35 ニートに退路はない
「黄山、大丈夫か!?」
「ああ……。今のところは見つかってない。おまえこそ、よくここまで逃げられたな」
「タクシーを使ったんだ。……お父さんの財布があったから」
ニュースを見て慌てて連絡してきた赤沢とたかしは、近くのショッピングモールで合流する。たかしと赤沢は帽子とマスクで変装していた。
警察がやってきたのはたかしのところだけではなかった。赤沢も重要参考人としてマークされ、赤沢家にも警察の訪問があった。赤沢は白を切り通して逃げたが、ニュースでたかしが指名手配されたことを知り、駆けつけてくれたのだった。
自分も人のことは言えないが、やはり赤沢のセンスはおかしい。目立たないように変装しているはずなのに、いつものバッグにでかでかと映画館でたかしが買ってやったぬいぐるみをぶらさげている。地味な服に派手なバッグで悪目立ちしていた。
ぬいぐるみをはずせと言ってやるべきなのだろうか。しかし先日、このぬいぐるみで赤沢は子どものように喜んでいた。その顔を思い出すとたかしは何も言えなくなってしまう。結局、スルーしかなかった。
ショッピングモールのフードコートでたかしと赤沢は今後について話し合う。これだけ人がいればばれないと思いたいが、周囲の目線がやたら気になる。高校の卒業アルバムから拾われたたかしの顔写真は、すでにニュースで全国放送されているのだ。
「多分、ここにいたらすぐ見つかる。どっかに逃げないと……!」
たかしは幼児のように爪を噛む。赤沢は提案した。
「電車で東京に逃げよう。県境を越えると警察の捜査が及ばないって。昼やってる刑事ドラマで見たことがある!」
いや、昼は勉強しろよ……。たかしはそう思ったが、東京に出るという案自体は悪くない。指名手配で全国放送されているたかしが県境を越えても警察の捜査網は弛まないだろう。しかし北関東の中途半端な都会より東京の雑踏の方が捜査しにくいのは間違いない。
「そうするか……」
この間空き地に呼び出されたことを鑑みるに、怪人たちはたかしと赤沢に的を絞っているようだ。たかしたちがこの町から逃走すれば、追ってくるだろう。仮にこの町でニート狩りを続けたとしても、殺されるのはニートなので問題ない。
「さっそく駅に行こう!」
赤沢は立ち上がる。赤沢はやる気満々だ。たかしも続いた。
最寄り駅は待ち伏せされている可能性が高いので、たかしと赤沢はタクシーで少し離れた駅に行き、そこから電車に乗る。後をつけられてはいないと思う。どうにかたかしたちは秋葉原に出て、人混みに紛れることができた。これで当面は安心だろう。
何度か訪れたことがある秋葉原で、たかしはようやく一息つけた。落ち着きを取り戻したことで、たかしは冷静になる。赤沢、いらなくね? 赤沢は警察に追われているわけではない。むしろ、たかしと一緒にいることで余計な罪を犯しそうだ。
たかしは赤沢の家族の顔を思い出した。赤沢に家族を裏切らせるわけにはいかない。今なら赤沢は引き返せる。赤沢には帰ってもらった方がいい。
平日ということで、秋葉原でもメインストリートからはずれれば人影はまばらだった。歩きながら、たかしは赤沢と話する。
「なぁ……。おまえ、もう帰れよ。暗くなってきてるし」
時刻は午後六時。あまり遅くなると、赤沢の家族を心配させてしまう。たかしたちの町には電車で一時間程度掛かるので、今帰らないとお子様には遅い時間になる。
たかしの言葉に赤沢は憤慨する。
「何を言っているのだ! これから黄山一人でどうする!?」
「適当にネットカフェにでも泊まるけど」
そして明日にでもナマポンに頼んでムダメシン、ニジヨメンを捜してもらい、決着を着けよう。これから何年も逃亡生活を続けるなんてごめんだ。全ての責任を取って死んだ方がマシである。
しかしそんなことを考えると背筋が寒くなった。死ぬのは怖い。自分の命より大切なものなんてないのだ。泥水をすすってでも生きている方がいいのではないか。
