第18話 ヘンゼルとグレーテル
高瀬川由弦は不思議に思っていた。
先週、愛理沙とデートしたばかりなのに。
何故か、一か月半以上、愛理沙の顔を見ていないような気がしていたからだ。
まるで、神がうっかり時を進めることを疎かにし、気が付けば一か月半も経過していたかのようだった。
「何かがおかしい」
そう感じた由弦はその疑問を解決するため、ジャングルの奥地へと赴いた。
「愛理沙!」
「っきゃ! ゆ、由弦さん!? その、入浴中というか……な、何ですか!?」
「確かめたいことがあって」
「な、何ですか?」
「下も上と同じ色なのかなと……」
「……はぁ?」
次回、由弦死す!!
ある日のこと。
シャワーを浴びている最中、浴室の姿見を見て、ふと首を傾げた。
「……うん?」
由弦の視線の先は鏡に移る自分の腹部だった。
何となく、違和感があった。
「……っく」
凹ませてみたり、腹筋に力を入れてみたり……
直接、自分の腹部を指で触れたり、摘まんでみたりして、何度も確かめる。
「……まさか、そんな馬鹿な」
早々に体を洗い終えると、由弦は髪をバスタオルで拭きながら……
脱衣所にある、体重計に乗った。
「な、に……?」
太っていた。
(成長期だから体重が増えた……と考えたいところだが、腹の肉は否定し難いしな……)
身長が多少なりとも伸びてはいるので、当然その分、体重が増加するのは当然ではあるのだが……
身長の伸び以上の体重の増加を由弦は感じていた。
もちろん、脂肪よりも筋肉の方が重いので、体重だけで“太った”と判断することはできない。
が、特に筋肉が増えたという実感はないし、そもそも見た目でお腹が気持ち出ているような気がする以上、“肥えた”と判断するのが妥当である。
(しかし何故だ……運動量は減っていないし、むしろアルバイトで労働量も増えているはず)
由弦はレストランのホールで働いている。
ホールスタッフの仕事は料理を運んだり、注文を取るだけではなく、お客が気軽に店員に声を掛けられるように巡回するのも仕事のうちだ。
なので、運動量は意外と多い。
少なくとも家でゴロゴロしたり、ゲームをするよりも多いはずだ。
数か月前は、愛理沙へのプレゼントを買うためにシフトの数を増やしたりしたので、むしろ運動量は増加していたはずだ。
(何が、原因だ……?)
由弦が内心でそんなことを考えていると……
「由弦さん、由弦さん……聞いていらっしゃいますか?」
鈴が鳴るような可愛らしい声がした。
ふと、顔を上げると亜麻色の髪の可愛らしい婚約者――雪城愛理沙――が由弦の顔をじっと見ていた。
「え、あっ……すまない。ボーっとしてた」
「何か。お悩みですか?」
「いや、まあ……大したことじゃない」
実は太ったんだよね。
というのは、ちょっと由弦としては言いづらかった。
別に多少太ったくらいで愛理沙が由弦のことを嫌いになるはずもないし、そもそも言うほど太ったわけでもないのだが……
男としての見栄というやつだ。
愛理沙の中の由弦は、例え嘘であっても、ガッシリとした“マッチョ”な男でいたい。
「そうですか。……もしご相談があれば、いつでもおっしゃってくださいね」
「ありがとう。えっと……それで?」
「お代わりは要りますか? 肉じゃがはまだありますよ。あと、ご飯も」
「あぁ……そうだね。もらおう、かな」
本日のメインメニューは、新じゃがと新玉ねぎを用いた肉じゃがだった。
肉じゃがで白飯が食べられるかは人によるかもしれないが、由弦はイケる派だった。
「そうですか。分かりました」
淡々と義務的に返す愛理沙。
しかし付き合いが長い由弦には、愛理沙の声がとても弾んでいることがよく分かった。
もし愛理沙に尻尾があれば、ブンブンと振れていただろう。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
由弦は愛理沙から肉じゃがと、茶碗に盛られた白米を受け取る。
炭水化物&炭水化物である。
「あっ……」
「どうかされましたか?」
「い、いや……何でもないよ」
少し不安そうに尋ねる愛理沙に対し、由弦は少し大げさに首を横に振り、食事を再開する。
そして食べながら……思ったのだった。
(これが原因か……)
犯人は愛理沙だった。
運動量は変わっていない。
しかしなぜ太ったか?
