誰も知らない誘拐事件2
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車、ナナマル(JZA-70)の整備が趣味。
・神津柳(カミツ ヤナギ
中華街で探偵事務所を営む女性。
カールしたショートボブと眼鏡が特徴。
友香の叔母にあたる、母親的存在。32歳。
・李徳深(リー トクシン
中華街で茶屋を営む、事情通の男。
茶屋の名前は、峯楼館(ホウロウカン。
友香が幼い頃から親交があり、今では茉莉花茶を一緒に飲む仲。
何かと友香の面倒を見ている。
17
柳のモバイルウォッチに着信があった。相手は清花だった。
認識画面をタッチし、回線をオンにする。
「清花からだわ。もしもし清花?」
「柳さんですか?新しいことがわかりました」
清花の名前に反応したのか、友香が椅子から立ち上がると柳に駆け寄る。
清花がテレビ回線にしていないため、彼女の姿は映っておらず、名前だけが表記されていた。
「新しいこと?あ、ちょっと待って……大丈夫よ」
友香に気がついた柳が、スピーカー機能を起動させる。
「先ほど、一人の構成員の男が、自分が慎司君を運んだと自供しました」
「それは本当なの!?でもなんでそんな急に……」
柳は驚きのあまり大きな声をあげ、友香は眉をひそめる。
「はい。なんでも当時、金田にこの件を口外するなと強く言われたそうです。そして、その数日後、ひどく動揺していたと。男は、それが彼の行方不明になっていた原因なんじゃないかと思い、供述に至ったそうです」
すでに金田が死体で発見されたことを、男はもちろん知らない。何も知らない彼は、必死に金田を見つけて欲しいと願っていた。そんな彼の義理堅さに、清花はどうしても真実を伝えられなかった。そのことを思い出し、清花は顔をしかめる。
「動揺していたってところ、詳しく聞かせてくれる?」
話を聞いていた友香が、柳の腕を掴み、モバイルウォッチに話しかける。
「はい。彼は3日前、金田から子供を売ってきて欲しいと頼まれたそうです。慎司君の写真を見せたところ、その子供とよく似てると供述していました」
「強制捜査の前日ね」
「取引場所は、山下公園の水の守護神像の前で、夜遅くに行ったそうです。取引は無事終了し、金田に報告したようですが、その日は変わった様子は見られなかったそうです」
友香も柳も、清花の話を一語一句聞き逃すまいと、真剣な表情をして聴いていた。
「金田の様子に異変が起きたのはその翌日、一本の電話がかかってきてからだそうです。通話後、焦った様子の彼に、ちゃんと渡したか?と訊かれたそうです」
「通話相手は斑鳩政司?」
「ええ、おそらく。そして彼が取引は滞りなく行われたと告げると、取引相手の人相や、特徴などを事細かく訊かれたそうです。その後日です、金田が行方不明になったのは」
どうりで、突入時にいないはずである。もうこの時にはすでに殺されていたのだから。
一つずつ、真実が明かされ、それが繋がっていく。だが、全体像の解明にはまだ遠い。
友香が、さらなる追求のために質問を繰り出す。
「ちなみに、その取引相手の特徴は?」
「暗かった上に、帽子をかぶっていたため、顔はわからなかったそうです。しかし、小太りで少し腰が曲がっていたらしく、老人だったんじゃないか、と」
「そう……ありがとう」
少女が礼を述べる。しかし、何か引っかかったのか、ソファに座り直すとすぐに考えるポーズを取り耽っていた。
「手違いの真相が、これでわかったわね」
「ええ……」
柳の言葉にゆっくりと、友香が頷く。何か釈然としない様子であった。
「手違い……ですか?」
「ああ、ごめんなさい。これはあくまで私の想像なんだけど……」
一人おいてけぼりを食らった清花に、先程まで話していたことを顔を上げた友香が説明した。
「なるほど……にしても本当、すごい想像力ですね」
「でも、警察でも狂言誘拐を疑う刑事はいたんじゃない?」
「いえ……捜査本部は、金田たちが誘拐したと決め込んでいましたから……」
それに、友香は中学生である。そんな彼女が、ここまで考えられたことに清花は驚いたのだ。やはり友香は、常人とは思えないセンスを持ち合わせているのだろう、と確信した。
「では、私はそろそろ仕事に戻ります」
清花は、仕事を抜け出して柳に電話をかけていた。しかし、いつまでも油を売っているわけにはいかない。要件も済んだので、清花が会話を切ろうとする。
「わかったわ、それじゃあ」「あ、柳さん」「ん?どうしたの?」
しかし柳が回線を切りかけたとき、清花は何かを思い出したようで、
「一つ、伝え忘れていました。明日、斑鳩政司を任意で取り調べします」
「わかったわ。また何かわかったら連絡ちょうだいね」
「もちろんです。それでは、失礼します」
柳が通話回線を切る。と同時に円形の映像が時計に収束する。
友香もスカートを整えるため座り直し、お茶を飲んだ。
「核心に近づいてきたわね」
「ええ、あと一歩といったところかしら?」
第一部は、ね。と友香がぼそりと呟く。
明日の聴取で、事件の第一部は全て白日の下に晒される。だが、第二部に関しては、手がかりはほぼ皆無である。
「明日の聴取で、何か進展があればいいんだけど」
友香は望み薄な願望を述べつつ、お茶を口にした。
「あれ……?」
「ん?どうしたの?」
友香が茶器を持ったまま硬直する。側から見ていた柳は、お茶に虫でも入ってしまったのかと思った。そんな彼女に、友香は、茶器を見つめながら問いかけた。
「ねえ柳、斑鳩家に訪れた時、ご家族は身代金の要求をされたって言ってた?」
「い、いえ……何も言ってなかったわよ?」
「それっておかしくない?金銭目的の誘拐よ?お金を要求しなかったら、意味ないんじゃないかしら」
友香が顔を上げ、柳を見る。
「た、たしかにそうだけど……」
彼女の言葉にうろたえる柳。その傍ら、友香は思考を巡らせる。そして、次の瞬間、友香が目を見開く。
「まさか……!」
何かに気がついたようだった。彼女は興奮気味に板電話を取り出すと、どこかに電話をかけた。
「あ!もしもし?ちょっと訊きたいことがあるんだけど……」
しばらく友香は、通話相手と真剣な表情で言葉を交わしていた。