クリスマスといえば
おはようございます。
よろしくお願いします。
動物病院に駆け込んだ馬場は、背中をさするといった触れるスキンシップと高い室温に食事の与えすぎなどの条件が揃うと、インコの雌がゲージに一羽だけでも無精卵を産むことを教わった。
今回は馬場の部屋に飼われたことで、緊張状態がほぐれたため適量の食事でも体重が増えて条件が揃い産卵したのではないか、との事だった。
ジィは最終的に三つ卵を産んで、それらを温めていた。
『生まれないってわかってんだけどねぇ。抑えきれない私の母性が滾るッ』
と、ぎゃあぎゃあ騒ぎ、心配して覗きにきた馬場を突っつきながら抱卵していた少女は、23、4日を過ぎると憑き物が落ちたように卵への興味がなくなった。抱卵の期間が終わったのだ。
『私の母性どこいった?所詮は習性に縛られる生きざまか・・・』
がっくりと肩(?)を落としてガリガリ食事するジィを見た馬場は、大層心を痛めて今まで以上にジィを構い倒したという。
「いつかいい婿を探してやるからな!」
「イケメンタノム!」
「・・・俺が言うのも何だが、顔だけよくてもイカンぞ。いろいろと」
『あんたが言うか、ソレ。ほんとに。てゆか私、鳥のイケメンも鳥の甲斐性も分からんわ』
「鳥の甲斐性有って何かな?声か?デカいといいのか?・・・今度ペットショップの平井さんに訊いてみるか」
微妙に噛み合った会話を交わしているとは馬場はまだ知らない。
「ジィが、教えてもいないことを喋るんだ。どうしたらいい?」
「知りませんよ。町の人に教わったんじゃないんすか?」
ペラペラ書類をめくりカタカタとPCに打ち込んでいく。かつん、とタブを押して印刷されたものを確認して、馬場は側で違う書類を作成していた後輩の鈴木に渡した。
「ほら、毎日来る志田のおじいさん。一時間はジィちゃんと喋ってるじゃないすか」
ここは市役所の市民生活部、市民課。
馬場の勤め先だ。
ジィ効果で吹っ切れた馬場は、地味なスーツにだて眼鏡のままだが前髪は切った。
ジィに「マエガミ、ナガッ。ウザッ!」とつつかれまくったせいもあるが「見たいなら俺のイケメンを存分に拝め!」という心境にもなったからだ。
以前の面影がないくらいハキハキスパンッ!と物申すようになった馬場は、内外に好意的に受け入れられたようだった。元から遠巻きにされていただけで、潜在的な味方が多かったのだ。
馬場は仕事をキッチリこなし、公私の線引きをしっかりしていた。ただ弱腰な所に付け入られていたのだという。
見ている人は見ているもので、変化した馬場はよい方に人気がでた。変な輩に絡まれても然り気無く穏便に取り成してくれる友人や知り合いができたのだ。
馬場には初めての経験で、余りに嬉しくて缶ビール片手にジィを相手に湿っぽく語った。
「ショッペーナ、オィ」
とぼやきつつも少女は馬場にせかせかとティッシュを渡し、頭でツマミの皿を押し出すのだった。
ジィは市役所にいた。
馬場の変貌を上司が探り、出てきた『ジィ』という存在に興味を持ったのだ。
「ちょっと連れてこいよ」
そんな上司の軽い命令で、飼育ゲージに入れられてジィは市役所に来た。
「おぉ、オウムか?」
「インコダヨ!」
馬場が答える前に少女が即答した。インコにしては大型なので、よくオウムに間違われるのだ。ペットショップでもそうだった。
「うわ、賢い!」
「可愛い~!」
「ジィちゃん!こっちこっち、なんか喋って~!」
ジィの後ろにいる馬場の気を引こうと気味の悪い声音を出す女性らに「ケッ!」と悪態つきの片脚ピンッをして、そうじゃない集団に目を向ける。
「ソモサン!」
「説破!・・・禅問答か。馬場、インコに何教えてんだ」
職員にわぁっと囲まれたジィの言葉に反応できたのは面白そうに笑う上司で、それに「教えてないんですが、喋るんです」と生真面目に答える馬場である。
「んな訳あるか!でも面白いなあ。馬場、少し置いてみるか?」
ジィは職員に話しかけられて「ジョシコーセーデス」だの「オサワリキンシヨ!」とか「ムシハクワネーヨッ」なんて会話している。
断る間もなく上司は企画案をさくさくまとめ、上にあげた。こうしてジィは期間限定で市役所に置かれることになったのだ。