答えは簡単。
食べる量が増えたから。
なるほど、考えてみれば当然の理屈であった。
正直なところ、由弦も薄々勘付いていた。
勘付きながらも、敢えて考えないように、無視していたのだ。
だって、愛理沙の料理は美味しいし。
愛理沙は栄養バランスも考えてくれているから。
愛理沙の料理だから実質カロリーゼロ。
と、しかし栄養バランスがいくら整っていたとしても、食べる量が増えれば太るのは自明である。
美味しいから、そして愛理沙が「お代わりはいりますか?」と聞いてくるものだから、ついつい食べ過ぎてしまった。
ついでに言えば、つい最近、高カロリーなケーキも食べさせられた。
「由弦さん、由弦さん」
「……あ、えっと……すまない。どうした?」
食後。
食器の後片付けをしている最中、愛理沙に話しかけられ、由弦は我に返った。
「いえ、その……手が止まっていたので。その、食器……洗い終えましたか?」
「あぁ……すまない。これはもう、洗った」
由弦はそう言って皿を愛理沙に渡す。
愛理沙は由弦から受け取った食器を布巾で拭き、水きり籠に置く。
「本当に大丈夫ですか? 由弦さん」
「いや……本当に大したことではないのだが……」
「大したことがないことのようには思えませんが……些細なことでも、ご相談に乗りますよ?」
さて、どうしたものかと由弦は考える。
あまり言いたくはないのだが……しかし体重を減らすことを考えると、愛理沙の協力は必要不可欠だろう。
少し悩んでから……
由弦は言った。
「その……今度から、食事は少なめで大丈夫だ」
太ったとは言いたくなかった由弦は敢えて用件だけを言った。
すると愛理沙は……
「え……?」
手が止まった。
目が大きく見開かせ、そのまま固まってしまう。
「……愛理沙さん?」
「ま、不味かった……ですか?」
「い、いや……」
「す、すみません。苦手な物が入っていたり? それとも……塩気が足りませんでした? それとも強すぎました? もしくは甘すぎたとか……もしかして、肉の臭みが……」
やや青い顔で愛理沙は由弦にそう尋ねる。
声が震えており、表情には酷い不安の色が見えた。
これは言い方を間違えたなと、由弦は気付く。
「いや、別に味に問題があるわけではないんだ」
「そ、そうですか? で、では……もしかして、髪の毛が入っていたり? そ、それとも、私の手料理が嫌になっちゃったとか……」
「愛理沙!」
由弦は大きな声でそう叫ぶと、愛理沙を強く抱きしめた。
ビクっと愛理沙は体を震わせる。
「落ち着いてくれ。君の料理は大好きだし、君のことはそれ以上に好きだ」
由弦は愛理沙の耳元でそう囁いた。
すると愛理沙の体の硬直が、ゆっくりと溶けていく。
「そ、そうですか……?」
由弦はゆっくりと、愛理沙から離れる。
愛理沙の顔は真っ赤に染まっていた。
「すみません。と、取り乱しました……えっと、その……では、どうして少なめが? ちょっと、多すぎたりとか、食べ切れないということでしょうか?」
「一応、そういう話では……あるかな? いやまあ、余った分は冷凍して後日食べているから問題はないと言えば問題はないのだが」
「……それでは?」
「その…………太りました」
「……はい?」
「体重が増えたから、ダイエットをしようかなと」
「……へぇ」
ちょっと恥ずかしいなぁ……と思う由弦。
一方の愛理沙は呆気に取られた表情だった。
「……男の人も太るんですね」
「……別に太っている男は珍しくないだろ」
「すみません。今のは語弊がありました。その……何と言うか、実質的にということではなく、概念的にというか……気にするんだなっていう意味です」
女性は体型にとてもデリケートである。
だから見た目に変化がなくとも、数キロ増加しただけで「太った」と認識する。
一方で男性は数キロ増加しても気にしない。
そもそも体重も測らない。
愛理沙が言いたいことはそういうことである。
「しかし本当に太ったんですか? 成長期だから増えただけじゃないですか? 特に変わっているようには見えませんが……」
「体重増加そのものというよりは……ちょっと、お腹が気持ち出たような気がするなぁ……って感じというか」
体重の増加も筋肉の増加によるものであれば、むしろ喜ばしいことだ。
そんなことを考えながら由弦は服を少し捲ってみせた。
「こんな感じで……」
「ちょ、ちょっと……! い、いきなりやめてくださいよ!」
すると愛理沙は恥ずかしそうに目を逸らした。
頬を薔薇色に染め、視線を逸らしながら、しかしチラチラと由弦のお腹へと視線を向ける。
「もう、一緒に風呂にも入った仲だろう」
「あ、あれは、その……わ、私にも心構えがあるんです!」
プールでの水着はOK。
水着でお風呂に入るのもOK。
しかしいきなり服を捲り、肌を見せる行為はNGらしい。
いまいち、由弦には理解できない感覚である。
「だ、大体、見せる必要があるんですか?」
「いや……その、愛理沙の目から見て、変わってるか聞きたいなと」
できれば太ったことは隠していたかった由弦だが……
知られてしまった以上、隠すよりも見てもらった方が確実だと判断したのだ。
「えー……そう、ですねぇ。う、うーん……私の目から見ると、別に……あぁ、でも、言われてみると確かに……去年の夏頃と比較すると、記憶よりは、腹筋が見えにくい感じがしないでもないような……思い出補正かもしれませんが」
「愛理沙の中では俺の腹筋は思い出なのか?」
「へ、変な事言わないでくださいよ……」
「思い出なの?」
「……ま、まあ、筋肉質で色気があるなぁとは、ちょっと、思いましたよ?」
去年の夏、プールに行った時の愛理沙はまだツンツン期であった。
しかし、その頃から由弦の水着姿に対して「色気があった」と思っていたというのは、愛理沙も由弦のことをしっかり異性として見ていたということだ。
由弦も正直なところ、一年前にプールで愛理沙の胸を見た時は「うわっ、エロっ!」と思ったりしていたので、それと同じようなものだろう。
由弦が愛理沙の水着姿を思い出していろいろと思うところがあったように、愛理沙も由弦の水着姿に思うところがあったというのは、とても嬉しいことだ。
婚約者と思いが通じ合っていたということなのだから。
もっとも、通じ合っていたのは気持ちではなく、妄想かもしれないが。
「望むならいくらでも見せてあげるよ。何なら、触ってもいい」
「……代わりに私も見せなくてはいけなくなりますよね? 騙されませんからね」
はい、胸板を見せました。触らせました。
代わりに愛理沙も……分かっているよね?
