オレの相棒は触手アーマー! ~異世界チン道中五十三次
今の連載作品の息抜きに書きました。
読んでくれた方に感謝を捧げます。
月が淡く夜空に浮かぶ広い草原で風が吹き、草のこすれる音だけが響く。
対峙する青と黒の鎧姿の男が二人。互いに徒手空拳で武器を持たず、拳を構えて敵意を露わにしていた。
彼らの纏う鎧は異様だった。まるで人体の硬化した皮膚のようにぴったりと張り付き、全身をくまなく覆っている。されど可動部の装甲はまるで布服のように柔らかく折り曲がり、動きを一切阻害していない。
頭部を覆う兜もまた異様で、物を見るためののぞき穴も、呼吸をするための隙間も、声を発するための口も存在しない。青と赤のバイザーが降りて鉄の仮面を透かしているだけだった。
声もなくゆらりと動く。
青と黒の騎士がぶつかり合い、交差するたびに火花が生まれる。打突の応酬を終え、再び距離を取って互いに隙を探り合った。
額の一本角から雷撃を発する黒い騎士――夕暮若田郎は自らの声すら遮断するマスクの中で雄々しく叫んでいた。
(おひゅぅぅぅぅっ♥! ひぐっ、メスイキすりゅうぅぅぅぅっぅっ♥!)
『しっかりしてください、マスター。これはどれだけ精を吐き出し続けるかの勝負。気をやるわけにはいきませんよ』
前言撤回、夕暮若田郎は女々しく叫んでいた。そんな彼を脳内だけに響く鎧の意思、サポート=クロキリンが叱咤する。身体中をぬめぬめしたナマコに這いずり回られているような、不快感を伴う柔らかい感触を感じ、若田郎はいっそ殺してくれと願い続けた。
生涯刺激されない可能性の高い部分を深くほじられ、敏感な部分すべてを舌でなめとられるような快楽に抗えるだろうか。いやない。
若田郎は今、いわゆる触手鎧なる物を装着していた。
平均的な灰色の人生を歩み続けた日本の大学生、若田郎がどうしてこんな目に遭わないといけないのか。事の成り行きを回想し始めた。
◆ ◆ ◆ ◆
夕暮若田郎が休日に目撃した物は、なんでもないよくある光景だった。
もはやこの田舎町でも希少になった個人経営の書店から、中学生の少年が慌てた様子で出ていく。その胸に抱えている物を知っているため、「グッドラック」と胸の中だけで幸運を祈った。
なぜ買ったものを知っているかというと、その少年が手に取った姿を隣で見てしまったからだ。自分も同好の士、同じコーナーで似たようなジャンルの本を漁っていた。
それはいわゆる、性的なあれやこれやを描いたライトノベルであった。
一般的な成年誌と違い、十八歳未満は読むことを禁止されているマークがついているのだが、昨今のライトノベルと混同されているのか、購入のチェックは緩くあっさり手に入る。性欲旺盛になりがちなお年頃の寂しい少年には実にありがたいアイテムだ。
その代表であった若田郎もまた何度もお世話になっており、こっそりと神棚に飾って拝んだこともあるほど出会いに感謝をしている。初めて買ったときはあの少年のように胸のときめきを持て余し、家族と上の空で過ごして夜を待ったものだ。
「少年、いい夜を過ごせよ」
河原で噴き上げる風に前髪をかき上げられながら、若田郎は老兵のような気分で小さく呟いた。もちろん周囲に人影がないことはチェック済みである。
心の中ではクールに去ろうと鞄を肩にかけ、口笛でも吹こうかと踵を返しかけたとき、見過ごせない事態が発生してしまった。なんと、少年はこけてしまったではないか。包装紙で包まれたセイなる本が宙に放り出される。このままでは川へと落下してしまうだろう。若田郎の胸がずくん、と重く痛んだ。
まったく同じ失敗を若田郎はしたことがある。描写が濃厚で、一歩間違えればギャグになりかねないわざとらしい喘ぎ声表現も、そこまでもっていく過程が見事な作者の新巻を買ったときの話だ。この手の本に出会ってから間もなかったため、浮かれていたのだろう。
足をとられて転んでしまい、あの川に新刊を流されてしまったのだ。ここは田舎町だ。あんなニッチな本が再補充されるわけがない。家族に受け取られる危険性を承知でネットで買うか、店員に取り寄せてもらうか。今ならともかく、当時の自分には後者すら行えなかった。
あの日の屈辱は忘れない。ヒーローを望んだ初めての日だ。リメンバー、運命の日。
知らず、若田郎は地を蹴っていた。もしこのときの足で高校時代に陸上部に所属していれば、レギュラー間違いなしだったと思うほど速く駆け抜けた。
河原縁を強く踏み、軽やかに跳躍して少年の本をキャッチする。そのまま投げ返し、自分のような気持ちを彼が味わうのを阻止した。川へ落下していく自分が驚きの目で見られている。
人差し指と中指をたてて、ピッとこめかみのあたりから振る。その動作だけで少年の顔に理解の色が広がった。これが同志のつながり、心の仲間、魂の兄弟、僕らはみんな地球船号の乗組員。彼は顔を崩し深々と腰を曲げる。
問題はない。自分はやるべきことをやっただけだ。訪れなかったヒーローがいて欲しいという都合のいい幻想を、自分で叶えた。ただそれだけだ。
落下の感覚に任せて着水の準備に入る。久々の泳ぎの予感に対し、堂々と構えた。
水に飛び込み暗転。正義は成されたのだった。
だというのに、ずぶ濡れの若田郎は見知らぬ地下通路に立っていた。
水を吸った服が素肌に張り付いて気持ち悪い。へぷち、とくしゃみを一つして、鼻をすすりながら周囲を観察した。
先ほどの印象からさほど変化はない。地面は均し固められた土が長く続き、人が四、五人くらい並べる程度の広さだった。どこかの建物の中らしく、石壁が左右に広がり、天井もおそらく同じ材質で出来ている。
光を入れそうな窓はなかったが、不思議と中はぼんやり明るい。光源を探って視線をさまよわせると、怪しい青い炎が宙に浮かび、なにかが祀られている高台を照らしていた。
なんだなんだと若田郎が中央を見ると、鎧一式が玉座のような椅子に座って放置されていた。
ふむ、と一度声に出し、さらに深く観察する。いわゆる西洋鎧かと思っていたのだが、それにしては細すぎた。黒い鎧の額に一本角がある上に各パーツが鋭く、尖っていることをこれでもかと主張する。
この鎧、もう少し丸くなった方が人生苦労しないだろうにと、なぜか同情的になった。
それにしても、鎧というよりは昔親しんだ特撮ヒーロー――いや、特撮のライバル怪人にふさわしいデザインだと思った。主役の五色のヒーローよりもそっちに憧れた時期もあったものだ。懐かしい気分になる。
『意外と落ち着いているのですね』
いきなり声がして若田郎は周囲をきょろきょろとうかがった。なぜなら声の主との距離がいまいちつかめなかったからだ。
まるで耳元でささやかれたような、上から降ってきたような、不思議な位置から聞こえる声だった。しかし人の姿はなく、より謎が深まる。空耳だろうかと疑っていると、もう一度響き始めた。
『驚かせて申し訳ありません。わたしは意思を持つ鎧、魔鎧のシズイシリーズが一つ、銘をクロキリンと申します』
「はあ、これはご丁寧にありがとうございます。オレは夕暮若田郎です」
反射的に名乗ると、鎧が驚いた気配をした。なんで感じ取れるのか自分でもわからなかったが、ならば聞けばよいというだけだ。
「あの、なんで戸惑っているんですか?」
『いえ、この状況で平然と自己紹介するとは思ってもみなかっただけです。怒ってもよろしかったのですよ?』
「…………もしかしてオレをこんなところに連れてきたのはお前か!?」
『鈍いですね。しかしこちらの感情が伝わるとは……これほど相性がいいとは思いませんでした。しかしそのままでは風邪をひいてしまいます』
鎧の言うことを証明するかのようにぶるりと身体を震わせて、くしゃみを一つする。
