家は家主に似ない
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車、ナナマル(JZA-70)の整備が趣味。
・神津柳(カミツ ヤナギ
中華街で探偵事務所を営む女性。
カールしたショートボブと眼鏡が特徴。
友香の叔母にあたる、母親的存在。32歳。
3
友香、清花、柳の三人は、とある商業ビルの正面に立っていた。
「ふぅん、ここがさっき言ってたビルね」
「一階部分は魚屋……中華街にしては珍しいわね。それで三階が事件現場で、残りは空き家、と……」
腕を組み、ビルを眺める友香。その横で、柳がその物件情報を復唱していた。
彼女の言ったとおり、このビルの一階テナントには魚屋が入っており、その左脇に上階へと通じる階段があった。
ビルは、大通りから外れ、裏通りへと続く路地に存在していた。裏通りは、戦後、闇市場として機能していた経緯があるため、今でもそういった店が立ち並んでいる。
交通量は大通りと比べると少ないが、そこそこの人通りであった。
「ラーッシャイラッシャイラッシャイ!!ナマコナマコナマコだよぉう!!」
魚屋の前では、ダミ声の店主がナマコの叩き売りをしていた。おそらく闇市で卸したものだろう。
その横にある細い路地には、空いた発泡スチロールの箱が積まれていた。
「で、その隣にあるのは花屋……随分変わった立地ね」
魚屋に向かって右側には花屋があった。匂いとか移らないのだろうか。
「ええ……って、なんで友香まで居るのよ!」
「あら、なにか問題あるかしら?」
呆れた表情をする柳と目を丸くして首をかしげる友香。
「なんでそんな、居て当たり前って態度なのよ。あなたは車の中でお留守番よ」
「私がそんな言いつけ、守ると思っているのかしら?」
友香は、挑発的な笑みを浮かべ柳を見つめる。
「……はぁ」
柳は、この少女の強引さにため息をついた。
本当に、友香は何を仕出かすかわからないのだ。
幸い、罪を犯す心配はないものの、友香の身に何かが起こってからでは遅い。だが、そんな彼女のことである。周りが何を言っても、我を貫き通すだろう。実際、今目の前でそんな状況が起きている。
しかし、柳もダテに家族をやっているわけではない。彼女に対して、すぐさま条件を提示する。
「わかったわよ。その代わり、絶対私の目の届くところにいること!わかった?」
「ええ、わかったわ」
満面の笑みで返事をする友香。
妥協点の引き出しに成功した彼女は、上機嫌のようだった。
「話は終わりましたか?現場は三階です。行きましょう」
二人の折り合いがついたところで、清花が切り出した。
彼女が先陣を切り、友香、柳が続く。三階に辿り着くと、制服警官が一人、ドアの傍に立っていた。清花が警察手帳を掲げると、彼はゆっくりと丁寧に敬礼をした。
横を通るとき、彼にジロジロと見られたが、友香は気にしなかった。
清花がドアを開け、三人は中に入った。
「あら、なかなか綺麗じゃない。ペットは飼い主に似るって言うけど、部屋は似なかったようね」
友香が毒を吐く。確かに、友香の言うとおり、綺麗な部屋だった。監禁場所という先入観から薄汚い部屋を想像してしまうが、インテリアは白系で統一されており、清潔感があった。壁には防音処理もなされているようで、外装からは想像もつかないほどのリノベーションが施されていた。
電子機器や書類といった物は、警察に押収されてしまったようで、デスクとソファだけの部屋は、殺風景とすら感じた。
「ここが監禁場所です」
清花は奥の扉を押し開けた。
部屋の広さは畳四畳分ほど。十数人を閉じ込めるには、いささか窮屈だっただろう。
「そう。ここから少年は行方をくらました、と……」
「ええ、信じがたいですが。一人で逃げ出した、と考えるのが妥当でしょうね」
清花は監禁部屋から出ると、片膝をつき、目の前にあるソファに手をかけた。
「恐らくこのソファの死角を利用したのでしょう。彼の身長は約125センチメートル。その小柄な体躯を活かせば、隠れることは可能です」
確かに、監禁部屋とは正反対に、この応接間は広い。向かい合ったソファの間隔も広くとっていた。清花の言ったとおり、入り口側のソファに座ったところ、監禁部屋ドアの足元は見えない。
「ですが、問題はここからです。当時、十数人の組員がこの部屋にいました。その監視を逃れて脱出するのは不可能です。加えてビルの入口前には、それぞれ警察車両に乗車した二人の刑事がいましたが、少年を目撃したという報告はありません」
「組員も見た覚えがないって言ってるみたいだし、一体どういうことなのかしら?」
「ビル入口にも死角があったりして」
その友香の発言に、清花はため息を吐いて、
「わかってて言っているんでしょう。ビル前の通りは見通しがよく、夜遅くとはいえ人通りもある」
「そうよね」
友香はニヤニヤしながら応えたが、すぐに真剣な表情になり、考えを巡らせているようだった。
「というか、彼は本当にここにいたのかしら……」
写真でしか見たことのない少年に想いを馳せる。
