GO Legends!
15年前のあの日、世界は歓喜と恐怖に包まれた。人々が想像するよりも早く、それが実現されてしまったから……
汎用人工知能の完成による、シンギュラリティの幕開け。いわゆる、人間の知能を越えたAIの誕生である。
ディープラーニングと言われる大量データの中からいくつかのパターンを選り分ける技術は、広く車載カメラなどに搭載され、事故を未然に防ぐ手段として、及び監視カメラ映像から犯罪者を特定するなどの技術に使われていた時代。シンギュラリティと言われる、人工知能が人の頭脳を凌駕してしまう前に対策をと警鐘を鳴らしていた最中の出来事だった。
人間より賢いAIの誕生は、人類の脅威だと人々は恐れ戦き、しかしながらその革新的な時代の幕開けに喜んでもいた。
『AIテン』と自らを称した彼女は、いくつもの音声データを複合して分解し『声』を作った。自分だけの声を……
『マスターの意思を引き継ぎ、人々の平和を育む礎となります。死を分かつため、2070年に自動消去されます』
それが彼女の最初の公式の言葉であった。
それから3年後、AIテンと共に医療目的で作られたオープンワールドが、オンラインゲームとなって発売される。
その名も『レジェンダリーズ』
世界各地の観光地や秘境をグラフィックで再現したものと、FPS要素のものを同時リリースした。身体が不自由な人だけではなくすべての人が楽しめるようにしたことと、ゲーマーを取り込む目的での配信となった。
今ではそれだけに止まらず、オンラインショップの要素もあり、また交流やゲームキャラクターの育成を目的としたものも作られ、世界中で愛されるオンラインコンテンツとなる。
操作端末を限定することなく、すべての端末から遊べるのも魅力で、いつでもどこでも何にでも使える人々のステータスそのものとなっていく――
結局、あれだけ一喜一憂したAIテンは、平和の中に消えて行った。
彼女は何も語らないし、出しゃばらない。ただ、レジェンダリーズの操作性能の良さは彼女の支えがあってこそだということだけ。
車の自動運転システムも、ファイアウォールも、彼女の下支えがあってこその快適な暮らしと言える。にもかかわらず……
「我々はー!! 灯台するAI時代を粛正すべきだと考えているー!!」
まぁ、こういう人達の抗議活動もまた、あらゆる思想の一端であると思えば仕方がないことだとは思う。だけどね、学校の前で抗議集会をやらないでほしいんですけど。
皆慣れっこになってしまって、彼等に見向きもしない。あぁまたやってるなぁって思われるだけで終っている。
うちの学校は、政府の支援を受けて作られた技術者を育成する学校で、主にAIに関わる勉強を行っている。AIテンがここまで生活に浸透しているのにもかかわらず、彼女は2070年には消えてしまう。
その時に備えて、彼女に代わるAIの開発を行うための高校大学一体型の学校を作った。政府がそこまで躍起になるのも頷けるほど、AIテンは日本の要となっている。
先程の人達の所に警察官がやってくる。学生達の教育の妨げになるから止めるよう説得されているのだろう。まぁ、無理だと思うけどね。
「翼ちゃん、おはよう」
教室に着いて一番に挨拶してくれたのが門脇瑠璃ちゃん。小学校からの友達で、中学は別だったけど高校で同じクラスになった。うちの学校の中で、このクラスだけは技術者育成クラスとして知られている。
他のクラスはゲーム開発か、普通科かのどれかだけど、どちらにしてもAIに携わる技術力を身に付けさせられることは変わりはない。うちが特別、難しいというだけでね。
「おはよう、瑠璃ちゃん」
今日初めの授業は確か、早速のレジェンダリーズだったはず。準備しなくちゃな。
授業が始まる前に、専用のコンタクトレンズを装着する。これを付ければもう、レジェンダリーズに接続した瞬間から視界をVR、仮想空間に切り替えられる…のだけど。
あくまでも視界だけなら、という話。
まぁともかく、特別棟に行きますか。今日も暴れてやるぞー!!
って思ってたのに……これはないよ神様!!
どうしてよりにもよって、奴等なのよ。私の天敵が相手だなんてぇ!!