『服を脱いでください。そうすればわたしが問題を解決しましょう』
相手は鎧だが、意思を持つ存在を前に全裸になるのはどうかと考える。とはいえ背に腹は代えられない。シャツを脱いで上だけ素肌を晒すことにした。
『上半身だけではダメです。ちゃんと下も脱いでください』
「なぜ鎧にストリップを強要されんといかんのだ……。これが巨乳美女だったらなー」
『ふふふ、これいい情報をいただきました。取りえずわたしが全身を拭きますので、全裸になってもらわねば困ります。あ、透視で確認しましたが下着の方も脱いでくださいよ』
「透視ってお前……」
呆れつつ、あの鎧がどう身体を拭いてくれるのか興味がわいたこともあり、一気に全裸になった。またもや鎧から驚きの感情が伝わってくる。
『素早く脱ぐことができるのですね』
「オレの特技の一つさ!」
若田郎は全裸で腕を組んで胸を張る。これはかつて、寝る時間にお気に入りの夢ノベルスをスタンドライトの明かりで読んで盛り上がったとき、気が逸って服を脱いだ過程で身に着けた技術だ。日々の積み重ねの成果である。
『なぜ誇っているのかわかりませんが、都合がよろしいです。では行きますよ』
鎧の胴体が二つに割れる。オープンになった胸元から赤黒いツタか何かが身体に巻き付いてくる。よく目を凝らすと腸のような生物の器官に見えた。というか触手じゃないか、と若田郎はようやく状況を把握する。
「いぃぃぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁっ! た、食べられちゃうー! まさかミミックだったなんて!!」
『いい発想していますが、違います。先ほども伝えたようにわたしは魔鎧のシズイシリーズ……またの名を触手鎧と申します』
なぜだかどや顔をしている鎧が脳裏に浮かんだ。とんだ迷惑だ。というか今物騒な単語が聞こえた気がする。
触手鎧とはエッチな媒体でよく見る、内側に生々しくおぞましい触手を持ち、主を快楽におぼれさせる恐ろしい代物だ。
なんでそんな俗もいいところの鎧が存在をしているのか、男である自分を狙うという誰得な真似をしているのか、わからないことは多い。
しかし、自らの貞操の危機だとは理解できる。前の棒を使う前に処女の危機が訪れるとは夢にも思わなかった。
「たぁぁぁぁすけぇてええぇぇ!」
『ここはダンジョンの最奥。助けを誰かに聞かれる心配はありません。安心してわたしに身をゆだねてください、マスター』
まるっきり強姦魔なセリフを吐かれ、兜が若田郎の頭を覆った。視界が塞がれて、くぐもった自分の声が響く。用意周到な触手の化け物を前に、若田郎は無力だった。
「かひゅー、かひゅー……」
びくん、びくんと身体を痙攣させ、若田郎は息も絶え絶えだった。それもそうだろう。延々と続く快楽はもはや拷問でしかないのだから。
光が閉ざされた兜の中にいるはずなのに、目の前で何度も火花が散って頭が真っ白になる経験を一生分こなした気がする。出すものも出し、汗も大量に流したはずだが、自分の身体に水気一つないのが不思議だった。もっとも構っている暇はない。
速く逃げ出さねば絞り殺される。若田郎は足に力を入れるが腰が抜けている。ならば腕の力だけで少しでも離れようと這って距離を取り始めた。
『お待ちください、マスター』
「ひっ」
若田郎が迫る二本の触手を前に短く悲鳴を上げるが、予想に反して脱いだはずの服をどこからか取り出し、パパッと着せた。いつの間にか乾いてある。
『先ほど精の補給をするついでに水分を吸い取っておきました。マスターの身体を拭くのと同じ要領です』
「お、おう……」
『それとエネルギーの補給のおかげでしばらくは持ちそうです。……一週間後くらいにまたお願いします』
「週一でもきついわい! ……エネルギーってあれか。オレの……その、ごにょごにょ……」
『いえ、汗や先ほどの服にまとわりついた水のように特に必要ありません。精とは場合によっては魔力、もしくは聖力と呼ばれる人体に宿る一種のオーラです』
「話がオカルトチック……いやファンタジーっぽくなってきたな」
『マスターは魔鎧に適合しすぎた精の持ち主なので、魔法や奇跡といったものに転じることはできません。あらかじめご了承ください』
さもあらん、と若田郎は理解を示した。そしてだんだんこんな不思議なダンジョンに呼び出した鎧にむかっ腹が立ってきた。
若田郎は思う。どうして平凡な大学生である自分がこんな目に遭わなければならないのだ。文句の一つでも言ってやらねば気が済まない、と。
「まあ別にそれはいいとして……オレをこんなところに呼び出し……まあそれもいい」
『いいのですか?』
「良くはないけど、置いておく。問題はなんらかの事情で呼び出したオレに理不尽な仕打ちをしたことだ。そこに座れ! 説教をしちゃ……」
『話の途中で申し訳ありませんが、マスター』
「えーい、人が話しているってーのに……」
『後ろに敵対意思を持つ存在がいます』
え、と口をマヌケのように開ける。恐る恐ると身体をねじっていく。振り返れば奴がいる。腹を刺されたような衝撃が全身を駆け巡った。
牛の顔のせた筋骨隆々の大男のような存在が目を血走らせ、鼻息を荒くしてのっしのっしと大股で近寄ってくるのだ。ごくり、と喉を鳴らす。
「もしかして有名なミノタウロスさんですか!? ファンです、サインをください! と見せかけて遁走……行き止まりだった―!!」
『なにアホなことをしているのですか、マスター。戦いますよ』
「む――――り――――っ!」
あんなヒグマより物騒な相手なんて、人間に出来るわけがない。丸太のように太い四肢で進み歩くミノタウロスを涙目で見た。
野太く筋肉がぴくぴく動く腕で殴られれば、自分なんて紙切れのように吹き飛んでしまう。若田郎はにっちにもさっちにもいかない事態に絶望をした。
『仕方ありませんね。失礼しますよ、マスター』
再び鎧の胴体から触手が飛び出し、若田郎の身体に巻き付く。そのまま鎧が装着され、先ほどと同じ状態になった。
(全裸じゃないとダメだったんじゃ!?)
自らの声が兜の中で響いてうるさい。しかし抗議の手段がこれしかなく、必死に声を張り上げる。
『精を補充したので自動脱衣機能が復活しました』
(なんなのその無駄な機能! うーぎゃー見えない―! ころされるー!!)
『よく見てください。わたしとの視覚共有がなされている頃です』
(しかくきょーゆーってなんだよ。ふざけんなよー!)
苛立ちに任せて壁を叩くとドン、と轟音が起こって壁にひびが入る。若田郎は思わず自らの右手を見ると、黒い手甲が壁を叩き砕いている光景が目に入った。
(あれ? 見える……)
『これが視覚共有です。一部分を拡大したりも出来ます』
(便利だな。アメコミ映画のパワードスーツみてえ……へぶらっ!?)
驚くよりも早く、敵の拳が届いた。壁に全身を叩きつけられ、若田郎はうろたえる。
とっさに防御の構えで受けたが、この凄まじい力には無意味だろう。
(いたっ…………くない?)
『精を補充したばかりなので、鎧で衝撃を吸収しきれます。マスター、戦闘準備を』
(お、おう?)
鎧に促されて空手の型を取る。実家が空手道場なんで、息子である自分も習っていた。
一応黒帯だが、昨今はただ長く続けていたという証明でしかない。争いごとに向いていないこともあり、組手の大会でもあまりいい成績を残せなかった。
のんびり屋の両親はそれでもいいと笑って言っていたが。実家の道場を継いでほしいとかも聞いた覚えがない。
『幸い相手は人型の魔獣ですので、マスターの習っていた武術による対処法で問題ありません』
(対処法って簡単に言うなー! てかいつの間にそれを知った!? それにオレは組手の試合は散々なんだよ!)
