表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジェンダリーズ  作者: らんたお
10/17

女嫌いの訳

 野菜を切っていたら玄関のチャイムが鳴る。そうだった。荷物が届くんだったわ!

 料理を中断して玄関にいく。宅配物を受け取ったのだけど、なんて量なの!? しかも配達員さん、まだありますと……母さん、どれだけ注文したのよ。


 私も運ぶをの手伝いましょうかと聞いたのだけど、もう一往復で持って来れるので大丈夫ですと断られた。一応それがお仕事だから、下手に手を出さない方がいいのかもしれないけれど、なんだか申し訳ないわ。

 ありがとうございますとお礼を言って、玄関を占領した段ボール箱に一瞥をくれる。どうしてくれるのよこの量。中身は服だからそんなに重くはないとはいえ、このままここに置いておくわけにもいかないから部屋に持って行かないと。


「うわぁ、凄い量だね。どうしたの? コレ」

「母さんからの荷物よ。取りあえず部屋に持って行ってくるわ」

「俺も手伝おうか?」

「あんた、図々しくも女の部屋に入るつもり?」


 人ん家に上がり込んだだけで充分でしょう。これ以上はさすがに許さないわよ。

 至極残念そうな顔をされたけど、当たり前でしょ。誰が入れるものですか。



 荷物を運び終えて料理を再開していると、手持無沙汰な清夜が話しかけてきた。


「翼はさ、俺の女嫌いの理由って聞いてこないよね」

「えぇまぁ、人それぞれ事情ってものがあるんだし、本人が言うまでは踏み込まないわよ」


 とはいえ、思いがけず知ってしまったんだけど。

 正直、何を言えばいいか分からないわね。私は当事者じゃないから、第三者の無責任な言葉で傷つけたくはないし。それを知ってか知らずか、清夜は続けた。


「だから、翼には話してもいいかなって思うんだ」


 聞いてくれると問われては、聞いてあげるしかなさそうね。ジャガイモと人参は茹で上がるのに少し時間がかかるし、聞いてあげようじゃないの。

 テーブルの向かいに座って、清夜の言葉を待った。



「俺が6つの時だったんだよね。母さんが、泣いて縋る俺を振り払って、あんたのこと捨てて行くんだから付いて来ないでって言って出て行ったのは」


 はぁ!? なにそれ!? さいってーな捨て台詞ね!! 母性の欠片も感じないわよ!?

 聞けば、元々子育ては全くしていなかったらしく、その分お父さんが育児をしてくれていたらしい。


 キャリアウーマンで、清夜を身籠るまでバリバリで働いていたのに思いがけない妊娠でそれらを捨てなくてはいけなくなって、ヒステリーになってしまったらしい。妊娠で精神的に参ってしまう人は多いから、清夜のお母さんもそのタイプだったのかもしれないけれど……


 サバサバした性格だったけど子供好きだったのに、妊娠した途端仕事を諦めなくてはならなくなって、子供嫌いになったんだとか。母親らしいことは何もしてくれなかったけど、お父さんやお手伝いさんの時枝さんのおかげで無事に成長していった。

 そんな時、ご両親が離婚することになる。愛してくれない母親だとはいえ、やっぱり母親、泣いて引き止めればどうにかなると思っていたのに、あの言葉。トラウマになるなっていう方が無理だわ。


「母さんのいない日々は悲しかったけど、段々慣れていったんだよね。同じ空間にいても俺に触られるのを嫌がるような感じだったし、でもどこかで期待してもいたんだ。他の子のお母さんは皆優しくて暖かくて、本当は母さんもそうなんじゃないかって思ってたんだよ。10歳の時、母さんの誕生日に会いに行ったんだ。カーネーションを持ってね。そしたらあの人、なんて言ったと思う? そんなみすぼらしい花なんかいらない、あっち行って、だってさ。しかも、年下の男の腕に絡みついて去って行った。信じられる? なにもかも、砕け散ったよ」


 なんて母親なの!? 最低過ぎる!! お腹を痛めて産んだ子供なのに、そんなことができるだなんて……

 冷静に、平等に判断するとすれば、産後うつかなにかだった可能性があるわね。イライラして、赤ちゃんを可愛いと思えなくなってしまう人がいると聞いたことがあるもの。


 だけど、その後もそんな態度だったのはどうしてなのかしら? 私は清夜のお母さん本人ではないし、どういう意図でそんなことをしたかもわからないから何も言えないけど、せめて言葉を選んでほしいものだわ。相手は子供なのに。


「その後、どうやって家に帰ったかはわからないけど、一人で部屋に籠ったよ。その日がたまたまピアノのレッスンの日だったってことも忘れてね。そのことに気付いたのは、ピアノの先生をしてくれていた女性が部屋まで迎えに来た時だったよ。元々父さんに気がある人だったから少し胡散臭かったんだけど、その時は何もかもどうでもよくてね。気付いたら、筆下ろしされてたんだ」

「……どうして急に、書道を始めた?」


 話の脈絡がなくて困惑する。書道は精神を統一できるってことなのかしらね? 迷いを絶って、一文字一文字に心を込めるっていう意味で書道を薦めたってこと?

