第10話 “婚約者”の誕生日
大事なのは相手への気持ちなので、サプライズなどは考えず、素直に聞け。
というのが由弦の悪友にして女の敵、佐竹宗一郎のアドバイスだった。
が、しかし。
それはあくまで日頃の感謝を込めたお礼の品である。
誕生日プレゼントとは、やはり少し違う。
誕生日プレゼントというのは、「一体、何をくれるのかなぁー」という期待感もやはり重要なのではないだろうか?
というのが由弦の価値観である。
さて、前回は宗一郎に聞いたわけだが……
意外に彼は役に立たないことが判明している。
聖は……彼の家の商売を考えると、女の子を落とす(騙すとも言う)方法は知ってそうではあるが、別に由弦は愛理沙を落としたいわけではない。
やはりこういうのは女の子に直接、聞いた方が早い。
由弦はそう判断すると、幼馴染にメールを送った。
翌日。
放課後、由弦はその幼馴染のクラスへと赴いた。
「ごめんなさい、ゆづるん。私には宗一郎君という、将来を決めた人がいて。あなたの愛は受け取れないというか……」
黒絹の髪に、赤みの強い琥珀色の瞳。
白い肌に、ややエキゾチックな雰囲気の容貌。
顔はもちろんのこと、モデルのように均整の取れた体つきの女の子。
宗一郎と共通の幼馴染の一人。
橘亜夜香は由弦に対して、そう言った。
「誰がいつ、君に愛を向けた?」
由弦は呆れ顔で、そう返した。
もっとも彼女のノリはいつものことなので、気にしても仕方がない。
これでも乳児の頃からの付き合いである。
「事情は話した通り、女の子の友人がいて、その子に誕生日プレゼントを贈りたいんだ」
「んー、まずゆづるんはさ、その子のこと、好きなの?」
「好きじゃないな」
「なら、アクセサリーとかはやめた方が良いね」
「だろうね」
そもそも愛理沙の趣味など分からないから、贈りようがない。
ティファニーなど買ったとしても、ネット通販行きだろう。
……愛理沙は人から貰った物を売るような子ではないとは思うが。
「どういう間柄なの?」
「複雑な間柄だな」
まさか偽りの婚約関係にあるのだと、そう伝えるわけにはいかないし、それを匂わせるわけにはいかない。
橘家の情報網は馬鹿にできない上に、亜夜香はこう見えて頭が良く、察しが良いのだ。
下手なことを言えばあっという間に由弦と愛理沙の関係を調べ上げてくるだろう。
……もしかしたら、もう情報を掴んでいる可能性すらある。
「女友達だ。だけど、君ほどは……気心が知れた仲というわけではない。でも、決して親しくないわけではなく……つまり親しいには親しいが、一定の距離感を適切に守っている関係だ。そして俺はその子とは今後とも、仲良くやっていきたいと思っている」
「ふーん。つまり恋人とか思い人とかではない友人同士だけど、普通の友人同士とは別に、何らかの深い繋がりがあって、何かしらの利益を共有する……仲間みたいな?」
「……………………まあ、そうだな」
こいつ、何でこんなに察しが良いのだろうか?