型の方の大会ならそこそこいい成績を残していたのだが、今この場でどうやって役に立てろというのか。
それでも若田郎は何千何万と繰り返した構えをとる。命の危機に瀕しているというのに、身体に染みついた習性がそうさせたのだ。
一方、牛の怪物はただ乱暴に腕を叩きつけに来た。技術もへったくれもないが、さすが野生の獣。溢れんばかりの筋力を無駄にせず活かしきっている。
しかし動きが遅い。いや、人の目では負えないはずの速度が、把握できるようになっている。若田郎はミノタウロスの腕を横に受け流し、空いた懐に裂帛の気合を入れながら正拳突きを叩きこむ。
長年身体に染みこませた型で繰り出された拳が魔獣の胸板を砕き、派手に吹き飛ばした。獣の咆哮が上がり、痛みに悶えているのが見て取れる。
(は!? なんだこの力……)
『呆けている場合ではありません。止めを刺しますよ、マスター。手のひらを敵に向けてください』
言われた通りにすると小さくカチカチとなにかを固定する音が中から鳴り響いてくる。
『照準固定完了。マスター、失礼します』
(失礼? なにを……おひょっ♥)
ずぶり、となにかが侵入するのを感じた。そのまま生涯触れられることすら珍しいであろう神経の塊が刺激される。とたん、快楽が全身を駆け巡った。
(ひゃに、をっ、おっおぉ~♥)
『雷砲を使用します』
バチバチと電撃が前に出した右腕を走る。ミノタウロスが咆哮し、怒りのまま突進してきた。しかし若田郎は快楽と右手に走る電撃のせいで視界が真っ白になる。もうどうでもよく膝の力が抜けてへたり込もうとするが、姿勢を固定する鎧がそれを許さない。
(おっ♥ おっ♥ おほぉぉぉぉぉっ♥♥)
訪れる絶頂とともに、右腕から雷撃がほとばしった。別のなにかも一緒に出た気がするが、気にしていられない。
レーザービームのごとく発射された雷撃が牛の怪物の上半身を吹き飛ばし、通路に焦げ跡を生みだす。なにもかもを吐き出した若田郎は、ようやく地面にへたり込む権利を得た。
(へへっ……汚いアクメだぜ……)
『マスター。それは自虐ですか?』
元凶がうるさいので無言で不機嫌なのを示した。
さんざんな目に遭った後、休んで体力が回復した若田郎は鎧の案内で外を目指して進んだ。内部は先ほどの怪物がいると知らされたため、渋々鎧を装着したまま移動することに同意をする。
十分ほどの時間ダンジョン内を進んだあたり、なぜ自分を呼び出したかを聞いてみる。
『元の世界に戻すことはできますが、その前にお願いがあります。妹を探してください』
(妹?)
触手鎧の妹とはこれいかに。若田郎はより詳しく話すように頼んだ。
『はい。わたしたちは魔鎧のシズイシリーズと名乗ったように、同型が四つ存在します』
(うへぇ。お前みたいのが後三つも……)
『その感想については抗議したいので後でお話をしましょう。それはさておき、その同型にレイキ、オウリュウ、ホーオウの三種がございます。その中でわたしの妹、レイキを探してほしいのです』
(魔鎧にも兄妹とかあるの?)
『魔鎧は人を捧げて同化し、完成へと至ります。レイキはわたしの妹を捧げて生まれ、鎧へと変わっても家族の誓いを交わしました』
いきなり重い事実を明かされ、若田郎は押し黙ってしまった。人をいけにえに生まれる鎧なんてひどい話だ。しかもその記憶まで残っているのだからどれほど悲しい思いをしたのか、察することしかできなかった。
(……わかった。話を詳しく聞かせてくれ。その妹を探さないといけないだろう?)
『そんなにあっさり……。わたしが聞くのもなんですが、よろしいのですか?』
(こんな危ない場所に呼び出されたのは腹立ったけど、妹のためとか言われるとまあ仕方ないかなって思うよ。お前いい兄ちゃんしているんだな)
『いい兄ちゃん……ごほん。なにやらこちらに同情しているようですが、そんな必要はありませんよ』
(いやでも、妹ともどもそんな姿にされたんだろう。だったらせめて、一緒にいさせてあげたいのさ)
兜の中でどや顔を決めていると、鎧から呆れた感情が伝わってきた。
『ありがたい話ですが……わたしと妹は自分から望んで身を捧げました。なにしろ実験に付き合ってくれたら美味しいお菓子をくれると言いましたし』
(お菓子をもらえるからって、知らない人についていってはいけません!)
『あと老いることもありませんし、痛くもないと聞いたので、ちょうどいいかなと思いまして。妹とずっと過ごしたかったですし』
(軽いな! もっと慎重に判断しよう!?)
なんだか事務的な口調とは違い、ずいぶんとちゃらんぽらんな鎧のようである。妹はこんな身内に振り回されて苦労したのではないかと哀れに思った。
『まあ説明通り特に不自由なことはなかったので、基本はダンジョンに引きこもってお宝をやっていたり、たまに街を妹と一緒にねり歩いたり、面白おかしく過ごしていました』
(いまおかしな単語が聞こえた気がするぞー。練り歩いた?)
『しかしとうとうこのダンジョンを踏破する者が現れました。そいつはよりにもよって、妹だけを持ち去ったのです』
(まあお前と比べると妹がどういうキャラか知らんけど、妥当だろうなって……)
『そして奴は召喚用の術式を祭壇に描いてから、わたしを残して消えました。これで自分に合った装着者を呼び出し、戦える奴を出せと。そいつと戦いたいと!』
(オレの発言は無視か。しかしバトルマニア……やだなーそういうの)
『そんなわけで世界がつながりやすくなる満月の今日、残った起動用の精を魔力に変換し、マスターを呼び出したのです。動けなくなる寸前まで精を絞り出しましたが、大当たりのようです』
(そ、そんなに?)
ひょいひょい、と次々落ちる床を跳んで、トラップを避けて進む。昔遊んだアクションゲームを彷彿させるが、リアルで体験するなんてたまったものではなかった。
この鎧がなければ一大事である。
『顔は冴えませんが、清潔そうですし、特にひねくれているわけでもありません。倫理観がありわたしを悪用しそうにもありませんし、力を誇示したいという欲求も見当たりませんので都合がいいお方です。ヘタレとも言いますが』
(そっち方面で評価って……しかもけなされている気がする。けどあれ? 相性どうのこうのは?)
『魔鎧の適応力が低い場合はあれです。精だけ抜き取って次を呼び出せばいいので』
(お前の方の倫理観がダメだ!)
かなり本気な感情が伝わったので、反響するのも構わず叫んだ。すると、伝わる感情があっさり変化する。
『冗談です。術式を見る限り、わたしに適合できる人間が来るのはほぼ確定でしたから』
(そうかそうか。あれ? さっきかなり本気な思いが伝わったけど……)
『適合率が高いからって、伝わる感情がすべて真実とは限りません。ここで嘘をつけますので、表情程度の情報しか手に入らないと考えてください』
なぜ忠告をするのか、若田郎は疑問に思った。黙っていればいくらでも騙せたというのに、わざわざ伝えたのである。
この鎧が意外とお人好しだと思っていると、広い石室を占領するジャイアント・スコーピオンが見えてきた。戦闘の構えをとる。
(お前さんも難儀な性格だな。言わなきゃ目的を果たしやすいのに)
『まあ互いにフェアでないといけませんし。ただでさえ先ほどの触診でマスターの過去現在恥ずかしい趣味その他もろもろを把握しましたので』
(ふざけんな! なーんーでーだーよー! オレをいじめて楽しいか!?)
『わたしだって知りたくはなかったのですが……少々脳内をいじらないとこちらの言語を理解できないでしょうし、仕方ありません。わたしとの意思疎通だけでよろしければ必要はないので、そちらのほうがよろしかったですか?』
(うーん……なら納得するけどさ、次からはちゃんと説明してからやってくれ。てか脳みそいじっているとか怖いぞ)
『直接触ったわけではありませんよ。こちらの言語を送っただけです。わたしを着た時点で一心同体レベルでつながりますし』
強制イベントだったか、と若田郎はげんなりする。巨大なサソリの攻殻を叩き砕き、倒して進む。どうやら打突だけなら精を搾り取らなくていいようだ。
絶頂しながら戦わなくていいことに安堵しながら、軽い足取りで鎧の案内に従った。
『まあまあ。あとでわたしの恥ずかしいところを知っていただくので、それで相殺としましょう』
ますます気が滅入ることを言われ、ツッコむのも疲れた若田郎は生返事をした。
ようやくダンジョンの外が見えて一息ついた。すっかり暗くなり、月明かりだけが頼りだ。
ダンジョンの外は殺風景で、開けた荒野が広がるだけだった。
『ではマスター。必要なときはまた纏います』
鎧は宣言してからその身を変えた。ガションガションという機械的な音が男心をくすぐり、思わず凝視してしまう。変形音が鳴り終わると、鎧だった物はすっかり姿を変えた。
「カバン?」
若田郎本人がつぶやいたように、魔鎧は大きなビジネスカバンへと変わっていた。
ただ、外見は鉄製で真四角かつ野太く、どこの拷問器具だよと言わんばかりの物騒な外見である。
「どうやって持てと……」
『大丈夫です。見た目以上に軽いので』
「お、マジだマジだ。すげー」
『適合者でないと見た目以上の重さとなります。あなただから楽にもてるのだと、ご理解ください。それとわたしの声はマスター以外に聞こえていないので、口に出さずに会話した方が怪しまれないかと思われます』
そういうことはもっと早く言ってほしかった。若田郎は周囲に人影がないことを確認して安堵する。
心の中で進むことを伝え、ダンジョンを出た。
「ちょっと待つだぁ!」
その一歩がくじかれた。若田郎は目を点にする。
先ほど声を張り上げた男を含め、三人の刃物をもった相手に囲まれる。しかし刃物と言っても鎌や鉈と農具に見えるラインナップだ。
「お、おまえが手に入れた宝をすべておいていくだぁ!」
(なあ、もしかしてこれって襲われているのか?)
