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30 デート(家庭訪問)

 デートとは、おかしな流れになってしまった。しかしたかしは赤沢の求めに応えることにする。赤沢の将来のために練習だ。たかしは赤沢をショッピングモールに連れて行き、併設の映画館で一緒に映画を観た。


 特に観たい映画はなかった。それでも赤沢と映画を観ることにしたのは、たかしが少しの間でも赤沢と一緒にいたかったから、というのが大きい。怖くて怖くて、一人では死にそうだったのだ。


 たかしと赤沢が見たのは、少女漫画原作の邦画だった。特に意味はない。開演時間が近かったのでそれにしただけである。


 恋愛に偏っているわけではなく、コメディも交えたまあまあ面白い映画だった。グッズを買おうとか、原作を読もうとまでは思わないが、いい暇つぶしになった。たまには映画も悪くない。


 たかしと赤沢は最後にグッズショップに寄る。たかしは何も買うつもりはなかったが、赤沢は熱心にグッズを眺めていた。たかしは赤沢に尋ねてみる。


「何かほしいのがあるのか?」


「うむ……。このぬいぐるみがほしいのだが、お小遣いに余裕がないのだ……」


 棚に陳列されたデフォルメキャラのぬいぐるみを前にして、赤沢はマジックテープ式の財布を片手に思案顔を浮かべる。財布の中に入っているのは、わずか三千円ほどだった。たかしもあまり人のことは言えないが、いろいろな意味で若い女の子が持っていていい財布ではない。


 たかしはあまりに赤沢が哀れに思えたので、申し出た。


「一個くらいなら買ってやるよ」


「えっ……? いや、さすがに黄山にお金を出してもらうのは悪い。今回は諦めることにする」


「遠慮するなよ。一応デートなんだろ」


 安物のぬいぐるみを買って家計が傾くほど、たかしは貧乏ではない。ナマポンから報酬をもらっているからね!


「そ、そういうことなら、これにしよう」


 赤沢は一体のぬいぐるみを手に取る。間が抜けていて三枚目だけど熱血という、脇役のものだった。ラスト直前でちょっとだけ活躍したような気がする。


「どうしてそいつなんだ?」


 完璧超人の主人公とか、クールで二枚目なライバルとか、もっと人気がありそうなのがたくさんいるのに、わざわざ大して画面に映らなかった脇役を選ぶことはないだろう。


 しかし赤沢は嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめながら答える。


「……一番、黄山に似ていたから」


「はぁ? 全然似てないと思うけどなあ」


 たかしは首を傾げるが、赤沢は自説を曲げない。


「いや、黄山にそっくりだ。私にはそう見える」


「まぁ、おまえがいいならいいんだけどさ……」


 たかしはぬいぐるみをレジに持っていって会計を済ませ、赤沢に改めてプレゼントする。赤沢は輝いているような笑顔で、ぬいぐるみを受け取った。


「……ありがとう。一生大事にする!」


「おまえは大袈裟だなあ」


 たかしはぽりぽりと頭を掻く。そこまで喜ばれると照れてしまう。子どものようにはしゃぐ赤沢が、やけにかわいく見えた。まぁ、その後夕食に連れて行ったレストランで韓国がどうのという話ばかりしてたかしを辟易させたのだが。普通にしていれば美人でかわいいのに、本当にもったいない。




 すっかり遅くなってしまった。たかしは歩きで赤沢を家まで送る。まだ病院に自転車は置きっぱなしだ。明日こそ取りに行かなくては。


 赤沢の家は閑静な住宅街の一角にあった。最近分譲され始めた、金持ちばかりが集まっている地区である。四浪して許されるくらいだし、赤沢の家も実は金持ちなのかもしれない。


