39 最終決戦
「ここは……?」
たかしは周囲を見回す。すぐにわかった。転送された先は、さいたまスーパーアリーナだ。国内最大級の多目的ホールとして有名だが、周辺でしょっちゅう戦隊やライダーなどの特撮番組の収録が行われることでも知られる。最終決戦の場所としては、確かにふさわしいかもしれない。
時刻は早朝のようで、薄ぼんやりとした太陽が顔を出していた。戦うのに支障がない程度には明るい。ホテルにいたときはまだ深夜だったはずだが、どうなっている。
「時間もすっ飛ばせていただきましたァ! 明るくないと戦えないですからねェェェェェ! 赤沢さんはホテルでスヤスヤ寝ているので安心してくださァい!」
「赤沢の武器を俺に付け替えておいてくれ」
「了解でェす!」
ナマポンは了承した。これで四人の固有武器を全て、たかしが扱える。決戦の準備は整った。
たかしの前に、無数のハロワーンを引き連れたニジヨメンとムダメシン──ジュンと母さんが現れた。
「お兄ちゃん……殺す……!」
「ニート、殺す……!」
ジュンの仮面は修復されておらず、素顔が覗いたままだった。ジュンも母さんも、まばたき一つせずに血走った目でたかしを見つめる。完全に正気を失っていた。元に戻すことはできない。殺すしかない。
「これが……最後だ。俺の最後の……変身!」
たかしは腕時計の針を逆向きに回す。たかしの体は光に包まれ、戦闘スーツが装着される。
「親に迷惑なんのその! 就活はとうの昔に捨てた! モラトリアムの戦士、留年イエロー!」
ポーズを決めながら、たかしは自分の意思で叫ぶ。
「たった一人でも……ニート戦隊みんな死ぬンジャー!」
自分なりに、背負っているものを消化した結果だった。派手な爆発が背後で起こり、黄色の爆煙が上がる。たかしは数え切れないほどの敵に、悠然と立ち向かう。ナマポンは配役を間違えている。このシチュエーションなら、たかしが赤でなければならなかった。
「俺の分の報酬は赤沢に渡してくれよ!」
「承知しましたァ!」
たかしはわずかなお金と、未来を赤沢のために残す。その引き替えに全ての敵を倒し、命を燃やし尽くす。
まずは戦闘員のハロワーンたちが前に出て、雪崩のような密集陣形でたかしに襲いかかってきた。この数に押し潰されれば、たかしはひとたまりもない。
「家事手伝いアロー!」
たかしは家事手伝いアローを乱射して迎撃するが、数が多すぎる。焼け石に水というやつだ。しかしこんな雑魚どもに手こずっている場合ではない。一気に蹴散らしてやる。
「終わらない時間とお金の浪費! だけど私は夢に近づいてるから別にいいよねショット!」
たかしはいきなり大技を放つ。巨大なエネルギーの矢がハロワーンの群れを弾き飛ばし、密集陣形に大穴を開けた。今ので十数体は倒せただろうか。
それでもハロワーンの数は半分も減らせていない。続いてたかしは接近戦を挑むことにした。
「自主休講アックス!」
たかしは自分の固有武器を呼び出す。たかしのスーツはパワー型なので、巨大な戦斧は相性がいい。たかしは斧を振り回して、ハロワーンたちをぶった切るのではなくぶっ飛ばす。刃ではなくあえて平たい部分をヒットさせるのだ。強烈な打撃で吹っ飛ばされたハロワーンは別のハロワーンに激突して二次被害を生み、玉突き事故でどんどんハロワーンの数を減らす。
ほどよくハロワーンの数が減ってきたところで、ニジヨメンとムダメシンが攻撃に参加する。ハロワーンの飽和攻撃でたかしを消耗させる意図があったようだが、今のたかしには関係ない。
ニジヨメンがピンポイントで小さな爆発を起こし、ムダメシンも長い鼻からいくつもの氷塊を放つ。たかしはそれらの攻撃全てを回避した。ムダメシンの攻撃は鼻の動きで読めるし、ニジヨメンもマスクをほぼ破壊したことで目が露出している。たかしは視線で察して攻撃を避けるということができた。ニートは他人の視線に敏感なのだ。
