第12章
ボクは、ゆっくりと立ち上がり、後ろを見た。
深い森だ。
全力疾走で走って、どこかに隠れて、それから川に出て、逃げるしかない。
半ズボンのポケットから、懐中電灯を取り出した。
よし、行くぞ!
走った。
死に物狂いで。
ヤマンバ「そこか!逃がさんぞ!」と猛スピードで追いかけてきた。
後ろを振り返りたかったけど、追いつかれると思い、我慢したんだ。
ちょっとした段差は、ジャンプした。
石につまづいたりもしたけど、とにかく前だけを見て、走りまくった。
息が苦しかったけど、何よりもアイツの笑い声が怖かった。
「ゲゲゲ!待てえ~!」
1時間くらい走ったと思う。
急な下り坂になってきた。
町までは遠くないはずだけど、さすがに限界になってきた!
どこかに隠れたいけど、適当な場所が見当たらない。
苦しい!
ん?
懐中電灯を向けた。
・・・小さな小屋が見える。
よし、あそこに逃げ込もう!
それは、木造の小屋だった。
ドアを開けようとするが、開かない。
アイツは、すぐそこまで迫ってきている!
裏に走ると、真ん中の部分が大きく割れた窓があった。
何とか、子供だったら入れそうな感じ。
窓枠によじ登って、体をくねらせて、その壊れた所から入ろうとした。
割れた窓ガラスのギザギザの断面。
引っかからないように、そっと半ズボンから入れていく。
冷や汗が出てくる。
急げ!
焦りまくったけど、何とか入ることができた。
ガランとしている。
ホコリだらけの工具箱が1つ、はしっこにあるだけだ。
ドアは重そうな鉄製で、何重にもロックが掛かっている。
窓は、いま入ってきた所だけだから、ここさえ守れば何とかなりそう。
・・・足音がした!
ボクは、奥で、じっと身を潜める。
「ほう、ここに隠れてるのかい?じゃが、もう袋のネズミだぞ!」
ドンドン。
体当たり攻撃。
でも、ドアは頑丈だ、ビクともしないぞ。
「うぬぬ・・・中々やるのう・・・」
今度は窓を狙った。
ガラスを全て割る。パリーン!
破片が飛び散った。
中に入ろうとする。
「うわあ、きつくて入らんわ・・・クソ!」
ドンドン。
壁か。
小屋自体がかなり揺れたけど、案外、丈夫そう。
コンコン。
上に登った。
トタン屋根らしいけど、どこにもスキは無いと思う。
ドサ!
飛び降りたか。
ガリガリ。
土を掘っているようだ。
でも、数分で諦めた。固くて無理みたい。
「くそったれめ!よおし、火をつけてやる!・・・じゃが、マッチもライターもない・・・どうしたもんか」
そして、しばらく静かになったんだ。
考え込んでいるのか、息を潜めて待つつもりなのか・・・
遠くから、ヘリの音がしてきた。
やった!火事の消火に向かっているんだね。
ボクは笑った。
ほんの少し、余裕が出てきたみたい。
アイツは「グズグズはしておれん・・・しかし、最後の1匹だからな。このクソガキを食わんことには寝覚めが悪い!」と叫んだよ。
でも、そんなに怖くはなかった。
どう考えても、方法があるとは思えないから。
そしたら、「うむ。やはり、この窓しかない・・・最後の手段を使うか。あんまり、やりたくないんだが・・・」と頭の大口から舌を伸ばしてきたんだ。
それがさ、窓からヘビのように入ってきたわけ。
真っ茶色のトゲトゲしい大きな舌でね、壁沿いに、探るように進んでいくんだ。
アイツは、背伸びして窓に張り付き、頭のてっぺんをこちらに向けていたから、直接はこっちの様子を見ることはできなかった。
ボクは、とっさに足元の工具箱を開けた。
ガチャ。
「うん?音がしたぞ!そっちか!」
しまった!
大舌が、猛スピードでこっちに向かってくる。
無我夢中で、キリを手に取った。
思いきりぶっ刺して、床にクギ付けにしてやった。
舌の色は、みるみるうちに真っ赤になったよ。
「ウギャ~!!!」
逃げるなら今だ!
ドアに向かって走った。
次々とロックを外していく。
ドカドカ!小屋全体が揺れまくった。
早くしないと!
