観光モード
技術者育成クラスといっても、普段は通常の授業がほとんどなので、面白くもなんともない。二年生になれば、通常授業を減らして技術面の授業がだいたいを占めることになるけどね。
その分、詰め込まれる内容が膨大なのが玉に瑕かしら。中間の時もかなり広範囲だったし、期末なんてきっと悪夢ね。そこに実力テストと小テストまで入ってくるんだもの、勉強のし過ぎで頭が死にそう。
その点、普通科は楽よね。授業内容だって、うちみたいに駆け足でやってないでしょう。移動教室から教室へ戻る道すがら、こともあろうにこんなことに……
「翼にお願いがあるんだけど」
「私に話しかけるな」
昨日の今日でなんでまたあんたは私の前に現れるのよ!? しかも学校で!!
わざわざ家事の合間を縫って時間を作り、レジェンダリーズ内で会った意味がないじゃない。どうしてこう、人の努力を土足で踏み荒らすのか。
「あんた、私を死刑台に送るつもり!?」
「大丈夫。翼を死刑にするようなら返り討ちにしてあげるよ」
あんたが表立って関わって来ない限りそうならずに済むのよ!! 見てみなさい! 敵意剥き出しの女の子達の視線を!!
せめて女嫌いを克服してから私に関わって来てくれる? そうすれば、敵意の目が少しは和らぐ……はず。無理っぽいかな。
女嫌いが治ったところで、女の子と普通に接している清夜のイメージが湧かない。むしろ、今の真顔か不機嫌な顔での対応が、笑顔という防波堤に変わるだけで、近付くなと言ってそう。
根本的な解決には本人の努力以外に方法がないから、そのために私が必要なんだと言われたら……嫌だけど、困っている人を見捨てられないから手伝うかもしれない。
まぁ、私が律儀に彼女達の呼び出しに応じなければいいという解決方法もあるんだけど、無視を決め込むとそれはそれでもっと酷いことをされそうなのよね。
「お願いって何!?」
「あ、聞いてくれるんだ」
無駄な押し問答をやるぐらいなら聞いてあげるわよ。だから早く帰ってくれる? 自分の教室へ!!
聞けば、学生主催のトーナメントでは、既存のパーティでの参加ができないから、一緒にやらないかということだった。それ、私にお願いする意味が分からないわね。
そもそもやり込んでるタイプのゲーマーではないし、授業以外で遊んでないのよ。それなのに、どうして私にお願いしてくるのかしら。
確か、校内トーナメントと学生主催トーナメントはルールが違ったはず。校内トーナメントは、PVP形式にモンスターの襲来などの不確定要素があるけど、モンスターは連れていけない。対して学生主催トーナメントは、PVP形式に侍従モンスターを連れていけるが、プレイヤー一人が持てるカードが3枚というルールは同じだから、モンスターを連れていくと残り2枚しかカードを持てない。 皆が皆モンスターを連れていると圧倒的にカード枚数が少なくなるから、大概のパーティがチームに一匹だけモンスターを連れていくのよね。育てあげて強くなったモンスターを連れて……ちょっと待って。
まさか、そんなわけないわよね? もしそうだとすると、何もかも初めから……
「翼、強いモンスター持ってなかったっけ?」
貴様ぁー!! そんな先々のことを見越していたというの!? いえ、だからってなにも私である必要はないわよね!?
「なんで私なの? 校内トーナメントは授業だから強制参加だけど、学生主催トーナメントは全国学生連盟のトーナメントへ参加するための試合だから、自由参加のはずよね?」
「でも翼は、強いモンスターのカード持ってるよね?」
こいつ、私の話聞く気ないのね。昨日とまったく同じ状況に追い込まれている!! 嘘でしょ? 本気で言ってるの?
人目のある場所でわざわざこの話を出してきたのも、印象付けるためなのかしら。受けようが断ろうが、学校中にこの話が広がるのは間違いない。だから明日って言ってたのね!?
はぁ……関わらずに生活することが出来ないというのならば、仕方がない。だけど覚えてなさいよ? 私はやられっぱなしで終わるほど、馬鹿じゃないのよ!!
「いいわよ。やってやろうじゃないの。ただし、私のせいで負けたって知らないんだからね!!」
「翼は強いと思うよ? 分かりやすい単純な技しか出さないだけで」
仲間がディスるな!! どうせ脳筋ですよ、私は。あんたみたいに計略を巡らすようなことは一切致しませんのでね!
しかし、清夜と私と後は誰なのかしら? パーティは三人一組だから、もう一人いるはずよね?
