デート2
アトラクションを楽しみ、景色を楽しむ。そしてお昼を前に、なぜかこんなところに連れてこられた。
その外観から察するに余りある禍々しさ。これはどう見てもお化け屋敷なんですけど。
「次はここに入ろうか」
嬉々として指を指す清夜には悪いけれど、私は絶対に入らないわよ!! 怖いとかそういうことじゃないのよこれは。そう、私の人生においてお化け屋敷というものが必要ない。そういうことなのよ!
頑として動こうとしない私に、清夜はおやっという顔をする。その顔はどう見ても、悪戯をする前の笑顔だった。
「もしかして、怖いの?」
「そ、そんなわけ、ないでしょ!」
「そっかぁ、怖いのかぁ、それじゃあ仕方ないね。翼がそこまで無理だって言うなら他に」
「怖くないって言ってるでしょ!!」
別に怖いわけじゃないわ。そう、これはただの苦手意識よ。恐怖心があるとかそういうことじゃないから!
なら入ろうかと歩きだした清夜にためらいながらついていく私。数歩歩いて、清夜は私を見た。
「本当に無理ならやめよう? 俺は翼をいじめたいわけじゃないしね」
楽しいデートにしたいからと、優しい眼差しを送られる。そうはいっても、本当にお化け屋敷を楽しみにしてたのは見ていてわかったし、清夜の楽しみを奪うのはどうかしらね。
たいだい、私だってもう高校生なのよ。小学生の時のトラウマをいい加減克服しないとね。
「いいえ、行きましょう。たかがお化け屋敷でしょ。人間が作ったものなんだから大丈夫に決まっているわよ」
別に本物の幽霊がいるわけでもなし、なんてことないわよこんなもの。清夜を促して入ってみた……は、いいものの。さっきから、全然目が開けられない!!
あちらこちらで突然の爆音が聞こえてきて心臓が飛び跳ねる。もはや清夜の腕にしがみ付く形なんですけど!
「翼、大丈夫? もう出ようか?」
「だ、だだだ大丈夫よ!! さすがにもう少しで出られるでしょ!?」
怖いのは今だけよ。外に出れば解放されるわこんなもの。
というかあなた、なんで平気なのよ!? むしろ私の怖がり方をみて笑ってなかった!?
「なんで平然としていられるのよ!?」
「なんでって、こんな初歩的でアナログなお化け屋敷なんて怖くないよね?」
おばけに扮した人間が脅かしにくるわけでもないのに、と清夜。え? そうなの? そんな、4.50年前のお化け屋敷だったのこれ?
「この遊園地にはARを駆使した迷路型のお化け屋敷もあるけど、さすがにそれはかわいそうかなと思ってここにしたのに、翼ったらすごい怖がり様だね」
そんなに怖いなら俺が抱きしめててあげるよとか言われたけど、冗談じゃないわ! 誰があんたなんかに……
ズガァーン!!
「〇×△□っ!?」
い、今!! 大きな音が!! いや!! もう一刻も早くここを出たい!!
通路の先の床に外の光が覗く。恐らく暗幕の隙間だと思われる。やった! 外だわ!! 一目散に外にでて、ふと気づくと清夜がいなかった。え、私もしかして、置いてきちゃった!?
どうしようと思ったのも束の間、すぐに清夜はでてくる。ただし、なぜか顔が赤い気がするんだけど。
口元を覆い隠すようにしてブツブツと何事か呟いている。不気味ねぇ。
「どうしたのよ。やっぱりあんたも怖かったの?」
「うーん、凄まじいまでの吊り橋効果。いやでも、俺に効いてたら意味がないけど」
「吊り橋? そんなものなかったわよ?」
何を言っているのよと不可解なものを見るような目で見ていたら、上の空だった清夜と視線が合う。
「後は、この感情をどうやって翼に抱かせるかが難題だな」
「あんた、私と会話する気ある?」
私がうろんげに見ていたら気を取り戻したのか、そろそろお昼だけど食べれそう、と聞いてくる清夜。正気に戻ってくれてよかったわ。ただ、糖度高めの笑顔なことが気になるのですが、一体なんなのよ?
ほとんど目を瞑っていたおかげで、視覚的恐怖心がなかったことは幸いだったわ。見ちゃってたらもう、絶対にお昼を食べるどころじゃなかったものね。
さーてと、なに食べようかなー。あ、これいいかも。タブレットの注文画面で決定を押す。
「翼ってホント、花より団子だね。だからこそ手折り甲斐があるってものだけど」
「物騒な言い方しないでくれる?」
私は花や枝か。そんなぽっきりと折れるわけないでしょうに。いやでも、前に清夜は性善説をぽっきり折るとか言ってたわよね? 人のことをなんだと思ってるのよ。
腹立たしいことに深い溜め息を吐いた清夜。何か文句でも!?
「言葉の意味の一面しか知らないんだね。まぁ、そこが翼のいい所なんだけど」
手折るっていうのは女性を我が物にするっていう意味もあるんだよと教えられる。なぜそういう意味になる? 言葉って難しいわねぇ……じゃなくて!!
