魚と花屋とあんぱんと牛乳
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車、ナナマル(JZA-70)の整備が趣味。
・神津柳(カミツ ヤナギ
中華街で探偵事務所を営む女性。
カールしたショートボブと眼鏡が特徴。
友香の叔母にあたる、母親的存在。32歳。
・生天目 響(ナマタメ ヒビキ
友香のクラスメイトで、親友。
黒髪ロングをハーフアップにした少女。
天才ハッカー。バニラアイスが好物。
10
「はい、これで削除完了よ」
響の作業が終わったようだ。持参したノートパソコンと、ロボットに接続していたケーブルを仕舞いつつ終わったことを告げる。
「ありがとう、助かったわ」
友香が彼女に礼を述べる。
「それにしても、また何かの事件に首を突っ込んでるの?」
「ええ、ちょっとね」
友香が探偵事務所に住んでいることは、友人は全員知っていた。また、来た依頼を止められても強引に手伝い、問題を解決してしまうことも周知の事実であった。
「止めはしないけど、あんまり無茶しちゃダメよ?」
「大丈夫、わかってるわ」
友香の言葉に、本当?とくすくすと笑う響。
データを消去してもらった今、ここに居座る理由はない。二人はさっさと退散することにした。
「じゃあ、昼ごはんでも食べに行きましょうか。響、希望は?」
「んー、あ、じゃあ、開国広場前の喫茶店はどう?」
「あそこね、了解。お手柔らかに頼むわね」
「優衣は今日来ないの?」「身体検査があるみたいで来れないって」「そうなんだ、それは残念」「あ、そういえば成績表見た?」「ええ、全部10だったわ」「さすが学年トップクラスね。私なんか文系科目全部9だったよ」「理系科目は全部10でしょ?充分すごいじゃない」
二人は喫茶店を目指し、歩き始めた。
その横を一台のトラックが通り過ぎていった。荷台が骨組みになっており、その上にかけられたシートがゴムで固定されている、どこにでもあるトラックであった。
友香は、なぜだかそれがどうしても気になった。振り返ってみると、荷台にはいくつかの観葉植物が積んであることが見えた。花屋が所有しているトラックのようだ。
「友香?どうしたの?」
思わず立ち止まってしまったようだ。響が怪訝な表情を向ける。
しばらくして、トラックは花屋の店先に止まった。
友香は無意識のうちに駆け出していた。
「友香!?」
慌ててそれに続く響。
彼女が追いついたときには、すでに友香がトラックから降りてきた運転手に話しかけていた。
「少し聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「ん?ああ、ごめんね。僕、お店の人じゃないんだ。お花のことなら……」
「いえ、あなたに聞きたいことがあるの。ここへは配達に?」
いきなり声をかけてきた見知らぬ少女に、男は困惑している様子だった。
そんな彼に御構い無しに、友香は質問を始める。
「あ、ああ、そうだけど……それが?」
「そうなの。週に何回くらい来ているの?」
「えーと、なんでそんなこと聞くの?」
さすがに不審に思ったのだろう。男は少し不満げに疑問を投げかける。
「それは……」
花屋に用はないと言ってしまったのは失敗だっただろうか。どう誤魔化そうか、友香が考えていると、
「いいじゃねーか、教えてやれよ」
ダミ声の男が声をかけてきた。
思わぬ助け舟に、彼女は声がした方向に振り向く。
「漁さん……」
男は隣の魚屋の店主だったようだ。リョウと呼ばれているらしい。
「よ!トラックの運ちゃん、元気か?」
「ええ、漁さんもお変わりなさそうで」
「おうよ、こちとら元気だけが取り柄でな」
漁はガハハと笑う。
「で、嬢ちゃん、トラックがいつ来てるかだっけ?」
彼は友香を見てから、トラックの運転手に向き直った。
「たしか、週に3回だっけか?来てるの」
