第29話 ホワイトデー
ホワイトデー、当日。
由弦と愛理沙は学校が終わった後、一度家に帰り、支度をしてから待ち合わせることにした。
一足先に待ち合わせについた由弦は、緊張しながら何度も腕時計を確認する。
(……今日のために積み重ねてきたんだ。よほどの馬鹿をやらない限り、そう酷いことにはならないだろう)
そんなことを何度も思いながら、待っていると……
携帯が鳴った。
メールを確認すると、そこには『後ろです』という文章が。
由弦が振り返ると……
「由弦さん、本日はよろしくお願いします」
そこにはとても美しい少女が立っていた。
ほんのりと化粧が施された肌は美しい乳白色で、そして唇はとても艶やかだ。
琥珀色の髪は大人ぽく、シニヨンに編み込まれていた。
青色のワンピースは袖がレースになっていて、彼女の白い肌が少しだけ透けている。
胸元の真珠の首飾りが、彼女の美しさを引き立てていた。
彼女は……愛理沙は翡翠色の瞳を恥ずかしそうに伏せながら、由弦に言った。
「あ、あの……由弦さん?」
「……ああ、すまない。とても綺麗だったから、見惚れていたよ」
愛理沙は本当に美しかった。
証拠に周囲の視線が愛理沙に集中していることが分かる。
この子が自分の恋人であることに、由弦は誇りたい気持ちになった。
「ありがとうございます。あまりこういう服は着る機会がないので……良かったです」
そう言って愛理沙は微笑んだ。
それから仄かに赤らんだ表情で由弦を上目遣いで見上げる。
「由弦さんも、その、とても良くお似合いです……なんか、新鮮ですね。ネクタイ」
これから行くレストランはそれほど格式が高いわけではなく、“平服”であれば十分なのでネクタイは必須というわけではない。
が、由弦は気合いを入れるのも兼ねてネクタイを締めてきた。
由弦たちの高校の男子制服は学ランなので、ネクタイ姿の由弦を見るのは愛理沙にとっては初めてということになる。
「とても……大人っぽくて、カッコイイと思います」
「ありがとう」
由弦は少し照れくさい気持ちになった。
とはいえ、今日は由弦にとって非常に大事な日だ。
いつまでも浮かれているわけにはいかない。
「じゃあ、行こうか。愛理沙」
由弦はそう言って手を差し出した。
すると愛理沙は小さく頷き、由弦の手にそっと手を置いた。
「はい」
由弦が予約したレストランは、それなりに有名なホテルの中にある、フランス料理のレストランだった。
由弦と愛理沙は案内された個室に腰を下ろす。
「わぁ……綺麗ですね」
窓ガラスから見える夜景に、愛理沙は感嘆の声を上げた。
闇夜の中、キラキラと宝石のようにネオンが輝いている。
一先ず、気に入って貰えたことに由弦はホッと胸を撫で下ろした。
「……あの、由弦さん」
「どうした?」
しかし安心したのも束の間。
気付くと愛理沙の表情には不安の色が浮かんでいた。
「ここ……その、もしかして、そこそこ、お高いんじゃないですか?」
「いや……そうでもないよ」
愛理沙の問いに由弦は首を左右に振った。
少なくとも“高瀬川”基準的には安い部類に入るレストランだ。
もっとも……由弦のバイト代的には、奮発した方だが。
「俺からのホワイトデーのプレゼントだと思って。……君にはいつも、弁当を作って貰ったりとか、いろいろお世話になっているから」
「ん……分かりました」
あまり遠慮したり、由弦の財布を心配し過ぎるのも失礼になると思ったのだろう。
愛理沙は小さく頷いた。
そんな会話をしていると、男性のウェイターに飲み物を尋ねられる。
「どうする? 愛理沙」
「えっと……私、よく分からないので……」
「そうか」
由弦は少し考えてから答える。
ミネラルウォーターでも良いが、せっかくなら愛理沙には美味しい物を飲んでほしい。
「料理に合うカクテルを適当に……あぁ、ノンアルコールの物を、よろしくお願いします」