「黄山、今日はありがとう。楽しかった。また明日」


「ああ、またな」


 たかしが玄関先で赤沢と別れようとすると、いきなりドアが開いた。


「ソラ!」


「ソラちゃん!」


 飛び出してきたのは赤沢の両親だった。赤沢の名前はソラというらしい。初めて知った。


「やっと帰ってきた! 心配してたんだぞ!」


「そうよ、ソラちゃん! 帰りの時間くらい、連絡してよ!」


 赤沢の両親は口々に赤沢を咎める。赤沢の両親は外出して帰ってきたばかり、という服装だ。多分仕事から帰ってきて着替えもせずに赤沢を心配していたのだろう。


 たかしの前で、ばつが悪そうに赤沢は謝った。


「ご、ごめんなさい、お父さん、お母さん……。つい話が盛り上がってしまったのだ」


 そうだっけ? いつものように赤沢が一人で延々とキムチの話をしていただけだったような……。うん、まぁ、映画の話は面白かったけど。


「そういうことなら仕方がないが、母さんの言う通り連絡はちゃんとするんだぞ?」


 仕方がないのかよ。甘々だなぁ……。


 たかしがぼんやりしていると、赤沢父はたかしの方に目をやる。


「ところで君は……?」


「あ、いや、俺はここまで送ってきただけで……。もう、帰ります」


 たかしは全力で回れ右するが、赤沢父はたかしを引き留めた。


「遅くにわざわざ送ってくれたんだ。少し上がっていきなさい」




 たかしは辞去しようとしたが、赤沢父に加えて赤沢母、赤沢本人まで「少し寄ってけ」と言い出したので断るに断れず、赤沢家にお邪魔することになった。たかしは客間に通される。高そうな絵やら壺やらが飾ってある、豪華な部屋だった。ソファはふかふかで、気持ちよすぎて逆に尻がむずむずする。やはり赤沢家はかなりのお金持ちらしい。


 客間にいるのはたかしと赤沢父だけである。赤沢と赤沢母はお茶をいれると言って早々に出て行ってしまった。超気まずい。


「え~っと……黄山君はうちのソラと、どういった関係なのかな?」


 赤沢父が切り出してくる。たかしは顔を引きつらせながら答えた。


「え~っと、ちょっとした知り合いというか……」


 たかしはとっさに吉田先生を訪ねてきた赤沢と知り合ったというストーリーをでっちあげる。俺たちはニート戦隊に選ばれ、もうすぐ死ぬかもしれませんなんて、口が裂けても言えない。


「うちのソラが君の先生にねぇ……。そうか、ずっと引っ込み思案だと思っていたけれど、成長しているんだね……。君とも普通に話せているようだし」


 いやあ、全然成長してないんですけどね。たかし以外とはほとんど会話してないから。


 振り返ってみれば、たかしたちニート戦隊以外と赤沢が喋った場面を、たかしはほとんど覚えていない。別に責める気はないが、青松の会社や市役所で、赤沢はたかしの隣に座っていただけだった。たかしたちとはまともに話せているが、多分たかしたちを見下していたので話しやすかったのだろう。


「心配していたんだよ。ここ何年か、ずっと元気がなかったから。でも最近、ソラに元気が戻ってきた。ようやくわかったよ。君に出会ったから。そうだね?」


「はぁ……。どうでしょうか……」


 見当違いもいいところだったが、ニコニコと微笑んでいる赤沢父を見ていると、はっきり否定する気にはなれない。よほど娘のことが心配だったのだろう。


「黄山君、これからも娘と仲良くしてやってほしい」


 そう言って赤沢父は頭を下げる。おいおい、俺にどうしろっていうんだよ。もうすぐ死ぬかもしれないのに。


 そこにトレイに紅茶のセットを乗せた赤沢が入室してくる。


「お父さん、黄山とどんな話をしていたのだ?」


 赤沢父はスッと頭を上げて言う。


「男同士の話だよ」


 そ、そうだったのか……。今さらながら、凄まじいプレッシャーを感じる。


 たかしがぎこちない笑みを浮かべながら紅茶をすすっていると、また玄関が開いた。


「ただいま~! あれ、誰か来てるの?」


 赤沢が髪を染めて百倍派手になったような女性が、ひょっこりと顔を出して客間を覗いた。赤沢の姉らしい。たかしは軽く頭を下げる。


「ど、どうも……」


「ソラの『友人』の黄山君だ。ナギサも挨拶しておきなさい」


 赤沢父はにこやかにたかしを赤沢姉に紹介。赤沢姉は目を輝かせてたかしの顔を覗き込む。


「えぇ~! ソラちゃんの彼氏!? ソラちゃん、やるじゃない!」


「お姉ちゃん、き、黄山はそういうのではなくて、何というか……私の同志なのだ!」


 赤沢は顔を真っ赤にしてそう主張し、赤沢母や姉は盛り上がる。どこにでもある幸せな家庭が、そこにはあった。


 たかしは未だ、母や妹と連絡が取れない。たかしは別の世界の出来事のように、その様子を眺めた。

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