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誰も知らない誘拐事件  作者: 空波宥氷
3/28

友香と清花

主な登場人物


・反町友香(ソリマチ ユウカ

中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。

ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。

茉莉花茶が好き。



・青山清花(アオヤマ サヤカ

神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。

英国人と日本人のハーフ。

灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。

愛車、ナナマル(JZA-70)の整備が趣味。



・神津柳(カミツ ヤナギ

中華街で探偵事務所を営む女性。

カールしたショートボブと眼鏡が特徴。

友香の叔母にあたる、母親的存在。32歳。

2


「まぁ、そうなるわよね」



 先ほどまで柳が座っていたソファに、客人、青山清花あおやま さやかが座っていた。



「久しぶりね、清花」

「お久しぶりです、友香。元気にしていましたか?」

「ええ、おかげさまで。そっちも元気そうでなにより」



 友香と清花が挨拶を交わす。二人は古くから親交があり、姉妹同然の関係であった。

 そんな仲だからできるのだろう、少女が苦言を呈す。



「にしても、捜査関係者じゃない柳に情報を提供するなんてねぇ……」



 あきれた、というよりも自分の推測が正しかったのが退屈なのか、友香はため息をはいた。

 無論、捜査情報を警察関係者以外に漏らすことは規律違反である。



「どっちが言い出しっぺかわからないけど、自分が何をしたのかわかっているのかしら、ねぇ、青山警部補?」

「私は、独り言を言っていただけです。それをたまたま、神津先生に聞かれてしまったのです。これは困りました」



 清花は、ジャスミンティーを口に運びながらいけしゃあしゃと答え、柳はそれに苦笑した。

 そして、清花が言葉を続ける。



「それに、柳さんは国選探偵です。警察官が国選探偵に依頼していけないとは、どこにも書かれていませんよ」



 先程、捜査情報の漏洩はご法度だと言った。しかし、それは一般人相手のことであって柳は例外だった。その唯一の例外が、国選探偵である。


 国選探偵とは国家選任探偵の略称であり、その文字が表す通り、国家から任命された探偵のことを指す。

 その業務内容は、ほとんど一般の探偵と変わらない。だが、依頼履行中という一時的にではあるが、警察と同じ捜査権を持つことが可能で、警察との共同捜査を行っている。


 ただし、中立的な立場である警察官とは違い、彼らと協力関係を築きつつも依頼主の立場に立って独自の捜査を行うのが彼女らの使命であった。その様から、法廷外の弁護人とも呼ばれている。


 ゆえに、清花が柳に捜査情報を教えるのは違法ではないのだが、



「それでも、警察官が依頼するって……ねぇ?」



 言葉にできない違和感を口にする友香。

 その言葉に、清花は極めて真面目な顔をして反論する。



「法律上、何の問題もありませんが」

「そうだけど、なんというか……警察官としてはどうなの?その、プライドとか……」

「プライドで人が救えるのであれば、私は喜んで威張り散らします。しかし、そうはいきません」

「だからその分、手段は選ばないと」

「そんな物騒な話ではありませんよ。私はただ、柳さんに依頼しただけです」



 清花が友香に微笑みかける。

 そんな彼女の言い分に、苦笑しながらため息をつく友香。



「はぁ……意外と強引なところは相変わらずなのね……で?その捜査は順調なの?」



 だが、すぐさま、過ぎたことは仕方ないとばかりに事件の進展について問いかけた。



「いいえ、残念ながら難航しています」



 清花が少し険しい顔をして答える。

 そして、彼女は再び紅茶に口をつけると、一呼吸置いたあと口を開いた。



「ただ、新たに分かったことがあります」

「何かしら?」

「一人だけ検挙できなかった人間がいたんです。組長の金田巳神です」

「あら、アタマに逃げられちゃったの?」



 友香が驚きの声をあげる。

 もし本当なら間抜けが過ぎる。だが、清花はこんな冗談を言うタイプではないため、本当のことなのだろう。



「正確に言えば、事務所にいなかったんです」



 友香の反応に慌てた様子もなく、淡々と清花は訂正する。

 少女は、再び彼女に質問を投げかかた。



「事前に偵察は行ったのかしら?」

「捜査前日、入念に偵察しました。しかし、当日に限って彼の存在が確認できなかったのです。延期になるのではないかと、捜査員の間に不穏な空気が流れていました」


「でも結果、突入してるんじゃないの」と柳。

「ええ、子供達の安全や令状入手のタイミングを考慮した結果、突入になったようです」

「にしても子供だけじゃなく、暴力団組長も行方不明とは……」

「組長に関しては、その日の朝から連絡がつかなくなっていた、と検挙した組員の一人が証言しています」



 そちらも検問を敷くなど、鋭意捜索中です。と清花が付け加える。



「謎だらけね……子供の方は何か手がかりが掴めたの?」と柳。

「依然、足取りが掴めていません」



 清花が小さく首を横に振った。



「もう死んじゃってるとか」と友香。

「断言できませんが、可能性としては低いでしょう。彼らにとって子供たちは、大切な商品ですから」



 清花は表情を崩さず言ってのけた。



「それに加えて、彼らは子供たちを連れ去った日時を記録していました。慎二君が連れ去られたのは、強制捜査の2日前です。もし殺害、遺棄していたのなら、それまでにリストから抹消しているはずです」