「それで? もう一人は誰なの?」
「密だよ? 雹河密」
ひょうがひそか……確か校内トーナメント1位で、ウザ発言のあいつじゃなかったかしら? あんな、コミュニケーション能力の低そうなやつと組むって言うの? 試合の前にハードルがあるわね。
むしろあっちが私を受け入れなさそうなんですけどと言ったら、あいつは俺に逆らったりしないから大丈夫と言ってのけた。どういうこと…? 一体あなた達どういう関係性なのよ。友達……なのよね?
翼は心配しなくていいからなんて言われたけど、心配に決まってる。だってここでの勝敗が、全国大会……果ては世界大会へと発展するのよ? 仲間選びは重要よ。
私は素人に毛が生えたくらいの知識しかないし、戦略は飽くまで正面突破上等だし……本気で取り組んでいる人達には勝てないわ。
まぁ、わかってて誘って来てるんだろうから、心配するだけ無駄ではあるけど。
「じゃあ、学生主催トーナメントに向けて練習試合をしないとね。後で連絡するよ」
いい笑顔で去って行くな。あいつ絶対兵法とか習ったことあるんじゃないかしら。永久に勝てる気がしないもの。
今日のレジェンダリーズについての授業では、レジェンダリーズ提供のコンテンツについての考察をプレゼンするというものだった。元々観光モードとされているこのコンテンツが、レジェンダリーズの原点だと言ってもいい。
ある二人の研究者が、難病で友達と外で遊べない子供達のために作ろうと思ったのが切っ掛けで、それに賛同してくれた同志と共に作り上げていった。
けれど、ただのVRというだけなら既存のゲーム機でも対応できる。彼等はそれ以上のものを作りたいと思った矢先、AIテンが現れた。
AIテンの発明者である青霧刹那という男は、齢20にして青霧家の当主であり、青霧コンツェルンの社長であり、科学者であり、医者だった。IQの高い彼は、AIテンを生み出す前に、共鳴振動熱量飛翔機体を作り、それを安定的に飛ばすためにAIテンを作ったのだという。
熱量という分野においては特に、過冷却現象を安定的に引き起こして熱源の完全冷却を目的に作られた発明が、世界に広まる森林火災を収束させたと絶賛されたほどの人物でもある。
元々の開発目的は有害な放射線の無効化だったようだけど、それは夢半ばにして終わってしまった。
彼はこのレジェンダリーズの開発には直接関わってはいないものの、出資者として研究を支えた。研究に関わったすべての人達を湛えるために、レジェンダリーズというネーミングになったのだというのは有名な話だ。
その研究者の一人が、何を隠そう私の父・鴨山守。幼い頃、心臓が弱くて病院生活をしていた私のことも考えて開発をしてくれていた。
物心つく前の話だから、人伝に聞いたものではあるけどね。
もう一人の研究者の名前は松林裕一。今でもレジェンダリーズの開発を第一線で行っている。とはいえ、立場的には会長なんだけど。
あの人は、私に対してかなり甘いのよね。まさに父親代わりと言った感じかしら。
父が死んだのは、レジェンダリーズが配信スタートとなった一年後。私が5歳の時だった。
だから私も弟も、父親の記憶がない。映像や画像や人伝の話で聞くくらいなのよね。母さんに聞くなんてできないし、兄達に聞くとかならできるけども……いや、悲しませたくないから聞けないかな。
あらゆる人達の思いが籠った観光モードは、街並みや観光名所を細かな描写をあえて荒く表現しつつも再現しており、そして場面場面でのマナー講座を多言語で習うことができる。
まず観光地を選択し、課金する。その課金の一部が観光地の収入源にもなり、文化や伝統を体験したり学ぶことができると、世界中の学校で授業に取り入れられていたりする。
実際にその地に訪れる前に学んでおきたい人や、訪れないが体験してみたい人、文化の勉強がしたい人等が利用する。このコンテンツの凄いところは、仮想空間であることの利点を生かして、時代の移り変わりやその時代を追体験できるというもの。
実際に1000年前の京都を再現し、その時代を追体験するなどのこともできる。
これを利用すれば、歴史の授業も現代史も世界史も、人が踏み入れられない地ですらも追体験できてしまう。そういった面からも、観光モードの利用価値はとても高い。
そして外部サイトとの関連付けもできるので、動画配信サイトや画像や記事など、関連する情報も見れてしまう。ただし、歴史的見解に相違があるものは先入観を与えて誤解させかねないので省かれるのだけど。
こんなシステムをAIテンはほとんど時間も掛けずに作り出してしまったのだから驚きよね。未だ進化を遂げ続けているレジェンダリーズには、終わりなんかないのかもしれない。