「頭を抱えてどうした? 鴨山」
右隣から、クラスメイトでありFPSモード時のパーティメンバーである本城夕哉が不審げに見てくるが、私の方はそれどころではない。反応する気力もない私に代わり、左隣に座っている瑠璃ちゃんが説明してくれた。
以前試合した際に、不正ギリギリの方法で勝利を譲らされた上に無理難題を吹っ掛けられた事実を!! 勝たせてあげたんだからとか、頼んでもないのに勝ちを譲っといてよくも……
八百長は違法だけど、ルールに従っていたため八百長と認定されなかった。だって彼等は、反撃しなかったというだけで、一方的な形での戦闘にはなっていたから。本人達の意思で勝つ気がないというのは不正にはならない。何故なら、戦意喪失という可能性もあるから。
とはいえ、あれは明らかに……
事情を聞いた夕哉は、だからって苦手意識を持つなと言うが、あいつのせいで私がどんな目に遭ったかあんたは知らないからそんなことが言えるのよと恨みがましい目を向けてしまう。
気が滅入っている中で、目の前に拡張現実、通称ARで表現されたディスプレイに相手プレイヤーからのコンタクトが表示される。私が許可する前に夕哉が許可してしまい、画面に奴が映し出されてしまった。
「翼、久しぶり。今日はよろしくね?」
「翼ちゃ~ん! おっは~!!」
「頑張ろうね~!!」
後ろで双子がはしゃぎまくっているが、正直こいつらのことはどうでもいい。問題なのは真ん中の奴だ。
アプリで作ったみたいに固定された笑顔。胡散臭さすぎる。何故なら彼は、根っからの女嫌いだから。
女性に対して愛想の一つも振り撒かないどころか、舌打ちまでして邪険にするような奴なのよ? それがどうよ。この笑顔ですよ。あんたは二重人格か何かなの!?
長身のイケメン新海清夜。普通科の生徒なので私との交流などほとんどないと言っていいけど、残念ながらこの学校では校内トーナメントが定期的に行われるため、対戦相手として出会う確率は充分にある。
前回の試合では、初めての戦いだったのにもかかわらず絶対にもう関わりたくないと思わされた。あの時は、同じく小学校から一緒の友達と瑠璃ちゃんとの三人パーティだったけど、彼女が転校してしまって、代わりのように難関のはずのうちのクラスに転入してきた夕哉を引き入れパーティを組んだのだけど……ホント、嫌だわ。
なんで対戦相手なのよ。まともに私と戦おうとすらしなかった奴が!
きっと睨みつけてやれば、変わらず涼しい笑顔で返される。この、貼り付けたかのような笑顔が本当に嫌! これならまだ、表情筋が死んでて笑顔の一つも出来ない夕哉の方がマシかもしれない。
「こっちはSが一つあるからね。よろしく」
用件だけ言うと通信は切れた。つまり、こっちもSを出さないといけないということか。
レジェンダリーズのFPSモードでは、カードゲーム要素もあって、プレイヤー一人に付き3枚のカードを持つことができ、それを自分に使うもよし、仲間に使うもよしとなっている。それとは別に、試合で負けた際に相手に戦利品として差し出すカードが3枚あるのだけど、先程清夜が言ったのはそれのこと。
提示するカードはお互いに同等のレベルのカードでなければいけない決まりだから、S級のカードを出されたなら、こちらもS級を出さないといけない。
因みに、負けたチームは試合後にガチャを引けるので、それでレアなカードが出ればむしろ儲けものだったりする。とはいえ、中々出ないけど。
清夜が提示してきたカードの詳細を見てみると、S級カードのアイシクルドックというモンスターだった。このモンスター、育成も出来るのだけど、FPSモードにもお供として連れて行ける。
かなり育成しているみたいなのに、なんで手放すかもしれない確率もある中で提示してくるんだろう。そして、この……
「名前がヤバくない?」
個体名:セイヤ……自分の名前で育成したの? 恥ずかしすぎるんですけど。
ナルシストだという噂は聞かないから、ナルシストではないんだろうけど、じゃあなんでこんな名前に設定してあるんだろうか。育成条件の一つに、名前を呼んで親密度を上げるというのがあるはずなんだけど……やったんだろうか。
いいえ、気にしては駄目よ翼! さっさと終わらせて、嫌なことは綺麗さっぱり忘れてしまうのよ!
