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誰も知らない誘拐事件  作者: 空波宥氷
7/28

フェアレディ

主な登場人物


・反町友香(ソリマチ ユウカ

中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。

ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。

茉莉花茶が好き。



・青山清花(アオヤマ サヤカ

神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。

英国人と日本人のハーフ。

灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。

愛車、ナナマル(JZA-70)の整備が趣味。



・神津柳(カミツ ヤナギ

中華街で探偵事務所を営む女性。

カールしたショートボブと眼鏡が特徴。

友香の叔母にあたる、母親的存在。32歳。

6


「どうぞ、お入りください」



 邸宅へ踏み入れた二人は執事に案内され、応接間に通された。広さは十畳くらいだろうか。部屋には赤い絨毯が敷かれており、その中央にはソファとテーブルが設置されていた。

 部屋に入ると、テーブルを挟んで奥側のソファに女性が座っていた。歳は四十手前くらいであろうか。

 彼女は、部屋に入ってきた清花たちを見るなり勢い良く立ち上がり、声をあげた。



「刑事さん!息子は……慎司は無事なんですか!?」



 インターホン越しに、応対した声である。どうやら誘拐された少年の母親らしい。

 大切な息子がいなくなったのだ、心労は相当なはずである。そのせいか、表情は、やつれているように見えた。彼女は胸元で、ハンカチを握りしめており、その手は震えていた。



「落ち着いてください。一刻も早く、慎司君を発見できるよう我々は全力を尽くしております。ですから、是非ともお母様にも協力していただきたいのです」

「わかりました……といってもどのようにご協力を……?」



 ああ、どうぞお座りください。と母親が思い出したように着席を促す。

 母親がソファに座り、柳もそれに倣う。



「では始めに、息子さんがいなくなったときの状況をお聴かせ願いますか?」



 全員が席に着いたのを見て、清花が口を切った。



「でも、それは前に、うちに来た刑事さんに全てお話ししましたが……」

「改めてもう一度、お聴かせ願えませんか?何か思い出すかもしれませんし」



 わかりました……と母親は、ぽつり、ぽつり、と躊躇いがちに話し始めた。



「あれは、3日前、家族で横浜中華街を訪れた時でした……中華街に着いた私たちは、三人で食べ歩きをしつつ、中華街大通りを観光していました。お昼ごはんを食べたあと、中華街を離れ、山下公園に行きました。そこで……慎司が、トイレに行きたいと……ううっ」



 今にも泣き出しそうなのをこらえつつ、母親が状況を語る。未だ息子の消息が分からない彼女にとって、当時の状況を思い出しながら語ることは辛いことだろう。嗚咽が漏れ、彼女は言葉につまる。

 清花が心中を察し、落ち着くよう声をかける。



「辛いことを思い出させてしまい申し訳ありません。ゆっくりでいいですから……」

「すみません……大丈夫です。トイレには、夫が連れて行ったのですが……なかなか帰って来なくって何かあったのかと思ってたら……夫が血相変えて戻ってきて……」



 彼女の手はスカートを固く握っていた。手の甲に涙が滴る。



「あそこは、移民の多くが移り住んでいて、治安もあまり良くないと聞いていたので、私は行くことに反対したのですが、夫がどうしても行きたいと……慎司も、美味しいものが食べられると夫から聞いて、行くことをとても楽しみにしていました。そんな二人に水を差すわけにもいかず、あんな……ことに……ぐすっ」



 母親がハンカチで涙を拭う。



「すみません……」

「いえ、話していただきありがとうございます」



 清花が目を伏せ、礼を述べた。



「今のお話しの通りだと、慎司君が行方不明になったとき一番近くにいたのは、旦那さんということになります。旦那さんからも話しをお聴きしたいのですが……」



 柳が遠慮がちに要求する。



「それが……」



 母親は困ったようなそぶりを見せた。どう説明すればいいのか、言葉を考えているようだった。

 その様子を、柳は不思議に思った。が、直後、その理由を理解できた。

 彼女が何かを言おうとしたときだった。



「ああああああああ!!」



 狂ったような男の叫び声が聞こえてきた。続いて、ガラスが割れるような音もした。

 清花と柳はギョッとする。



「な、なんですか……今の声は?」



 不測の事態に備え、身を構える清花。腰に下げている、拳銃のホルスターに手を伸ばす。



「す、すみません!うちの主人なんです……」

「え?」



 柳と清花は揃って目を丸くする。



「慎司が誘拐されて、気をおかしくしてしまったみたいで……」



 彼女は表情に、より一層暗い影を落とした。



「お話しを聴くことは……難しいでしょうか?」

「はい……なんとか落ち着かせても、俺のせいだ俺のせいだって……ぶつぶつ呟くばかりで……」



 どうして、こんなことに……と嘆く彼女が不憫で、清花は直視できなかった。



「では最後に、何か変わったことはありませんでしたか?」



 柳が尋ねた。母親を気遣い、質問はこれで最後にしたようだ。



「変わったこと……ですか」

「はい、どんな些細なことでも結構ですので」

「いえ……特には……」

「そうですか……」



 結局、何か手がかりになるような情報を得ることはなかった。



「では、我々はここで失礼します。お母様、どうか気をお確かに……」



 応接室を出るとき、清花が労わりの言葉をかけた。



「刑事さん」



 そんな清花は母親に呼び止められる



「はい、なんでしょうか?」



 清花が振り向くと、母親は真剣な眼差しで見つめてきた。その瞳は涙で潤んでいた。



「慎司をどうかよろしくお願いします。あの子は私たち夫婦の、やっとできた、たった……たった一人の子供なんです。あの子がいなくなったら私たちは生きていけません……どうか……どうかよろしくお願いします……」



 彼女は涙ながらに、必死にそう言うと、深々と頭を下げた。



「はい……息子さんは必ず、我々が見つけてみせます」



 この家族の力になってあげたい。清花は力を込め宣言した。



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