試合開始
完全に視界が切り替わり、レジェンダリーズのバトルフィールド内に降り立つ。まるでジャングルの中といったフィールドだったけど、これはランダムで決められるものだから四の五の言えない。
所々グラフィックが荒く作られているのは仕様で、レジェンダリーズを現実と誤認させないよう配慮されている。
さてと、じゃあ次に取るべき行動は……夕哉を振り返る。
「私、ちょっと他所に行って来るから後は頼んだわね」
「……は?」
何を言っているんだという顔をされるけど、私も背に腹は代えられない状況だった。というか、別に逃げるわけでない。
隠れて裏から近付いて奇襲してやろうと思っただけよと説明するも、信じがたいものを見るような目をされる。まぁ、言いたいことは分かるわよ。
必殺っ正面突破!! が口癖の私の信じられない後ろ向き発言だものね。でも安心して、本当に戦わないと言う訳ではないから。ギリギリまで会いたくないだけだから!
疑いの目を向ける夕哉だったけど、手分けして敵を探すという部分には一応同意してくれる。お互いのいる位置は分かっているので、離れすぎないよう警告をされた上で単独行動を許された。
まずはこの広いフィールド内の何処に彼等がいるかを探し出さないと戦いにもならない。二手に分かれ、身をひそめることに決めた。
戦闘時間30分の制限があるFPSモードでは、相手にどれだけのダメージを与えたかで勝敗が決まる。それぞれのプレイヤーがHP300から始まり、そこから相手にダメージを与えて削っていくのだけど、ヒーラー系の技やカードを使えば、一定時間の間ダメージを無くしたり少なくしたりすることが出来る。
ヒーラーと謳ってはいるけど、実はHPを回復させることはできない。それは、確実に戦闘を終わらせるための対策としてそうなっている。
30分の間に勝敗が付かなくても、相手へ与えたダメージ数が同じだとしても、効果的な攻撃をどちらが出していたかで勝敗が決まるので、実は逃げ回っていても勝敗は付く。
例えば、逃げ回っている間にモンスターでも出て来てくれれば、それを倒す際に出したダメージが勝敗に還元されるから。と言う訳で、モンスターはいないかしら?
「あ、翼見ーつけた!」
ひっ!! このモンスターじゃない!! 私の探しているのは違うやつ!!
逃げようと立ち上がった瞬間に、右腕を掴まれてしまい逃げられなくなる。敵チームに単身乗り込んで行ったかのような構図は、正に絶望的な状況と言える。
負けた…完全に敗北よ……
「翼、どうしたの? 何で急に落ち込んじゃうの?」
「敵チームとの単機戦は不利だもんね」
「翼ちゃんの気持ちはよく分かる」
いや、全然分かってない。私が落ち込む理由は、それだけじゃないでしょ。だってこの距離での戦闘は無効じゃないの。
周囲50センチがプレイヤーの攻撃可能範囲とされているから、この距離での戦闘は許されていない。
ダメージが入った瞬間も、50センチ前の壁にダメージ〇〇って表示が出る仕組みなので、腕を掴まれた瞬間にもう攻撃無効になってしまった。
腕を振って放してくれるか試してみたけど、放してくれる様子はない。やっぱり……
落ち込んだ姿をどう見たのか、頭を撫でる仕草をされた気がした。こいつが女に優しいとかどんな奇跡なの、と思ったのは私だけではなかったらしい。
「清夜が女の子に優しくしてる!!」
「女の子を射殺さんばかりだったあの清夜が!!」
確かに普段のこいつはそうなんだけど、以前戦った時もこの人こんな感じだったでしょうが。まるで初めて見たかのようなわざとらしいリアクション。よくもまぁ、こんなのと一緒に戦えるものだわ。
そんなことより、手を放してほしいんですけど! 先程より大きく振ってみるけど放してくれない。これはもう、捕獲の粋じゃない?
このままあと20分も時間を無駄に過ごすなんて絶対に嫌!
「早く放しなさい!」
「やだ」
「なっ!」
何なのこいつー!? 人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよと言いたかったのだけど、そのまえにニヒルな笑みを向けられて蛇に睨まれた蛙の気持ちになる。
どうしよっかなー、なんて楽しそうにしているのがまた恐ろしすぎる。
「手を放してあげてもいいけど、3対1で俺達に勝てるの?」
「そっ、そんなの、やってみなくちゃ分からないでしょ?」
「ふーん。勝てるって思ってるんだ?」
私達との戦闘以外では全戦全勝の彼等。うちの学校の中では2番目の実力を持つ。で、でも、私達だって5番目なんだし、下克上も夢じゃないわよ!
っても、夕哉を加えたパーティは一ヵ月前に発足したばかりなんだけどね。まだ充分に戦術を理解し合っているとは言い難いのも事実。
いえ、だからってここで諦めてどうするのよ。私が時間を稼いでいる間に二人を呼べればなんとかなるはず、と覚悟を決めたのだけど。
ズシーン、ズシーンと、巨大な何かが近付いて来る足音が響く。次いで大きな雄たけびを上げながら木々をなぎ倒して出て来たのは……
「ミノタウロス!?」
牛の頭の人の様な屈強な体躯のモンスター。確かにモンスターよ出て来いと言ってはいたけど、これはちょっと無茶すぎる。
B級モンスターよ? 通常、他プレイヤーを含めて六人以上で倒すモンスターだっていうのに…
夕哉達にコンタクトを取る。通信しているけど、全然応答がない。あっちでも何かあったのかしら?
