我が家
なんか色々忘れていたんだけど、私、買い物をして早く家に帰らないといけないんだった!!
悪いけど、今日は話を聞いている暇がないのと言って別れようとしたんだけど、清夜が私のカバンを返してくれない。笑顔のまま、そう、なんて言いつつ動こうとしない。
人質ならぬ、物質された!! あなたとコントなんてしている暇はないのよ、お分かり!?
「清夜、カバン返して」
「歩きながらでもいいから話そうよ。そんなに時間は取らないから」
「どうしても今日じゃないといけないわけね。わかったわよ」
押しに弱いわけではなくて、本当に時間がない。荷物のお届け指定時間は18時だから、急げばどうにかなるはず。
こんなのを連れて近所のスーパーに行くのは嫌だったけど、特売日だから行かないわけにもいかない!
結局、学生主催トーナメントについての確認をされた。事前練習をしないといけないけどいつなら大丈夫かとか、作戦を立てるから持ち技を全て教えてくれとか、手持ちカードについても聞きたいとか、そんなの。
カードに至っては対して持ってないから全部教えると、清夜から深い溜め息が漏れた。
「翼って、本当に普段やってないんだね」
「そうよ。学校でだけ」
だからレアカードなんてほとんど持ってない。基本的に腕力と盾の力でゴリ押ししてきたのよね。後は瑠璃ちゃんがサポート役に付いてくれてたからどうにかなった感じではある。
夕哉が入ってきてくれるまでは校内で中位の鳴かず飛ばずだったけど、夕哉のDPSはかなりものだからなんとかなっている。
因みにDPSとはダメージ・パー・セカンドの略で、簡単に言えば秒間に与えたダメージ量のことを指す。DPSのことを火力があるなんて言うのだけど、その理由は単純にダメージ力が大きいってことを言っている。
つまり、うちのパーティの中で一番強いってわけ。私のロックブレイキングぐらいのダメージは平気で出せるのよね。
私の大技はロックブレイキングただ一つ。後はゴリ押しでどうにかしてきた感じだもの。文句を言われても私のせいじゃないわよ。
仕方ないかぁみたいな顔してるけど、こんなの想定済みでしょうに。でも清夜は何を納得したのか頷いて、まぁなんとかなるかなと言っていた。
「なんかまたえげつない作戦でも考えてるの?」
「またってなに?」
俺のなにを見てそう思ったのと聞いてくる。いやあなた、明らかに私を罠に嵌めたじゃないの? 今私がこうなっているのは一体誰のせいだと思っているの。
私の言っていることに思い当たったらしい清夜は、なんの臆面もなく言ってのけた。
「だって、俺達のパーティにはタンクが必要だったんだよ。翼は盾持ちなんだし、丁度いいでしょ?」
「それでアイシクルドックを寄越すあたりがえげつないって言ってるのよ!!」
あんな強いレアカード貰っちゃったら断れないじゃない!! 断れない様に追い込んでおいて、なんでそんなに飄々としていられるのかしら。
まぁ、もういいわ。そんなことより、話は終わったのかしらね。終わったのなら帰ってくれて結構よ。
「とにかくカバン返して」
「買い物で手が塞がるってわかってて返せないよ」
「いつもそれで買ってるから気にしないで」
「病気のことが心配なんだよ。俺のせいでびっくりさせちゃったんだし」
それを言われてしまうと断りづらくなる。別に清夜のせいじゃないわよと言うのは簡単なんだけど、責任を感じている人の好意を無下にするわけにもいかない。
しょうがないわねと、厚意に甘えることにした。幸か不幸かは別として。せめて知り合いに会わないことを祈っておきましょうかね。
って言っていた矢先なんだけど、出会ってしまいました。振り返った瞬間に。
「あら翼ちゃん! やっぱり来てたのね。特売日だもの当然かしら」
「おばさん、こんにちは」
オホホなおばさんにアハハで返す私。よりにもよってこの人に出会ってしまうとは……絶対に広まる。確実に広まる。ご近所の皆さんに広まってしまう!!