という作戦は通じないようだった。
「しかし……別にダイエットをしなければいけないほど、太っているようには見えませんが? 急に食習慣を変えたりするのは、健康には良くないですよ?」
「早めに手を打たないと、後が大変だし。それに……愛理沙は筋肉好きだろう?」
「ま、まるで、私の性癖が筋肉みたいな言い方、やめてください……! 別に筋肉がなかろうと、太っていようと、由弦さんは由弦さんですし……」
「でも、筋肉質の俺と太っている俺なら、前者の方が好きだろう?」
由弦も愛理沙のウエストが太くなろうと、逆に胸や尻の容量が減ろうとも愛理沙は愛理沙で好きなままではあるが……
しかし、太った愛理沙よりは、今の凹んでいるとことは凹んでいて、出ているところはしっかり出ている愛理沙の方が好きだ。
相手のことを思えば、好きな人に好かれるようにするのは当然のことである。
「それは……まあ、そうですね……」
「それにそろそろ夏休みだし」
おそらく。愛理沙と海やプールに行くこともあるだろう。
もしかしたら、そこには宗一郎や聖、そして亜夜香たちもいるかもしれない。
その時、だらしない体でいるのは良くない。
「分かりました。ではお付き合いしましょう」
「いや、別に愛理沙まで……」
「私もそろそろ本気になる必要があるかなと思っていたところですから。……別に太ってはいないですよ?」
「いや、それは知ってる」
ゴールデンウィークの時、愛理沙の水着姿を拝ませていただいたが、特に太っているような印象はなかった。
とても素晴らしいプロポーションだった。
「お食事やお弁当も低糖質高たんぱくを意識します」
「あぁー、いや、別にそこまで気合いを入れなくても……」
「舐めてるんですか? 由弦さん。やる気あります?」
「すみません。頑張ります」
由弦は頭を下げるしかなかった。
小説とは関係のない事情で、九月ごろまでいろいろと忙しかったのですが
その後、「あ、終わったんですね! じゃあ、お願いしますね」みたいな感じでやらなければならない原稿をドバっと課されて
最近、その辺りが終わりました。
でも、実は小説とは関係のない事情ですが、一月中旬頃までに絶対にやらなければならないことがまだあったりするので、忙しいのは変わってなかったりします。
というわけで、今後も更新間隔は不定期となります。
なお、「お見合い」の三巻ですが、発売日は「12月24日」となります。
スニーカー文庫は毎月の一日に発売されますが、今回は年末年始ということで一週間前倒しで発売される感じです。
大筋は変わりませんが、愛理沙と由弦の婚約の裏話、愛理沙の過去(天城に引き取られた経緯)などが掘り下げられております。
また、この度もIFエピソードを書かせていただきました。
三章のマラソン大会の後に由弦と愛理沙がマッサージをした回があったと思いますが、その時に愛理沙が由弦に「水着を着て入浴しよう」と言い出していたらという内容です。
書籍の二巻をすでにご購入の方はご存じではあると思いますが、おおよそああいう感じの……未購入の方に分かりやすく説明すると、えっち未遂まで行く感じのものです。
紳士の方はご購入を検討していただけると幸いです。
特典情報につきましては、もう調べると出てくるものはありますが(この度も数量限定のものがあったりします)、次回か次々回あたりにまとめて情報を発信させていただきます。
カバーイラストについても、次回、公開させていただきます。
発売日までには最低、三回くらい更新したい……と思っています。
他にも愛理沙の「ASMR」(添い寝ボイスみたいな)を書いたりしたとか、解禁できる情報はあったりしますが、情報過多だと皆さんも覚えられないと思いますので、その辺りの次回か次々回に回します。
ところで、「次にくるライトノベル大賞」というものがあるそうで、一日に一回、投票できるらしいです。
もし、お時間があれば清き一票を入れて頂けると、宣伝になる……かもしれません。
よろしくお願いします。




