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誰も知らない誘拐事件  作者: 空波宥氷
27/28

英雄の末路

主な登場人物


・反町友香(ソリマチ ユウカ

中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。

ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。

茉莉花茶が好き。



・青山清花(アオヤマ サヤカ

神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。

英国人と日本人のハーフ。

灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。

愛車、ナナマル(JZA-70)の整備が趣味。



・神津柳(カミツ ヤナギ

中華街で探偵事務所を営む女性。

カールしたショートボブと眼鏡が特徴。

友香の叔母にあたる、母親的存在。32歳。

28-1


「ここね」



 柳たち3人は、チェンの別荘の前に立っていた。

 そこは湯河原町の中心部から少し離れたところで、視線を移せばすぐそこに海が見えた。涼しい海風が頬を撫でる。建物の周りは売地が点々としていて、物寂しさを醸し出していた。



「ええ、行きましょう」



 清花が覚悟を決めたような口調で言った。

 その言葉に友香と柳が頷いた。友香が率先して玄関へと向かう。

 柳は少女に車の中で待っていろと言ったのだが、やはり無駄なことだった。


 清花が玄関脇のインターホンを鳴らす。しばらくして、扉が音を立てて開いた。



「どちら様?」



 白髪頭の初老の男性が顔を覗かせた。



「エドワード・チェンさんですね?警察です。斑鳩慎司君の件で来ました」



 清花が警察手帳を掲げ、彼に引導を渡した。

 彼はうなだれて、



「そろそろ来ると思ったよ」



 そう言った彼は、全てを悟ったような、しかしどこか肩の荷が下りたような表情をしていた。

 その背後には、壁に隠れてこちらを伺う少年の姿があった。

 少年の無事を確認し、友香は天を仰いだ。






28-2


 チェンを検挙した清花は、小田原警察署にて彼の取り調べを行なっていた。

 友香と柳は、マジックミラー越しに彼女を見守っていた。



「迫り来る孤独死の恐怖と虚しさに耐えられなくなった。俺にはカミさんも子供もいない。仲間もみんな死んじまったよ」



 部屋の隅で、カタカタと人型ロボットが供述調書を打ち出す。

 なぜ誘拐などしたのか。その問いかけへの答えがこれだった。

 寂しそうに目を細める彼を見て、清花はいたたまれない心境になった。

 だが、極めて冷静になって尋問を続ける。



「そうでしたか…では、慎司君を標的にしたのは何か理由があったのですか?」

「特にはない。誰でも良かったんだ」

「誰でも良かったのなら、孤児院から子供を引き取り育てれば良かったのではありませんか?わざわざ高い金銭を支払ってまで犯罪に手を染める必要はなかったと思いますが」



 清花は当然の疑念を口にした。

 正しくその通りである。逮捕された今、彼は大金を支払った挙句、何も得られなかった犯罪者という烙印を押されたのだ。彼にとってメリットなどどこにも無いはずだ。



「それは…」



 清花の正論に彼が口籠る。その時だった。

 バンと扉が開き、友香が入ってきた。

 突然の出来事に清花が驚く。チェンの視線も少女へと向かう。

 そんな空気は御構い無しに、友香は語り出した。



「ゆ、友香?」

「そう。そのことがずっと頭の中で引っかかっていたのよ。でも、初めてあなたに会ったとき、なんとなくわかったわ」



 友香は、清花からチェンへと視線を移し、核心を突いた。



「あなた、ひょっとして慎司君のことを守ろうとしたんじゃない?」

「え…!?」



 清花は目を見開き、彼を見た。

 その彼は、真剣な表情をして押し黙って友香を見つめていた。

 少女が言葉を続ける。



「これはあくまで私の想像だけど、あなたは偶然にも、彼の父親が狂言誘拐を企てていることを知ってしまった」



 この際、どうやって知ったかは追求しないわ。と付け加える友香。

 クラッキングが日課だったのか、何かしらの任務だったのか、それとも。理由は何であれ、彼は知ってしまったのだ。少年の父親が狂言誘拐を企てたことを。



「たとえ狂言で元鞘に収まろうとも、また同じことが繰り返されないとは言い切れない。そして、慎司君の心には一生消えない傷が残ってしまう。親元に返され、彼がまた傷ついてしまうのをあなたは見過ごすことはできなかった」



 チェンは、黙って友香の推理を聴く。清花も、固唾を呑んで少女を見る。

 取調室は、少女の独壇場だった。



「だからあなたは、慎司君を攫った。彼を守るために。誘拐したにも関わらず彼を拘束していなかったのが何よりの証拠よ。違う?」



 そう断言すると、友香は不敵な笑みを浮かべ、チェンを見つめた。

 彼もそれに応えるかのように、無表情な顔で少女を見つめ返した。だが、すぐに視線を外すと、



「さぁ、どうだったかな。歳を取ると物忘れが酷くなってかなわんよ」



 男は困ったように、でもどこか満足したような苦い笑みを浮かべた。



「そう」



 その言葉に、友香は短く返しただけだったが、その顔には笑みが浮かんでいた。

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