『ダンジョンを出たての冒険者を狙う盗賊も珍しくありません。だいたい、魔獣と戦い消耗した状態ですので、格下でも討ち取れますから』
そいつは嫌な話だ。しかし、襲い慣れていないような相手の様子を、若田郎は気にした。
『ちゃっちゃとやってしまいましょう』
「いや、お前、ちょっと待て……」
「ま、待つ気はないだあ! お、お宝おいてけだ!」
思わず若田郎が鎧に対し声をかけたため、襲撃者に勘違いされる。彼らには鎧の声が聞こえないことが立証されてしまった。まあその点について鎧が嘘をついているとは思えないため、ただの確認に過ぎなかったが。
魔鎧・クロキリンがカバンの状態でそれぞれパーツを分解する。内から這い出た触手を若田郎にまとわりつかせ、外装へと自らを変えていった。
黒い鎧の戦士となり、若田郎はこちらの意思を尊重してほしいと思いつつ、賊を見わたす。
『さあ、わたしたちを襲おうとした報いを、あの貧相な身体に刻みましょうマスター』
(物騒なことを言うな! お前はもうちょい優しさを持て)
やたらマウントを取りたがる鎧を宥めながら、賊と対峙した。相手は色を失った顔を互いに合わせ、武器を放り出して平伏する。
「す、すみませんでしただ~!」
「オ、オラ、あの人の仲間と知らずに……」
仲間とはなんだろうか。若田郎はそう尋ねようとして、こもった己の声を鬱陶しく感じる。兜が邪魔だ。
(おい、いったん脱げ。話ができない)
『話す必要はありません。無防備なところを突かれたらどうするのですか? 油断したな、アホめっ!と言われてしまうではないですか』
(警戒心強い……のか? 俺は話がしたいの)
『こんな輩の話を聞く必要はないと思うのですが……いいでしょう。兜だけなら外すことを許可します』
やたら攻撃的な鎧に若田郎は引いた。優しさを忘れないでほしい。例えその気持ちが何百回裏切られようと。
シュッと音をたてて兜が霧散する。若田郎はようやく自由になった頬を撫でて、地面に伏せる彼らに歩み寄った。
こちらの足音が聞こえたのか、ビクッと怯えたような反応を返す。正直これはおかしい。
「なあ、顔を上げてくれないか?」
「そ、そんなことはできないだぁ! オ、オラたちは決して、あの方を倒せる人を探しているわけじゃないだ! ダンジョンを攻略できるお人なら、呪われた鎧を扱えるあのお方も倒せるんじゃないかって、微塵も考えていないだ!」
ほぼ白状したようなものだが、聞き逃せない単語があった。呪われた鎧を着こなす、の部分を相棒と相談する。
(なあ、彼らが言っているのってもしかして……)
『魔鎧の可能性が高いです。あいつが近場でわたしの召喚を待っていたというのなら都合がいい。こいつらを殺して頭の中を探りましょう』
(やめい! 話を聞けば充分だから!!)
若田郎は慌てて話を詳しく聞くことにした。
「なあ、この鎧と同じ物を着る奴を知っているのか?」
「へ、へえ! 魔獣を操って村の食べ物を奪っていくのに耐えられなくなったとか、そんなことはないだ! 誠心誠意尽くしたいと思っているだ!!」
「いや、無理しなくていいと思うよ。オレ、多分そいつの敵だから戦ってもいいんだけど……」
地獄に仏と言ったところだろうか。勢いよく頭を上げた彼らは、そろって幽鬼のような表情をしており、若田郎を多少怯ませた。
「ほ、本当かだぁ?」
「本当だって。そいつは――」
『レイちゃんは青い鎧です』
「青い鎧だったか?」
「そ、そうだぁ。オラの村さ襲って食べ物持っていく奴は、青い鎧だぁ」
的確な鎧のフォローに感謝しつつ、若田郎は敵を定められた。つい笑顔になり、相手の両肩を強くつかむ。
「ぜひ案内してくれ!」
半信半疑でうなずく男を確認し、心の中でガッツポーズをとった。
夜の道は危ないということで、近くで野営をすることになった。現代っ子である若田郎は当然として、ただの村人だったという三人も旅には手慣れておらず、鎧の指示を伝えながらえっちらおっちらと準備を終えた。
「いやあ、ワカ先生たすかっただー」
「本当、ワカ先生と出会えて、オラたち運が良かっただー」
「よせやい。たいしたことはしていないって」
若田郎の言葉は謙遜ではない。火を起こしたのも、風よけを作り上げたのも、鎧の力と知恵のおかげだ。たいしたことはしていない。
だというのに、同行する三人――それぞれサンスーケ、ヨーサク、ゴサックと言う――は尊敬の目を向けてくる。正直むず痒くてたまらない。
それにしても、先ほどから鎧がなにかを企んでいる気がする。思考で尋ねても、誤魔化されるだけで終わった。確かめる手段もないし、放置しておくことにする。これを後で後悔する結果になるのだが。
ひとまず、サンスーケから交代に見張りをすることになる。安心して場を預けて、若田郎はこの世界での初眠りにこぎつけた。
さわやかな朝だが、なにやら周囲が騒がしい。むくりと若田郎が起き上がると、焦る三人が視界に入った。
「あれ、どうした?」
「わ、ワカ先生、その……」
ヨーサクが気まずそうに話を切り出す。なんと気が付いたら鎧が変形したカバンが消えていたらしい。若田郎は、一度装着した自分以外が持つことは難しい、と説明を受けていたので不審に思う。
謝り倒す三人を落ち着かせ、脳内で呼びかけた。
(おーい、どこだ? 返事をしろ)
「はい。マスター、なにか御用ですか?」
女性の物と思わしきハスキーボイスがして、若田郎は振り返った。
一人、銀髪のセミショートの少女が視線の先にいた。眠たそうだが切れ長の涼しい目つきに、鼻筋の通った顔立ち。釣鐘型の柔らかく豊かな乳房を持ち、腰のくびれから臀部に近づくにつれて、女性らしい豊満な丸みを帯びていく。
白と青の着物を彷彿させる服と、同じ布地で作られたらしきショートパンツを組み合わせて着こなし、白磁のような肌と合わさってまっさらな雪のような印象を与える娘だった。
若田郎は急に現れた彼女に戸惑う。しかし鎧を探すことに専念したいので、後に置こうとした瞬間、ゴサックが話しかけた。
「あ、あんたは誰なんだ?」
「リン・クロキと申します。マスター……ワカタロウ様の所有物であります」
とんでもない濡れ衣を着せられ、若田郎は言葉を失った。サンスーケたちは驚きで目を極限まで丸くしている。
リンと名乗った少女は男たちの反応を無視して続けた。
「この度、マスターの秘密の趣味を知った罰として、わたしの恥部を見せるために参上しました。どうぞ……」
彼女は頬を染めて、するするとショートパンツを降ろしていく。レースがふんだんに使われている下着が露わになり、日のもとに晒されていた。
「マスターの好きなように扱ってください。そちらの三人の前で辱めたいというのなら構いません。マスターが女性に対し、歪んだ欲望を持っていることは重々承知ですから」
「そ、それダメだよお嬢ちゃん!」
「んだんだ。自分の身体は大事にするだ」
「ワカ先生……そういう趣味は人それぞれだけんども、あの子がかわいそうだよ。優しくしてあげてほしいだ」
あらぬ疑いをかけられてしまった。三人の目から尊敬が消え、畜生に向けるものに変わっていく。
誰かも知らない女性になんでこんなことを言われないといけないのか。若田郎はただ混乱するばかりだ。
「やはりすべてを晒せというのですね。わかりました。人目がありますが、マスターが望むのな……」
若田郎はもう我慢が出来なかった。急いで女の口をふさぎ、肩に担ぎあげる。サンスーケたちの視線が痛々しいが、無視して傍の林へと駆けていった。
鎧も気になるが、この少女の話も聞かねばならない。彼らの誤解を解くためにも、まずは事情を知るべきだった。
ひとまず三人の気配が遠くに感じられたため、息を切らせている若田郎は少女を降ろした。深呼吸で息を整え、頭に酸素を送る。
それにしても彼女は軽い。カバンに変ったあの鎧と同じくらいの体重であり、ちゃんとご飯を食べているのか心配になった。
「なるほど、マスター。こちらでわたしのことを好きに辱めようというわけですね。どんとこいです」
「せんわ! なんだよ、俺に対する失礼なイメージ。つか下をはけ、ちゃんと」