結果、物凄い人気になった。
若干オヤジで毒舌だが、切り返しが絶妙で話題を呼んだのだ。期間限定だったが延長の要望が市民からわんさか来て、晴れてジィは常勤になった。
飼育ゲージも立った馬場よりでっかくて、中に巣箱やブランコ、立体知育オモチャがこれでもかと組んである。テレビやラジオ局、雑誌、新聞社からの取材も受けた。ジィの大出世であった。
そして今日も志田のおじいさんとお喋りするのだ。
「ジィ、今日は12月10日だね?」
「ボケタノ?ソレ、キノウヨ」
「アメリカの大統領は?」
「ウラジーミル・プー○ン!」
「そりゃロシアだよ。トラ○プさんがアメリカ」
「ボケテナイネ!」
「クリスマスが近いねえ。ツリーが綺麗だよ」
「ジングルベェッ、ジングルベェッ。ジョヤノカネ~」
「・・・・」
「あ、俺、今脳裏に鐘が響きました」
眼鏡をあげて眉間を揉む馬場と空を見つめる鈴木だった。
『クリスマス、かあ~。転生できちゃったくらいだもん。他にもあるよね、きっと』
馬場と共に定時で勤務を終えた少女は、珍しくリビングで寛いでいた。馬場はお風呂だ。
『お約束は、聖夜の奇跡だよね!鳥の私が美少女に姿を変えて、馬場と甘い一夜を・・・』
ぎゃあああああああ~~!!
勝手に妄想して少女は赤くなり身もだえし雄叫びをあげた。そこに、何事か?!と半裸ずぶ濡れの馬場が部屋に飛び込んできたため少女は再び絶叫をあげた。マジ噛みと鉤爪キック付きだ。お約束である。
クリスマスの夜明けに、少女は静かに願う。
一日だけでも─────と。
「メリークリスマス!ジィ。せっかくだから鳥ケーキでも・・・」
朝いつものように部屋の扉を開けた馬場は、最後まで喋ることができなかった。
激しい光の明滅と、ボシュゥゥゥゥと部屋の中心から吹き出てきてあっという間に部屋を埋める煙幕のようなもの。視界を塞がれ、身動きも取れない。
「じ、ジィっ!無事かっ?!」
もちろん馬場が仕掛けたものではないし、少女の仕業でもない。
『キタキタ、コレコレェー!!聖夜のお約束ゥ』
まだ朝だが。
少女は妙に体にまとわりつく白いモコモコを突っつき回してフゥッフー!とハイテンションだ。
少女の願いが届いたのか。
少女は体がむずむずするのを感じる。
『ホイキタァー!変身ッ美少女ぉ~』
『ぅべえっクショイや!!』
少女は盛大にくしゃみを放ち、非常にすっきりした。ちなみに部屋にモコったものも一緒にすっきり消えた。
『・・・だから、どうしてこうなる?』
そこにはブランコにのった、何一つ変わらないインコのジィがいた。
『ちーがーうーだーろおおッ!バ神ぃ!!』
そして部屋の中心には、両足は上に両手は床に広げて転がっている、鳥が一羽。
『なんでッ、なんで馬場をインコにしちゃうかな~』
おそらく少女と同じ種(神?の粋な計らい)のインコだが、馬場は淡いブルーだった。
『ちがうッ、私が求めた奇跡はこれちゃうねんッ!もう、この世にサンタなんかおらへん、奴らはサタンやッ』
エセ訛りを炸裂させて少女は砂場に飛び込む。闇雲に羽をばたつかせながら転がりまくった。
すっきりした。
『ジィ、砂が飛び散る・・・』
『馬場ぁー!聞いてよーッ!私の願いはコレちゃうねん!』
『はいはい、まてまて。まだちょっと目が回ってて、体が動かせな・・・』
馬場の目には、棒のような脚がぎこちなく空を掻いている様が映る。
『っ!? はああああぁー?!何だこれー?!』
己の変身に馬場が気づいたようだった。脚が高速エアバイクとなっている。
「オチケツッ!ババアッ」
少女も空気に飲まれて混乱し、人語で馬場を宥め始めた。
バサバサ羽を動かしぴょんぴょん跳び跳ねてカタコト人語を話す緑インコと、広げた羽と背中を床に付けてしゃかしゃか脚が空を切る青インコ。
その後馬場がジィと言葉が通じていると気が付いてもうひと騒ぎ。
───二人が落ち着くまでもう少々お待ちください。
『───そうか、クリスマスの奇跡か』
『そう!サタンが来たりて笛をプップクプーってヤツ』
『・・・・』
今二羽は部屋のブランコの座面に仲良く並んでいる。