殺人犯はおおむね三人殺していたら死刑という話だ。捕まっても無期懲役ぐらいで許されて、一生塀の中で暮らすだけでいい。何、生活保護と一緒だ。たかしはそう考えてみるが、やっぱり足が震えた。
たかしの気も知らず、赤沢は威勢よく主張する。
「なら私も一緒に泊まる!」
「泊まってどうするんだよ……」
たかしは青白い顔で体の震えを隠しながらため息をつく。この頭空っぽ女は今後の展開について何一つ考えていないらしい。
どうやっても言い逃れできない犯罪者の汚名を着せられたたかしに、逆転無罪の可能性はゼロだ。ナマポンがいつまでもバックアップしてくれるはずがないので、逃げ続けても遠からず警察にたかしは捕まる。赤沢を付き合わせ続けるわけにはいかない。
「どこか外国に逃げるのだ」
胸を張って赤沢は言う。どうやって、どこに? 金も伝手もないたかしに逃げ場などない。どうにか訳ありの日本人が集まるタイ、フィリピンなどの物価が安い国に逃げたとしても、国外に出れば時効のカウントが止まる。たかしは日本に帰った瞬間に逮捕されることになるので、いつまで経っても日本に帰れない。遠い異国に骨を埋める覚悟なんてたかしにはないし、赤沢も耐えられないだろう。
そこを指摘しても赤沢は「何とかなる、何とかする」と言うだけなので、たかしは別の角度から回り込む。
「バカ野郎。逃げたら怪人どもはどうするんだよ」
「あっ……」
何も考えていなかった赤沢はうつむく。チャンスだ。ここで畳みかけて赤沢を家に帰そう。
「とりあえず俺は東京に潜伏するけど、やつらはきっと向こうにいる。おまえは向こうで待機して、やつらに備えてくれ。俺は何か情報が出たら、そっちに向かうから」
この言い方なら、ヒーローであることにこだわっている赤沢はうなずかざるをえないだろう。たかしはそう考えたが、赤沢は首を縦に振らなかった。代わりに赤沢は儚げな微笑みを浮かべ、たかしを見上げる。
「もう、いいのだ。なぜなら、私は──」
赤沢が何かを言いかけたところで、たかしたちは警官に囲まれた。
「ちょっといいですか? 我々はこういう者ですが、そこのあなた、帽子とマスクをとっていただけませんか?」
警官は警察手帖を提示し、たかしに命令する。警官は八人で、たかしの前後左右全てを囲んでいた。たかしも赤沢も、ナマポンに変身を禁じられている。この人数を相手に抵抗は無謀だ。
「……」
たかしは大人しく帽子とマスクをとった。
「黄山たかしさんですね? 我々と一緒に来てもらいます」
たかしの返事を聞こうともせず、警官は手錠を掛けようとたかしに手を伸ばす。とりあえず留置所で一晩を過ごし、怪人を捜しに行くという名目でナマポンに明日脱出させてもらおう。
たかしは大人しく捕まる覚悟を決めるが、空気を読めていない者が一人いた。言うまでもなく赤沢である。赤沢は警官に掴みかかった。
「黄山に触るな!」
「おいバカ、何やってんだ!」
慌ててたかしは赤沢を止めようと動き、警官たちもたかしと赤沢を取り押さえようとする。通行人も足を止め、現場が騒然となったそのとき、パァン! と乾いた音が響いた。
「フゥッ、フウッ、フウッ……!」
その場にいた誰もが、身を固くした。赤沢の荒い息だけが、たかしの耳に響く。
「大丈夫だ。黄山は私が守るから」
呼吸を整えた赤沢が、ニッコリと笑う。
「あっ、ああっ!」
一拍置いて、警官が脇腹から血を噴出させながら倒れた。赤沢は警官の腰から拳銃を奪って、発砲したのだ。
「動くな! 動くと撃つ!」
周囲の警官たちは一斉に銃を抜いてたかしたちに向け、警告する。しかし赤沢は全く引かず銃口を警官たちに向け、ヒステリックに騒ぐ。
「そっちこそ動くな! 私は本気で撃つぞ!」
赤沢の拳銃は銃口がブレブレで、どこに弾が飛ぶかわからない有様だった。警官たちは冷や汗を垂らす。周囲には何事かと集まってきた野次馬や、通行人が残っている。こんなところで撃ち合いをすれば一般人に被害を出しかねない。
「逃げるぞ!」
「あ、ああ……!」
赤沢はたかしの手を引いて駆け出す。たかしは為す術もなくついていった。これで赤沢ももう後戻りできない。




