体育館を閉じ込めて
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
カメラ会議には慣れてきたか、つぶらや?
「3密」を徹底せにゃならんと、実際に顔を合わせる機会も減ったからな。パソコンの画面を共有しながら見てんのは、どうにも慣れねえ。
こうさ、目の前にいない奴と会話をしているって、どうも話している感じがしないんだ。
ほれ、トリックでもあるだろ? 実は録音、録画してある音声や映像が、あたかもリアルタイムで当てはまっちまって、当事者たちが翻弄されるってワンシーンだ。あれを見ちまってから、目の前で話をしないと、どうにもコミュニケーションをとっている気がしなくなっている。
つぶらやは、「一堂に会する」意味、考えたことがあるか? 学生時代とか、「どうしてこんなことで集まんなきゃいけないんだ」とか、思ったことは多いんじゃないか?
俺もさ、ご多分に漏れず疑問に思う派だったんだが、ちょっとしたきっかけで少し考えるようになってよ。
そのきっかけの話、興味ないか?
うちの通っていた学校は、春先に全校集会が集中している。
ゴールデンウィーク前なんぞ、週に一回どころか、月、水、金の三回と来ている。月曜日はそれなりに身のある話をしてくれるんだが、水、金に関しては「寝ていても、問題がないんじゃね?」というレベルのつまらない話を、延々と垂れてくださる。
窓もカーテンも、閉め切ってしまうこの時間は、非常に暑い。全校生徒がそろっているというのもあるだろうが、それでも体育館にはまだ余裕が残っているはず。なのに、じっとしていて額が汗ばんでくるのを感じるくらいだ。
正直、不毛だ。せっかく教室にテレビがついているんだから、テレビ集会でもいいじゃないかと、文句を垂れる奴はそこそこいたなあ。
でも面と向かって、強く言う奴はいなかった。どの先生方もはっきりとした答えを返してくれなかったからだ。それもまた、俺たちの不満をあおる一因になっていたのは否めない。
で、ゴールデンウィーク前、最後の生徒集会の前だ。
前日にはっちゃけたせいか、春に似合わない暑い朝だったのが災いしたのかは知らねえがな。学校内で俺はダウンしちまった。
いや、まったく記憶がないのよ、その間の。気がついたら保健室で寝かされててさ。記憶にある時間より15分ばかし過ぎていた。
保健の先生は席を外していた。この保健室は体育館へ通じる道の途中にあるが、足音はずっと遠くにある小さいものがいくつかだけ。それもほどなく、完全に消えてしまった。たぶん、全員が体育館の中へ入ったんだろう。
すぐにベッドから起き上がることはできなかった。枕に頭を預けていても、ベッドごとぐるぐる回されているようで、吐き気をこらえるのが精いっぱい。しばらくは目を閉じて、喉の奥からこみあげてくるものを、どうにか抑え込んだ。
数分後にようやく起き上がるも、両足で立つと目の前がまだかすかにくらむ。
本来ならじっとしているべきなんだろうが、当時の俺は「皆勤賞」というものに、えらくこだわっていてな。たとえクソつまらない話だけの集会だろうが、欠席扱いされるのはちと気に食わない。
俺は廊下のあちらこちらに寄りかかりながら先を急いだが、校舎と体育館の渡り廊下近くまできて、ふと気がついた。
体育館全体が、青い生地で覆われている。
ブルーシートじゃない。きちんと糸で織られたものだ。そいつが体育館全体を覆う形で被さっている。
中の連中はきっと気づいていないだろう。先にも話したように、集会を行うときには窓もカーテンも、そして各所の扉もきっちり閉め切ってしまうからな。
まさか外がこんなことになっているとは。いや、それとも今日だけたまたまなのか……。
屋根の上に人影がちらちら見える。きっとこの布を用意した人たちなんだろうなとぼんやり眺めていると、不意に後ろから肩を掴まれた。
保健の先生だったよ。俺が見ていたものをちらりと見やると、いかにもわざとらしく、俺の額に手を当ててくる。「まだ熱があるから、もう少し休みなさい」とも。
監視下じゃあ、逃げ出すことはできない。俺は保健室に連れ込まれて、一時間目の授業が始まる直前まで、おとなしくせざるを得なかったよ。
休んでいる間、俺は先生にあの布のことを聞いてみる。
ちょっと体育館の工事中で……と話してくれたが、おそらくはウソだ。もしそうだとしたら、作業をしている音が響いてくるはず。
それが、俺が見に行く前も後も、気配はみじんもなかったんだ。こうして保健室にいる間も、体育館のほうから新しい音が響いてこない。
――絶対に、先生方は何かを隠している。
確信を持った俺は、どうにかしてこっそり秘密を暴けないかと思ったんだ。
授業が始まり、休み時間を過ぎて放課後を迎えても、体育館にもう一度あの布が被せられることはなかった。これまで少なくとも、体育館に集まる時以外は目にする機会のなかった代物だ。普段から装着していないのは、別におかしい話じゃない。
俺は同級生で、学校が見えるところに住んでいる生徒を探し、話を聞いてみる。あんな風な奇妙な体育館の姿を見たことがないか? てな。
何人目だったかで、有力な情報が手に入った。土曜日の12:30から1時間前後、時たま体育館が青い布に覆われているってことをな。
休みの日でも校庭や体育館を、スポーツクラブに貸し出していることは俺も知っている。それなのにあんな格好をさせるのには何か意味があるんだろうか?
幸いなことに、次の日は土曜日。
俺は昼近くに家を出て、学校へ向かう。話に聞いていたより15分は早く着いたが、体育館はすでに青い布で覆われていたよ。
あのとき、渡り廊下の下から見上げた、屋根の人影は見えない。しばらくはこの布が細工をされることはないだろう。
俺は体育館に近い校門を乗り越える。じかに中へ入ろうと思ったんだが、一歩一歩顔にあたる風が暖かく、熱く感じてきたんだ。
まるで暖房だ。一メートル近くまで来た時には、俺の眉毛や前髪がチリチリ音を立てるくらいだったが、それでも足は止めない。
体育館には渡り廊下以外にも、通常の玄関口がある。そこからちらりと中をのぞいて、すぐに帰ろうと思ったんだ。先生方が隠していたのが、気になるからな。
結論からいうと、体育館の中には誰もいなかった。
布をめくってのぞいた内側には、閉まったドア越しだってのに焼き付きそうな息が顔に吹きかかってきてさ。5秒とのぞいていられなかったんだ。
でもさ、「誰も」はいなかったけど、「何か」はいた。
昼間っから目いっぱいにつけられた照明の下でさ、まあるい影とそこから漏れる足音だけがはっきり認識できた。
あいつらは互いに互いを追いかけまわしていたよ。おそらくは鬼ごっこの最中だったんじゃないかと思った時には、もう我慢できなくなっててさ。体育館を後にしていたんだ。
それから十数年後。同窓会に来てくださった学校の先生に、俺はこっそりあの体育館の布のことを聞いてみた。俺が見たもののことも添えてさ。
すると先生は、あの布は彼らのためにこしらえたものだというんだ。
あの影は、この世にいながらこの世のものではない連中。その中でも、人間のぬくもりに惹かれてくる奴ららしくてさ。放っておくと人に取りつくばかりか、温かみを求めて生き血を抜くことさえしかねないらしい。
だから集会のたびに、あの青い布を体育館に被せて、俺たちのぬくもりを定期的に蓄えているのだとか。そして、それに包まれたあの場所なら、あいつらは元気よく遊びまわることができる。
いわば、こたつ布団のような存在なのだとか。