全部のロックを外した。
だけど重くて、ちょっとしか開かない。
よく見ると、所々、さびついている。
何度も何度も、思いきり力を込めて開けようとするが、ビクともしない。
ドカドカ!
「ギョエ~!!痛い!痛い!こんちくしょう!」
震えが出てきた。
冷や汗もダラダラ。
クソ!何でこんなに固いんだ?
開いてくれ、頼む!
・・・こうなったら、体当たり攻撃で行くしかない!
反対側の壁まで行って、意識をドアの1点に集中し、思いきり助走をつけて走り出したんだ。
小学4年の小柄な体格ではあったけど、火事場の馬鹿力てやつかな?
何とか、出られるくらいのスキマが開いたんだ。
やっとの思いで外に出ると、
アイツは「あ~苦しい・・・小僧・・・いやボクちゃんよ、こんなブザマなカッコで死にたくね~よ」と弱弱しく言ってきた。そんで「な、頼むよ。助けてくれ。もう食ったりせんから・・・安心せい!」とも。
一目散に逃げようとしたが、足が止まった。
アイツの言葉を聞いたからじゃない。
だってバケモンじゃないか!そんな簡単に死ぬわけないよ。
問題は、どっちに逃げるかなんだ。
山の上か?下か?
もと来た道を登り、火事で燃えているアノ家に戻れば・・・さっきのヘリが来ているはず。
今も、別のヘリが一機、夜空を通り過ぎるのが見えた・・・
うん?左の方の空が、うっすらと明るくなってきたぞ。
夜明けか!
考えてみれば、いま何時なんだろう?
時計代わりのスマホを、持っていくヒマもなかったから。
左が東となると、町の方角だな。
よく見ると、木の向こうに、明かりらしきものが。
案外と近いのかもしれない。
よし、下ろう!
ボクは歩き出した。
「待ってくんろ~置いてかないでおくれ~」
後ろから、アイツの悲しそうな声がしたけど、構わず歩き続けたよ。
「そうか・・・こんなに頼んでるのに逃げようってわけか・・・おめえ、血も涙もないクソガキだな!ようし、こうなったら背に腹は代えられん。この舌を切るしかねーべ!!」
ビックリして、思わず振り返った。
遠くの方に、アイツが、頭から伸ばしていた舌を、巨大な包丁で切断するのが見えた。
「ギャアああ嗚呼アア!!!」
もの凄い絶叫がひびき渡ったよ。
アイツは、後ろに、あお向けに倒れた。
頭の大口からは、血がドクドクと流れ出ていたね。
その周りの白髪が、真っ赤になっていた。
それで、あまりの激痛からか、体を激しく回転させていた。
数分してから、うつ伏せのまま、じっと動かなくなったけど、今度は激しくせき込み始めたんだ。
ボクは、その間、逃げることを忘れちゃって、突っ立たままでいた。
どうしてか分からない。
最期を見届けようとした?
しばらくしてから、アイツは、ゆっくりと立ち上がったよ。
見てるだけで縮み上がりそうな痛みだったけど、平気なのかな?
そんで、頭を2、3回振った。
すると、大口から新しい舌が出てきた!
さあ、いつまでボヤボヤしてんだ、逃げるぞ!
その時、アイツがこちらを鋭く見た。
顔色は赤紫に変わって、口元の牙も、さらに巨大化して、目の高さまで伸びていた。
「待たせたな。やっぱ、人間を3匹食ったから回復が早いようだ」
ボクは、ゆっくり後ずさりして、逃げる準備をした。
町までは、もうすぐだ。
アイツ「お前との距離は30メートルほどだな。町に行くまでに、捕まえられるかな?」
そう言うと、ススで汚れた着物の腰から下を、ビリビリと破った。
毛むくじゃらの足が、むき出しになった。
意外と、たくましい足をしている。
パンツは、はいてなくて、代わりに真っ赤なフンドシだった。
靴も、汚れがひどかったけど、緑っぽいスニーカーをはいているようだった。
頭につけていたヘッドライトも外し、草むらに投げ捨てた。
「これで準備完了だ。今ごろは、町の奴らも大騒ぎしてるかも知れん。おそらくオレも殺されるだろうな・・・まあ、いいや。この世に未練はない」
アイツは、ゆっくりと、こちらに向かって歩き出した。
ボクは方向転換しようとして、石につまづき、転んでしまった。
そのはずみで、持っていた懐中電灯を思いきり放り投げて、それが木の幹にぶつかって壊れちゃった。