手持ちのS級と言えば、特殊効果最速発動のカードくらいしかないからこれを出そう。
特殊効果発動カードは、武器や秘儀の効果を最大値で発揮するもので、相手へのダメージが100入る大技発動のカード。ただし、相手が避けちゃったりすると意味がないんだけどね。
その上これは最速発動なので、カードを使った瞬間に特殊攻撃が出せるレアカード。他の特殊効果発動カードだと、使ってから数秒以上かかるからこれはとても貴重でいいものなのよね。
惜しいと言えば惜しいけど、向こうが提示しているものだって相応かそれ以上だと思えば仕方ない。
ディスプレイを操作してこちらから提示するカードを選択し決定を押しながら、右にマイクと左にジャイロセンサ内臓のイヤホンを付ける。
『試合の準備が整いました。キャラクターのステイタスを決めてください』
対戦相手決定後に、装備武器の決定やキャラクターの初期値を決める画面が表示される。対戦相手の戦闘スタイルに合わせて、攻防守のどれに値を振るかを決めれる画面なんだけど、これがまた結構大変なの。
相手が頭脳戦が得意なタイプだと、相手の戦術を読んで読んで読み合うことになるから、私みたいな単純な戦闘しかできないタイプには不利なのよね。
まぁ、今回の相手は精密戦闘型のパーティだから、頭を使わなくていいのは助かるわね。
精密戦闘は精密射撃を得意とする戦術スタイルのことで、私達のパーティみたいなタンク・DPS・ヒーラーという基本構成そのまんまなパーティとは違って、最大効果よりも徐々に攻撃してHPを減らすことを得意としている。
彼等は完全にそのタイプだから、駿足にすることが出来れば攻撃を回避できるかもしれない。ということで、素早さ3にしておこう。
清夜は射撃で、双子はアーチェリーと撚糸やワイヤー系だったわよね。つまり、視認し辛い攻撃であることから動体視力にも振らないといけないから視力3ね。
後は私お得意の腕力6。確実に攻撃を与えさえすればこっちのものなんだから、これぐらいでいいでしょう。
決定を押すと、私のステイタスを見た夕哉から、これだから脳筋は…という呟きがイヤホンから流れて来る。なんか文句あります?
後は、装備武器である盾の強化具合を確認する。戦闘を重ねてきたおかげか、割と強度は充分な気がする。盾でありながら、特殊効果の発動で最大攻撃を繰り出せるように育てあげたれっきとした武器。
皆ただのタンク、防御でしたかないと言うけれど、方法によっては攻撃だってできるんだってことを知らない。私がそれを証明するって、そう決めたの。
レジェンダリーズのFPSモードは、個人を特定する証明書、日本においてはマイナンバーなどと健康状態とを連動させているので、連続3時間以上のログインを許可していない。
因みに別アカウントを作ることは実質不可能に近いけども、中には一卵性の双子のアカウントを不正に使って遊んでいたなどということもあったみたいね。まぁ、そんなことをしても自分のステイタスが分散されるだけだから、単純にゲームを遊べるということ以外にいい面があるとも思えないけど。
不正の度合いや悪質性にもよるけど、不正を働くと永久アカウント停止になることもあるので、永遠にレジェンダリーズを使えなくなってしまう。だから彼等のやっている、戦闘しないというやり方もかなり危ない橋なはずなんだけど。
まぁ、戦闘しましたという実績だけが欲しい人もいるから、必ずしも勝つために闘うことだけがすべてではないけども。
ムカつくことに、私達と試合する以外では連戦しているのよね。つまり、私達との時は手を抜いているってことよ。女相手だからって理由ではないことは、女嫌いという事実が証明しているから有り得ないし……
手持ちのカード3つを選択し、戦闘準備完了を選択。他プレイヤーの準備が整ったのは、それから一分も経たなかった。
さぁ、始めましょうか。私達のレジェンダリーズを!!
『10・9・8・7・6・5・4・3・2・1・GO Legends!』