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第30話 婚約者と子供



 海水浴から数日後のある日。


「ちょ、ちょっと……由弦さん! その写真、消してください!」

「えぇ……いいじゃないか。君だって、撮って良いといっただろう?」

 

 由弦と愛理沙は携帯を覗きながら、そんな口論を繰り広げていた。

 画面には例のセクシーな水着を身に纏いながら、はにかむ愛理沙の姿が映っている。


 海水浴の日に撮影したものだった。


「か、考え直したんです! や、やっぱり、恥ずかし過ぎます……!」

「い、いや、でも……勿体ないし……」

「勿体ないって……何かに使う予定でもあるんですか?」

「え? あっ、いや……」


 由弦は思わず視線を逸らした。

 そんな由弦の反応に愛理沙は顔を真っ赤にさせた。


「絶対にダメです!」


 愛理沙はそう言うと由弦の携帯に手を伸ばす。

 由弦は慌てて携帯を持った手を高く上げて、愛理沙の魔の手から逃がそうとする。

 愛理沙も同様に手を伸ばし、由弦の上に圧し掛かる。

 後ろにひっくり返った由弦は、愛理沙を携帯から遠ざけるために、片手で愛理沙を押し返そうとし……


 うっかり胸を鷲掴みにしてしまう。


「あっ、ちょっと……何をするんですか!」


 愛理沙は恥ずかしそうに胸を両手で庇いながら、飛び退いた。

 その隙に由弦は愛理沙の下から抜け出す。


「君が強引に消そうとするからじゃないか。別にいいだろう? 写真くらい」

「写真くらいと思うなら消してください。ここに本物がいるんですから、それでいいでしょう?」

「いや、でも水着は早々に見れる物でもないし……」

「これから毎年、夏に見れるじゃないですか」


 それに……

 と、愛理沙はほんのりと頬を赤らめる。


「由弦さんがどうしてもと望むなら、頼むなら……見せてあげないことも、ないです」

「……本当に?」

「はい。私は由弦さんの婚約者なんですから。……写真なんかより、本物の方が良くないですか?」


 愛理沙は由弦の耳元でそう囁いた。

 そしてそっと由弦の携帯に手を伸ばす。


「だから……消しましょう?」

「う、うーん……」

「ね? お願いします。ほ、ほら……本物は写真と違って、触れますよ?」


 愛理沙はそう言いながら由弦に胸をぐいぐいと押し当てた。

 柔らかい膨らみの感触に由弦の心が揺らぐ。


「ほら、由弦さん……大好きでしょう? さっきも触ってきましたもんね」

「い、いや、あれは事故で故意じゃないし……」

「どうせなら、もう少ししっかり触ってみたくないですか? 実は気になってますよね?」


 愛理沙は自分の胸を指で突きながら言った。

 キャミソールが、白いブラウスの生地から透けて見えている。


「いや、べ、別に……」

「我慢は良くないですよ?」


 愛理沙はそう言いながら由弦の手を掴むと、そっと自分の胸に導いた。

 促されるままに由弦は手に力を入れてしまう。

 むにゅっと、柔らかい感触がした。


「んっ……どうですか?」

「……柔らかい」


 ずっと触っていたくなるような、病みつきになるような感触だった。

 ついつい由弦は夢中になり、触れ続けてしまう。

 愛理沙は耳まで顔を赤くしながらも、五秒ほどそれを許してくれた。


 そして……


「触りましたよね? ほら、消してください」

「っく……謀ったな、愛理沙」

「えっちなことしか考えてない由弦さんが悪いんです」


 由弦は泣く泣く、写真を消すことにした。

 とはいえ、やられっぱなしというのは少し癪に障った。


「人のことをえっちだ何だというが、そういう君はむっつりじゃないか」

「なっ! 何を言うんですか……! 一体、私のどこが……」

「その服装、敢えて俺に見せてるんだろう? 違うのか?」

「こ、これはシースルーと言って……こういうファッションです! 外を歩くときは上に羽織物をしますし、別にふしだらということはなくて……」

「でも、俺の前では何も羽織らないじゃないか」

「そ、それは……だってそういうファッションですし……その、お嫌い、ですか?」


 愛理沙の問いに由弦は首を左右に振った。


「いや、嫌いじゃない」

「なら、いいじゃないですか。……仕方がなく、合わせてあげてるんですよ。由弦さんの好みに」


 愛理沙はそう言ってから、微笑んだ。


「良かったですね、私が婚約者で」

「それは……そうだね。君が婚約者じゃなかったらと思うと……ゾッとするよ」


 由弦はそう言って笑うと、愛理沙を軽く引き寄せた。

 そしてその唇を奪う。

 愛理沙もそれを受け入れる。


 それから愛理沙は由弦の肩に自分の頭を置いた。


「あの……由弦さん。これからの……ずっと、先の話ですけれど」

