育成・交流モード2
清夜が、せっかく来たんだから育成体験でもしてみるかと聞いてきたんだけど、育成と言ってもねぇ……
「この子、もう充分育ち切っていると思うけど?」
「遊んだりもできるから」
遊ぶって、フリスビーでも投げればいいの? 見た目が犬だから、ドッグランみたいな場所で遊ばせるイメージが湧いてしまう。
驚いたことに、その想像通りの場所だった。ただし…
「カオスね」
「まぁ、色々なモンスターがいるから」
あちらこちらで思い思いの育成をしている人達。お互いの情報を交換し合っている人達までいる……のはいいんだけど、なんか随分と人目を引いている気がする。
まぁそうか、この子S級モンスターだし。育ち切っているから気になるのは当たり前よね。
「こんにちは」
知らない人が近付いて来て、声を掛けられる。単純な育成だけでなく、こうした交流が目的の場所だというのは知っていたけど、本当にフランクに話しかけてくるのね。
どうもこんにちはと返すのは、山登りの基本である挨拶に通じるものがある。
「素敵なモンスターですね。とても綺麗! ステイタスを見てもいいですか?」
「どうぞ」
私が育てたんじゃないんですけど、というのは言わないでおく。育成者が私の名前だから、この子私のじゃないんですって言うのは胡散臭く感じるだろうから。
「凄い! 全部MAXなんですね。愛情を感じます!」
すみません、愛情を一ミリも注いでいないんです私、とは言えないので、可愛いですからね、と当たり障りのないことを返した。私も頑張りますと彼女が言ったので、頑張ってくださいとしか言えない。
会話も広がらないし、この調子で話しかけられ続けたらボロが出そう。
話しかけられないように隅っこに移動しようとしたら、清夜があそこは個室だよと教えてくれる。なるほど、確かに建物があるわね。
そこまで移動して、やっと肩の力を抜く。人を騙す嘘ってどうも苦手だわ。後々面倒くさくなるから、正直な方が楽なのよね。
ところで、育成って一体何をするのよ?
「餌でもあげればいいのかしら? それともフリスビーを投げたり?」
「犬じゃないんだから、そんなわけないでしょ」
育成は、そのモンスターの属性に合わせて育て方が変わるんだよとのこと。この子はアイシクルドックだから、氷系であることは分かる。で?
「夏場の動物園が、動物達に涼を取ってもらおうと氷のオブジェを作ってあげてるみたいなことをすればいいの?」
「君は氷像を作るつもりなの」
見てみたい気もするけど育成ってそうじゃないから、と清夜は言う。じゃあ何なのよと思う。名前を呼ぶことが育成の条件の一つであることは知っているけど、育成過程まではよく分からないのよね。
ただ、育成の仕方によってはレアのモンスターじゃなくても超進化させることができるとは聞いたことがある。かなり稀なケースだとは聞いているけど。
氷の技に特化しているモンスターだから、その技を使えるように何度も訓練するんだよとのこと。訓練することで技の熟練度が上がり、100パーセント使えるようになるんだとか。
攻撃特化にするのか、防御特化にするのか、育成方法でどうとでもなるらしいけど、この子はどちらも均等に上げられているからバランス型のようね。バランス型は特化型に比べて力では劣るものの、プレイヤーの指示がなくても自ら考えて行動する知能があると聞く。
ただし、バランスよく育てるのは特化型で育てるよりも大変なんだそうだから、よくもまぁここまで育てたわねぇと感心する。
それにしても、指示を得ず行動するっていう点は、AIのディープラーニングの技術が応用されているのかしら。
ディープラーニングとは、人の脳の情報処理方法を模倣したもので、簡単に説明すれば、あらかじめ大量の情報を詰め込んであるので、質問に対しての答えをその中から導き出せる、というもの。
川にいる水鳥の名前は何かという質問に対し、グワッグワッと鳴いている、体毛は茶色系、小さな雛達が隊列を組んで親鳥に続く、という情報を抽出し、大量のビッグデータの中から導き出した答えが……カモ、みたいな話かしら。
まぁ、厳密に言うと難しくなるから、ぼんやりそんな感じだと思っていればいいと思う。
モンスター一匹にそんな手間暇をかけているかどうかはわからないけど、可能性がなくはないっていうのがレジェンダリーズの底の知れなさなのよね。
清夜のお手本を見ながら、真似して技を使わせる。こういう場面になったらこう行動する、みたいなシュミレーションも教えると、モンスターの頭上に星のようなキラキラのエフェクトが表示される。経験を積む度に出るらしいから、一つ賢くなりました、みたいなものなのかしらね。
技が成功したり経験を積む度に犬を褒めるみたいに頭や顔など撫でてあげる、というのを繰り返すことで、愛情と信頼が増していくという……それって完全に犬じゃない。
しかも、私の指示を嫌がることなく難なく成功させているあたり、育成過程の私の立ち位置がどういう扱いだったのかが見えてしまう。あんた本当に、私のことをママだって言い聞かせて育てたのね!?