「あんた、本人を前にして宣戦布告してる?」
「それを言うなら、前々からしてるけどね」
早く白旗を上げてくれない、と聞いてくる清夜に、戦とは命がけでするものよと返す。さながら、戦国武将といった気持ちになる。そう易々と思い通りにはさせないわよと意気込んでいたら、オーダーが届いた。早いわね。
配膳ロボットが去っていくと、もうさっきまでのことはどうでもよくなってくる。習慣でもある頂きますをして、パスタを頬張った。あら、美味しい!
「前々から思ってたんだけど、翼ってちゃんと頂きますをしてから食べるよね」
「作ってくれた人への感謝、食材への感謝は当然でしょ」
なるほどねと清夜。少なくとも、小学生の頃にこの習慣は教わっているはずだけど?
そんなに疑問に思うようなことでもないような気がしたけど、確かに皆が皆やっているわけはないものね。真似をするように、清夜も頂きますをしていた。
「誰かとこうやってご飯を食べるのはいいよね。翼のお家でご飯を食べた時、とっても美味しかったから」
「お褒めに預かりどうもありがとう」
言っても、生姜焼きでしょ。凝ったものを作ったわけでもないのに、余程気に入ったのかしらね。
「時枝さんのご飯だって、別に美味しくないわけじゃないんだよ? だけどやっぱり、一人で食べると味がしないんだよね」
一家団欒の食卓に憧れているのかしら。そうは言っても、うちだって弟と二人きりなんだけど。確かに、弟が他所の家に泊まりに行っている時の夕飯は味気ないかしらね。清夜はそれがいつもってことなのかしら。
「誰かの顔を見ながらご飯を食べるのは格別だね」
それが好きな人だったら尚更、と微笑む。あーうん、わかったからそういう顔やめて。
ていうかもう何度目だかわからない疑問なんだけど、本当にあんたは女嫌いなの? そんな歯の浮くようなセリフを平然と言ってのけているのに?
翼のご飯をまた食べたいなぁと主張される。そんなもの欲しそうに見られたって、叶えてあげないわよ?
「それにしても、怯える翼は可愛かったなぁ。自ら俺に抱き付いてきちゃったりして」
「人の恐怖心をなんだと思って……抱き付く? なんの話?」
腕にしがみ付いていたのを抱き付くと言っているのかしら? いやでも、適切な距離を置いてしがみ付いていたはずだけど?
抱き付くと呼称されるほど密着していなかったはずではと訝しんでいると、がっかりしたような顔をされた。そこには、あぁやっぱりというニュアンスが見て取れる。
「お化け屋敷の最後で、俺に抱き付いてきたこと自覚してなかったんだ」
そんなことがあったの? もしかして、だから顔を赤くして出てきたってわけ?
「お化け屋敷での翼のことは誰にも言わないで、俺だけの思い出にしておくよ」
誰かに言っちゃうなんて勿体ないからと言う清夜。誰にも言わないまでも、弱みを握られてはいけない人に弱みを握られた事実は変わらない気がする。
「たかがそんなことぐらいで……清夜なら、いくらでも抱き付いてくる子なんていたでしょうに」
「ゴミと一緒にしないでくれる? 翼は特別なんだから」
冷ややかな目でゴミと言い放ちやがりましたよコイツ!! 私を持ち上げると共に女性をけなすとは、完全に病んでるわ。
清夜が今まで出会った女性達が最悪すぎて、女性全般に対する印象が嫌悪へと振り切っている。全員が全員そうではないにしても、肉食系女子は一定数いるから、イケメンには辛いこともあるかも知れないわねぇ。
「あんたのその女嫌いって、どの程度なの? 触られるのが嫌なだけ?」
「触られるのも見るのも同じ空気吸うのも嫌。翼以外皆消えてくれるのが理想かな?」
無理だわそんなの。むしろ、よくそんな状態で学校に通えるわね。心療内科に行った方がいいのでは? それが嫌なら…
「男子校に転校したら?」
それ以外に対応策が見当たらない。勿論、男子校だからって女性がいないとは言えないけどね。教師や事務員さんなどに女性がいる可能性もあるんだけど。
私の妥協案を拒否する清夜。そうしたらもう翼に会えなくなるでしょと言ってくる。別に友人としてなら会ってやらないこともないんですけどねぇとは思うけども、本人が嫌がっているのなら仕方がないわね。
「我慢するしかないわ」
「うん、だから我慢してる」
難儀ねぇまったく。この顔じゃあ、女性が寄ってくるのは仕方がないし、かといって私が防波堤になるなんて選択肢は存在しない。他に対策はあるかしら?
「あ、ダサい格好をするっていうのはどう?」
「必死に考えてくれたんだろうけど、もう意味なくない? それに俺が嫌」
「ちょっと、さっきから嫌嫌言い過ぎじゃない?」
せめて心療内科ぐらい行きなさいよね! トラウマを治す一番の有効策でしょうに!
「じゃあ翼は、俺と付き合える?」
「嫌」
「……」
なによその間。ほら翼だって嫌だって言うじゃんと言いたげね。なんだか嫌が平行線を辿っている気がする。もう、この話題はやめておきましょう。