「抹消している時間がなかった、という可能性は?」


「それならどこかに痕跡があるはずです。しかし、事務所からは何もでませんでした」

「ま、仮に室外で殺していたのなら、外出前にリストから消しているでしょうしね」と友香。

「強制捜査時に、逃げ出した組員がいる可能性は?」と柳。


「それはありえません。入口は捜査員が見張っていました。裏口、搬入口も、です。彼らは職務を全うしました」

「でも、子供は見落とした」

「ちょ、友香!」



 友香が容赦のない一言を放つ。柳は空気が凍ったような感覚に襲われた。



「それは……警察に対する批判でしょうか?」

「あなたがそうとるなら、そうなんじゃない?」



 友香が挑発的な笑みを浮かべ、清花を見つめる。清花も目をそらさず、目を細め友香を見つめ返す。

 沈黙が訪れる。なおも二人は視線をそらさない。お互い、相手の魂胆を見透かしているような、他人には入り込む余地のない二人の空間だった。

 その空気の中、清花がフッと笑い、緊張が解かれた。



「冗談ですよ、失態と思われても仕方のない結果ですし。それに、解決すべき問題が山積みになっていますから。それこそプライドでは人を救えない、ですよ」



 清花が、口元にティーカップを運ぶ。



「そうね……でも、私も少し悪ふざけが過ぎたわ……もし気を悪くさせてしまったのならごめんなさい」



 友香も、手元のティーカップに視線を落とししつつ、反省の言葉を述べた。

 沈黙が去った後、今まで発言の機会をうかがっていた柳は、清花に一つの要求をした。



「清花、前にも言ったけど、その現場を直接見たいんだけど大丈夫かしら?」

「ええ、もちろん」

「ご都合がよろしければ、今からでもいかがですか」



 柳の申し入れに清花は首肯し、さらに提案を加えた。



「え、大丈夫なの?」と友香。

「ご心配なく、ちゃんと考えてあります」



 清花の自信満々なセリフに、友香は笑みを浮かべる。



「ありがとう清花。じゃあ準備するから、ちょっと待ってて」



 財布取ってこなきゃ、と柳は自室へと向かっていった。



「こちらこそ、私に協力していただきありがとうございます。では、お待ちしています」

「私も先に行ってるわね」



 丁寧にお礼を述べた清花は、友香とともに玄関へと向かった。











 事務所を出て路地を抜けると、清花の愛車である70スープラが停めてあった。

 路上は、車二台がやっと通れそうな道幅で、人通りもほとんどなかった。

 清花は友香に乗車を促し、自らも乗り込んだ。



「相変わらず、その喋り方なのね」



 柳を待つ間、助手席に座った友香は清花に語りかけた。



「ええ、この話し方しか私は知りませんから」

「大学生になっても、警察官になっても変わらなかったものね」



 友香はどこか懐かしそうに微笑んだ。


 清花は英国人と日本人のハーフであった。

 彼女の父親は、在日英軍人だった。といっても両親はイギリスで結婚しており、父親が日本勤務になるまで、清花はイギリスで過ごしていた。彼女が日本に来たのは、彼女が十六歳の誕生日を迎えてからだった。

 それゆえ、彼女は当時、日本語をうまく話せず困っていた。そんな彼女を助けたのが友香と友香の母親だった。



「あなたたちからいただいた、大切なものですから」



 反町家に助けられて以来、清花は何度も彼女たちの元を訪れることになる。

 友香の母親曰く、友香が清花のことを気に入ってしまったから会いに来て欲しかったらしい。清花自身も、歳の離れた妹ができたかのようで嬉しかったのか、その好意に甘え、少女の遊び相手になっていた。



「そう、ありがとう」



 友香は感謝の言葉を述べ、一呼吸置いてから、



「その喋り方、昔と変わらなくて安心するの。好きよ」



 俯き、どこか遠くを見るような目で頬笑んだ。

 だがすぐに、少女はあることに気がつき、その違和感を口にした。



「あれ、そういえば、清花って捜査一係よね?どうして組対でもないあなたが、摘発に参加していたの?」

「ああ、それは、署長曰く、研修中は多くの経験を積んで欲しいからなんだそうです」

「……それ、都合よく使われているだけじゃないの?」

「そう、でしょうか……?」



 視線を落とし、首をかしげる清花。

 考えを巡らせているようだ。その様子に、



(はぁ、お人好しなのも相変わらずなのね……)



 友香は、ため息をつきながら、苦笑を浮かべた。

 しかしその表情は、安心したような、どこか嬉しそうなものでもあった。





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