誰のために
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車、ナナマル(JZA-70)の整備が趣味。
・神津柳(カミツ ヤナギ
中華街で探偵事務所を営む女性。
カールしたショートボブと眼鏡が特徴。
友香の叔母にあたる、母親的存在。32歳。
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翌日、清花は足利と共に、斑鳩政司の取り調べを行なっていた。斑鳩邸を訪れた際、彼はまだ取り乱していたのだが、金田の名前を出すと観念したのか、うなだれて任意同行に応じた。
「では、あなたと金田の関係を教えてください」
「小学校からの同級生だ……親友だったよ……」
ポツリポツリと政司が話し出した。
「先日、その彼が亡くなったのはご存知ですか?」
「ああ、知ってるよ……」
彼は膝の上で拳を握り、俯き震えていた。
「俺が……っ……俺が……殺しちまったんだから……」
呆気なく自供した彼に、清花と足利は驚き目を見合わせる。
「では、その時の詳しい状況を教えていただけますか?」
「そ、それは……」
彼は嗚咽交じりに自供を始めた。その内容は、警察が推測していたものと少し違っていた。
「久しぶりに会って……酒を呑んだんだ……あ、あいつ酒癖悪くて……店出たら口論になって……それであいつがけ、拳銃を……それで揉み合いになってるうちに……」
「暴発してしまったと」
政司が首を縦に振る。
「そうですか。それは、おかしいですね。彼の体内からアルコールは検出されませんでした」
「え……?」
「本当に酔っ払った上での口論だったのですか?」
「それは……」
彼は急にしどろもどろになる。雲行きが怪しくなる。もっとも怪しくなったのは彼だけにとってだが。
清花も、彼女から話を聴いた足利も想定済み、寧ろ望んだ空気だった。
「そ、そうだ!あいつ、その日イライラしてたみたいで……それで……」
「そうですか……では、あなたが金田さんを呼び出した理由を教えてください」
彼は口ごもってしまった。
そのわけが、友香から話を聞いていた清花には見当がついた。
「これを見ろ」
足利が金田の通話デバイスの着信履歴を印刷した紙を見せる。
「これは金田の着信履歴なんだが、これ、お前さんの番号だよな?何を話したんだ?」
「い、いや、た、大したことはないんだ」
彼は明らかに動揺していた。
「大したことがなかったら普通、こんなに何度もかけたりしませんよね?」
「そ、それは……」
記録を見ると十数回に及んで着信していた。
「何か俺たちに話したらマズイことでもあるのか?」
身を乗り出し足利が尋ねる。
「そ、そんなことないですよ!ホントに」
「では、その金田があなたの息子さんを誘拐していたのは知っていましたか?」
「え?」
「金田は中華街で暴力団を組織し、児童売買をしていました。その売買リストにあなたのお子さんの名前がありました」
「そ、それは……」
「不思議ですね。親友のはずなのに、何故息子さんが売り捌かれていたのでしょうか?」
「し、知らないですよ!あの野郎、親友の息子を誘拐してたのかよ……!」
あくまでもシラを切る彼を、清花は侮蔑の目で見た。自己保身のためなら親友まで切り捨てる彼を許すわけにはいかない。金田はもう死んでいる。
死人に口無しをいいことに言いたい放題する態度が、清花の正義感に火をつけた。
『息子は預かった。返して欲しければ明日の夜、12時に4000万円をバッグに詰めて持って来い。場所は、山下公園の水の守護神像の前だ』
「なっ……!これは……」
清花が、残されていた通話音声を再生した。
それに彼が顔を上げ、目を見開く。ガクガクと震え出し、歯がカチカチと鳴っていた。
「金田は約束事をするとき、その通話内容をマメに録音していたそうです」
「今回もその癖で録音してたみたいだな。で、そのデータが残ってたってワケ」