と由弦は内心で冷や汗を掻いた。
「ゆづるん、毎年、私にお菓子の詰め合わせくれるじゃん? ああいうのは、ダメ?」
由弦と亜夜香は乳児からの付き合いがある。
当然、誕生日には義理としてプレゼントを贈る。
毎年由弦が彼女に送っているのは、日持ちするクッキーのようなお菓子の詰め合わせだ。
「いや……まあ、それは考えたんだが。あれは……義理感あるだろ?」
「まあ、お歳暮とかお中元で出しても問題なさそうなものだからねぇー」
由弦と愛理沙の関係は、一応婚約者であり、恋人同士。
その相手に幼馴染の女友達と同じ物を贈るのは……間違いなく、後から祖父母に何かを言われるだろう。
それにお菓子なら、ケーキを用意すれば良い。
プレゼントと被ってしまうので、あまり良くない。
そんな感じで二人で悩んでいると……
「あらあら、由弦さんに亜夜香さん。何を話してらっしゃいますか?」
ひょっこりと、廊下の方からもう一人の女の子が現れた。
明るい茶髪に、ヘーゼル色の瞳。
整った和風な顔立ち。
少し背は低いが、それゆえに胸部の膨らみが目立つ。
幼馴染の一人。
上西千春だ。
雪城愛理沙、橘亜夜香、上西千春、これにもう一人、凪梨天香という少女を加えた四人は、校内でも非常に容姿が美しいと評判だ。
ちなみに由弦は凪梨天香とは直接の面識はないが、彼女と同じクラスの聖曰く「あれは悪魔のような女だ」らしい。
「ゆづるんがさ、女の子にプレゼントを贈りたいんだって」
「へぇー、由弦さんにも春ですか? 私に相談してくれないなんて、水臭いですねぇー」
「亜夜香ちゃんの後、君に相談するつもりだった。あと、別に春ではない」
そう断ってから、この二人が集まるとうるさいんだよなと、内心で呟く。
別に嫌いではないし、親しい友人ではあるが、テンションの高い性格のこの二人が揃うと歯止めが効かなくなる。
とはいえ、それを言うと増々うるさくなるので、由弦は手早く用件を済ませてしまうことにした。
「そういうわけで、千春ちゃん。君はどういう物を貰ったら嬉しい?」
「お菓子以外ですよね? そうですねー、化粧品関係とかどうですか?」
「化粧品? ……俺はそういうの、全く分からないけど」
化粧道具なんて贈られても迷惑なのではないだろうか?
と由弦は首を傾げてしまう。
「本格的なモノは、まあ好みがありますけど? 化粧水とか、リップクリームとか、石鹸とかならまあ……よほど変な物でもなければ貰ったら使いますし」
「確かに、そういうのなら便利だね。恋愛感情を感じないギリギリの範囲だし」
千春の意見に亜夜香が同意した。
そういう物なら、亜夜香や千春に贈っている物と区別がついて、良いかもしれない。
「なるほどねぇー、うん、ありがとう。あとは自分で調べてみるよ」
「実ったら教えてねー」
「男は度胸ですよ!」
「恋愛じゃないって言ってるだろう」
由弦はため息をついてから、その場を離れた。
さて、約一週間が経過した、土曜日。
六月の二十五日。
その日は丁度、誕生日……の前日だった。
さすがに都合よく、誕生日の日は被らない。
いつも通り、由弦は愛理沙と共に軽くゲームで遊んだ。
それから小休憩を挟み、いつも通りケーキを食べる。
「なんだか、いつもケーキをご馳走してもらって、すみません」
「それを言えば俺は君に食事を作ってもらっているからね」
そこはお互い様だ。
と、由弦がそう言ってから……ふと思い出したかのように、やや強引に。
「ケーキと言えば」
「どうしましたか?」
「誕生日、おめでとう。明日だろう?」
「…………あぁ、そう言えば、そうでしたね」
一瞬の間を置いてから、愛理沙は思い出したかのように反応した。
まさか高瀬川さんから誕生日を祝って頂くなんて!
というような驚き方ではない。
「……もしかして、自分の誕生日、忘れてたということはないよな?」
「まあ……日付は覚えていますよ。普段は意識したりしませんけど」
愛理沙は少し目を逸らしてそう答えた。
どうやら本気で誕生日が近いことに気付いていなかったようだ。
……家庭事情的に祝われたことが、もしかしたら無いんだろうか?
と、由弦は非常に不憫に思った。
「というか、高瀬川さんはどうして私のお誕生日を?」
「お見合いの時の資料に書いてあったのと……あと、最近、祖父から連絡を受けて」
「なるほど。……そうですね。婚約者なら、互いの誕生日は把握していないとダメですよね。完全に盲点でした」
「まあ、幸いにも俺の祖父は、俺が君の誕生日を把握していなかったことを、特に疑問には感じていないようだったから、安心してくれ。呆れられたが」
由弦がそう答えると、愛理沙は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「……お伝えしていなくて、すみません」
「その辺はお互い様だから。ちなみに俺の誕生日は……十月の十六日だから。よろしく」
由弦がそう言うと彼女はスマートフォンにその情報を記録した。
これで愛理沙が由弦の誕生日をすっぽかすことはなくなった。
「それと、雪城」
「はい?」
「勿論、誕生日プレゼントを用意した」
物影に隠しておいた、可愛らしい紙袋を取り出して由弦がそう言うと……
今度こそ、愛理沙は驚きで固まった。
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