フェアレディ
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車、ナナマル(JZA-70)の整備が趣味。
・神津柳(カミツ ヤナギ
中華街で探偵事務所を営む女性。
カールしたショートボブと眼鏡が特徴。
友香の叔母にあたる、母親的存在。32歳。
6
「どうぞ、お入りください」
邸宅へ踏み入れた二人は執事に案内され、応接間に通された。広さは十畳くらいだろうか。部屋には赤い絨毯が敷かれており、その中央にはソファとテーブルが設置されていた。
部屋に入ると、テーブルを挟んで奥側のソファに女性が座っていた。歳は四十手前くらいであろうか。
彼女は、部屋に入ってきた清花たちを見るなり勢い良く立ち上がり、声をあげた。
「刑事さん!息子は……慎司は無事なんですか!?」
インターホン越しに、応対した声である。どうやら誘拐された少年の母親らしい。
大切な息子がいなくなったのだ、心労は相当なはずである。そのせいか、表情は、やつれているように見えた。彼女は胸元で、ハンカチを握りしめており、その手は震えていた。
「落ち着いてください。一刻も早く、慎司君を発見できるよう我々は全力を尽くしております。ですから、是非ともお母様にも協力していただきたいのです」
「わかりました……といってもどのようにご協力を……?」
ああ、どうぞお座りください。と母親が思い出したように着席を促す。
母親がソファに座り、柳もそれに倣う。
「では始めに、息子さんがいなくなったときの状況をお聴かせ願いますか?」
全員が席に着いたのを見て、清花が口を切った。
「でも、それは前に、うちに来た刑事さんに全てお話ししましたが……」
「改めてもう一度、お聴かせ願えませんか?何か思い出すかもしれませんし」
わかりました……と母親は、ぽつり、ぽつり、と躊躇いがちに話し始めた。
「あれは、3日前、家族で横浜中華街を訪れた時でした……中華街に着いた私たちは、三人で食べ歩きをしつつ、中華街大通りを観光していました。お昼ごはんを食べたあと、中華街を離れ、山下公園に行きました。そこで……慎司が、トイレに行きたいと……ううっ」
今にも泣き出しそうなのをこらえつつ、母親が状況を語る。未だ息子の消息が分からない彼女にとって、当時の状況を思い出しながら語ることは辛いことだろう。嗚咽が漏れ、彼女は言葉につまる。
清花が心中を察し、落ち着くよう声をかける。
「辛いことを思い出させてしまい申し訳ありません。ゆっくりでいいですから……」
「すみません……大丈夫です。トイレには、夫が連れて行ったのですが……なかなか帰って来なくって何かあったのかと思ってたら……夫が血相変えて戻ってきて……」
彼女の手はスカートを固く握っていた。手の甲に涙が滴る。
「あそこは、移民の多くが移り住んでいて、治安もあまり良くないと聞いていたので、私は行くことに反対したのですが、夫がどうしても行きたいと……慎司も、美味しいものが食べられると夫から聞いて、行くことをとても楽しみにしていました。そんな二人に水を差すわけにもいかず、あんな……ことに……ぐすっ」
母親がハンカチで涙を拭う。
「すみません……」
「いえ、話していただきありがとうございます」
清花が目を伏せ、礼を述べた。
「今のお話しの通りだと、慎司君が行方不明になったとき一番近くにいたのは、旦那さんということになります。旦那さんからも話しをお聴きしたいのですが……」
柳が遠慮がちに要求する。
「それが……」
母親は困ったようなそぶりを見せた。どう説明すればいいのか、言葉を考えているようだった。
その様子を、柳は不思議に思った。が、直後、その理由を理解できた。
彼女が何かを言おうとしたときだった。
「ああああああああ!!」
狂ったような男の叫び声が聞こえてきた。続いて、ガラスが割れるような音もした。
清花と柳はギョッとする。
「な、なんですか……今の声は?」
不測の事態に備え、身を構える清花。腰に下げている、拳銃のホルスターに手を伸ばす。
「す、すみません!うちの主人なんです……」
「え?」
柳と清花は揃って目を丸くする。
「慎司が誘拐されて、気をおかしくしてしまったみたいで……」
彼女は表情に、より一層暗い影を落とした。
「お話しを聴くことは……難しいでしょうか?」
「はい……なんとか落ち着かせても、俺のせいだ俺のせいだって……ぶつぶつ呟くばかりで……」
どうして、こんなことに……と嘆く彼女が不憫で、清花は直視できなかった。
「では最後に、何か変わったことはありませんでしたか?」
柳が尋ねた。母親を気遣い、質問はこれで最後にしたようだ。
「変わったこと……ですか」
「はい、どんな些細なことでも結構ですので」
「いえ……特には……」
「そうですか……」
結局、何か手がかりになるような情報を得ることはなかった。
「では、我々はここで失礼します。お母様、どうか気をお確かに……」
応接室を出るとき、清花が労わりの言葉をかけた。
「刑事さん」
そんな清花は母親に呼び止められる
「はい、なんでしょうか?」
清花が振り向くと、母親は真剣な眼差しで見つめてきた。その瞳は涙で潤んでいた。
「慎司をどうかよろしくお願いします。あの子は私たち夫婦の、やっとできた、たった……たった一人の子供なんです。あの子がいなくなったら私たちは生きていけません……どうか……どうかよろしくお願いします……」
彼女は涙ながらに、必死にそう言うと、深々と頭を下げた。
「はい……息子さんは必ず、我々が見つけてみせます」
この家族の力になってあげたい。清花は力を込め宣言した。