友香は、右手拳をつくり、自らの唇に押し当てていた。ちょうど咳払いをするような形である。これが、彼女が思考する時の癖であった。
「それにしても、入口でかなり怪しまれましたね」
清花が話題を変え、友香が警官に見られていたことを指摘する。
「ま、人間じゃなかったし大丈夫でしょう」
「気づいていたんですか」
「え、あれ、人じゃなかったの!?」
友香がサラッと返すと、清花と柳はそれぞれ驚きの声をあげた。
「ええ、2年前、神奈川県警は人型ロボットを現場導入することを発表しているわ。見た感じだとあのロボットは、警察手帳内のマイクロチップに反応するタイプね」
「相変わらずよく知っていますね。その通りです。警察手帳を提示しなかった場合、侵入を阻むと同時に、必要とあらば本部に通報するシステムを搭載している優秀なロボットです」
清花が少し誇らしげに説明する。
そんな彼女に、柳が反論する。
「でも私たち入れちゃったじゃない。一人だけ提示すれば大丈夫ってザルじゃない?」
「いいえ、さっきの動作見てたでしょ。いちいち事件現場に入るぐらいで、一人一人のマイクロチップを確認していたら時間がかかってしょうがないわ。時間短縮を考慮した、優秀な性能よ」
「なるほどね……そして、私たちはその優秀さに救われたってわけね」
納得した柳の横で、清花は少し複雑な表情をする。
しかし友香は、ふと思い出した。
「あ、でもたしか映像は記録されているんじゃなかったかしら?」
「ええ、1週間分の記録が可能で、定期的に映像を回収していますね。次の回収日は4日後だったと思います」
「ダメじゃない……」
「やっぱり優秀ね……友達のハッカーにデータ消してもらおうかしら」
うなだれ、携帯電話を取り出す友香。
「いえ、私が消しておきますから大丈夫ですよ」
「もう電話かけちゃったわよ。それに、何かの間違いであなたの経歴に傷をつけたくはないわ」
警察の中には、国選探偵をよく思っていない人種もいる。友香はその理由に関して、「行政の看板を背負っているわけでもないのに国家から命を受け、捜査しているから」と推察している。要は、妬み嫉みである。
兎にも角にも、自分たちのせいで清花のキャリアに傷をつけるわけにはいかない。自分でできることはやって、できる限り迷惑はかけないよう心がける。
そんな友香の思いがけない気配りに、清花は目を丸くする。その傍ら、少女は電話越しに会話を始めた。
「あ、もしもし響?消して欲しいデータがあるんだけど……そう、ええ、ありがとう」
二、三言葉を交わした友香は電話を切った。
「消してくれるそうよ。今は忙しくて、明日になっちゃうみたいだけど……なんでも内務省のサーバーがクラッキングされたとかで、その対応中みたい」
「さすが天才集団ね」
「なんというか……すごい友達を持ちましたね」
若干、引き気味に柳と清花が感想を述べる。
「でも、見た目は普通の女の子よ。生天目って名前なんだけど、聞いたことあるんじゃない?」
「なまため……もしかして以前、特集を組まれていた民間のサイバーセキュリティー会社の、名前は……」
「サイバードルフィン。ええ、そこの社長の娘よ。幼い頃から父親の仕事を横で見ていたら、いつのまにかハッカーになっていたらしいわ」と友香
「たしか特集を組まれた理由は、サイバー犯罪に対して国防軍、警察との協力体制ができたからだったかしら」
記憶を探るように、柳は首を傾げ、右手の親指で顎を撫でる。
「それもあるけれど、そのチームが作成したコンピューターウィルスが、主な理由ね。それが強力で、国防、治安維持両面において今もなお、絶大な効果を及ぼしているからよ」
日本は、長らくコンピューターウィルスを作成することを禁止していた。これが、サイバー発展途上国家の烙印を押された主たる要因であり、欧米諸国、共産共栄圏と比較すると、当時の日本はサイバーセキュリティーが立ち遅れていると言わざるを得なかった。
それゆえ、同盟国政府や海外企業からの信頼度は最悪であり、国内ではハイパーインフレが発生するなど日本経済に大きな影響を与えていた。のちに、この経済危機はサイバー攻撃によるネット工作だと判明したのだが、どちらにせよ対策を講じる必要があった。
危機感を覚えた日本政府は、戦前になってようやくウィルス作成を解禁した。これによって、サイバーセキュリティーが飛躍的に向上し、戦時中から戦後にかけて同盟国と同盟国らしく対等に渡り合うことができたのであった。その立役者こそ、サイバードルフィンを始めとする、数十のハッカーチームであった。
「彼らのおかげで、日本は海外企業からの信頼も取り戻せたし、ほんとコンピューターウィルス様様よ」
まぁ、その時代に私は生まれてないけど。と友香が肩をすくめた。
もし、彼女が戦前に生まれていたらどうしていただろうと清花はふと思った。が、すぐに結論が出たため考えることをやめた。
きっと、不敬罪待ったなしですね。とボソリつぶやき、
「幸せな時代に、我々は生まれましたね」
清花は、感慨に耽った。