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誰も知らない誘拐事件  作者: 空波宥氷
14/28

主な登場人物


・反町友香(ソリマチ ユウカ

中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。

ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。

茉莉花茶が好き。



・青山清花(アオヤマ サヤカ

神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。

英国人と日本人のハーフ。

灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。

愛車、ナナマル(JZA-70)の整備が趣味。



・神津柳(カミツ ヤナギ

中華街で探偵事務所を営む女性。

カールしたショートボブと眼鏡が特徴。

友香の叔母にあたる、母親的存在。32歳。



・李徳深(リー トクシン

中華街で茶屋を営む、事情通の男。

茶屋の名前は、峯楼館(ホウロウカン。

友香が幼い頃から親交があり、今では茉莉花茶を一緒に飲む仲。

何かと友香の面倒を見ている。

15


 中華街裏通りへと戻った友香は、ある店を訪れていた。その店というのは、柳の探偵事務所が入るビルの一階にある茶屋だった。入り口の上ある大きな看板には、「峯楼館ほうろうかん」と金ピカの文字が躍っていた。

 店の中を覗くと、黒いサングラスをかけた男が茶器を片手に書物を読んでいた。closedの看板を無視して友香が店に入ると、ドアについた鈴がカランカランと音を立てた。



「すまないが、今日は臨時休業だ」



 男は書物から目を離さず告げた。



「私よ、アーシン」

「ん、アーユか」



 アーシンと呼ばれた男は、声の主が友香だと気がつくと顔を上げ、席を立った。歳は30台前半だろうか。身長は180くらい。長身のせいで細身に見えるがしっかりとした体躯をしており、黒のスーツを着こなしていた。前髪はシチサンに分けており、黒いサングラスの奥の切れ長の瞳はギョロッとしていた。


 彼の名は李徳深。茶屋を営みつつ、中華街の自治体を束ねる、様々なところに顔が効く男だった。

 ちなみにこのアーユというのは、シンがつけた友香の愛称である。



「今日は休みだったのね」

「ああ、県教育委員会の会議があってな」



 シンは友香に向かいの席に座るよう促す。

 彼女が席に座ると、彼は店のカーテンを閉め始めた。



「お茶の配達?」

「贔屓にしてもらっていている」

「ホント、交友関係広いわねぇ」



 席に座った友香は、シンが読んでいた書物をペラペラとめくった。『心識説における虚構世界』というタイトルで、哲学書のようだった。



「店仕舞いだ。アーユ、何か飲みたいものはあるか?」



 カーテンを閉め終わったシンが友香に尋ねた。



「じゃあ茉莉花茶で。あ、お金は払うわよ」

「店仕舞いだと言ったはずだ。俺に残業させる気か?」

「ふふ、じゃあお言葉に甘えようかしら」



 友香は彼の気遣いにニコリと微笑む。

 彼は常に無表情で笑ったところをあまり見たことがない。初対面の人間なら怖いと思うだろう。しかし友香は、彼が時折見せる不器用な優しさを知っていた。そして、彼のそんなところを慕っていた。この店の常連や知り合いも彼のそういった面をみんな知っていて、店に来ているのだろう。


 そんな彼は棚から茶葉を取り出し、カウンターで茶器の準備を始めた。

 陽の光が遮断された店内は、ランプが灯されていたが、光量が落とされているのか薄暗かった。

 しばらくして、友香の前に茶器が置かれた。ほんのりと湯気が立っているのが見える。

 シンが座ったのを見計らって友香が切り出した。



「例の件、調べてくれた?」



 友香は今朝、響と待ち合わせしている間、ある人物について調べて欲しいとシンに頼んでいた。そのある人物とは、行方不明の少年の父、斑鳩政司であった。



「ああ。名前に聞き覚えがあってな、すぐに調べがついた」

「聞き覚え?」



 眉をひそめ友香の前に、シンはホチキス留めした二枚の紙を置いた。紙を見ると、一枚目には斑鳩政司の家族構成や交友関係が細かく記されていた。そしてもう一枚の紙には、いくつかの会社名と思われる名称と、金額がリストアップされていた。額は最低でも十万単位、最大で千万に届きそうな額だった。



「その男は、ある界隈じゃ有名な奴だ」

「良い方で?」

「悪い方でだ」



 シンが茉莉花茶に口をつける。



「ギャンブルで多額の借金をしていたらしい。それもタチの悪いところからな」



 リストに記載されていた金額は、借金の額だった。円だけでなく、元やドル単位での表記もあることから、本当に多方面から金を借りていたのだろう。



「ふーん。でも、不思議よね。彼の家、資産家よ?こんな金額、はした金なんじゃない?」

「俺を試しているのか?安心しろ、そこもちゃんと調べている。一頁目を見ろ」



 ページを戻して友香がニヤリとする。



「さすがね」

「想像通りだったか?」

「ええ、概ね」

「さすがだな」



 二人が茉莉花茶を口にして会話が途切れる。

少しの間沈黙が続いていたが、シンが友香を少し見つめた後、「ちょっと待っていろ」と言って奥の部屋へと引っ込んだ。しばらくすると、木の板のようなものを小脇に抱え戻ってきた。