いつまでもショートパンツをはこうとしないので、ドギマギしながら若田郎は引き上げた。セクハラと責められないか戦々恐々もしていたのだが、彼女はただ残念そうにするだけだ。意味が分からない。
「で、おたく誰よ」
「リン・クロキ……いえクロキリンです」
「だからリンとかいう知り合いは居ないって…………」
言いかけて、若田郎は頭に引っかかるものがあった。確か最近この名を聞いたはずだ。どこでなのかと、思考を深める。
彼女はここでようやく悪戯っぽい笑顔を浮かべて、恭しく頭を下げる。
「わたしは意思を持つ鎧、魔鎧のシズイシリーズが一つ、銘をクロキ・リンと申します」
ここまで言われれば、察しの悪い方である若田郎にも合点が行く。あんぐりと大きく口を開けて、リンを指さした。
「お、お前……女だったのか!?」
「ふふふ、兄ちゃん扱いされたときからずっと驚かせようと思っていました。成功してわたしはとてもうれしいです」
「ファッキン! なんて女だ!! そういや練り歩くとか言っていたな。そういうことか!」
「ふふ、マスターの反応にゾクゾクします。ですが主に対して失礼なのは確かですね。お詫びとして一発抜きましょうか」
「やめて! その可憐な見た目で下世話な話をするの」
それが勘違いのもとになっているのだ。だいたい会って一日程度なのに、関係が飛びすぎて若田郎は困惑する。段階を踏んでほしかった。
そんな戸惑いを察したのか、リンは真顔に戻った。
「安心してください。この姿は活動に必要な精を補充しやすくするための形態です。戦闘力を維持するためにも必要な行為ですので、恥じるようなことはありません」
「それはちょっとした役得……いやいや、ダメだろう」
「変なところで真面目ですね。わたしどもはあなたの世界で言う動くラブドールのようなものです。所有者のために生まれたものですので、遠慮なく性処理を命じてよろしいのですよ」
「お前は直球なのをどうにかせい! しかしラブドールって……冗談でも自分をそんな風に言うなよ」
若田郎が真剣に注意をする。冗談混じりであっても、自分を卑下するようなことを言ってほしくなかった。
リンはただ、不思議そうに自らの主を見るだけだった。互いを見つめ合う時間がいくらか過ぎ、彼女のため息を持って終わりを告げる。
「しょせんわたしは所有物ですのに、頑固ですね。しかし、初めてのマスターがあなた様でとてもうれしいです」
「そう褒められると照れる……」
「ちょろくて本当に助かります」
「ふざけんなてめー!」
リンはまたも悪魔の微笑みを浮かべて、「冗談です」と楽しそうに返した。そういえばこの姿になってから、なにを思っているのか読み取れない。
口に出して伝えると、彼女は説明を始めた。
「感応機関が肉に埋もれて、思考を発信し辛くなります。よってわたしの考えが伝わりにくくなります」
「肉に埋もれる……やっぱそれ自前なのか」
「見てみますか?」
発言と同時に、リンは鎧へと変化した。ぴかっと光ったと思ったら瞬時に鎧になるので、若田郎は驚く。ここに来ようやく鎧と可憐な少女が同じ存在だと実感した。
『それではここから性処理モードに変わる様子を、マスターにお披露目します』
「おう。人聞きの悪い名称やめろや」
『少し恥ずかしいので、ふざけさせてください』
意外なリンの反応に若田郎は反応に困った。とりあえずまた光って人になるのだろうと思って見届けていると、鎧が裏返る。
そうなるとうごめく触手の塊のような、冒涜的な絵面になるので気分が良くなかった。しかし触手は生々しい音をたてながら臓器と変わり、人体の骨状に変形していた鎧の中へと収まっていった。そして筋肉、皮膚、と段階的な表層の変化を終えて、ようやく全裸のリンへと変貌を遂げた。
一般的に言ってえげつない絵面であり、吐き気を覚えても仕方ないのだが、あんまりもな変貌の様子に若田郎は驚くことすら忘却の彼方に追いやってしまった。
「人になる過程は省略できなくて困ります。マスターにわたしの身体の隅々まで覗かれてしまいましたー。きゃーえっちー」
「棒読みがひでぇ……てか今の変身、余剰パーツが出そうなんだけどどうしたんだ?」
「一番気になるところがそこですか。それでしたら……」
リンが手をかざすと、宙に穴が開いた。中から先ほど着ていた、着物のような服が降りてきて、彼女は目の前で堂々と着替え始める。
衝撃映像で頭がマヒしていた若田郎も、見た目は可憐な少女が着替える光景に気まずくなり、正気をとりもどして後ろを向いた。
「わたしのカバンとしての機能は、これを応用して使っています。まあ触手やら鎧の予備パーツやらで容量を圧迫されていますので、あまり多くの物を入れておくことはできませんが」
「まあでも便利だよ。手ぶらで旅ができるってのは強みさ」
「はい。同行している方々には、鎧はこれに収めているということにしましょう。一応嘘ではありませんし」
まっとうだろうと、若田郎は同意の頷きを返した。着替え終わった気配がしたので振り返ると、かなり近い位置にリンがいる。
彼女は身を乗り出し、若田郎の瞳をじっと見つめた。おかげで大きめの胸が強調され、思わず若田郎は生唾を飲む。
「胸の大きさは生前と同じにしておきましたが、小さい方が好みですか? それとももっと大きくしますか?」
「変幻自在なの、それ」
「素材が触手ですからね。いろんなパーツに変化させることができます。女性がマスターだった用に、生やすことだって――――」
「ストップ。スト――――ップ! それ以上言うな!」
危険なワードが飛び出しそうなので、若田郎は急いでイエローカードを出して止めた。この女、放置しておくとろくなことを喋らない。
ようやくそう学習して、若田郎は深くため息をついた。
リンの存在をサンスーケたちはあっさりと受け入れた。むしろむさくるしい旅に可憐な存在が加わり、歓迎されているように思える。同時に若田郎は多少の軽蔑を受ける羽目になった。
一応リンに誤解を解くように頼んだし、実際フォローをしてもらったのだが、
「マスター、そこの茂みとかわたしを使うのによくありませんか? マスターが常々考えている鬼畜な所業を試すのに、ちょうどいいかと思われます」
と、事あるごとにからかってくるので、一向にサンスーケたちの誤解が解ける気配にならない。
もはや訂正することを諦めかけ、若田郎は村へと急いだ。
「リンちゃん、疲れていないべか?」
「大丈夫です、サンスーケさん。旅には慣れていますので」
「リンちゃん、喉が渇いたら言うだ。ちゃんと水はおらが持っているだよ」
「ありがとうございます、ヨーサクさん。先ほど補充したばかりです」
「リンちゃん、怪我をしたらすぐ言うだよ。オ、オラが背負うだ」
「たくましくて素敵です、ゴサックさん」
お前はオタサーの姫か、とツッコみたいのを若田郎は必死で我慢する。むさくるしい旅の中、見た目だけは可憐なリンに彼らが話しかけたがるのは仕方がなかった。
時折、「マスター、嫉妬しましたか?」となにを期待しているのかわからない問いかけをしてくる。どういう答えを求めているのかわからないので、適当に返事をしては膨れられた。とてもではないが、襲いかかってきたサンスーケたちを始末しようと促した鬼畜には見えない。
「マスター。スケベ心を持つ男性は使いつぶしやすいと学習しました」
若田郎は脳内で訂正する。やはりあの鎧と同一人物の、鬼畜女であった。知らぬはサンスーケたちだけで、やるせなくなる。
そんな内情が問題だらけの旅は順調に進み、二日たってようやく例の村が見える。すっかり夜になり、サンスーケたちがそわそわし始める。
「もうすぐだ。村のみんなを安心させることができるだよ」
「魔獣を一撃で倒すワカ先生さ、すごかっただ~」
ヨーサクの言う通り、先ほど遭遇した大きなトカゲの魔獣を倒したところだ。肉が美味しいというので、人が持てる大きさに分断し、背負って運んでもらっている。
村で美味しく料理してもらう約束をしているので、若田郎は少し楽しみだった。