ミノタウロスはこちらを目視すると、地面を蹴り、頭突きの体制で突進してくる。そのスピードから推測されるダメージはかなりのもの。そんなのに当たったらダメージは計り知れない。
寸でのところで回避できたのは、清夜が引き寄せつつ後ろに下がってくれたから。そうでなければ、あの倒れた大木達が受けた衝撃がそのまま私達に与えられていたはず。助けて貰ったお礼を言いつつ、ミノタウロスから目を離さない。
あの突進だけで100ダメージに相当するのはさすがだけど、あれって完全に殺る気じゃないの?
モンスターとの戦闘開始時は、開戦表示が出るはずなのに何故出かったんだろう。普通はプレイヤー側に逃げるチャンを与えるために、そういう仕様になっているはずよ。なのに、急に突進してくるだなんて。
「あのミノタウロスおかしくない? 通常より動きが俊敏だし」
「そうだね。PVPを中断してモンスター討伐になる場合は開戦宣言があるはずなのに……とにかく、沼におびき寄せよう。直、タゲを取ってくれ。勝はワイヤーで奴の足止めを」
「分かった」
「了解」
PVPはプレイヤー対プレイヤーの戦いのことで、3対3の試合もそれにあたる。タゲというのは標的のことを言うから、アーチェリーの彼が充分な距離を取ってミノタウロスの気を引くということなんだろう。
その動線上にワイヤーを噛まして足止めし、動きを止めたところで打撃を与える。そういう作戦なんだろうけど、だとしたら、彼等だけでは火力が弱い。
清夜と目が合う。考えていることは同じみたいね。
「翼、できそう?」
「誰に聞いてるのよ。当たり前でしょ」
足止めは任せて、と彼は言った。私がやるべきことは一つだけ。
私の武器は盾だけど、ただの盾じゃない。防御のためのそれとは違う使い方を有している。
レジェンダリーズのFPSモードを遊ぶ際に、初心者向けに初期武器を与えられるのだけど、その初期武器は正直しょぼいものがほとんど。でも私は今でもそれを使い続けている。強化さえすれば、決して他に劣らないと思えたから。
守りにしか使えない武器だなんて言わせない。これは正真正銘、打撃力があるのよ!
ミノタウロスを誘導する双子に、足元を銃撃する清夜。ミノタウロスが沼に足を取られて藻掻いている間に、私はカードを発動する。
「特殊効果最速発動!! 盾の効果最大化!!」
駿足の効果を使って上へと高く飛び上がると、左腕の盾を深く地面に突き刺さるようにミノタウロスの足元に叩きつける。
「ロックブレイキング!!」
地面を凹ませ岩をも砕くこの大技で、更に沼に嵌り込んだミノタウロスは肩まで浸かった瞬間にYOU WINの文字だけを残して消滅した。
対プレイヤーだと100ダメージの技も、モンスター相手だと300ダメージは出る。と言っても、沼に嵌めるという作戦でなければ、明らかに勝てなかっただろうけど。
ミノタウロスのHPは1000以上はあるし、攻撃力も100は下らない。モンスターが戦闘不能になった時点で勝利となるので、戦力不足を考慮した上でのあの作戦でなければ勝てたかどうか。
「さすが翼だね」
手を差し伸べながらそう言ってくれる清夜だけど、このレジェンダリーズのFPSモードでは戦略を立てた人の功績を数値化しないので、単純にダメージだけを与えた私のチームにポイントが入ってしまう。
モンスター討伐のダメージ量の多い方に300ポイント。共闘チームに100ポイント。そこに与えたダメージ量を加えると、私達のチームは600ポイント先取となる。後は夕哉と瑠璃ちゃんの方次第だけど、見たところ二人のHPは減っていないので、現時点でポイント差は600対160。
勝利は確定だけども……
「でも、あんたの作戦勝ちでしょ。なのに私達の方にポイントが入っちゃって、悔しくないの?」
「どうして? 俺達は自分達の役目を最大限生かして勝利しただけだよ? 結果勝てたんだからいいじゃない」
どっちの勝ちになったとしても、勝てた過程に満足しているようだった。まぁ確かに、誰もダメージを与えられることなく勝てたのは良かったわ。
それにしても、どうして開戦宣言が出なかったのかしら。まさかバグ? 今まで、AIテンが関わったもので起きたことなんてなかったのに。
どういうことなのかしらとミノタウロスが消えた沼を見ていると、ひし形の光る何かが浮いていた。
「ねぇ、あれは何かしら?」
「ん? ホントだ。何だろうね?」
見ているうちにパッと消えてしまったので、結局何だったのかは分からなかったけど、まぁとにかく勝てて良かったーと喜んでいた。後数秒で試合も終わるし、なんだかんだで楽しかったからいいかと思っていたんだけど。
「あぁそうだ翼」
「ん? 何?」
「勝ちは譲ってあげたんだから、俺のお願い聞いてくれるよね?」
「……は?」
何か、嫌な予感。勝利の過程に満足していたんじゃなかったの!?
まさかこいつ、そのために初めから……?
「放課後、予定を空けておいてね?」
「!?」
嵌められたのはミノタウロスじゃなくて、私だった……ということ!?
運悪く、時間が来てしまい試合が終了する。
『試合終了。600対160で、YOU WIN』
勝負に勝って試合に負けるならぬ、試合に勝って勝負に負けた……