馬場は頭を抱えたがったが、羽なので着物の袖で顔を隠したようになっただけだった。
ジィは教えていない言葉をよく喋っていた。「ジョシコーセー」ともよく言っていた。それに中に人間が入っているんじゃないかと思うくらいの受け答えをこなしていた。
それはジィの前世が女子高生でその記憶があるからだという。
馬場は転生とか漫画かラノベだけだと思っていた。人じゃないパターンもあるんだな、と妙に感心した。
『俺は夢を見ているのか・・・』
『そーかもしれないねぇ。私もいまだに夢かと思うときがあるもん』
夢の中でさらに夢を見るのもアリだろう。少女は『夢なら長く続けばいい』という続きを飲み込んだ。
馬場はこれは夢だと割り切って考えることにした。己がジィを大切にしている自覚はある。考える余りちょっと非現実を織り混ぜた夢を見てしまったのだ、と。常々、ジィの考えていることを知りたいと思っていたから。
馬場は夢ならおもしろいと思った。自分の夢にしてはインコに転生なんてユーモアがある。このジィも個性的だ。それにどれくらいの精度なのだろう、確かめてみるかとニヤリと笑う。
インコなので少し目を細めただけだが。
馬場は次々とジィに質問を重ねる。
『ジィの名前は韻渡咲良。珍しい苗字だな。10年前の女子高生だったんだな。住む町は・・ここか? ん・・・いんど?役所で扱ったかも。まあ夢ならそんなもんか』
少女───咲良にとっては既知のことだ。
馬場に市役所に連れていかれた時点で『同町じゃん!』とひと騒ぎしている。
だから咲良は訊かれたことに十割増しで答えていく。
『お父さんは教師なんだよ!高校教師、歴史ってマイナーだよね?お母さんはパートさん。大雑把で家事苦手なの。弟は馬場と漢字違いで名前一緒だね!』
父の趣味は釣りで「鮎子に会いに行く」と解禁日が来るといそいそ出掛けていく。
母は苦手なりにバリエーション豊かなご飯を作ってくれた。サーンバールにペリメニ、チャーハンは忘れられない組み合わせだった。
弟はスポーツが好きで、年中日焼けしていた。咲良が小さな時に弟を連れ回してスポーツに触れ合わせた成果だと思っている。
咲良は逆に馬場に質問をしてみた。
馬場は少し口ごもり、羽をもぞもぞさせた。
『ジィの、名前? お前、ん、俺らか今は。俺らはオキナインコだろ。翁、つまりじいさん、で、ジイ』
「アカンヤツヤッタデ!」
咲良は「ジィって響きがカワイイな」と珍しく乙女スイッチを刺激されていたのに、ショックを受けた。人語でつっこむくらい。
言動がオヤジ臭いとはよく言われていたが、名前はもっと加齢していた。
『みんな「ジィちゃん」って、あれは「爺ちゃん」かッ!はっ、まさか・・・市役所の私のゲージに付いてる名札も・・・』
咲良は市役所に着くといつもササッと馬場にゲージを入れ換えられるので、しっかり見たことが無かった。
『オキナインコの「爺」ちゃん(メス)、と書いてある』と半目に俯いて、しかしハッキリと馬場は告げた。
『・・・・・』
馬場は触れ合う羽がぷるぷるしているのを感じて、殊更明るく話し掛けた。
『でも、名前分かったし、今日からは咲良って呼ぼうか。なあ、咲良?』
咲良はパッと馬場へ顔を向けて、とても柔らかく馬場を見た。インコだけど、嬉しそうに微笑んでいるようだ、と馬場は思った。
『ううん。ジィがいい。好きなんだ、この名前。・・・ありがと』
その後も咲良と馬場はたくさんの言葉をやり取りする。何時間も喋っていたはずだが、ふたりは構わずたわいもないことを話し続けた。
『・・・うん、なんか願いが叶った気がする。サタンもなかなかやりおるわ』
『ふーん?』
体を寄せあって、話し疲れた二羽のインコはうとうとと微睡む。
次に目覚めたとき、馬場は床に伏せて寝ていて、体がバキバキだった。しかしきちんと体は人間で、ブランコには激しく座面を揺さぶるジィがいる。
「メリクマ!ババアッ」
ぷっ、と笑って馬場が応える。
「・・・メリークリスマス、じじい」
きぃぃぃぃー!と目をつり上げたジィに馬場はつつかれまくるのだった。
噛み癖はしっかり直しましょう。
オキナは賢いから理解できると聞きます。
ジィは咲良だから別物です。