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レジェンダリーズ  作者: らんたお
11/17

心臓

 昨日のことで頭がいっぱいで、学校に来るまで完全に忘れていた。玄関の掲示板に、新聞部の時事ニュースが貼られているのを目にするまでは。


『衝撃!! 新海清夜を巡って2人の女性が放課後バトル!?』


 昨日の今日で、よくもまぁ作り上げましたね新聞部!? この前試合した時に完膚なきまでに負かしたことを恨んでるのかしら? 普段ならこんな、下種なゴシップネタは書かないのに。

 バリバリっと剥ぎ取ったのは言うまでもない。それを新聞部の部長が見咎めるが、こっちの方が正当な理由があるわよ!? てか、今時紙媒体の記事だなんて古臭いわね!?


「何をするんだ、鴨山翼!!」

「なにをするんだはこっちのセリフよ? これは、報道の自由を語った暴力よ!!」


 そんなことはないってどもりながら否定しても、説得力がないわよ!! とにかく剥がしなさいと言うと、命令するなと言いつつも素直に従っていた。素直なのはいいことよ、えぇ。

 それにしても、これはどこまで広がっているのかしらね。昨日の今日だからそこまで広がっていないと思いたいけど、ネット社会だからそんなわけがないわよねぇ。



 ですよねぇって感じに広がっている。あぁ……昨日の自分よ、何故痴情のもつれに勝手に乱入して、もらい事故を起こしたの。噂が噂を呼んで、もはやおかしな領域に達しているじゃないのよ。

 頭を抱える私を見て、夕哉は馬鹿だなと言った。状況も確かめず飛び込むからこうなるんだ、と……そうね、その通りよ。ちゃんと確認しておけばよかったわ。私が割って入るべきか否かを!!


 後悔しても遅い。事実とは違う噂が蔓延して、真実が失われてしまった。もはやなにが真実だろうとどうでもいいんでしょ、あなた達。


「私のなにが悪かったって言うのよ。お節介なところがダメだったの?」

「不注意なのがいけないんだろ」

「じゃあ、夕哉だったらどうした?」

「無視して帰る」

「ぽいわ」


 絶対見捨てるタイプよね夕哉。期待を裏切らないわ。まぁ、さすがにゲーム内では仲間を見捨てないけど。その点、瑠璃ちゃんだったら仲裁は出来ないもののオロオロしつつも傍にいてくれそう。

 一種の癒しよね。大事よ、癒しって。


 取りあえず、移動教室だから移動しなきゃね。と、その前にお花を摘みに……


「私トイレ行ってくるわ」

「俺に報告する必要はない」


 そう言ってさっさと行ってしまった。まぁ、別に待っててくれとは思わないからいいんだけど、瑠璃ちゃんは、待ってるねと言ってくれる。さすがね!

 この事態をどう納めるべきか。夕哉だったら、人の噂も七十五日って言いそう。つまり、気にせず普通に生活してろと言いそうよね。でもね、私……75日も放っておけないの!!


 そんな気長な人間だったら、あんな場面でももっと考察してから行動するはずでしょ? つまりできないのよ私!!

 どうしたらいいのと個室の中で頭を抱えていたら、頭上からバシャーンと……なに?

 ポタポタと、髪から滴り落ちるのは水。ということは、私の頭上から落ちてきたなにかは水。なんだろうね。この古典的な嫌がらせは!?


 水量から察するにバケツの水だと思われる。そして、走り去っていく足音から複数犯。元々あまり人が入っていなかったとはいえ、女子トイレに男が入れるわけがないから女よね。

 他の女子生徒と思われる人達が、大丈夫って聞いて来てるあたり、人目についても構わないという大胆不敵な犯行。


 誰を相手にこんなことをやらかしたのか、彼女達は覚悟しているんでしょうね!?

 個室から出て、床に転がるバケツを持ち、掃除用具箱に放り投げる。人は怒りが沸点に達すると冷静になるのかしら、深く息をしながら頭が冴えていく。


 トイレから出ると、瑠璃ちゃんがぎょっとした顔でこっちを見た。


「翼ちゃん、大丈夫!?」

「大丈夫よ。心配しないで」

「でもっ……」


 まぁ、心配はするわよね、ずぶ濡れだから。でも今は、言わなければいけないことがあるのよ。どうしてもこの場で、既に犯人はここにいなくても。

 瑠璃ちゃんは、必死にハンカチで拭いてくれる。それでは明らかに足りないんだけど、泣きそうになりながら私を心配してくれた。たった一つの行動が、周りの人も傷付ける。わかっててやってるのかしらね?


「一体誰なの? こんなことをしたのは。正直に私の前に出てきて、謝りなさい!!」


 怒号が響く。わかってる。ここにいる人達は恐らく、無関係な人達だと。わかっていて、怒りが納まらない。こんな卑怯な行いは許されていい訳がない!!



 幼い頃、心臓が弱くてうずくまる度に男の子達にからかわれて、何も言い返せず痛みに耐える私を翔が小さな背中で守ってくれた。年齢でも体の大きさでも敵わないのに、おねえちゃんをいじめるなと言ってくれた。

 あの時に、強いお姉ちゃんにならなくてはと誓ったのよ。だからこんなことで、負けて堪るものですか!!


