開花
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車、ナナマル(JZA-70)の整備が趣味。
・神津柳(カミツ ヤナギ
中華街で探偵事務所を営む女性。
カールしたショートボブと眼鏡が特徴。
友香の叔母にあたる、母親的存在。32歳。
8
「結局、何も得られなかったわね」
柳がつぶやく。
一日中歩き回って疲れたのか、友香はソファに横たわった。すでに辺りは真っ暗になっていて、整列した街灯が、ぼんやりと明かりを放っていた。日が落ちて気温も下がったせいか、開けた窓から入ってくる夜風が気持ち良かった。
「でも、気になることはあったわ」
「不審者のこと?」
「ええ」友香が体を起こしつつ答える。
「確かに問題だけど、今回の事件と関係はないんじゃない?」
聞き込みを行った際、学校の近辺で度々、不審な男が目撃されていることがわかった。学校側にとっては気が気でない問題だが、今回の事件との関連性は低く、柳はそれほど重要視するべきではないと考えていた。
「どうかしらね。ま、今どうこう言っても仕方ないわね」
この不審者はまだ捕まっておらず、学校側は警察と協力して防犯に努めているそうだ。そんな素性も明らかになっていない男の調査をすることは、趣旨とズレてしまう。今回の事件との関連性が浮かび上がって来ない以上、友香の言う通り、今どうこう言っても仕方がなかった。
「ええ。それに何かあれば学校から電話が来るでしょ」と、ため息まじりに応える柳。
何故、ため息をついたかというと、
「ああ、大学時代の彼女さんね」
友香の言ったとおり先ほど訪れた小学校で、偶然にも柳の大学時代の恋人が教鞭を振るっていたらしく、二人は運命の再会を果たすことになったのだった。
柳は特別、同性愛者ということではなかった。たまたま好きになった相手が同性だったのだ。
「本当、世間は狭いわ……」と柳はうなだれる。
「なんで別れちゃったのよ。いい人そうだったじゃない」
友香が戸棚から茶葉を取り出し、お湯を沸かす。
「なんていうか……お互い環境が変わって、なかなか会えないことに愛想尽かしたんじゃない?」
「にしては柳、未練ありそうだけど、どうなのよ?」
大人びた態度で忘れがちだが、友香も思春期真っ盛りの中学生である。恋愛には人一倍興味があるのだろう。柳の前に座り、話をにやにやしながら聞いている。
「み、未練なんてある訳ないでしょ!あんな甲斐性なしに……」
「あら、別に恥じることじゃないと思うけど。生殖本能に起因する恋愛感情は、種族として何よりも正しい衝動じゃない?で、どうなのよ?」
興味津々といった表情で叔母を見つめる友香。
「もう!いっちょまえに大人の恋愛に口出しするんじゃないわよ!」
しかし、探究心を満たす前に、顔を真っ赤にした柳に遮られてしまった。
「あら残念ね」
ここでお湯もちょうど湧いたので、柳への追撃をやめてガスを止めに席を立つ。
「ところで……明日はどうするの」
友香は、閑話休題とばかりに明日の予定を尋ねた。
「私はもう一度、あのビルに行くけど」
「響ちゃんと?」
「ええ、ちゃんとデータ消してもらわないと」
そのあと、そのまま遊びに行っていいかしら?と友香が尋ねる。
「わかったわ。じゃあ私は色々と探ってみるわね」
くれぐれも危ないことはしないでね。と友香に念を押す。
「ええ、もちろん」
彼女は返事をしつつ、ガラス製のティーポットにお湯を注ぐ。
透明なティーポットの中で、花開く茉莉花の茶葉を愛おしそうに眺めていた。
8-2
時同じくして、清花が加賀町署に戻ると、何やらドタバタと忙しない雰囲気が辺りを支配していた。
「お、青山じゃねーか。お前今までどこ行って……って今日は非番だったっけ」
清花の姿を見て、一人の男が声をかけてきた。
「お疲れ様です足利警部。近くを通ったので立ち寄った次第です」
「そうか、青山は仕事熱心だな!」
彼の名は、足利孝之。捜査一係の警部であり、清花にとっては直属の上司にあたる人物であった。
彼がニカッと笑う。
「何やら皆さん、忙しないようですが……どうしたんですか」
「どうしたもこうしたもねーよ。見つかったんだよ……金田巳神が」
声のトーンを落とし、足利がそのワケを話す。
「え、それは本当ですか?」
清花は驚いた。しかしこのあと、さらに衝撃的な事実を聞かされる。
「ああ、死体でな」
驚きのあまり、言葉を失った。
「ちょうどいいやお前も来てくれ。人手が足りないみたいでな」
願ったり叶ったりだった。行方不明になった少年の、何か手がかりが掴めるかもしれない。
「わかりました。至急、車を回してきます」
清花は地下の駐車場へ向かい、駆け出した。