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第4章

森の奥深くへ・・・


どんどん狭くなり・・・


背の高い草が鬱蒼と茂るようになり・・・


・・・ついには進めなくなってしまった。


「ああ・・・」理奈が呻き声を上げた。「うわあ、きついなあ~」浩介までも心配そうな顔つきを見せた。「困ったな」ハンドブレーキをかけた。デジタル時計は21:18と表示していた。再び天井に腕を伸ばしパチッと車内灯スイッチを押した。クーラーは送風にした。それから無用の長物となったカーナビの電源を切った。

突然、育子が大声で笑い始めた。「ハハハ!」渋い顔で彼女を見た。理奈と浩介も戸惑った表情で助手席の母親を窺っている。「ああ、おかしい」と涙を拭いた。バックしようと後ろを振り返ったが闇が続くばかりでもはや戻ることも困難であった。育子が嬉しそうに「なんか、疫病神にとりつかれてるんじゃない?」と言った。途方に暮れながら「全くなあ・・・」と言った。すると浩介が初めて狼狽した様子を見せて「どうするの?やばいよ!」理奈はそんな弟に「元はと言えば、あんたが脇道に入ろうって言ったからでしょ!」と非難した。「別に、そんなこと言ってないよ~」「言ったでしょ!どうすんのよ、これ!」と左手を伸ばして外の様子を示した。私は「もう止めんか!今さら、グダグダ言ってもしょうがないだろ!」とバックミラー越しに2人の子供を叱った。育子は「ほんと、後悔先に立たずよね。ああ・・・腰が痛い・・・それにトイレもしたい・・・」と外に出た。理奈も「私もしたいけど・・・」と言ってから「こんな所でするの?」と戸惑いを見せた。母親は構わず白のロングスカートをめくってヘッドライトに照らされた茂みにしゃがみ込んだ。「どうしよう~もう我慢できないよお~漏れそうだよう~」無理もない。公園で排泄してから3時間は過ぎていた。浩介も「なんかお腹が痛い」え?野糞かよ!「よし、みんな出てトイレしよう。さっさとすれば大丈夫だよ」3人とも車外に出た。さすがに夜の山奥だ半袖のポロシャツではヒンヤリとする。育子が立ち上がり「あ~すっきりした。あら?あんたたちもするの?理奈はそこの木陰でしなさい。あら、浩介は大のほう?もう・・・しょうがないわねー」

こうして一家は生理的現象から解放された。


ずっと神経をすり減らした運転を強いられていたので、疲れがどっと出てきた。メガネを外し、こめかみを指で押さえた。育子らは、ヘッドライトに照らされた前方に立って、辺りの様子を見回していた。車の回りを一周する。腰くらいの高さの雑草。黒々とした雑木林。虫たちの大合唱。びっしり隙間なく、今にも飲み込まれそうだ。浩介の(落とし物)は離れたポイントにあったし、豆のような小ささだったので、それほど臭ってはこなかった。3人と同じ位置に並んだ。育子は、腕を組みながら首を傾げた。「困ったね」理奈は、腕を伸ばして深呼吸しながら、「あ~こんなとこで野宿なんてサイアク~」と愚痴をこぼした。さっきまでは、ヒステリックに不安がっていたが、ここにきて度胸がついたのか、あっさりとした口調になっていた。逆に、浩介が「でも真っ暗だし、クマでも来たらまずいよ~」と震えるような声で言った。私は、ボンネットに寄りかかりながら、「そんなこと言っても始まらないだろ。ここで我慢するしかない」と言った。

今さらながら(後悔の渦)に飲み込まれそうだった。旅館の美味しい魚介類やお酒、効能抜群の温泉や清潔な浴衣・・・そんな楽しみにしていたものが幻になってしまった。悔しかった、悲しかった、そして、やり場のない腹立たしさが沸き起こって来た。何で、育子の忠告に従わなかったのだろう?どうして、理奈の懸命の訴えに聞く耳を持たなかったのだ?自分の愚かしさに気が滅入ってしまうが、よくよく考えてみれば、浩介がけしかけてこなければ・・・あいつ、カーナビでどうにでもなるとほざいていたけど、このザマじゃないか。


・・・頭痛がしてきた。全くついてない!