「顔も見せずにこんなことをやって、恥ずかしいと思わないの!? 文句があるなら正々堂々と、前に出てきて言いなさいよ!!」


 水をかけるなんて低能な嫌がらせ、なにが楽しいんだか。どうせかけるなら花壇にしなさいよね! さすがにバケツ一杯分をあの勢いでかけたら、土が抉れるけども。


「私を誰だと思ってるの? こんな嫌がらせをされて屈するほど、弱くはないわよ!?」

「翼!? どうしたのその格好!?」


 誰かと思ったら、清夜じゃないの。後ろには双子とか、清夜の友人の他三人もいる。その三人の中に、なんちゃら密ってのもいた。苗字は忘れちゃったわ、ごめん。

 これから体育の授業なのか、体操着だった。双子が慌てたようにタオルを差し出す。


「翼ちゃん!? ずぶ濡れじゃん!!」

「これ使って!! タオル!!」

「これはどうも……とにかく!! 私に文句がある人は、いつでも相手になってやるわよ!? レジェンダリーズでね!!」


 校内トーナメントでも、学生主催トーナメントでも、いつでも相手になってやるわよと宣言した直後、ふらついて立っていられなくなる。これはまずいと踏ん張るんだけど、思いのほか力が入らず清夜が受け止めてくれた。

 ありがとって言うのが精一杯だったけど、号泣している瑠璃ちゃんを見たら、なにか言って安心させてあげないとと思ってしまう。


 瑠璃ちゃん大丈夫よって言った言葉が、掠れてる。こんなの余計心配させちゃうじゃない。

 気付けば、先に行ったはずの夕哉までいる。後は、体が浮いた気がしたことだけ……






 頭がぼうっとしちゃう。けどまぁ、なにがあったのか思い出せなくもない。なんたる失態かしら。頭がカーッとなって、やらかしてしまった。遅刻しそうで走って登校したってことも相まって、倒れちゃったのね。

 興奮するようなことはあまりしないでと、主治医に言われていたのにこのざまだわ。レジェンダリーズをやっている時ですらキレなかったのに、今回はどうしてこんなことになってしまったんだか。


 皆を心配させて申し訳ないわねと右を向いたら、まさにその主治医の釜田先生がいらっしゃった……寝たふりをするには、もう遅い。でも一応瞼を閉じてみる。


「翼ちゃん、私の忠告聞いてくれてます?」

「聞いてます」

「それでどうして運ばれてくるんですかね?」

「釜田先生に会いたくなったので」

「定期健診でお願いします」

「……はい」


 瞼を開きながら、私もそうしたいところですと思った。いや、今回は不可抗力ですよ!? ブチギレちゃったんですもの、しょうがないじゃないですか。当然、そんな言い分が通るわけがないので黙っておくけど。

 深い溜め息を吐く釜田先生。そこには、しょうがない子ですねという意味合いが込められている。


「翼ちゃんになにかあったら、守に申し訳がないですからね。金輪際、こんなことはやめて下さいね」


 私の心臓の方が持ちませんなんて言われては、はいしか言えなくなる。でも釜田先生、私だいぶ運動ができるようになったんですよ? 時々、くらっときちゃうけども。


「夏休みに入ったら、手術があるんですよ? それまでは平穏に過ごしてくださいね」

「それは、私じゃなくて学校の人達に言って下さいよ」

「いじめられてるんですか?」

「まさか!! 私が黙ってやられるだけだとでも!? 必ず返り討ちにしてやります!!」

「この子は……守も天国で心配でしょうね」


 言うことを聞かないんですからもう、と言いつつも優しい笑顔の釜田先生。私が何をやらかしちゃっても、こんな感じで許してくれる。私の周りの大人って、みんなそうなのよね。


「あぁ、そう言えば、君に言っておかなければいけないことが」

「翼ちゃん!? 無事かい!?」


 病室の扉が勢いよく開くと同時に流れ込んできたのは、裕一おじちゃんだ。普段の落ち着き払った姿を想像できないほど慌てている。髪まで振り乱しているところを見ると、走って来たのかしら。

 因みにこの人、レジェンダリーズ創始者の一人の松林裕一さん。昔から裕一おじちゃんって呼んでいる。


 病室ではお静かにと釜田先生に怒られたけど、本人は気にしてない様子。ここが個室でよかったわねと思わずには居れない。


「倒れたと聞いて会議を中断して来たんだけど、大丈夫かい? 痛いところは? 苦しいところは? 何か欲しいものはある?」

「いえ、大丈夫で」

「脈を見せて」


 口を挟んで無事を伝えても、それを待たずに脈診し始める。思わず釜田先生とアイコンタクトしてしまうのだけど、釜田先生は肩をすくめるだけで何も言わない。

 脈を診て安心したのか、やっとほっとしていた。


「心臓が止まるかと思ったよ」


 それ、釜田先生も似たようなこと言ってました、とは言わないでおく。


「君になにかあったら、守になんて言えばいいか」

「それは私からも言ったから大丈夫ですよ」


 それで大人しくしてくれるかどうかは保証できませんが、と続けた釜田先生に、深い溜め息を吐く裕一おじちゃん。なんか申し訳ないわね。

 そのまま二人は専門的な話をし始めたので、私は暇になる。いつ帰れるのかしらと呑気なことを考えている間に、翔が病室に来てくれた。

 学校を早退させちゃって悪かったわねと言ったら、悪いという自覚があるなら大人しくしてろと言われた。可愛くないわね。反抗期かしら?


「母さんから伝言。インフラ事業もだいぶ目途が立ったから、そろそろ帰るって。後、大人しくしてなさい!! だとよ」

「りょーかーい」


 海外のインフラ整備の責任者として現地に赴いている母さん。私達に何があっても、現地の人達のことを一番に考えてと言って送り出したから、本心では今すぐ飛んで帰りたいんだろうけど我慢してる。

 私の心臓手術の時には帰ってくるはずだったんだけど、どうやらそれよりも早く帰って来れそうね。工事着工が遅れたと言っていたのに、大丈夫だったのかしら?

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