育成・交流モード
ここ数日、平和な日が続いている……わけがない。誰のせいなのかは明白だけど、これは明らかに逆恨みの粋だからなぁ。当然、私が悪いわけではないんだけど。
「ちょっと!! 聞いてるの!?」
「えぇ、まぁ」
気のない返事を返してしまったのは、痛恨のミスだったと思う。だけどね、こっちは暇じゃないのに毎回これなのよ? 欠伸が出ちゃうのも仕方がないわよね。
「あ、あなた…よくもこの状況で……」
生理現象にケチを付けられても困るんだけど、タイミングが悪かったのだけは謝るわ。小テストがあるから夜遅くまで勉強してたのよね。だから今とっても眠いの。小テストが終わってラッキーな気持ちの私をこんなことで煩わせないでもらいたいわけよ。
移動教室から教室に戻る際に呼び止められて、こんなベタな人気のない場所で女の子達に囲まれながら因縁を付けられるいわれはない。でも心当たりぐらいはある。
「とにかく、清夜に近付かないで!」
「清夜くんは皆の清夜くんなの!」
「孤高の彼を誑かさないでよ!」
完全に言いがかりだわ。関わりたくないのに関わって来てるのはあいつの方なのよ!? 誰が好き好んであんな二重人格と!!
とち狂ってる彼女達にはなにが真実だろうと意味はなさそう。むしろ、自惚れないでよと食って掛かられそうな勢い。なんか前回の比じゃないほど深刻なんだけど、なんで?
「清夜と付き合ってるだなんて、認めないんだから!!」
「……は?」
ちょっと待って……思考が停止したんだけど。なんかこの子達、おかしなことを言ってない? 誰と、誰が、なんですって……?
「二人が付き合っているなんて、信じな」
「ちょっとお嬢さん」
「っ!?」
「それは一体、どこのおとぎ話のお話かしら? 詳しく聞かせてくれる?」
今まで抱いたことがないぐらいの怒りが噴出する。女の子達はそんな私を怖がって後ずさるけれど、逃がすわけがない。
私がどれほど憤怒しているか、分かるわよね?
「誰が、あんなやつと、天地がひっくり返ってもあり得ないのに付き合ってることになっているのか」
「いっいや!」
「こっち来ないで!」
「た、助けて!」
「勿論、解放してあげるわよ? その噂の出所を吐いてくれたらねぇ?」
「言います!! 言うから!!」
どっちが悪者だか分からない状況の中、彼女達は語ってくれた。清夜のパーティであるあの双子が、吹聴して回っていると……ほほぉーう、あいつらか。お昼休みの今なら、彼等を懲らしめられそうだ。でもその前に…
「言っておくけど、そのようなことは事実無根。あなた達も誤解しないでよね」
「…本当に、違うのね?」
「当たり前でしょ!? 私はね、弱みを握られて一時的に関わっているだけの他人なの!!」
キッパリ言い放つと、女の子達はほっとした表情をする。しかしそこで思うのは、そんな彼女達の気持ちもあいつにとっては塵に等しいという事実。なんか女を馬鹿にしているみたいでムカつくわね。
ともかく、彼女達の誤解は解けたみたいで良かったわ。私は私で、やるべきことが出来てしまったけどね!
普通科の教室がある建物は私達の教室がある建物の3棟挟んだ先にある。普段交流がないというのは、この距離のせいもあるのよね。そんな場所へこの私がわざわざ来てあげたのは他でもない、あの双子は何処なの!?
近くにいた人に双子の居場所を聞いていた時、私を指さしてきたチャラそうな男がいた。
「あ、清夜の彼女」
スタスタと、その男の前まで来ると同じく指をさした。
「その嘘をこれ以上広めたらあんたも同罪にするわよ!?」
まさかこんな至近距離でそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。驚いた顔をして私を見ていたが、驚いたことにそいつらのグループの中に清夜がいた。
「あれ? もしかして俺に会いに来たの?」
「そんな馬鹿な!!」
そんなことより双子はどこよ? あの元凶共は!! 怒鳴しながら問うと、彼らのグループの後ろでこそこそとしている二つの影があった。
「そこにいたの!? さっさと謝ったらどう? この私に!!」
清夜と付き合っているなんていう嘘を広めた罪は重いわよと双子のネクタイを掴みながら言うと、でも清夜が否定しなかったもんなと頷き合っていた。あいつを基準に物事を考えるな。まずは私に確認しろ!