「うん?」

「……子供って、欲しいですか?」 

「こ、子供!?」


 愛理沙の唐突な発言に、由弦の心臓が強く跳ねた。


「い、いや……ほら、前に……人生ゲームで子供の話をしたじゃないですか」

「あ、あぁ……ま、まあ、確かにね」

「由弦さんは……欲しい、ですか?」


 上目遣いで愛理沙は由弦にそう尋ねた。

 一瞬、由弦は“これは誘われているのか?”と勘違いしかけた。

 実際、今はそういう雰囲気だが……


 しかし高校生で妊娠など言語道断な話だろう。

 つまりこれは単純に将来の家族計画の話だ。


 ……一先ず由弦はそう思うことにした。


「それはもちろん」


 まず第一に由弦個人の気持ちとして、愛しい人との子供が欲しいという気持ちがあった。

 そして第二に高瀬川家の次期当主として、次代を担う子供を作らなければならないという義務感もあった。


 由弦にとってそれははっきり言ってしまえば聞くまでもない、当然のことだ。


「そうですか。……それは良かったです」

「良かったとは……?」

「最近は別に欲しくないという人も多いと聞きますから……あ、当然、私も、その……欲しいです」


 恥ずかしそうに愛理沙は由弦にそう言った。

 艶やかな唇から紡がれたその“欲しい”という言葉に、由弦は少しだけドキドキした。


「ちなみに……男の子と女の子、どちらが欲しいですか? 何人欲しいとか、ありますか?」

「一人ずつかなぁ……」

「それはどうして?」

「俺の家族がそうだから、それが標準的というイメージがある。……君は?」

「私は性別には拘りは……いえ、やっぱり男の子も女の子も両方欲しいです。人数は……三人は欲しいかなって」

「確かに三人くらいはいた方が賑やかでいいかもね」


 妹がいる由弦だが、弟がもう一人いてもいいのではないかと思うことがある。

 そして彩弓は彩弓で、妹か弟が欲しかったらしい。

 子供二人が標準であれば、それに一人を加えた形が由弦にとっては理想なのかもしれない。


「でも……三人となると、が、頑張らないと……いけませんね」


 頬を赤らめ、愛理沙はそう言った。

 確かに“出産する”のは愛理沙だ。それを支えたり、助けることはできるが、代わりはできない。


「そうだけど……でも、そこまで気負わなくでもいいよ。そもそもまだ、先の話じゃないか」

「先の話というのは……由弦さんはいつぐらいを考えてますか?」

「少なくとも大学卒業後かな……?」


 在学中に妊娠出産は外聞が悪すぎる。


「そ、卒業後? それはまた……随分と先ですね」

「……愛理沙はもう少し早い方がいいのか?」

「え? い、いや、そういうわけではないですけれど……ほ、ほら、その……いざという時にできないと困りますし。練習は早め早めが良いのかなって……」

「……練習?」

「はい。ほら、キスの時も……したじゃないですか。私たちの関係も深まってきましたし、そ、その、そろそろ……ど、どうかなって……」


 チラチラっと愛理沙は由弦の顔を見上げながらそう言った。

 そして由弦は自分の認識と、愛理沙の認識が少しズレていることに気付いた。


「あ、あぁ! な、なるほど。そっちの話か……それは、そうだね。そろそろ練習は始めてもいいかもしれないね」

「……何だと思ったんですか?」

「……妊活の話かなと」


 愛理沙は由弦の胸板を軽く拳で叩いた。


「そ、そんなわけ、ないじゃないですか! い、いえ、関連がないわけではないというか、似たような話ではありますが……」

「い、いや、ごめん。話の導入が……ほら、やけに具体的な家族計画だったから……」

「そ、その前の雰囲気を考えてくださいよ! そ、そういう……雰囲気だったじゃないですか……」


 恥ずかしそうに肩をわなわなと震えさせる愛理沙。

 これでは先ほどの由弦の「むっつりなのは愛理沙」という言葉を証明してしまった形になる。


「すまない、すまない。……いや、もちろん、俺もしたいよ。三人作るには、お互い、頑張らないといけないしね」

「由弦さんの馬鹿!」


 由弦はフォローしたつもりだったが、愛理沙は揶揄われたと感じたらしい。 

 ポカポカと由弦の胸板を激しく叩いた。


「だ、大体……子供云々の話なんて、もっともっと、ずっと後の話じゃないですか。まだ作るとも限らないですし……」

「あれ? ……子供については、愛理沙は後ろ向きなのか?」

「いえ、欲しいですけど……あまりイメージは湧きませんし……」


 自分が母親になるということに対してあまり実感が沸かないようだ。

 もっとも由弦も父親になった自分を想像できるかと言えば、微妙なところではあるが。


「それに……しばらくは二人で過ごすのも良いかなって……」

「確かに。子供ができれば忙しくなってしまうだろうしね」