まばらに家と畑がほぼセットで置かれ、あぜ道がどこまでも続く農村らしき場所へたどり着いた。サンスーケたちの村なのだが、様子がおかしい。
「あんれ~? みんな居ないだよ。どこいっただ?」
「さ、サンスーケ。あ、あれを見るだ」
ゴサックが指さす方へ、全員目を向ける。十は超える松明の灯りを、二匹の魔獣が囲んでいる。若田郎は急いでリンに振り向く。こちらに先んじて、彼女は発言をした。
「マスター。わたしたちの敵がいます」
「リンちゃんの言う通りだ。あの二匹の魔獣は、あの方が操っている奴だ!」
「きっと村長を呼び出して、オラたちの食いもんを要求しているだ」
「あ、あれを取られたら冬を越せねーだ」
若田郎は気を引き締める。取り乱す彼らに指示を出しながら、落ち着かせた。
「サンスーケさん、とりあえず隠れながらでいいから、村の人たちのところに向かってくれ」
「わ、ワカ先生。どうするつもりだ?」
「もち戦う。けど、オレはサンスーケさんたちがうろたえたように、敵と同じ鎧を使っている。助けに入って混乱されて、けが人が出たら大変だ。鎧を取り出している間に、村の人たちを落ち着かせる準備をしていてくれ」
「わ、わかっただ。任せるだよ!」
サンスーケたちは慌ただしく村人の元へ向かい、夜の闇に紛れる。
リンと二人きりになった途端、不安が若田郎を襲った。勝てるのだろうか。条件は同じだが、それゆえに暴力慣れしていない自分は力不足ではないだろうか。
そんな疑念を頭を振って払い、約束を守るために若田郎は相棒へと振り返った。
「人徳でしょうか。マスターが約束を破って逃げ出すとか、考えないのですね」
「それ以外に村を救える方法がないってだけだろう。んなことよりやるぞ」
若田郎が両手を広げて鎧を着る準備を終える。魔獣を倒したときのように鎧に変り、装着するのを待ったが、リンはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
どうしたのか疑問を口にしようとした瞬間、リンに抱き着かれた。
「お、おい! どうした!?」
「…………レイちゃんを取り戻してください。あの娘はわたしの妹です。離れたくありません」
震えるその声が、若田郎の焦りと不安を消した。若田郎は不敵な笑みを浮かべる。
「悪いけど無理だ」
「えっ……」
「オレだけじゃな。力を貸してくれ、相棒」
「頼りないマスターですね。仕方ありませんので、全力で補佐をします。感謝をしてください」
生意気な発言が復活し、光を発する。次の瞬間には、鎧が身体を包んでいた。
『さあ、尻穴を締めて気合を入れてください。言葉通りの意味でも、比喩的な意味でも』
(下ネタ全開だな。よし、いくか!)
体重を感じさせないかのように黒い騎士は宙を舞う。ぬめぬめと身体を這う触手の不快さをなるべく無視しながら、現場へと急いだ。
魔獣に囲まれている村人たちは全員、青ざめていた。
その様子を少年は眺めていた。背は低めで、中性的な顔立ちだ。褐色の肌に前髪で片目を隠した赤い長髪が似合っている。
野性味あふれる顔だけが露出し、身体は青い鎧で包まれていた。
「それでどうなんだい?」
おびえて深々と平伏している村長に少年は問いかける。弾かれたように顔を上げた村長は、必死に言い募った。
「け、けっして、あなた様を討とうなどとは思っていません。サンスーケたちは村の用事をこなしに、使いに出しただけです!!」
「それじゃ困るんだよ」
クク、と低く笑う少年に、ひきっつた村人の悲鳴があがる。構わず、彼は続ける。
「助けを呼びに行ってもらわないと困るんだ。ダンジョンの方に行ったのは確認した。で、どうなったか進展を聞きたいのさ」
「そ、そういわれましても……」
返答に困り、村長は言葉に詰まる。話題のサンスーケたちはまだ帰ってこない。白状したくても、吐けるものがなにもなかった。
少年が片手を上げると魔獣が唸る。この男が現れてから今日に至るまで、魔獣になにかをさせる様子はないが、機嫌を損ねたらどうなるかわからない。にっちにもさっちにもいかず、答えに窮する。
「ああ、待ちきれないな。こんな気分久しぶりなんだよ。だからさ、意地悪しないでボクに……いや、もういい」
少年は宙を見上げた。黒い鉄の塊が落下し、巨蛇の魔獣を殴り殺す。ただの一撃で相棒をしとめられ、巨鳥の魔獣が威嚇するが、青い手甲に包まれた腕を向けられると静かになった。
少年は獰猛な笑みを浮かべる。
「待ちくたびれたよ、クロキリン。お膳立てしたんだから、もっと早く来てくれなきゃ」
話しかけた相手、一角鎧の黒騎士はただ無言で佇んでいた。もっとも、少年は兜のせいで声をだせないことを知っている。
「ひっ! な、仲間が現れた!」
「もうダメっ! あたしたち、殺されちゃう!」
似たような鎧を着こんだ存在が現れ、村人がパニックになる。しかし、すぐさま姿を見せたサンスーケたちが宥め始めた。
「みんな、落ち着くだ! 黒い方は味方だ!」
「村長、ここはオラたちが呼んだワカ先生に任せて、逃げてくんろ」
「さ、サンスーケ……あれを、お前たちが?」
「んだんだ。ワカ先生、あとは頼むだよ!!」
黒騎士は頷き、手振りで逃げるように指示する。村人が消えるのを待って、少年は意識を集中させた。
(さ~て、どうすっかなリン。ケンカが苦手なオレが、魔獣とあいつを両方相手取るのはきついぞ)
(その心配はないよ。同類さん)
(んなっ!? 頭の中に!?)
(魔鎧のチャンネルを開いた。互いにこれを着ている状態でのみ、交信が可能なのさ)
少年は笑いをかみ殺し、二本角のフルフェイスメットを展開して魔獣に右手を向ける。
身体を触手がはいずり、快楽が精を生みだして、巨鳥を氷漬けにした。
(おい! 凍ったぞ!)
『あれはわたしの雷砲に該当する兵装です。氷牙と言います』
(はー、なるほどー。けどなんで味方っぽい魔獣を自分で倒したんだ? それにあいつがどうやって魔獣を操っているか、知っているのか? リン)
『それはねー、レイの能力だよ。魔獣さんとお友達になれるの。リンお姉ちゃん、ひさしぶりー』
『お久しぶりです。乱暴はされませんでしたか?』
『乱暴? レイのマスターは確かに乱暴者だけど……あっ! マスターなんで鳥さん凍らせたの!?』
(ボクたちの戦いで興奮させて、横やりを入れられたら不愉快だからね。始末した方が手っ取り早いのさ)
『マスターのらんぼーものー! いじわるー! うー、鳥さんかわいかったのにー』
これから戦いだというのに、相変わらずレイキは気の抜けたことを言う。少年はマスクの下で苦笑してから、黒騎士に殴り掛かった。
もともと高い身体能力を、青い鎧でブーストして拳に乗せる。魔鎧の装甲と言えどまともに食らえばただでは済まない一撃を、相手は内で受けて払い、流しきった。
青い騎士と黒騎士は同時に距離を取り、互いをつぶさに観察する。
(さすが、期待通りだよ。ボクはフリュー。セイもなにもない、ただのフリューだ)
(そいつはどうも。オレは夕暮若田郎だ)
生真面目に返す若田郎を、フリューはひたすらに観察する。左足を前に出し、右手を高く掲げ、腰に左腕を密着させた構えをとっていた。意識してのことではない。おそらく、身体に染みついている習慣だろうとフリューは結論付けた。
召喚させた魔鎧の適合者が戦えるものだと理解し、より興奮する。両手を広げ、熱い視線を若田郎に送った。
(さあ、楽しもう)
身体を駆け巡る快楽が性的な物なのか、戦いに興奮する物からなのか、フリューにはもう判別がつかなくなっていた。
ただ目の前の強敵を貪り食いたい。その想いだけで、頭がいっぱいだった。
若田郎は二、三撃を受けて状況がまずいことをリンに相談する。
(けどこれ筒抜けだよな……)
『三分のみジャミング出来ます。レイちゃんの様子を確かめられませんが……仕方ありません』
バチッ、と静電気のような物が全身に駆け巡った。なんとなく、これがジャミングという物だと若田郎は理解する。
(なあ、リン。まずくね?)
『出力が段違いなので、一撃でもまともに受ければ終わりです』
(なんでこんなに差があるんだ? オレの方が適合率低いってことか?)