嘘でしたってちゃんと伝令しなさいよと念を押していたら、否定する必要はないよと清夜が茶々を入れてくる。ややこしくなるから話しかけてくるなと言い返していたら、ずっと真顔でこっちを見ていた男が通り過ぎ様にウザと言った。
なんなのあいつ!? いやでも確かあいつって、FPSモードで学校内1位のチームのやつじゃない?
「あいつも女嫌いなの?」
「単純にやさぐれてるだけだから。許してあげて」
と、チャラ男談。さすが清夜の友達ね。類は友を呼ぶわ。あいつにしてもこいつにしても。
双子のネクタイを開放しつつ、もうここには用はないと踵を返す。それを清夜が呼び止める。
「せっかく来たんだから、お昼一緒に食べない?」
「見ての通り、機嫌が悪いの。怪我したくなかったらほっといて」
実際殴るかどうかは別としてね。
あれから噂は落ち着いた……と思っていたのにそうじゃなかった。結局あの後、双子を探すついでに清夜に会ってしまったのが悪かったようで、あの時の女の子の集団からは嘘つきと言われ、別の集団からは近付くなと言ったでしょと攻められ、理不尽な責め苦を負わされた。
そこで私は対策を考える。直接会うからこうなってしまうなら、人目に付かないようにすればいいのではないか、と。実際、予定を立てたとは言ってもどこに行くかは決めていないので決めなければならない。
学校で会おうものなら酷い目に遭うのは確実だから、レジェンダリーズの育成・交流モードで会って決めようじゃないかということになった。
にしても、なんでわざわざ連絡し合ってまで予定を詰めないといけないんだか……
別にどこでもいいのに。日にちはこっちが決めたんだから、どこに行くかはそっちで決めればいいのにね。まぁ、配慮してくれたって点では評価してあげないでもない。
育成・交流モードなんて、いつ振りかしら。基本、文字かスタンプのやり取りだけで、こうしてVRでログインしたのは久しぶりだわ。
この育成・交流モードは、モンスターの育成やら、プレイヤー同士の交流を目的としたコンテンツなのよね。のどかな印象だから、私の性に合わなくて使ってはいないけど。
元々レジェンダリーズが小難しいシステムにしていないのは、老若男女問わず遊びやすいように作られているためなのよね。このモードなんて正にそうで、操作性も3段階から選べるんだけど、一番優しいモードだと自動でモンスターを育成してくれたりする。なんだか楽し過ぎない?
まぁ、さすがにモンスターを育成MAXにするのは全自動というわけにはいかないけど。だから、それなりの時間をかけて育成したこの子を手放す意味が分からない。
しかも、初めから私の信頼度が振り切ってるのも謎。どういう育て方をしたのかしら。
リクエストはすでに出しているからこのフロアに来るはずだけど、まだ来ていないみたいね。セイヤの頭に手を置いて、目線を合わせながら答えが返ってこないと分かっていて尋ねる。
「お前のご主人様遅いわね」
「俺ならいるよ?」
それと元ご主人様だね、と要らぬ捕捉まで。元か元じゃないかはどうでもいいのよ。私がこの子を連れて来たのは別の目的だから。
「セイヤも連れて来たんだ。どうして?」
「勿論、返すためよ」
「どうして?」
これが文字だけのやり取りだったら伝わらなかっただろうけど、音声チャット込みのやり取りだったから前者と後者のニュアンスの違いが分かる。同じ口調で言っているように聞こえるけど、そこに含まれている意味合いの違いは明白だった。
分かったからってどうにもならないけど。
「丹精込めて育成したんでしょ? 最後まで責任持って傍に置いておきなさいよ」
「初めから翼にあげるために育てたんだから、返されても困るよ」
「いや、なんで私にくれるために育ててたのよ。そこがもう意味不明」
「当然、この子のパパとママになるためだよ」
予想通り下らない内容だった。真剣に話してるのが馬鹿らしくなってくるほどに。
結局いるのかいらないのかどっちなのかと聞いたら、子供はママの所にいるのが一番幸せだろうと返って来たので聞き流すことにした。これ以上こいつの術中に嵌りたくないというのが本音。