 由弦の父や祖父はせっつくかもしれないが……

 親や祖父の孫/曾孫をみたいという感情よりも、婚約者との時間が、奥さんとの二人きりの時間の方が大切だ。


「そもそもそういうのは大学を卒業して、就職してから本格的に考える物じゃないですか」

「それは確かにそうだ」


 由弦は頷いた。

 子供云々というのは高校生のカップルにはあまりに気が早い話であり、普通なら重すぎると思われる。

 もっとも、由弦と愛理沙は正確には婚約者同士なので、必ずしもそういうわけではないが……


「そう言えば……由弦さんの就職先ってどうなるんですか?」

「え? 俺の就職先? うーん……まあ、順当に考えると高瀬川家の関連企業に就職して、経験を積んで……という形かな? もしくは、全く逆で高瀬川家の影響が少ない海外とか……」

 

 最終的なゴールは同じではあるが……

 何となく、後者の方が自分のためにはなりそうだなと由弦は考えていた。


「か、海外……英語の勉強、ちゃんとやった方が良さそうですね……」

「愛理沙なら、問題ないだろう」

「紙の試験と、実際に話せるかは別ですし……」


 どうやら、愛理沙は由弦が海外に行っても付いて来てくれるつもりらしい。

 ……愛想を尽かされないようにしようと、由弦は決意した。


「……ところで、私、何か資格とか、取った方が良かったりするんでしょうか?」

「資格?」


 由弦は思わず首を傾げた。

 

「いえ、私がその……由弦さんの、その……しょ、将来の妻として! 何か、今からやれることはないかなと!」


 ギュッと拳を握りしめ、少し頬を赤らめながら愛理沙はそう言った。

 その健気な仕草と考えに、由弦は思わずグッと来てしまった。


「そうだな……」

「えっと、由弦さん……んっ!」


 由弦は考えているフリをしながら、ゆっくりと愛理沙に近づき……

 彼女の唇に強引に接吻をした。

 愛理沙は目を白黒させ、それから少し強い力で由弦を押しのけた。


「な、何をするんですか! も、もう……油断も、隙もない……」


 顔を真っ赤にする愛理沙に対し、由弦は揶揄うように言った。


「いや、あまりに可愛かったからさ」

「も、もう……真面目に答えてくださいよ!」

「うーん、例えばうちの母親が持っている資格と言えば……」

「……はい」


 真剣な様子で愛理沙は由弦の声に耳を傾ける。


「……運転免許とか?」

「……それ以外には?」

「あぁー、学芸員の資格も持ってたかな?」

「それ、高瀬川家の事業とかに、何か関係が……?」

「いや、別に特にないかな?」

 

 由弦は首を傾げた。

 由弦の母親がアメリカ文学の教授として教鞭を取っているが、それが高瀬川家の事業の何かに直接的に影響しているかと言われると、そうでもない。


「うちの母親は好きにやっているみたいだから、愛理沙も愛理沙の好きなことをするといいよ」

「私の好きなこと、ですか? でも、私は……」


 由弦さんの役に立ちたい。

 そう言いたそうな愛理沙を、由弦はそっと抱き寄せた。


「俺は君が側にいてくれるだけで、嬉しいよ」

「そう……ですか?」


 愛理沙は嬉しそうに笑みを浮かべ、しかし少しだけ浮かべた不満そうな表情を由弦の胸元に埋めて隠した。







 まだ少しだけ……二人の恋愛観には、心には、溝がある。

 二人はそれを薄々認識しながらも、見なかったことにした。


くぅー、疲れました! これにて(五章)完結です!

次回、六章に続きます。

今回辺りから、書籍版との話の溝が大きくなりそうです。実は強引に辻褄を合わせようかとも思いましたが、どう考えても無理なので、断念しました。

というわけで、明日(9月1日)発売予定の第五巻とは、ラストのオチが違った物になっています。


そんな五巻ですが、すでに早売りで店頭に並んでいるかもしれません。

学園祭で愛理沙がチャイナドレスを着る……みたいなエピソードもありますので、興味のある方はぜひ購入してください。

例のごとく特典などもありますので、欲しい方はお早めのご購入を検討ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] その溝は埋まっていくのか、広がっていくのか… 書籍との差異が出てきちゃうと大変ですよねえ。web版は残っていってほしいものですが。
[一言] 恋愛観にも溝があり、書籍とこちらも溝がある。つまり……どういうことだい? それはさておき溝アピールするってことは絶対この溝後で作者がほじくり返して無理矢理広げて高笑いするやつじゃないですかー…
[一言] >いえ、私がその……由弦さんの、その……しょ、将来の夫として! 由弦「女の子になっちゃった…」
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