「はい、火金土に、この時間に」
「だってよ」
「そうなの……」
運転手が答えた。その回答に、友香は考えるポーズをとった。
「もういいかな?仕事しないと怒られちゃうから」
「あ、ええ、ありがとう。時間とらせてしまってごめんなさいね」
友香が黙り込んだのをみて、運転手が仕事に戻ろうとする。そんな彼に、彼女は礼を述べた。
「じゃあな、運ちゃん。仕事頑張れよ」
漁がヒラヒラと手を振る。
友香は、頃合いを見計らってから、助けてくれた漁にお礼を述べた。
「ありがとう、助かったわ」
「いやいや、こんぐらいどうってことねーよ」
彼はニカっと笑うと、両手を腰に当てた。
「ところで、嬢ちゃん、さっきなんであんなこと聞いたんだ?」
友香は悩んだ末、自分が中華街の探偵事務所に暮らしていることや、依頼の調査のために聴いたことを話した。彼を裏表がなく信頼できる人物だと判断したらしい。
「探偵事務所……ああ!あの茶葉売ってっトコの上の」
有名なのか、すぐにわかったようだった。
柳の探偵事務所が入る建物も、このビルと同じような造りをしており、二階部分を借りている。ちなみに一階部分が茶屋であり、そこの店主がビルを経営していた。
「ええ。私、そこに住んでて、度々その手伝いをしているの」
「へぇ、感心感心。最近の若い奴は偉いよなぁ」
俺がガキの頃は……と、しみじみとした様子でうんうんと頷いていた。
「あ、このことは依頼者のためにも、他言無用でお願いするわ」
「おっ、任せろ!俺は口が固いことで有名なんだ」
再びニッと笑う漁。よく笑う男だ。
「っと、店に戻らなきゃ。嬢ちゃん、俺に手伝えることがあったら言ってくれ」
「嬢ちゃんじゃないわ。私には反町って名前があるもの」
「そうか、反町……じゃあ、まっちゃんだな!」
その返しに友香は目を丸くし、苦笑した。
「じゃあ私は、りょうさんって呼べばいいかしら?」
「おう、好きによんでくれや」
じゃあな、気をつけろよ。近頃は物騒だからな。と漁。それに礼を述べる友香。
「えーと……友香?」
先ほどから黙ってやりとりを見ていた響が、恐る恐る友香に声をかけた。
「響」
「ん、なに?」
「もし、あなたが車に乗ってこのビルを張り込みするとしたらどうする?」
友香がいきなりな質問をしてきた。
「張り込み?うーん……やっぱり鉄板のあんぱんと牛乳かな?」と首をかしげる響。
「食べ物の話じゃなくて、どこに陣取るかって話よ」
友香は呆れるわけでもなく、真剣に問いかける。
「そ、そうだよね、ごめん。そうね……まず相手から見える可能性が大きい真正面は避けたいかな。あと贅沢を言えば、ビルから見て左側に止めたいかも。あ、ここだとちょうどお花屋さんの前ね」
あたりを見回しながら冷静な分析をする響。
「どうして?」
「だって、車の進行方向にビルが見えるわけだから、座席に座ったまま張り込みができて楽でしょ」
「ええ、響の言う通りよ。で、今みたいに、花屋のトラックが来たらどうする?」
「それは下がって通行スペースを確保するに決まってるよ。他の車が通れなくなったら困るもの。あ、でもそうするとビルの入り口が見えなくなっちゃうね」
「ふふ、そうね」
ここの路地の道幅はギリギリ車二台が通れる程度だった。路側帯も無く、交通の邪魔になるため警察車両は移動せざるを得ない、と響は考えたようだ。友香も同じような考えだったらしく、この意見に頷き微笑んだ。
そうこうしているうちに仕事が済んだのか、トラックは走り去っていった。
「およそ3分ってとこかしら。充分な時間ね」
トラックの滞在時間を計っていたのか、友香は手首の腕時計を確認した。
「何が?」
「いいえ、なんでもないわ。それより早く行きましょう。お店、混んじゃうかもしれないし」
友香の発言にキョトンとする響。そんな彼女を適当にあしらい、再び喫茶店を目指して歩き出すのであった。