“クセ”でアルコールを頼みそうになった由弦はそう言って誤魔化した。
もっともここは高瀬川家の御用達の店というわけでもなく、またしっかりとしたお店なので、未成年である由弦にアルコールが出されることは万に一つもないのだが。
「カクテルって、ノンアルコールのもあるんですか?」
「まあね。……有体に言ってしまえば、ジュースだよ」
もっとも、正直なところ由弦はあまり詳しくはない。
愛理沙と比較すればこういう場所には慣れているかもしれないが、それでもまだ人生経験の浅い十六歳なのだ。
それに……専門家に任せた方が、最良の物が出てくる。
さて、そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。
最初はアミューズ、つまりお通しだ。
「じゃあ、愛理沙」
「……はい」
二人でカクテルの入ったグラスを掲げ、軽く乾杯した。
それから二人は景色を眺めながら、料理に舌鼓を打った。
最高級、というほどではないにせよ高級レストランなだけあり、一品一品のレベルは高い。
「とても……美味しいですね」
そう言って愛理沙は目を細める。
口元が緩み、目尻が垂れ、表情が綻び……本当に可愛らしい。
「ここに来るのは初めてだけど、うん、美味しいね。評判通りだ。それとも、もしかしたら……」
「……もしかしたら?」
「君と一緒だから、美味しく感じるのかもしれないね」
由弦がそう言うと愛理沙は「お上手ですね」と嬉しそうに微笑んだ。
もっとも、由弦はお世辞のつもりで言ったわけではないのだが。
それから由弦と愛理沙は談笑しながら食事を続け……
最後にデザート、そして食後の珈琲を口にした。
「でも、やっぱり……本職の方は凄いですね」
珈琲を飲みながら、しみじみと愛理沙はそう言った。
そこらへんのファミレスや喫茶店が相手ならば愛理沙の料理の方が美味しいと言えるが……さすがに高級フレンチには勝てない。
「そうだね。でも……俺は君の料理の方が、やっぱり好きだよ」
「またまた、お世辞を……」
「いや、本当だよ。……そもそも、こんなの毎日食べたら、胃もたれしちゃうじゃないか」
高い料理はたまに食べるから、美味しいのだ。
毎日食べるようなものではない。
家庭料理には家庭料理の良さがある。
「確かに……それもそうですね」
そして愛理沙は微笑み。
「じゃあ……これからも、頑張りますね」
「……ああ、これからも、よろしく頼むよ」
それから由弦は大きく、深呼吸をした。
背筋を伸ばし、愛理沙を見つめる。
唐突に改まった表情をした由弦に、愛理沙は不思議そうに首を傾げた。
「由弦さん?」
「……愛理沙。これからの話を、したいんだけど。良いかな」
由弦がそう言うと、愛理沙は表情を強張らせた。
そして慌てた様子でピンと背筋を張った。
「は、はい……何でしょう」
「俺と君は……その、“婚約”をしているだろう? ……偽物の」
「そう、ですね。はい……由弦さんには、お世話になっています」
愛理沙はそう言って頷いた。
そんな彼女の表情には緊張の色が見て取れた。
……あまり回りくどい言い方をして、悪戯に彼女を不安にさせるのは良くない。
由弦は覚悟を決め、立ち上がった。
席を立ち、愛理沙の下まで歩み寄る。
「え、えっと……」
「愛理沙。君との……今まで続けてきた、この、嘘の“婚約”を、取り消したい」
由弦の言葉に愛理沙は大きく目を見開いた。
そして由弦は片膝を付き、ポケットから小さな箱を取り出した。
赤い箱を愛理沙に向けて、静かに開けた。
「そして君と……改めて、正式に婚約したい」
その美しい宝石のような瞳を見開いたまま、固まっている愛理沙に対し、由弦はそう言い切った。
勝った!! 第三部完!!
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