「あら、シャンチー?懐かしいわね」

「お前の顔を見ていたらやりたくなった。一局付き合え」



 シンが持ってきたものは中国象棋だった。中国象棋とは、主にベトナムや中国で遊ばれている二人用ボードゲームの一種である。日本の将棋とは兄弟関係にあると言える。ただし将棋とは違い、駒は線上を動かし、再利用できないなどの特徴がある。世界中で最も競技人口の多い遊戯である。


 彼はテーブルの上に象棋板を置き、椅子に座った。

 友香が駒の入った箱を開け、二人して駒を並べる。



「ルールは覚えているな?」

「ええ、もちろん」



 役の配置を終えた二人は、対戦を始めた。



「馬の動きがわからなくて、お前がピースサインを作って必死に覚えていたのを思い出すな」



 駒を指しながら、シンが呟く。



「ふふ、初めからなんでもできる人はいないわよ」



 守りを固めるシンに、微笑みながら友香は答える。

 彼女にシャンチーを教えたのは、他でもないシン本人だった。友香がまだ小学生だったころ、柳が仕事で家を開けることが多々あった。その大体が平日で、友香も学校に行っていたのだが、たまたま休日に仕事が入ってしまう日があった。そんなときに、柳が友香をシンに預けたのがキッカケだった。


 元々、シンは友香の母親と知り合いであり、柳も彼のことを信頼していた。友香自身も、初めは警戒していたものの、彼が遊び相手をしてくれたり、お茶が好きという共通の趣味があることがわかり慕うようになった。以来、少女は時間があれば彼の元を訪れるようになる。そして、友香がシンと初めて遊んだゲームがシャンチーだった。



「にしては、飲み込みが早かったがな」



 シンが口元に手を当て、駒をどう指すか考える素振りを見せながら呟く。友香が考えるときに見せる仕草と似ていた。

 彼は博識で、遊びに然り、勉強に然り、様々なことを友香に教えた。友香は元々、頭も良く勉強もしていたが、彼が教えることはどれも魅力的に感じたようで、スポンジのように吸収していったそうだ。彼は交友関係が広かったため、友香が学びたいと言えば、その道のプロに会わせ、師事させていた。

 余談だが、友香が最も興味を示したのは、人間の心理や宗教哲学だった。そのため彼女は、中学校では文系の、哲学などを専攻するコースにいる。



「詰みね」

「ああ……腕を上げたな」



 勝負がついた。結果は友香に軍配が上がった。

 シンは友香の成長を喜んでいるような、負けたことに悔しがっているような複雑な口ぶりだった。



「あなたに教えてもらったのよ?当たり前でしょ」

「そうか……そうだな」



 友香が微笑む。彼もまた目を閉じ、彼女の成長に素直に口元を綻ばせた。

 だが、彼はすぐに表情を隠すと、彼女の名を呼んだ。



「アーユ」

「何?」



 友香がキョトンとしていると、彼は駒を片手でつまみ上げ弄りながら、言葉を続けた。

「お前も知っているだろうが、シャンチーは、師を他の駒を挟まずに相手の将と向かい合わせてはいけない」

「ええ、それが?」

「お前が事件に首を突っ込もうが、真実を見つけ出そうが構わない」



 シンはここで一旦言葉を切り、



「だが、犯人と対面しようだなんて絶対に思うな」



 友香の目を見つめ、強く言った。



「犯罪者は持たざる者。追い詰められたら何を仕出かすかわからない、そんな危険な奴らだ。それを忘れるな」

 


 彼の言葉を友香は黙って聞いていた。

 裸の王様が、勝負に勝つ唯一の方法はステイルメイト、引き分けに持ち込んでしまうことだと言いたいのだろう。引き分けというよりは、道連れと言った方が正しいかもしれない。

 

 窮鼠猫を噛むと言うように、追い詰められた人間は何をしでかすかわからない。実際に、今回の事件では、拳銃を使った殺人事件まで起こっている。彼女の身を案じるシンの言い分は最もだった。



「他の奴らは、お前なら大丈夫と言うかもしれない。だがな、くれぐれも調子に乗るなよ」



 シンが真剣な表情をして友香を咎めると、



「ええ、心に留めておくわ」



 と、彼女は口元だけに笑みを浮かべ彼を見つめ返した。

 茶器に僅かに残っていた茉莉花茶を飲み干すと、友香は両手を合わせた。



「じゃあ、そろそろ帰るわね。お茶、ありがとね」

「ああ、神津先生によろしく伝えてくれ」



 資料を手に友香が店を去り、ドアがカランカランと再び音を立て閉じた。



「言っても無駄……か」



 静寂が訪れた店内で、シンはポツリと呟いた。






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