 状況的に無理だと思うんだけどと言ったら、一瞬呆けた顔をした清夜は破顔する。


「翼には、是非ともそのままでいてほしいね」

「どういう意味?」


 会話が噛み合ってないことだけはわかるわよ。

 そろそろジャガイモの様子が気になると、キッチンに向かう。話の方向性状、その場を離れても大丈夫そうだしとジャガイモと人参をざるにあげ、ボウルに移した。

 冷めるのを待っている間に、また話を聞いてあげようかと戻っていると、童貞を捨てるっていう意味だよと言ってきた。


 童貞を捨てるとは……え!?


「性犯罪じゃない!?」


 その女性がいくつだったかによるけど、先生として来てたんなら大人の可能性がある。小学生に手を出したんだから、完全に性犯罪者よ!?

 許すまじ!! 子供に手を出すとは、卑怯な大人め!! 人間の風上にも置けない非道なる所業!!


「ちゃんと、訴えたんでしょうね!? 法の裁きは受けさせたの!?」

「翼、取りあえず落ち着いて。俺のために怒ってくれてるのは嬉しいんだけど、続きがあるから」

「まさか、そんな人を許したわけじゃないでしょうね!?」

「許してないよ」


 だから落ち着いて、と宥められた。こっわ!! 許してないよって言った時の顔、真顔だったから!! あれは確かに、許してない顔だわ。

 座り直すのもなんだから、そのまま傍で立ったまま聞くことにする。


「その後も何度かそういうことになったんだけどね。正直、気持ち悪いって方が優っていたよ。だってあの女、普段は父さんの腕に絡みついて甘えようとしてたんだよ。父さんは全然相手にもしてなかったけど。まるであの時の母さんを見てるみたいで、嫌悪感が増した。だから父さんが早く帰って来るって分かってて、防音のレッスン室であの女に好きなようにさせたんだ。父さんに目撃させるためにね。案の定父さんが帰って来て、あの女の絶望の顔ったら、本当に見ものだったよ。我慢してた甲斐があったかな」

「そんな、自分の身を犠牲にしてまで……」

「いいんだよ。そうでもしなきゃ、言い逃れされるのがオチだから」


 そのことあの幼馴染は知ってるのと聞いたら、首を振った。まぁそうでしょうね。知っていたら、母親のことだけを出すわけがないものね。


「あいつは、ストーカー気質なんだよ。ただの女友達だろって周りは言うけど、そもそも仲が良かった事実はないからね。昔から知ってるってだけで、勝手に友達だと思って傍にいて、俺のこと好きになってるだけ。迷惑な話だろ?」

「つまり、話したこともない同級生ってわけね?」

「そう」


 なんたること。女難の相なんて見たことないけど、清夜がそれに当たる気がするのだけは何となくわかるわ。かわいそうに……清夜の周りでまともな女って、時枝さんぐらいなんじゃないの?



 思わず、幼子をあやす様に清夜の頭を抱きしめたのは無意識だった。辛すぎるにもほどがある。言葉では慰められなくて、行動で示す。でもふと、清夜の方からも抱きしめられてバッと離れた。


「ごめんなさい!! 決してセクハラではないのよ!? 慰め方が分からなくてしただけだから!!」

「あれ? もう終わりなの? 愛を確かめ合うのはこれからだよ?」

「確かめ合う愛はない!!」


 拒否したところ、清夜が椅子から立ち上がる。なんとなく嫌な予感がしてそのまま後ろに下がると、カウンターキッチンに背中が当たって、そっちに気が取られている間に清夜が傍まで迫ってきた。

 逃げ場を失って、冷や汗をかく。


「わかってたけど、今ので確信したよ」

「なにを?」

「やっぱり俺には、翼しかいないってことが」


 それはどうですかねぇと返答するけど、清夜は尚も近付いてきて、私を挟むようにカウンターキッチンに両手をつく。そうするともう、私の逃げ道はないわけで……これ知ってる。名前は忘れたけど、なんとかドンってやつだ!!


「覚悟しておいてね? どんな手を使ってでも、必ず君を手に入れて見せるから」


 イイ笑顔ですネ、と片言な気持ちになってしまう。清夜の顔が向かって左側に傾いたかと思うと、左頬になにかが当たる感覚が……それがなにかなんて知りたくもないし、知らなくていい気がする。

 清夜が再び私と視線を合わせる位置に戻ると、笑顔を向けられているはずなのに恐怖という奇妙な感覚に陥る。耐えられなくなって、腕の中から抜け出し、キッチンに逃げる。気持ち的には、威嚇する猫といった感じだ。


 そんな私を清夜は至極楽しそうに見つめると、どう料理してやろうかと言わんばかりな顔をする。

 いいえ、料理をしているのは私!! 別にされてないし、されないし!! というか、こいつを家にあげたのは一体誰!? 私か!!

 早く翔が帰って来ることを祈りながら、マッシャーでポテトを潰した。もしもの時はこれを武器に……できないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