プ~ン。

蚊、蛾、カメムシ・・・ライトに誘われ集まりだす。蠅も、浩介の(落とし物)目当てに来る。理奈は小さく叫び声を上げる。一目散に車内へ。

私と浩介も。

待って、という力強い声。足を止める。

「あれを見て」「え?何かあったか?」「光だわ」「光?見えんけど・・・」

「うん」浩介も同調。

「目が悪いのね~」

メガネを押し当てる父と息子。

「ほら、あそこよ。かすかに光ってるでしょ」

人指し指が示す方向。丁寧に辿る。

ボンヤリとした光。

100メートルか200メートルか。

「ああ、見えた」「僕も」「何だろうね」光の正体について意見を求める。「家じゃないかしら」「こんな山奥に?」

「違うんじゃない」浩介またも父と同調。

「もう、いいわ、私と理奈で行って見てくる」「え?」

育子の意を決したような顔。車内から様子を見ていた理奈。

母のキビキビとした動作。ドアを開ける。娘を連れ出そうとする。「イヤだよ~」

私は育子の手を引っ張ろうとして、

「おい、やめろ」育子は振りほどこうと抵抗するが、

「いい加減にしないか!」

育子は私を睨んでから、

「しょうがないわねえ」私が手を離すと、「じゃ、私1人で行く」

さっさと助手席のドアに向かう。

ダッシュボードから懐中電灯を取り出す。「おい!」

私と育子はもみ合う。

「放してよ!」

浩介が加勢する。理奈も外に出る。闇に包まれた森の中で一家がドタバタを演ずる。

抜け出したのは母だった。火事場の馬鹿力。私と長男と長女はなぎ倒される。

一目散に駆けだす。ズンズンと草をかき分ける。すぐに闇に溶け込んで見えなくなる。


「車の中で待ってろ」

10メートル前方。懐中電灯の光が激しく動いている。

生い茂る草。足を取られる。彼女はどんどん進んでいく。

「ハアハア、待ってくれ」

返答はなかった。草の擦れる音と呼吸音と虫の音。それだけだ。

段々とはっきりしてきた謎の光へ導かれるように・・・


50メートルほど進む。草むらは途切れる。暗くてはっきりしないが畑だろうか。やはり人が住んでいるのか?

川のせせらぎが聞こえる。

光の方角を見る。木々の間から一軒家が見える。思わず小走りに向かう。

暗黒の世界に浮かび上がる藁葺き屋根。不気味なほどの大きさ。

雨戸が閉まっている。木の棒が格子状に並んだ窓。青白い明かりが漏れている。

育子。

手持ち無沙汰に突っ立っている。

近づくと、振り返り「やっぱり家じゃない」と誇らしげに。

流れる汗を拭う。

黒ずんだ壁。

「農家かな?」

「そうかもね」

周りには、大小の農機具が乱雑に置いてある。

「さあ、行きましょ」

入口に向け、早足で。

私はゆっくりと歩く。

何となく胸騒ぎ。得体のしれない予感。

しかし考える間もなく、彼女はもう木製の戸を叩いている。

「すいませーん」

シーン。

「あのう、夜分遅く済みませんが、いらっしゃいますか~」

今度は大きめの声。


ゴソゴソと物音。つっかえ棒でも外しているような・・・


ガラガラ。

横にゆっくりと開く。

肩まで伸ばした白髪。150センチくらい。痩せている。ねずみ色のボロボロの着物。緑の真新しいスニーカー。

背後の明かりが眩しい。表情ははっきりと見えない。育子に顔を向け、それから私を素早く見て、「どうなさった?」

「えーと、車でこの近くに来たんですが・・・」

「迷ったのかい?」

「はい、そうなんです!ほんと、困ってしまって・・・」

「だろうね・・・あれはご亭主かい?」

5メートルほど離れた私を指さす。

「そうです。あと、子供たちがいます。車の中で待ってるんですが・・・」

「そうかい」と外に出てきて、辺りを見回す。

今度は、私が近づきながら「向こうにあるんです。草がボーボー生えてるとこがあって、立ち往生しちゃって」と説明。

皺くちゃの老女だが、真ん丸の瞳は優しい印象も与える。

「あ~それは大変だったねえ~」と笑顔になる。歯の抜けた口の中を見せながら。

「いやあ、全く・・・」

「お~い、ちょっと来ておくれ!」

家の中へ向かって叫ぶ。

ゆっくりとした動作で出てくる。身長180センチほどの老爺。私より高い。がっしりした体格。坊主頭。ステテコにTシャツ。皺はそれほどでもなく婆さんより年下か。やらしそうなタレ目。育子を見るなり、にやける。

婆さん「迷っちゃったそうだよ」

爺さん「ほう・・・それは大変だあ~」と妻から視線を離さず嬉しそうに言う。


悩む。

これからどうすべきか?

もちろん、この家に泊まらせてもらうのが最善手ではあろう。

しかし・・・どうも・・・この老夫婦は・・・

そんな私の不安を無視するかのように、育子が「子供たちを呼んできたいんですが・・・」と言ってくる。

真っ暗な森だ、車まで戻れるだろうか?

爺さん、これまでの経緯について聞く。

「あの辺は草が多いからなあ~あっちの方には、ちゃんとした道があるんだよ。ま、道ったって、泥んこ道でな、車一台がやっとだけどな」

「そうなんですか」

「分かりにくいからな。まあいい。大体の見当はついたぞ。一緒に行こう」

下駄の音を軽く響かせる。

20メートルほど向こうにある物置。提灯を持ち出してくる。

育子「あなた、これ」

懐中電灯を渡される。


彼女は、何の不安も疑問もなく、ここに泊まることを既定路線としているようだった。

一見しただけで怪しいと誰もが判断しうる、婆さんと爺さん。

もちろん、外見だけで判断すべきではないのかもしれない。

実際は、素朴で、暖かく、人情味あふれる、「こんな所に一軒家」的な番組があれば真っ先に取り上げられるであろう・・・かもしれん。

それにしても、育子は楽観的というか怖いもの知らずなところがある。初対面でも、すぐに相手の懐に入り込んでしまう。いつの間にか、集団の中心に居座ってしまうのだ・・・

やれやれ、仕方あるまい。


私と爺さんは、それぞれの(明かり)を手に持って車へ。


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