十章 マル湖の中で
ちびまr・・・いえ、何でもありません。
薄れ行く意識の中、幸太郎は3つのものを見た。1つは大破したネンスの船。1つは共に沈んでいく仲間たち。そしてそれらと自分の周りを泳ぐ人魚たち。ネンスの言ってた噂が本当なら、1年に一度しか船は沈まないはずなのにどうして今なんだろう?このままじゃ夢の国が滅びるかもしれないのに。もしかしたら人魚たちは“夢幻王”の仲間で、命令されて・・・。そこで意識がなくなった。
幸太郎は暗闇の中にいる。暗闇の向こうに純白のドレスを身に纏った女の人が見える。母さんと同じくらいの歳だろうか?どこか瞳に似ている気がするのだが、気のせいだろうか?もしかするとここはあの世で、この人は瞳のお母さんか誰かなのかもしれない。
「あなたは、誰?瞳のお母さんですか?」
幸太郎が言うと、女の人は口を開いた。
「少年よ、目を開けなさい。あなたにはまだべきやることがある。」
女の人はどんどん遠ざかっていき、それに伴い声も聞こえなくなって聞く。
「勇者である・・・を・・・・・・護り、世界を・・・のです。」
声はそこで途切れた。
気がつくと、疎らにだが天井に無数の小さい穴の開いた、地底湖のある鍾乳洞の中にいた。きっと“マル湖”と繋がっていたのだろう。周りを見渡すと数人の人魚が幸太郎の周りを取り囲んでいる。しかし、仲間の姿が見当たらない。
幸太郎が呆然としていると、女の人魚が1人、話しかけてきた。
「手荒な真似をしてごめんなさい。でも、他に方法がなかったの。」
幸太郎ははっとして早口で答えた。
「方法って何の?それより皆はどこなの!?」
すると今度はその人魚の隣にいた男の人魚が答えた。
「君と一緒に船に乗っていたネンス、やつは“夢幻王”の手先だ。ヤツとの接触はどうしても避けたかった。できれば他の者も助けたかったのだが、ヤツだけを助けなかったとしたら怪しまれるかも知れん。全ては仕方のないことだった。」
「え?今なんて・・・!?」
女の人魚が無視して続ける。
「この先にある祠で、“海の魔玉”が君を待ってるわ。とにかく着いてきて。」
「え、カイノマギョクって・・・?あ、ちょっと待って!」
人魚たちは幸太郎の制止を無視して鍾乳洞の床を滑って器用に進んでいく。とにかく着いていくしかないか。
慣れない鍾乳洞の中で何度も転びそうになりながら人魚たちに着いていくと、祠が見えてきた。これが人魚たちの言っていた物だろう。深い青色をした珠が祭ってある。これがさっき言っていた物なのだろうか。
「さぁ、手にとって。」
「ちょっと待って!僕はまだ着たばかりだからそれが何だか知らないんだ。」
幸太郎が言うと、人魚たちは顔を見合わせ、何かを相談し始めた。
しばらくして相談が終わると、さっきの女の人魚が話し始めた。
「まず“夢の国”にはそれぞれの魔法に対応した“魔玉”というものが9つあるの。“魔玉”を持つ者はその魔法を支配できると言われていて、その力に目をつけた“夢幻王”は9つの“魔玉”を集め、世界を支配しようとしているの。ただし“魔玉”はね・・・、」
女の人魚は幸太郎のほうをチラッと見てから話を続けた。
「人を選ぶの。それも強い魔力を持つ人をね。この“海の魔玉”が君を選んだように。」
「でも僕、魔法は・・・、」
「そんなことないはずよ。この“海の魔玉”はあなたを呼んでいるんだもの。とにかく手に取って。そしたらきっと、“魔玉”が答えてくれるから。」
そう言うと人魚たちは目をつむって祈りを捧げ始めた。
幸太郎がよく分からないまま“魔玉”を手に取ると、それは語りかけてきた。
『ようやく来たか、内に膨大なる“海”の力を秘めし者よ。』
僕が・・・そんな力を?
『いずれ分かる時がくる。力に支配されたくないのなら、自分を強く持つといい。ただ、そなたの力はあまりに膨大だ。抗いきれるかどうかはそなた次第だ。』
・・・。
『私をこの場に残して去るもよし。私を使い、目的を成すもよし。私の力に溺れるもよし。全てはそなたの自由だ。さぁ、選ぶがいい。私を持ち去るのか、それともこの場に残すのかを。』
僕は・・・、・・・分からない。でも、あなたをここに置き去りにしちゃいけない気がする。
『ならば持ち去れ。そしていついかなるときも共にあると誓え。そうすれば私の力をそなたのものとしよう。』
それは・・・、今は答えなくてもいい?いつか答えを出して見せるから。
『そうか、ならばその答え、楽しみに待とうではないか。』
すぐには答えが出せないかもしれない。でも、それまでは誰にも渡さないよ。
『・・・最後にもう1つ誓って欲しい。』
何を・・・?
『今、世界を壊そうとしているものがいる。そなたが私の力を使うのなら、どうかその者たちを止めて欲しい。それが私の・・・いや、我々“魔玉”の唯一の望みだ。』
分かった。何とかやってみるよ。
“魔玉”は再び沈黙した。振り返ると人魚たちが一斉に目を開けた。
「対話は終わった?」
女の人魚が言った。
「はい。まだこれを使うかは決めてませんが、このまま放っておいたら“夢幻王”の仲間に持って行かれるかもしれないし、とにかく持って行く事にします。」
「そう、絶対に“夢幻王”から護りきってね。それじゃあ“マル湖”まで案内するわね。」
「他に出口はないんですか?」
「あるにはあるんだけど小さすぎて魔法なしには通れないの。」
人魚たちがまた移動を始めたので、幸太郎もそれについていった。
鍾乳洞の中を歩く事はまだ完全にではないが、少しずつ慣れてきて少し余裕ができた。それで気がついたのだがこの中はアリの巣のような構造になっていて、たくさんの人魚が生活を営んでいるようだ。あっちでは新鮮な魚を売っているし、そっちでは漁に使うのであろう銛を作っている。
幸太郎が周りを見渡しているとあっという間に目を覚ました場所についてしまった。
「ここ結構深いから気をつけてね。さようなら、小さな人間さん。」
あ、そういえばまだ名乗ってなかったっけ。
「すいません、まだ名前も言ってませんでしたね。僕の名前は・・・、」
「ごめんなさい、掟でこの中ではあんまり人魚以外の種族の人には関わっちゃいけないの。もちろん名前を言うことも聞くことも禁忌よ。」
「え?じゃあ僕1人で仲間と合流しなきゃならないんですか?」
もちろん、おつきのフェアリーのいない今の幸太郎にはあまりにも危険過ぎる。もし襲われれば“海の魔玉”を使うしかないだろう。あの時素直に誓っておくべきだったろうか。どちらにせよ、ここを出たらすぐにフェアリーを探さなければならない。
「そうね、それなら仕方ない。私が一緒に行くわ。」
「何を言っている!お前を行かせるわけにはいかぬぞ!」
年老いた人魚が出てきて言った。きっとここの長老かこの人のお祖父さんなのだろう。
「止めても無駄よ。私・・・、いいえ、リーナは行きます。」
年老いた人魚は一瞬たじろいだが、今度は女の人魚を睨み付けた。
「本当にいいのだな。今ならまだ無かった事にしてもよいのだぞ。」
「(私につかまって。)」
女の人魚が小声で言ったので、幸太郎は言うとおりにした。すると女の人魚は湖に勢いよく飛び込んだ。