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第2章

私たちは、車に乗り込んだ。

ダイハツのメビウス。

オレンジメタリックのカラーが目立つ。

個人的には、ホワイトパールにしたかったのだが、育子に押し切られてしまった。


「早くエンジンかけて。暑い!」

左の後部座席にいる理奈が、タンクトップを前後に動かしながら、少しでも風を送ろうとしている。私は「わかってるよ。日差しがずいぶん当たったようだな」とエンジンスタートさせ、エアコンのスイッチを押した。ガソリンメーターの針はフルを指していた。当たり前だ、昨日、満タンにしたのだから。

「さてと、カーナビに旅館の位置を入力しないとな。おい、読み上げてくれないか」

と助手席でふんぞり返っている妻に、パンフレットを読むよう依頼した。

「もう~そんなの、出かける前にやっておきなさいよ~」ー育子は「ちょっと」と面倒くさそうに、「そこのショルダーバッグ取って」

右の後部座席にいる浩介に声をかけた。

浩介は、ゲーム画面から目を離さず無言で手渡す。


「ええっと、どこいったかな?パンフレット・・・あれ~ないよ~」

「無いわけないだろう」と私は呆れた調子で言った。「よく探しなさいよ」

ガサガサ。

「ああ、あったあった。ほら」と誇らしげにパンフレットを見せた。

私はイライラする気持ちを隠しながら、

「うん、いいから、早く住所を」

育子は番地を読み上げて、私はカーナビに入力した。

セッティング完了である。


ギアをドライブに入れ、車は国道に出た。

すると理奈が、

「CDかけて」と母親にディスクを渡してきた。

「また、下らないジャニーズの曲?スマホで聞けばいいじゃない」

「電池が切れそうなの」

もしもの時のために、CDも持参していたのだ。


・・・流れてきた曲は、10年くらい前に流行ったものだった。安っぽいシンセサウンドが響き渡る。

「ちょっとボリュームが大きいよ」と注意した。

理奈は口を尖らせて、

「何で~ちょうどいいよ~」

「運転してるんだぞ」

「そうね。危ないわね」と、育子がボリュームを少し落とした。


車は、住宅と商店が混在する所を走っていたが、やがて渋滞し始めてくる。

育子は怪訝な表情で、

「あら、混んできたわね」

「うん」と呟いた。


10分後には、(亀の歩み)でほとんど進まない状況に悪化した。薄暗くなり、ヘッドライトが目立つようになる。

「ちょっと」と育子が少しイラついた調子で言った。「どうすんのよ、コレ・・・」

うるさいな、と言いそうになり、いや夫婦喧嘩はまずい、ここは冷静になるべきだと思った。

「どうもこうも、ここは一本道だからね。他に行きようがないよ」


国道とはいえ、山に挟まれた谷筋で、片側一車線の狭い道だった。カーナビの画面を見ると、赤くて太いラインで、その国道が縁どられていた。

もちろん、枝分かれした細い脇道もないではなかったが、いずれも山の中を通り、昼間でも運転するのが大変な難所である。ましてや、街灯もない真っ暗闇の状況で、勝手の知らない部外者が通ろうとするのは自殺行為であろう。


20分経った。

完全に止まってしまった。国道はマヒしてしまったのだ。これじゃ、旅館に到着するのは何時になるのか分かったもんじゃない。深刻な事態というべきだろう。

依然として育子が「もうすぐ6時よ。お腹すいちゃった」と言った。私は、再度の苛立ちに襲われた。責められているような気がしたのだ。

絞り出すように、

「そうだな」少し間を開けて、

「もう少し早く出れば良かったな。まさか、こんなに混むとは思わなかったからなあ・・・」

理奈が、

「ねえ~まだぁ?疲れちゃった。早くお風呂に入りたい」と言ったので私は後ろを向いて、

「父さんもさっぱりしたいよ。なんか、事故でもあったのかな?」と努めて明るく振舞った。

すると、空いている反対車線を、猛スピードで救急車が走り抜けていく。

「やっぱ、事故だ」と育子がスナック菓子をパクつきながら言った。

私は、苦々しい表情で「おい、そんなに食うと夕食が食えなくなるぞ」とハンドルを軽く叩くと、鼻をフンと鳴らして「この分じゃ、何時に食べられるか分からないじゃない」と平然と言ってきた。


前の車の赤いブレーキランプに照らされた顔は、心なしか、怒っているように見える。

「う~ん・・・」少しため息をついて、「しかし、この先がどうなってるのかなあ?暗くて全然見えん」

「もうさ、Uターンして他の道を行こうよ!」と理奈が訴える。

今までゲームをしていた浩介も、ようやくその手を止めて、こちらの様子を伺って「カーナビで脇道を探せば?」と提案してきた。


実は、私も考えてはいたのだが。


「どれも山ん中を通るからねえ・・・」とその情景を想像しながら、「暗いし無理だろ」

浩介は身を乗り出しながら、

「そんなことないよ。カーナビがあるんだもの。何のために、高いお金を出して買ったの?こういう時の為にあるんでしょ」と理路整然と主張してきた。

「そんなの危険じゃん!ダメだよ~」と理奈が反対する。


確かに、こんな時のために、この(文明の利器)を買ったのは事実だった。スマホでも代用できる昨今だが、やはり信頼性が第一と判断し、高価な専用モデルを導入したのだった。


