一章 夢なき子
最近の日本には夢のない子供が増えている。小学3年生である佐々木 幸太郎もそんな子供の1人だった。
彼には小学5年生の兄、勇輝がいて、両親は兄ばかりに期待し、幸太郎を相手にすらしていなかった。そのせいか彼に夢は芽生えなかった。もっとも、この頃の夢などあってないような物だとも言えなくはない。しかし、昔の子供はそんなことで悩むことなく、ましてや自殺思いつきもせず、毎日を楽しく過ごしていたはずだ。いったいこの変化は何なのだろう。
都会っ子であった幸太郎は父の転勤で引っ越すことになり、とある田舎の学校へと転校してきた。そこは今では珍しい“七不思議”がある学校だった。トイレの花子さんだとかそういうやつだ。当然の如く、都会っ子である以前に超現実主義者である幸太郎は、そんな物を信じるはずがない。
しかし、転校してから早々に事件が起きた。旧校舎にある理科室で小4の女の子が1人行方不明になったという。幸太郎は悪戯だ何だとバカにしていたが、クラスの皆は“七不思議”の“消える部屋”のせいだと異口同音に言う。どうやら旧校舎の理科室は“消える部屋”と呼ばれているらしい。
幸太郎は家に帰って兄の勇輝に話してみた。
「あぁその話か。俺のクラスでも騒いでるぞ。」
それなら話は早いというものだ。
「俺のクラスの女子が、消えるところ見た子がいるだとか何とか話に尾ひれをつけて噂を流してたぞ。」
女子の好きそうな話だ。きっと明日にはもう全校生徒の間で噂になっていることだろう。
「お前、俺と一緒に“消える部屋”に行ってみないか?」
「え?」
「行って俺たちで嘘を証明してやろうぜ。」
幸太郎は乗り気ではなかったが承諾した。いや、させられたと言った方が正確か。勇輝はいつもこうなのだ。
次の日の放課後、2人は“消える部屋”へ向かった。そこはとても薄気味悪い場所だった。その部屋は別の部屋とは違い、何か今まで体験したことのない物が潜んでいるような感じがした。
「幸太郎・・・お前、先に入れ。」
まったく、無茶を言いなさる。
「何でだよ。兄貴が言い出しっぺだろ?」
2人は格好の悪い兄弟喧嘩を始めた。
「いいから行け!」
勇輝に無理やり押し込まれてしまった。ったく、何て兄貴だ。
「中の様子はどうだ?」
幸太郎はいつも通り勇輝に偵察係りとしていいように使われる。
「真っ暗でほとんど何も見えないよ。」
「な、何もいないんだな!?」
何てこった。うちの兄貴は小5にもなってお化けなんかを怖がっているのだろうか。勇輝がビクビクしながら入ってきた。幸太郎は呆れた。
「本当に真っ暗だな。電気をつけよう。あれ?電気のスイッチは・・・、」
「あったよ。」
幸太郎はスイッチを押した。しかし電気は点かなかった。その代わり、突然カーテンが開いた。いや、もともと開いていたようだ。カーテンの開く音もしなかった。突然明るくなったと言う方が正しい。
幸太郎は窓のそばに1人の男が立っているのに気がついた。30歳くらいだろうか。
「いらっしゃい!“夢の国”へ!」
幸太郎は男は訳の分からないことを口走ったように感じた。いや、幸太郎にとってはそうなのだ。
「おじさん誰?」
幸太郎はとにかく話しかけてみることにした。
「俺か?俺は“夢の国”に迷い込んできた人に必要なことを教えることを仕事にしている・・・まぁ、門番のような者だ。さて君にも必要なことをいくつか教えてやろう。」
この男はまた訳の分からないことを・・・。
「待って下さい。おじさん頭大丈夫ですか?そんなの今時信じる子供なんていませんよ?それより勝手にこんな所に入っちゃっていいんですか?捕まりますよ?」
幸太郎はさらりと言った。流石にここまで言われると男はうろたえてしまうと思ったが、動じていなかった。
「やっぱり信じられないか。そりゃそうだよな、突然違う世界に来たことすらまだ認識出来てないみたいだしな。」
「え?違う世界?おじさん本当に大丈夫?ゲームのやり過ぎか何かで現実と妄想の区別がつかなくなっちゃったの?・・・兄貴この人おかしいから関わらな・・・あれ?」
兄貴がいない。もしかしてすでにさらわれてしまったのだろうか?
「多分その子は“真世”にまだいるはずだよ。あ、“真世”っていうのは元いた世界のことだ。まぁとりあえず君、その扉を開けてごらんよ。俺の言ってることがよく分かるはずだから。」
仕方がないのでとりあえず開けてみた。すると扉の向こうには森しかなかった。え?森!?幸太郎はフリーズした。
「今ので少なくともここが、君のいた世界じゃないことくらいは分かってくれたかい?」
幸太郎は相変わらず動かない。
「まぁいいや。とりあえずここについて話すよ。」
男が言うにはここは“真世”の夢のない人々の心から夢が逃げてきてそれが集まってできたという奇想天外な世界らしい。そして稀に“真世”のスイッチによって真世と繋がることがあるらしい。この男もそうやってここへ来たと言う。そして、ここへ来た人は様々な生き方をするらしい。この男のように新しい仲間を歓迎しようとする者もいれば、食料や日用品なんかを作る者も、この世界を冒険したり、開拓したりする者もいるらしい。どうやら歴史は浅いらしくほとんどが未開拓の土地なのだそうだ。当然来たばかりの者は帰ろうとすることが多いが、1ヶ月間以上この世界で過ごし、自分が入ってきた場所に戻らなければならないらしく、その間にこっちの生活に慣れてほとんどの者が帰る気をなくすのだそうだ。つまり幸太郎も1ヶ月間はこっちにいないといけないらしい。さて、それまで何をしていようか。
「でも、どうやら君の場合、職種選びは必要ないようだ。」
開いている扉に向かって一直線に何かが飛んでくる。
「勇者様!あなたが勇者様ですね!」
羽の生えた妖精のような生き物だった。幸太郎の顔2つ分くらいの身長だ。その驚きが逆に幸太郎を冷静にさせた。こんなの夢だ。そうに決まってる。こんなことありえない。
「丁度この子が100人目のはずだ。俺が数え間違えてなければだけどな。」
夢だ・・・夢だ!
「勇者様〜!どうしたんですか?おーい。」
妖精は幸太郎の目のすぐ前で手を振り、さらには頬をつねってきた。
「痛!」
何てこった!夢じゃない!
「あ、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
あ、ごめんなさい!じゃないよ!
「あ、あぁ、うん・・・。」
今までお化けも妖精もおとぎ話に出てくるような物は何1つ信じていなかったのに、それが、妖精が突然現れた。ショックでショックでたまらない。
「ボクの名前はポポっていいます。勇者様のお名前は何て言うんですか?」
もう、どうでもいいや。幸太郎は成り行きに任せることにした。
「佐々木・・・幸太郎・・・。」
「あっ、いっけねぇ。俺まだ名乗ってなかったな。俺の名前は野村 正人だ。よろしくな、勇者さん!と言っても俺とはここでお別れだけどな。」
とりあえず幸太郎は野村さんにお礼を言ってポポと共に旅に出た。壮絶な旅へと・・・。