あらそちらの方は、なんて言っている目が若干鋭い気がする。これはもう、誤解を解こうと発言する度に信憑性を与えることになり兼ねない。
「学友です」
実際には友達でもないんだけどそう言うしかない。あらそうなのと言いながらの品定めが凄い。清夜は人付きのする笑顔でこんにちはなんて言っているけど、女嫌いだから今のは完全に社交辞令だろうな。
社交辞令ができるんなら、普段から女の子達にもやってあげればいいのに。
それじゃあなんて言ってそそくさとその場を離れたけど、明日から大変なことになるのはご近所でも同じかも知れない。
今日は豚肉が安いから、生姜焼きでもしようかしら。豚肉が特価品で安いしね。後は、添え物にポテトサラダでいいか。
「いつも翼が作っているの?」
「まぁね」
「いいなぁ。羨ましいなぁ。姉弟水入らず楽しい食卓なんだろうね。俺とは大違いだよ」
なんか語り出したよこいつ。とにかく無視しよう。
「今日はお手伝いさんの時枝さんが居ないから、一人寂しくコンビニ弁当だから、俺」
「……」
「そのメニューだと生姜焼きかな? いいよね生姜焼き。温かくて美味しいんだろうなぁ」
なんかアピールが凄い。圧がある。いやでも、その要求には応えられないわよ。
「誰かと一緒に食べる夕飯なんて、もう何年も食べてな」
「作りゃあいいんでしょ!? 作りゃあ!! 作ってあげるわよ!!」
だから黙らっしゃい!! つい湿っぽい話で辛気臭くなるのに耐えられなくて、売られてもいない喧嘩を買ってしまった。後悔した時には時すでに遅し。満面の笑みを湛えた清夜が……
「じゃあ有り難く、ご相伴させてもらうね」
やられた。またこのパターンだよ。どうして毎回毎回引っかかるのよ私!! この単純な脳みそどうにかならないの!?
終始笑顔の清夜を引き連れ、家に帰ることに……
翔になんて説明しようか。対して気にしなさそうだけど、なんで男を連れて来たんだと不審がられるに決まっている。最悪、この事を兄達に話そうものなら、どうなってしまうことか。
想像するのも恐ろしい。
家までの帰路で何度かご近所さんと遭遇するも、当然挨拶するだけで終わらない。清夜の存在に視点は固定され、興味深げに見られる。
この辺りはご近所さんとのお付き合いが強いから、これは事件として触れ回られることでしょう。清夜は清夜で、皆声をかけてくるんだねと驚いていて、事態の深刻さは認識できていなさそう。
お手伝いさんがどうのとか言っていたから、清夜の家は金持ちなのかしら。だとしたら、うちみたいなコミュニティの強い地域って不思議に見えるでしょうね。
まぁ、元々粗野な口調ではなかったから育ちが良さそうとは思っていたけど。
こっちがうちのマンションよと言って指さしたのは3階建てのマンション。高層マンションではないから、エレベーターもない。
ありふれた外観なんだけど、物珍し気に観察する清夜。マンションと言えば高層マンションを思い浮かべるタイプなのか、アパートじゃないんだとか言っていた。
言っておくけどね、アパートとマンションの明確な定義ってないのよ。便宜上、不動産屋さんが木造及び2階建てまでか、鉄筋コンクリート造の3階建て以上かで振り分けてるだけでね。
うちは一応、鉄筋コンクリート造の3階建てだからマンションと呼ばれてるの。
「レトロでいい雰囲気だね」
「築30年の耐震工事済み物件ですから」
築30年をレトロと言うかは別として、その言い方に嫌味がないので本当にそう思っているみたいね。清夜の家って一体どれだけ近代的なのよ。
言うほど古くない気がするんだけどと思いながら、玄関のカギを開ける。
「頭気を付けてね。対して天井高くないから」
「ホントだ。まるでミニチュアハウスみたいだね」
「……馬鹿にしてる?」
そんな低くないでしょ!? ミニチュアハウスって、私は小人か!! これでも私、身長170センチはあるのよ? 小人とは無縁なんだけど。
清夜は絶対180は超えてるわよね。どれぐらいかは知らないけど、うちの兄達ぐらいの身長があることは間違いなさそう。
「綺麗なお家だね。天井が低いのが玉に瑕だけど」
「平均的な日本人の規格で建てられているから、仕方がないのよ。目を瞑ってあげて」
一番上の兄はスマートに仕切りを回避していたから無傷だったけど、二番目の兄はしょっちゅう頭をぶつけてた。ガツンゴツンと音がする度、学習能力がないわねと言っていたのはいい思い出ね。
二人共、勉強のために海外に住んでいるから時々しか会えないけど、毎日連絡はしている。特に色々うるさいのが二番目の兄かしら。煩わしいほど構ってくるから、いつも塩対応になってしまう。
逆に一番目の兄は温和な人だから、私の方が懐いちゃってる感じかしら。翔も同じ理由で一番懐いてる。
二番目の兄がかわいそうな気もしないでもないけど、あの人ちょっと構い過ぎるのよね。悪気はないんだけど。
座っててと、テーブル席の椅子を指差す。素直にそれに従って座っていたけど、私が料理し始めると台所までやってくる。
「本当に料理してるんだね」
「私がやらなきゃ誰がやるのよ」
母さんは出張だし、兄二人は海外暮らし。弟は中学生だけど、料理なんて作ったこともないのに。それにしても翔、遅いわね。帰りは何時になるのか聞いておかなくちゃね。
何時に帰るのと聞くと、7時と返事が来た。今が5時50分だから随分と先になりそうね。生姜焼きは帰ってきてから焼くとしましょうか。
それで、なんだけど。
「何か言いたいことでもあるの?」
「ううん。ただ、翼をお嫁さんにする日が楽しみだなぁと思って」
何故なることが前提なのかしらね。絶対にならないわよ私!!