「うーん・・・まあ一応、探してみるか」

カーナビを見ると、50メートルほど前方にあるガソリンスタンドの先に、旅館方面に向かう脇道があるようだ。ルートを入力すると、赤いラインが表示され、所要時間50分と出た。

「この道を行けば良さそうだが・・・」

浩介は、

「マジ、ダメだよ。ホント危ないって!」と一層語気を強めながら言ってくる理奈を無視するように、大丈夫でしょ、と言わんばかりの表情でカーナビ画面を見つめている。

育子は黙っていた。

普段はズバズバ意見を言って主導権を握るが、ドライブに関して口を挟むことはあまりない。

本人曰く「だって免許持ってないしね、あなたに運転してもらわないと、どこにも行けないもの」だそうだ。


もう、外は真っ暗である。

・・・が、カーナビを見ている内に、何とか、なりそうな気がしてきた。赤くて太いラインが、魅力的に見えたのだ。


「そうだな」ため息をつきながら、「どうしようか・・・」

私は目を閉じた。育子は、

「止めた方がいいんじゃない?」と遅ればせながら、眉間に皺を寄せて反対してきた。

理奈も、

「そうだよ、早くUターンしてよ!」と語気を強める。

浩介は後部座席に身を沈めながら、

「物凄い遠回りだよ。真夜中になっちゃうかも」と呟くように反論した。


何とも言えない焦燥感と不安が車内に広がった。

CDデッキから流れてくる、薄っぺらいメロディが気になってくる。


♪ボクは、きみにラブラブだぜ~♪


「おい、気が散るから止めてくれ」

育子が、デッキの停止ボタンを押した。


・・・数秒間の静けさ。


私は、目を閉じて深呼吸した後、カっと再び開けた。

赤いブレーキランプが、どこまでも続いている。

このままでは、埒が開かないのは明白だった。何としても打開しなくてはならない。かといって、今さら、もと来た道を引き返すなんて、愚の骨頂だった。そうなれば、美味しいと評判のイカの刺身など旅館の料理が食べられなくなってしまう。高い金を払っているのだ。その損失は甚大だ。


育子が困ったような表情で「旅館に電話しようか?遅れるって・・・」

私は無言で頷いた。


車内に、もしもし、という声が流れ、私と娘と息子は耳をそばだてた。

育子はスマホに耳を当てながら、

「何時ごろになるかって?」と聞いてきた。カーナビを見ながら、「あと1時間くらいかな」と答えた。

夫が脇道に決めたことを悟って、妻はキツイ目で見た。

「えーと、7時過ぎくらいだと思います・・・はい、そうですね・・・ええ、すみませんけど、お願いします」

スマホの通話ボタンを切った。


「ちょっと~マジで行くの!」

そう猛抗議した娘へ、私はわざと軽い調子で、

「なーに、何とかなるさ」


腹を括ったのだ。

一か八か、勝負だ!


「こうなったら、お父さんを信頼するしかないね」

諦め半分で言ってきた、育子へ、浩介が、

「そうだよ。なんたって、一家の大黒柱だもん」とニヤつきながら、腕を組んで不満そうな理奈を見た。

私は、バックミラーを見ながら「お前も調子いいな」と苦笑した。

理奈が「トイレしたくなっちゃった」

と訴えた。育子も、私も、と言った。ちょうど、先の角を曲がったところに小さな公園があった。全員が用を足した後、渋滞の列に戻った。


小さなガソリンスタンド。

それが目の前に見える信号で止まった。


運命の分かれ道かもしれない。

スタンドには、軽のトラックが止まっていて、店主らしいオバちゃんが給油していた。

屋根の水銀灯で煌々と照らされた、その風景に、思わずジーンときた。

もう二度と見れないような気がしたのだ。


育子「あのおばさん、エプロンして頑張ってるね」

理奈と浩介も無言で、その方向を見た。


青に変わった。

「さあ、行くぞ」と、意を決してハンドルを左に切った。


脇道に入ると、車線こそ引いてなかったが、車2台が何とか通れるくらいの幅があったし、街灯もまばらながらあったので、快適に飛ばしながら進んでいった。カーナビから、女の合成音声が残りの距離を教えてくれる。赤のルートを過ぎると、緑に変色する。


その画面を横目で見ながら、気持ちは少し楽になった。

「行けそうだな」

育子は半信半疑で「そうかしら?」

理奈は辺りをキョロキョロしながら「まだ分からないよ」

浩介は再びゲームをしながら「お姉ちゃん、安心しなよ」

「そうだよ。これがあれば百人力だよ」と私はカーナビを軽く叩いた。


周りは、住宅と畑が混在するエリアで、前方には黒々とした山が不気味に聳えていた。高さは600メートルくらいだろうか。

「あの山を越えれば、すぐのはずだ」


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