ニジヨメンは右手に剣を構え、左手に見慣れない銀色のブレスレットを装着していた。多分、あのブレスレットはニジヨメンの起こす爆発の威力を抑え、乱戦の中でも扱いやすくする新兵器だ。昨日までのたかしなら手も足も出なかったのだろうが、今日のたかしはひと味違う。
「負ける気がしねぇ……!」
全ての責任をとると覚悟したことで、鬱々とした迷いからたかしは解放されていた。KAKUGO完了である。心が晴れやかで、体が軽い。今なら就職だってできそうな気がする。たかしのニート力は天井知らずに上昇していた。今日だけは、必殺技を何度でも放てる。
たかしはニジヨメン、ムダメシンに向けてハロワーンを吹っ飛ばし、反撃さえ仕掛ける。ニジヨメン、ムダメシンはさすがに怯み、たかしはここで必殺技を使う。
「落ちていく単位と遠ざかる自立! でも俺はラノベ作家になって毎日ゴロゴロして過ごすから関係ないストライク!」
自主休講アックスは巨大なエネルギーの刃を形成し、たかしは一振りで周囲のハロワーンを消滅させた。ハロワーンの数はまばらとなり、余波でニジヨメンとムダメシンは壁際に飛ばされる。今日は逃がさない。絶対にここで殺す。
「愛国無罪ソード! 課金無双ライフル!」
たかしは剣と銃を装備し、勝負を決めるべくニジヨメン、ムダメシンの元へ駆ける。たかしの行動を阻止しようと残ったハロワーンが寄ってくるが、たかしの敵ではない。ばったばったとハロワーンを斬り倒しながら、たかしはニジヨメン、ムダメシンに近づいてゆく。
そうこうしているうちにハロワーンは全滅。二体の怪人を守る盾はもうない。
「フンガァァァァァ!」
どうにか頑丈なムダメシンは立ち上がり、たかしを迎え撃つ。ニジヨメンも指を鳴らして爆発を起こし、ムダメシンを支援する。
たかしは爆発をどうにか避けながら課金無双ライフルを乱射してムダメシン、ニジヨメンを牽制しつつムダメシンに接近する。
「何もさせないぜ……! 勝つのは俺だ!」
たかしはインファイトの距離を保ってムダメシンが繰り出す鼻や牙の攻撃を紙一重で避けつつ、剣と銃で攻撃を仕掛ける。ムダメシンの巨体に隠れ、ニジヨメンから見えない位置をキープするのがミソだ。ニジヨメンは目で見て爆発を起こす位置を確定しているようなので、視線から隠れればニジヨメンは爆発による攻撃を撃ちにくい。
たかしは前回の赤沢がそうしていたように、剣と銃の連続攻撃でムダメシンを圧倒する。前回の赤沢は必殺技を温存してこの連続攻撃だけでムダメシンを殺そうとしていたが、ムダメシンはかなり頑丈なため、通常攻撃だけでは多分倒しきれない。
「俺の全部を出し切ってやる!」
たかしは課金無双ライフルの銃口をムダメシンの土手っ腹に当て、必殺技を発動した。
「ギルドでの栄光と反比例して急降下する現実! けれど俺の居場所はゲームの世界だから問題ないブラスト!」
極太のビームが課金無双ライフルから吐き出され、ムダメシンの腹部を貫く。まだだ。まだムダメシンは生きている。
たかしは課金無双ライフルを捨てて両手で愛国無罪ソードを持ち、袈裟懸けに全力で振り降ろす。
「私は人間の屑だが愛国者なので無罪! お国のために今日もネットで暴れて過ごしますスラッシュ!」
激しい電光とともに振り降ろされた剣はムダメシンを真っ二つにして、完全に息の根を止めた。マスクが破壊され、一瞬だけ母の顔がたかしの瞳に映る。焼け焦げた遺体が、どさりとその場に倒れた。
「母さんまで……! お兄ちゃん、絶対、殺す……!」
ニジヨメンはジュンの顔で憤怒の表情を浮かべる。たかしは興奮しているが、冷静だ。こいつが強制細胞増殖剤を使う前に倒すつもりで行く。生まれてくる子どものためには、たとえ獄中でも親父がいた方がいい。