楽しそうな清夜の横で、面白くない私。もういいやめると根を上げたのは、仕方ないことでしょ。
個室にイスやテーブルがある理由は分からないけど、ゲーム内とはいえ立ち話もなんだしと座る。さっさと本題に移ろうじゃないの。
「で、どこに行くの? あんまり遅くならない方がいいんだけど」
「うーん。俺も考えたんだけどね。いくつか候補があるんだけど、水族館とか動物園とか映画とか」
「映画でいいじゃない」
ほとんど暗闇だから話すこともないし楽。何より、二時間そこらで解散できる優れもの! もうそれしかないじゃないと私の中では決定してたんだけど。
「を考えたんだけど」
ちょっと、私の話は無視かい! なに、さらっと聞き流してるのよ。その瞬間だけ音声チャットの回線が途絶えたわけでもあるまいし。
「在り来たりだからね」
「私はその在り来たりで結構よ。映画! 絶対映画!!」
「ところで翼」
「人の話を聞け!!」
無視するなんて、失礼にもほどがるんじゃない? いえ、わかっていて無視しているんだわ。だって明らかに、ここからが本題ですって顔してるもの。
「遊園地行ったことある?」
「そりゃあ、小さい頃に何度か」
「だよね。でも俺、小学校の時の行事で行ったっきりなんだよね」
「あ、そう」
「だからね。行ってみたいかなと思って」
やっと反応を返したかと思ったら、嫌な提案。拘束時間が長い気がする。これは却下ね。
「友達と行きなさいよ」
「男子高校生が、男友達だけで行くのはハードルが高いよね」
しかも俺等クール系男子だからと言われて、あぁまぁ確かにと納得しないことはない。遊園地ではしゃぐのは、あの双子ぐらいだろう。だからって、遊園地はちょっと…
「映画がいいんですけど」
「じゃあ、遊園地で決まりだね」
始めから決定事項だったわけね。だったら何も、回りくどく言わなくてよかったじゃない。映画という選択肢を見せておきながら却下するとは……と思ったのだけど。
「次は映画にしようか」
楽しそうに言われて、次なんてものは金輪際ない!! と心の中で叫ぶ。あんたの遊びに付き合っていられるほど暇じゃないのよ私。
弟が部屋をノックしたのはそんな時だった。どうやら母さんから電話があったらしい。
「どうかしたの?」
「うん、母さんから電話みたい。悪いけど、これで失礼するわよ」
「わかった。また明日ね」
「……次に会うのは日曜日のはずだけど?」
硬いこと言わないでと言った清夜に、事実を述べたまでだと返してログアウトする。コンタクトを付けたままにするのは嫌だったけど仕方ない。イヤホンだけ外して、翔から子機を受け取る。
便利な世の中になったというのに、うちの固定電話は未だに親機子機のレトロさなのよね。まぁ、そんなことより。
「母さん、どうしたの?」
「翼! 母さん聞いたわよ!」
一体何を? しかもこのテンションの時って、大概やばいのよね。主に私に降りかかる災難という意味で。
「あなた、今度の日曜日デートなんですって!?」
なんで早く言わないのよと、面倒くさい絡み方をしてくる。なんで言わなかったのかって、鼻息荒くしている雰囲気から察することができるじゃない。
面白がられるのが分かり切っていて、言う必要がある?
「一生に一度きりのね。それがどうかしたの?」
「もうっ、お年頃の女の子がデートを一生に一度きりなんて決めつけないの! でも安心してね。可愛いお洋服はすでに注文しておいたから!!」
明日には届くと思うのと、大変迷惑なことを……いらない。本当にいらないから。
「キャンセルしといてくれる?」
「無理よ」
「じゃあ、開封せずにそのまま送り返すわね」
「翼ちゃん!!」
お願いだから見るだけ見てと懇願される。まぁ、着るかどうかはさておき、母さんの好意を無下にもできない。だいたい、着なかった時は親戚にあげればいいだけだしね。
子煩悩の母の切なる思いを組んであげないでもないか。
「見るだけだからね」
「さすが私の子!!」
どこを褒められたかは謎。出張で寂しい思いをしているんだろうし、これぐらいのお願いは聞いてあげることにする。
母さんの長電話に付き合いながら、夜は更けていった。