中華街と夏風
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車、ナナマル(JZA-70)の整備が趣味。
・神津柳(カミツ ヤナギ
中華街で探偵事務所を営む女性。
カールしたショートボブと眼鏡が特徴。
友香の叔母にあたる、母親的存在。32歳。
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「人身売買か、ホント相変わらず、この街は物騒ね」
反町友香はソファに背を預け、新聞を広げた。その地元紙の二面には、昨日の大捕物劇について報じられていた。
中華街裏通りに面した雑居ビル二階。少女は探偵業を営む叔母、神津柳の元で日々を過ごしていた。昼時ということもあり、通りに面した窓からは、市場の活気が伝わってくる。時に騒がしいとも感じ取れるこの空気が、彼女は好きだった。
窓から入ってきた風が、彼女の腰まであるピンクがかった白髪を撫でる。
つい四ヶ月前、中学二年生になったばかりの友香は小柄で、すばしっこい猫のような印象を受ける。彼女がその小さな体で大きなあくびをすると、赤い瞳の目尻が涙を浮かべた。
「ほら友香、お茶淹れたわよ」
柳が茶器を友香の前、テーブルの上に置いた。ジャスミンの香りが鼻を抜ける。彼女は自分もソファに座ると、テーブルを挟んで友香に、
「人身売買も問題だけど、それは取るに値しないわ」
「あら、まるで解決していない問題があるような口ぶりね」
含みある言葉を友香に指摘され、柳は少し真面目な顔をし、
「ひとりだけ、いなかったみたいなのよ」
「誰が?」
ジャスミンティーを口に運びながら、簡潔に疑問を提示する友香。
「斑鳩慎司君」
不十分な説明に眉をひそめる少女に、柳が詳細を述べる。
「四日前、両親と中華街を訪れた際、行方がわからなくなった小学一年生の男の子よ。のちに捜索届が提出されてるわ。山下公園近くの防犯カメラに、不審な男と歩く彼の姿が映っていたことから警察は、この男を重要人物として捜査しているみたいね」
「でもそれだけじゃ、その男がこいつらだってわからないんじゃない」
友香は広げた新聞紙面を爪弾きながら、
「それに一人だけいないって、まるで全体人数を把握しているような言い方ね」
「ええ、彼らは連れ去った子供たちのリストを作っていたみたいだから。そして、そのリストに彼の名前があった。彼らにとって子供たちはいわゆる商品だから、そこはきちんとしておきたかったんでしょう」
自分で言っていて不快に思ったのだろう、柳は顔をしかめる。
「なるほど。そのおかげで一人の失踪が発覚したわけか……。その調子だと、すでに売り飛ばされたってわけでもなさそうね」
「不思議なことに、彼らはその子を知らないって証言しているみたいなのよ。だから、『知らないガキをどうやって売り飛ばすんだよ』の一点張りで……」
「リストに記載されていて、誘拐されているはずの少年が、誰にも知られることなく行方をくらませた……か。それは不思議ね。で?」
お茶を飲み干した友香は、ここで挑発的に疑問をぶつけてみることにした。
「どうして一介の探偵であるあなたが、そんなことを知っているのかしら」
ヒトの弱みを握ったかのように、ニヤニヤ笑う友香に、柳は茶器を片付けながら、
「いずれわかるわよ、というよりもうわかっているみたいね……」
そう言いつつため息をつく柳。
その直後、タイミングよく玄関のベルが鳴った。それを聞きつけた友香は、
「あら、答え合わせの時間かしら」
と、笑みを浮かべた。