


 由弦が呟くように言うと、愛理沙は少し動揺した様子でそう言った。

 そんなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう。


「いや、だって愛理沙が罹ったら、俺も罹るかもしれないし……」

「そ、それは……気を付ければいいだけじゃないですか!」

「それはそうだけど、罹る時は罹るし……それに、ほら。今年はいいけど、来年は受験じゃないか」


 大切な受験の時期にインフルエンザに罹ることだけは避けたい。

 受験日に罹ってしまうと取り返しがつかないし、そうでない日でも一度崩した調子を戻すのは大変だろう。

 健康なのが一番だ。


「い、いや、でも……」

「試しに打ってみたりしない?」

「い、嫌です! 無理です!」

「……最近はそんなに痛くないよ?」

「嘘です! 針を刺したら痛いに決まってるじゃないですか!」

「痛くないところ、紹介しようか?」

「絶対に嫌です!」

「もう高校生なんだし、注射くらい克服したら……」

「あー、聞こえない。聞こえないです!! 知りません!!」


 愛理沙は耳を塞ぎ、その場から逃げてしまう。

 そんな愛理沙を説得するために、由弦は後を追い……




 これが二人の喧嘩の始まりだった。




「というわけなんだけど……」

「というわけなのですが……」



 さて、由弦と愛理沙の言い分を、ほぼ同時刻に聞いた二人の友人たちは……

 揃って呟いた。



「「「「「「く、くだらなすぎる……」」」」」」


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― 新着の感想 ―
[一言] 流感の予防接種も今は筋注増えたんで筋注で受ければ痛いと感じる暇すらないぞ まぁその代わり4~5時関すると接種部位周辺が筋肉痛めいて痛くなるけどまぁそりゃ新コロも同じだしってか新コロで嫌でもワ…
[一言] 献血の太い採決針に年に数回お世話になってるから、注射程度が怖いと言うのがいまいちわからない。まあ、見方を変えれば異物を注入される注射はある意味怖いよね。実際に医療事故もあるし。
[一言] 実はワクチンを打った人がその病気に罹患する確率って60%位ある(従来のだとって話なのでmRNAはデータが揃ってないのでまだ検証中
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