「ううう、嘘だ!!な、なんなんだよお前ら!悪趣味にも程があるぞ!!」
「悪趣味?嘘?どうしてそう思うのですか?」
「だって!こんな電話かかってこなかっ……!?」
しまったという顔をして、口をつぐむ政司。
その隙を見逃さず、清花は追撃する。
「おや、どうしてこの電話があなた宛だと?」
「い、いやだってあいつ慎司を誘拐してたって……」
「ええ、その通り。しかし、なぜこれが自分へ宛てたものだと思ったのでしょうか?」
「そ、それは!お、俺だって息子を誘拐されてるんだ、何か関係があると思って……!」
「そうですか。しかし、おかしいんですよ」
「な、何がおかしいんですか……?あいつは人の子供売り捌いていたんでしょ?」
政司が反論を試みる。が、それは彼女たちにとって想定内のことであった。
むしろ、好都合なことであった。
「そこです。彼らは、子供を売り捌いていた。それはつまり、人身売買であって身代金目的の誘拐ではないんですよ」
「事実、あいつらが誘拐事件を起こしたことは一回もなかった。ただ金田のこの一件を除いてな」
「何故だかわかりますか?」
「い、いや……さっぱり……」
「この誘拐は、組織的なものではなく、金田個人によって行われたからです」
「ど、どういうことですか?」
「金田は業績悪化で、上部組織に最後通牒を告げられていた。そこで高跳びするための金が必要だったと周囲に漏らしていたそうだ」
組対が、汗水流して掴んだ情報であった。
その情報を、薬師寺が足利に託したのである。その彼らの思いが、事件解決の突破口となった。
「金田は急繕いで、個人的な大金が要りようだった。そのために、業務に見せかけた個人的な誘拐事件を起こしたというわけです」
「な、なんてことを……許せない」
「ああ、訂正します。大金が必要だったのは金田……とあなたも、でしたね。斑鳩政司さん」
清花は彼を真っ直ぐに見つめ、睨みつけた。
「は、はぁ!?一体な、何を……」
彼は目を見開き驚愕する。
追撃とばかりに足利が詰め寄り、清花もそれに加わる。
「調べはついてるんだぞ斑鳩。お前、ギャンブルで相当借金してたそうじゃねーか」
「闇金にまで手を出していたそうで、返済期限まであと僅かだったそうですね」
「お前が酷く焦ってたって、ギャンブル仲間が言ってたぞ」
「ところが、最近になって返す目処がついたと周囲に言っていたそうですね」
「な、なんなんだよ一体!それじゃまるで……」
「ええ、そうなんです。これは、あなたと金田が共謀して行った、人身売買に見せかけた狂言誘拐なんですよ」
「な……ば、ばかばかしい!!」
清花は、一人の少女が導き出した結論を突きつける。
が、彼は身体を仰け反らせ、そっぽを向く。あくまでシラを切るようだ。
この男に、罪を認めさせなくてはならない。力を貸してくれた彼女のためにも。
「大体、俺がやったという証拠はあるんですか!?」
「この状況証拠だけで充分じゃないのか?」
「それじゃあ、ただの言いがかりでしょう!!」
これだけ状況が物語っているのにも関わらず、逃れられると思っているのだろうか。
往生際の悪い彼に対し、清花は切り口を変える。
「そうですか……ですが、あなたはこのままでいいのですか?」
「はぁ!?何が?!」
「あなたが真実を明かせば、慎司君が助かるかもしれないとは思わないのですか?」
「なんだよそれ!?そんなわけないだろ!!」
「そうですか?彼を見つけ、保護するためにも、どんな些細なことでも包み隠さず話すべきではありませんか?」
「知らねーよ!ていうかこれ、なんの取り調べだよ!俺は金田を殺したことを認めたじゃねーか!ほら!早く逮捕しろよ!!」
彼が騒ぎ立てる。清花は目を細め、汚らわしいものでも見るような目で彼を一瞥すると、
「あなたは、本当に下らないプライドをお持ちのようですね…」
「はぁ!?」
「いい加減にしなさい!!あなたはどこまで過ちを犯せば気が済むのですか!!」
彼女が感情を爆発させた。
「慎司君のことを心の底から案じているのなら、知らないなどという発言はしないはずです!」