『いえ、違います。むしろマスターの方が適合率高かったりします。身体能力の差をあっさりと埋めるくらいですからね。ただ……あいつ、イッています』
一瞬、若田郎の思考がフリーズをしてしまい、拳をかすめさせてしまう。慌てて体勢を立て直し、敵の乱打を捌きながら話を続けさせた。
『ご存知の通り、イケばイクほど精が抽出され、わたしたちのエネルギーとなります。イキながら戦うあの敵は、こちらのように精を節約して立ち回ることなく、常に全力をだしていけるのです。しかし……快楽で絶頂しながら戦える人間なんて、正気の沙汰ではありません。おそらくあいつは戦闘の興奮で性的快楽を得られる性格です。触手鎧とは相性がよすぎます』
一手でも失敗すれば危険であるため、若田郎は聞き手になるしかなかった。もちろん、説明の内容に辟易し、追いつめられているという現状を正しく認識する。
相手の大ぶりの一撃を流した隙を突き、地面を蹴って大きく距離をとる。仕切り直さないと身体が持たない。
(フフフ、楽しいよ。もっとボクを興奮させてくれ!)
三分が終わったため、敵が交信をしてくる。どこか声がつやっぽく、女らしくなっている気がするが錯覚だろう。
若田郎は長い溜息を吐いて覚悟を決める。
(よし、リン。オレから遠慮なく精をしぼれ)
『マスター。危険ですので反対です』
(ボクもあまりお勧めしないな。君の強さは技術力で成り立っている。出力欲しさに、この強みを消してほしくない)
リンどころか、フリューにまで止められたが若田郎は決定を変える気はなかった。
(大丈夫だ。オレに任せろ)
『なにか考えがあるということですね。これでなにも策がなかったら、お仕置きですから。罵倒しながらドライオーガニズムを味わわせてあげます!』
この後に控えている行為とどう違うのか、と若田郎はツッコみたかったが我慢をする。自らの穴という穴に違和感が生まれ、体表を這う触手が動きを激しくする。敏感な部分への刺激が増し、若田郎はあっという間に快楽に溺れた。
(ん……おぉっ♥ おっおっおおぉぉぉぉぉぉぉ♥)
(まったく、残念だよ。すぐに無駄だと知らせて、正気に戻すか)
フリューが発言の通り、手加減した一撃を見舞う。相手を正気に戻すためだけの、やさしい一撃だ。これが、若田郎のチャンスとなった。
(お、ぉおぉぉぉぉぉおぉっほぉぉおぉぉぉっ♥)
上段から襲い掛かる拳打を外受けで払い、敵の身体を泳がせる。精をたっぷり乗せた受け払いに翻弄され、無防備になった敵の胸に中段突きを叩きこんだ。腰をしっかりと落とし、衝撃を余すことなくフリューにぶつける。爆発したような音が轟き、青い騎士がはじけ飛んだ。
若田郎は拳を引き戻し、演舞のような動作で構えへと戻した。
『マスター、こ、これは……』
(う、うまりぇてからぁ……な、何千、何万、くりかえしたかりゃぁ……おひゅぅぅ! もうひゃめてぇ!)
ダンジョンで襲われた時でさえ、無意識に構えていたのだ。絶頂の果てにあろうと、戦闘中であるのなら自動的に対処できるのではないか。若田郎は己の半生を信じた。
(こへっ、きちゅい。り、リン。もっ、へぁっ♥ もっ、やめ……)
そしてあまりの快楽に心が折れかけた。手痛い一撃を与えたのだから充分だろうと、リンに対して懇願をしたのだ。
『全開フルスロットルでイきますよ、マスター!』
鬼がそこにいた。
かくして、話は冒頭へと戻ってくる。
フラフラにながらも立ちあがったフリューに、快楽にまみれる若田郎は空手の型を繰り返して攻めたてる。無論、前後不覚になりつつあるので、リンに細かい修正を頼んでいた。
こうして敵を追いつめているはずなのだが、息も絶え絶えなのは若田郎の方だ。互いに長期戦は無理なので、大技を仕掛けるしかない。
(ハハ……すごいよ、君は。ティエス族のボクをここまで追い詰めるなんてさ)
『マスター。連中は好戦的な種族ですので、ここで押し切らないと終わりです。デカイのいきますよ!』
願ってもない提案だ。これ以上は若田郎の身体が持ち堪えられない。自然ととった構えのままでいると、右手がバチバチと電撃をまといだす。搾り取った精を電気に変換し、拳に集中したのだ。もちろん、
(ひゃめっ♥ はげ、しくぅぅぅぅぅ、なっへ♥)
『マスター、堪えてください。あいつに拳を叩きこんだ後に絶頂してもらわねば、困ります!』
途中で気をイかせれば力が抜けるためだろう。若田郎としてもこの地獄を終わらせるために必死で我慢をし、正拳突きの準備に入る。
フリューも右手に冷気をまとわせて、こちらに向かってくる。いっぱいいっぱいの若田郎に付き合ってくれるようだ。心の中で感謝を述べた。
冷気と雷撃が衝突し、力の奔流が始まる。快楽で沸騰しそうな頭なのに、本来の自然現象では起こりえない幻想的な光景に目を奪われた。不可視の力と力のぶつかり合いはピークを向かえ、やがて収まっていく。中央で拳を打ち付けた格好のまま、互いに顔を見合わせた。
メットを先に消したのはフリューの方だった。
「ボクの負けだ」
汗で髪が顔に張り付いたまま、彼は満足そうにつぶやいて背中から倒れる。その姿を確認してようやく、若田郎は地面に顔から突っ込むことを許された。
「おっ、おっ、おぉぉおぉほぉおっぉおぉぉぉぉ♥」
尻が激しく痙攣し、快楽に身を任せる。いつの間にか鎧は剥がれ、全裸のまま尻だけを突きあげた情けない格好になるのだが、構う余裕は若田郎になかった。
イき果て、気を失いそうになる中、隣と相手の方向からグチャグチャと生々しい音が響いてくる。おそらく鎧が人に変身しているのだと気づき、若田郎は見ないように地面に顔押し付けた。もっとも、頭を上げる余裕などない。
「レイちゃん! ようやく顔を見ることが出来ました!!」
「そういえばリンお姉ちゃんとこんなに離れるの、初めてだねー」
「そうですよ、もう。心配しましたからね」
「でもレイのマスターはとっても優しかったよー。リンお姉ちゃんとすぐに会わせてくれるって、約束してくれたし」
そういえば召喚の術式を用意したのはフリューだった、と若田郎は思い出す。帰る方法をリンからまだ聞いていないことも。
身体が落ち着いたら確認しようと決意したとき、助け起こす誰かがいた。
「大丈夫かい?」
自分もボロボロだというのに手を貸してくれた。思わず若田郎が礼を言うと、フリューは破顔する。
「ボクの勝手につき合わせたんだ。これくらいお安い物さ」
「そうか……けど勝った気がしないわ。オレ、まだ動けないっての…………」
意外と話が通じるので世間話をしようとした若田郎は絶句する。フリューも全裸であり、褐色の肌を晒している。
しかし、その胸にはほんのりと乳房が存在し、股間にあるべきものがない。あんぐりと口を開いたまま、以前も言ったセリフを繰り返す。
「お前、女だったのか!?」
「いや、君と戦うまでは男だったよ。今日はそういう気分だったからね」
明るく言いきるフリューの答えに若田郎は混乱する。確かに最初の声の印象よりも高く、女性らしかった。男と間違えるような声ではない。
今日は男の気分とはどういうことか。性同一なんたらとかいう病気なのか、と頭をひねり続ける。するとフリューは怪訝そうにして説明を開始した。
「ティエス族だってちゃんと言っただろう。ボクらは自由に性別を選べるんだ」
「性別を選べる!?」
「そうさ。とはいえ、いい歳こいてどっちも行き来できるのも問題でさ。いい加減ボクも性別を固定したかったんだ。フフ、それには惚れた腫れたが手っ取り早いからね」
フリューは妖しく笑い、若田郎の頬を撫でる。裸の男女がこの距離で見つめ合っているのはまずい。逃げようとしたが先ほどの快楽漬けにより腰が砕けて不可能だった。
「ボクを惚れさせてくれてありがとう。女になったこの身体を好きにする権利をあげよう。楽しませるように努力するよ」
フリューが目を閉じて唇を近づける。先ほどまで男だった、性別を変えられるファンタジーな種族だ、と頭はわかっても、身体は正直だ。若田郎に彼女を拒否することはできなかった。
しかし、唇の接触をさえぎる手が現れる。フリューは手甲に唇をつけてから、不満そうに実行主のリンを見上げた。