たかしは愛国無罪ソードを構え、ニジヨメンに近づいてゆく。ニジヨメンは左腕にはめていた銀のブレスレットをはずし、代わりに金のブレスレットをはめた。
「無理心中ブースト……! お兄ちゃん殺す、殺す、殺す……!」
金色の頑丈そうな鎧がニジヨメンの体を覆い、持っていた剣も一回り大きい身長ほどもあろうかという大剣に変化する。ここでニジヨメンは切り札を切ってきたのだ。しかし、もう遅いということを教えてやる。
「オラァ!」
たかしは遮二無二突っ込むが、巨剣の一撃を受けて地面を転がる。愛国無罪ソードでどうにかガードしたが、失敗していればたかしは死んでいただろう。
「おまえさえ、いなければ!」
その小さな体のどこにそんな力があるのだと疑いたくなるほどだ。ニジヨメンは巨剣を豪快に振り回す。たかしは自主休講アックスで打ち合い、どうにか凌いでいく。
「簡単に死ぬわけにはいかないんだよ! ……俺は、未来を作ったらしいからな!」
「私たちの未来を奪ったおまえが言うな!」
全くの正論にたかしはヘルメットの下で苦笑した。ニジヨメンの攻撃は一段と激しさを増す。フォームなどを事前予習してきたのだろう、剣捌きに無駄がなく非常に速い。真面目な妹らしかった。このままではたかしは押し切られて負けるだろう。だが、たかしは不敵な笑みを浮かべた。
「けど……今日の俺は、ヒーローなんだぜ」
世の中、教科書通りが通用しないことなんていくらでもある。といっても、たかしは教科書通りにできなかっただけのゴミカスであり、社会の厳しさなど知らない。しかし、外道な手ならいくらでも思いつく。
たかしがやったのはとても簡単なことだった。剣と斧でやり合っている最中に、たかしはニジヨメンの足を踏んだのである。ニジヨメンはバランスを崩し、剣筋が一瞬乱れる。
すかさずたかしは愛国無罪ソードから手を離し、剣ではなく相手の手首を掴んで剣を止めた。とっさにニジヨメンは左手をたかしの頭に向け、魔法のような爆発で攻撃する。
距離が近すぎたせいで、ニジヨメンの指まで吹き飛んだ。たかしの頭を覆っていたフルフェイスヘルメットは半壊し、中から血まみれになったたかしの顔が覗く。
「もう……逃げられないぜ?」
たかしはニジヨメンの右手をしっかりと掴んでいた。パワー型のたかしのバトルスーツは、単純な力比べならニジヨメンに決して負けない。またニジヨメンは左手の指を全て失っており、もう何もできない。ニジヨメンはまな板の上の鯉と化していた。
たかしは空いている右手に課金無双ライフルを呼び出し、叫んだ。
「セットアップ! 孤独死バスター!」
たかしの声に従い、全ての武器が集まって自動で孤独死バスターが組み上げられる。たかしは、ゼロ距離で孤独死バスターを放った。
「孤独死バスター、ファイア!」
「うああああああっ!」
形成されたプラズマ光球がニジヨメンの胴を抉り、吹き飛ばす。ニジヨメンはバラバラになりながらさいたまスーパーアリーナの壁に叩きつけられ、派手に爆発した。たかしの完全勝利だ。全ての怪人は撲滅された。
しかし、喜ぶにはまだ早い。爆散したニジヨメンは煙の中で復活してどんどん大きくなり、ついには数十メートルの巨体でたかしを見下ろす。強制細胞増殖剤は使われていなかったが、どういうことだ。
「あらかじめ強制細胞増殖剤を投与していたようですねェ。効果が持続する時間には限りがあるはずですが、決死の覚悟だったのでしょォ」
「……なら、しゃーねーな」
無事たかしが生き残るという都合のいい展開は消えた。たかしはナマポンから黄色の携帯電話を受け取り、〈無職大将軍〉を呼び出す。
「来てくれ、〈無職大将軍〉!」
周囲が光に包まれ、たかしは別の場所に転送される。たかしの人生の最終ラウンドが始まった。