彼女は怒り、そのやるせなさに震えていた。
「大切に思っているのなら家族を、その命を危険にさらしてまで自らの失態を隠すなど、それが父親のやることですか……!」
政司は清花に何も言い返せず、ただ黙ってうつろげに彼女を見ていた。
「父親に金稼ぎの道具として使われた。それを知ったとき、彼はどう思うでしょうか。その絶望は計り知れません」
清花は首を小さく横に振った。
「彼の心には、一生癒えないであろう傷がつきました。彼を傷つけたのは他でもないあなたです」
彼女はゆっくりと相手を諭すように言葉を続ける。
「そして、奥様がどれだけ苦しんでいるか、一番近くで見ていたあなたなら分かっているでしょう。心の底から我が子を愛している奥様は、慎司君が心配で心配でたまらないでしょう」
後ろで立っていた薬師寺が悲しそうに首を振る。
「家庭は崩壊寸前とお見受けしました。それだけ愚かな行為の数々を、あなたはしたということですよ!!」
清花が怒気を込め、静かに言い放つ。
その気迫に彼は放心していた。
「あなたは到底許されることはない罪を犯しました。しかし、たった一つだけ、その罪を償う方法があります。それは真実を語ることです」
再び落ち着いた声で清花は語り出す。
「今ならまだ引き返せます。あなたが真実を明かせば、彼の生命が脅かされるという最悪の事態は避けられるかもしれません。奥様も、彼を大切に思っている周りの人たちも救われることでしょう」
ただ、その瞳は、確固たる信念が鋭い光となって輝きを放っていた。
「選びなさい。我が子を見捨て、自らの保身に走るか。それとも我が子が、家族が救われることを願い真実を話すか……親ならどうするべきか、考えるまでもないでしょう!!」
どうか、彼が自らの過ちに気づき、慎司君が無事に見つかりますように。清花は願いを込め、叫んだ。
「う、うわああああああああ!!!!慎司……ごめん……ごめんなぁ!!」
そんな彼女の言葉に、彼は絶叫し、泣き崩れた。
「では、あなたと金田が共謀して狂言誘拐を企てたことを認めますね?」
清花が、冷静に問いかける。
「ああ……認めるよ……」
彼が自供し始めた。彼が話したことは、友香が推測したことと大体同じだった。
「あいつが最初に持ちかけてきたんだ。俺が金に困ってるって言ったら、いい方法があるって…」
「それが、狂言誘拐だったわけですね」
「ああ……だがあいつは俺を騙した……!」
彼は机に乗せた拳を硬く握り締める。
「身代金要求の電話をあいつがしてくるはずだったのに、その電話は待てど暮らせどかかってこなかった…」
ポツリポツリと話す彼を、二人は黙って見ていた。
「そのことをあいつに言ったら、電話はかけた、息子も渡したと言いやがった……!初めはタチの悪い冗談かと思ったよ。でも、そうじゃない!あいつは息子を売り飛ばした……あいつは俺を裏切ったんだ!」
目を見開き、涙を流しながら、彼は叫んだ。
「それであいつを呼び出して……話してるうちに言い合いになって……こ、ころしちまったんだ……そこで俺は初めて、自分のやってきたことを後悔した……大切な息子を騙して……そして親友に騙され、息子を売られた……」
彼がシャツの袖で涙を拭う。
「俺はどうしてあんな馬鹿なこと……どうして……あんなことしなければ……うぅ……」
自らの過ちによって息子が傷ついた、ということを認め、感情が決壊したのか、机に彼は突っ伏して泣きじゃくった。
「では、慎司君がどこに行ってしまったのか、心当たりはないと」
しばらく黙っていた清花は、彼が落ち着いた頃合いを見計らって聴いた。
「ああ……俺は……慎司がどこに行ったのかわからない…」
彼はここで言葉を切ると、
「刑事さん、どうか慎司を見つけてくれ……お願いします……!」
机にぐちゃぐちゃになった顔を擦り付けて、清花に懇願した。
「ええ、もちろん。我々は全力を尽くしますよ」
一件落着とばかりに彼女は息を吐きつつ、彼を力強い瞳で見つめた。