「邪魔しないでほしいな、クロキリン」
「マスターに生身の女性は早すぎます。まずは練習を重ねてもらいませんと」
練習の意味を察したくなく、若田郎は脱力して流れに任せた。リンがさっさとフリューをどかして若田郎に服を渡す。
「だいたい、自分より強い相手なら誰でも好きとか、ビッチすぎませんか?」
「酷い言いようだね。ボクだってある程度は選別するさ。それに君好みのマスターなら素敵な男性だって決まっている。実際当たっていたろ?」
「わたしとしてはヘタレが過ぎると思います。生意気な口を叩く所有物を、躾けてやると夜だけ鬼畜になってくれるならより好みですが、まあ及第点です。それはそれとして、自分の伴侶探しのために、一時的とはいえレイちゃんと離れ離れにしたのは許しませんよ!」
「正妻の座を譲るから許してほしい」
「…………もう一声」
なにやら嫌な交渉が始まっている。若田郎は競売にかけられている気分だ。
「ふむ。ならボクの子どもからお母さんと呼ばれる権利は? 君たち魔鎧は子どもを孕めないし、ちょうどいいと思うんだけど。協力して育てていこう」
「交渉成立です」
「成立すんな!」
鎧として淫らなら、頭の中までまっピンクなのだろうか。思わず頭を抱えてしまう。
「お兄ちゃんマスター、大丈夫?」
心配してくれているのは、噂のレイキだろう。青みがかかった銀髪に、クリッと可愛らしい目の子どもだ。リンとの血筋を感じる顔立ちであった。
「おう、オレは元気さ。……お兄ちゃんマスター?」
「リンお姉ちゃんがね、今後はレイも使ってもらうって言ってた。フリュー……お姉ちゃんマスターも協力してもらうし、ややこしいから二人のことをそう呼ぶね」
「呼ぶねって……リン、これはどういうことだ!?」
「どういうこともなにも、聞いての通りです。まあわたしと違って、フリューのことをレイちゃんは嫌っていないそうなので、共有してもらうことになりますが」
少し不満そうなリンの様子が見て取れた。あんな目に遭わせる鎧が二つに増えたことに、若田郎は戦慄する。
その姿を見て、フリューがおかしそうに肩を震わせながらフォローをし始めた。
「まあまあ。ボクも協力するから、酷いことにはならないさ」
本当であって欲しい。心の底から願い、若田郎は天を仰いだ。
あの後フリューに謝らせ、村を去ることとなった。
そもそもなんであの村を脅したのか聞いたところ、誤解だと知ることになった。
フリューはダンジョンの近くの村で寝泊まりしようとしたところ、レイキが空を飛んでいる魔獣を気に入り、タイミング悪く呼び出してしまい、脅したと思われたそうだ。食べ物を差し出され、命だけは助けて欲しいだの請われて困ったものの、これは利用できないかと考え、実行に移した。
鎧の力を見せつけて軽く脅すと、サンスーケたちをダンジョンに向かわせたので、後は首を長くして待っていた。
「怖がらせたのは本当に申し訳ないが、義憤を抱くような好漢であればなおボクの好みだ。目論見が当たって満足だよ」
村長たちにそう言い、フリューは色っぽい目つきで若田郎を見つめた。差し出された食料には手を付けていないと返された上、食用に使える魔獣を凍らせた状態でプレゼントされたので、村人たちもあまり怒ることはなかった。もっとも、戸惑っているだけともいう。
「それにしてもあの凶悪なティエス族を惚れさせるとか、ワカ先生はやるだな~」
聞けばあちこち荒らしまわる有名な盗賊の頭領や、残酷で有名な傭兵がティエス族だったりするらしい。そんな危険な一族と戦っていたのかとフリューを見ると、彼女に優しく微笑まれる。
「たしかに彼ら彼女らのようにタチの悪い連中を世には出しているさ。けれど、ボクの集落は少しだけ好戦的なだけで、平和主義の集まりだよ」
「ティエス族の平和主義って当てになりません。文化が違いますから」
警戒をするリンはさておき、フリューは若田郎が責任をもって面倒見ると宣言し、村人たちを安心させた。
こうしてサンスーケたち一部に惜しまれつつ、温かく旅立ちを見送ってもらえたのだった。まあサンスーケたちの目的はリンだった気がする。
ひとまず一段落ついた一行は現在、四人で並び、街道を歩いていた。
「さて。今まで聞き忘れていたけど、オレをどうやって帰すんだ?」
「帰す? なんだかずいぶん遠いところから呼ばれたようだね」
「世界すら違いますからね。マスターは異世界から呼ばれたお方です!」
フリューはぽかんと口を開けて、若田郎をまじまじと見た。そしてだんだんと沈み込み、謝罪を始める。
「すまない。あの術式がそこまで影響を及ぼすなんて、知らなかったんだ。人に譲ってもらったものだから……」
「あーそうだったんか。まあ怒っていないし別にいいよ。それに帰す手段はあるんだろ?」
「もちろんありますとも!」
リンが張り切って地図を広げた。とたん、若田郎は嫌な予感に見舞われる。
「この街道に沿って、五十三の宿場町を経由した先に遺跡があります。世界を超える術式はそこで手に入りますので、それを利用してマスターの世界へ行きましょう」
「五十三……うへえ」
東京から京都くらいの距離はありそうなので、若田郎は辟易する。とはいえ、帰す手段が実はありません、なんて言われるより何倍もマシなので行くしかない。
若田郎が覚悟を決めると、申し訳なさそうにしていたフリューが張り切って誓い始める。
「ワカ、君は命に代えてもボクが守るよ。なんでも頼ってほしい」
「それは嬉しいけど……オレなんかのために女になっていいのか? 鎧がなかったら、雑魚もいいところだぞ」
「ハハッ。鎧を含めて強いんだから、誇っていいじゃないか。君は世界を跨がないと見つからないほど、厳しいクロキリンの審査に合格した男だぞ。それに……」
フリューはそっと自らの手を、若田郎の手に重ねた。
「長年鍛え続けた、いい手だ。努力の跡が見て取れる。こんな手をしている相手を、ボクは好ましいと思うよ」
真正面から言われて、若田郎は赤面をした。眩しいほどの好意をこんな美女に言われるなんて、まるで夢のような出来事だ。
「いや、これは惰性でつづけたような物で……」
「デレデレと鼻の下を伸ばしていないで行きますよ、マスター。フリューもやたらべたべたしない!」
「正妻どのは厳しいな。ようやく手に入れた性を実感したいというのに」
抗議のような真似事をしながらも、フリューはおかしそうだった。リンとのやりとりも気に入っているように見える。
「第一、マスターに人間は早すぎます。まずはラブドールのわたしで練習をしてもらわねば!」
「リンお姉ちゃん、ラブドールってなに? お人形さん?」
レイが目を輝かせて自らの姉を見ていた。若田郎が焦り始めるのだが、リンはいつもの調子で続ける。
「読んで字のごとく、男性に愛されるために生まれた人形をそう呼びます。ですので、愛されるためにわたしはラブドールになるのです! いえ、わたしがラブドールです!!」
「すごーい。いいなー、レイもラブドールになりたーい」
「いいでしょう。まずは心得として……」
「やめろー! 純真な子になんてことを教えやがる!!」
妹にとんでもないことを吹き込みそうなリンを必死に止めた。レイは不思議そうに首をかしげているが、こんな姉をもって不憫でならない。
若田郎が頑張らないといけないだろう。気合を入れる。
「実年齢はレイちゃんがだいぶ上のはずなんですが……。のじゃっていないのが、ロリババア感なくて違和感があるのでしょうか? レイちゃん、次から語尾に「のじゃ」をつけてロリババアキャラでいってください。マスターが安心します」
「わかったのー。あ、間違えた。わかったーのじゃー」
「安心できるか! お前はなにを強要しているんだ!?」
「ロリババア大好きなマスターを喜ばせるためです。レイちゃん、ロリババアキャラを演じるとマスターに好きになってもらえますよ」
「本当! お兄ちゃんマスター、ろりばばあ?ってのをレイはがんばるよ!」
「真に受けるな~!」
青空のもと、旅を続ける四人は賑やかに進む。
これが時には悪鬼羅刹を退治し、時には闇にうごめく組織と激闘を繰り広げる英雄譚かつ喜劇の始まりだと、まだ誰も知らなかった。