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28 人生の意味

 先生との雑談を終え、研究室から出る。やることがなくなってしまった。この後、何をすればいいのだろう。


 遺書でも書いておこうか。でも、書きたいことがない。書きかけのラノベを完成させようか。でも、書き上げたところで意味がない。思い切ってパーッと遊べばいいのか。でも、何をすればいいのかわからない。


 自分でも驚くほどに、何もなかった。空っぽだった。だからきっと、ニート戦隊に選ばれたのだろう。


「ヒーローは本当に辛いぜ……」


 ごまかしの言葉さえ頭に入らない。やたらと喉が渇く。心臓がバクバクと不穏に鼓動して、虚しい自己陶酔にさえ浸ることができない。何もないことを受け入れるなんて、できるはずがない。


 本当にどうすればいいんだ。たかしが建物の入り口で呆けていると、赤沢が現れた。


「黄山!」


「うん? どうしたんだ、こんなところで」


 赤沢の顔を見てたかしは少し落ち着きを取り戻す。こいつの顔で気持ちが落ち着くなんて、世も末だ。いったい何の用だろう。


「その……昨日は済まなかった。いきなり泣いたりして……」


 赤沢はしゅんとうなだれる。努めて笑顔を作り、たかしは言った。


「こんな状況なんだ。少しくらい泣いたって誰も責めねえよ。顔を上げろ」


「本当に済まない……」


 そう言いながら赤沢はゆっくりと顔を上げた。


「メシ食ってから、次の戦いに向けて作戦会議でもすっか」


 たかしは提案する。何かやっていないとプレッシャーで死んでしまいそうなので、ちょうどいいだろう。少し早めの昼食をとり、作戦会議をやろう。残された敵は二体なので作戦も何もないが、少しは気が紛れそうだ。


「うむ……そうしよう」


 赤沢も同意し、学食へと向かうことにする。暇な大学生でごった返している中庭を歩いていると、突然声を掛けられた。


「あれ? ひょっとして赤沢?」


 たかしと赤沢は立ち止まり、声の主の方を見る。たかしの知らない女の子がいた。女の子は赤沢を見てはしゃぐ。金髪でクルクルにカールを巻いた、何というか頭の悪そうな女の子だ。とても赤沢の知り合いに見えない。


「やっぱり赤沢じゃ~ん! 同じ大学だったんだ! 知らなかった! っていうか、赤沢ってそんなに成績よかったっけ?」


「いや、私は……」


 赤沢は否定しようとするが、女の子は全く聞く気がない。一方的に喋り続ける。


「すっごい心配してたんだよ! 赤沢、二年の途中から一時期、学校来なくなってたじゃ~ん! ひょっとして、私たちのせいだったのかな~なんて! なんだかぁ、私たちがクラスでハブにしたみたいになってたし~!」


 赤沢もたかしも、もはや女の子を好きに喋らせるしかない。


「ていうか、赤沢、眼鏡やめたんだ~! あの牛乳瓶の底みたいなやつ、全然ダサかったから、今の方がいいと思うよ! うん、ちょっと綺麗になったんじゃない!?」


 そう言って女の子はパシャリとスマホで赤沢の写真を撮る。


「後でフェイスブックにあげとかなきゃ! じゃ、またね~!」


 ひとしきり、言いたいことを言った後、女の子は去っていった。呆然と立ち尽くすたかしと赤沢だけがその場に残された。




 たかしは気を取り直して、管理棟にある食堂へと赤沢を案内する。学生用の食堂よりちょっといいものを出すため値段設定が少し高く、ほぼ職員しか使わない食堂だ。昼休みの時間以外は極端に空いているため、落ち着いて食事をするのには最適だった。


 たかしはカツ丼定食、赤沢はエビフライ定食を注文する。すぐに料理が来て、二人は食事を始めた。


 もそもそとエビフライを食べながら、赤沢はポツリポツリと話し始める。


「私は……高校のとき、不登校だった。その……いじめられていたのだ。さっきの、嶋田たちに」


 さっきの女の子は、嶋田というらしい。いじめとは、穏やかではない話だ。


「別に、暴力をふるわれたわけではない。ただ、仲間はずれにされて、聞こえるように悪口を言われ続けただけだ。……修学旅行では、班別行動の時間に遊園地で置き去りにされた」


 よくあるいじめのパターンである。それだけやられれば、精神的に参ってしまうのも無理はない。


「私は、みんなを見返したかった。私は、ネクラでバカでブスでないのだ。やればできる人間なのだ。そう思って、必死で勉強して大検に受かって……。そして、東大に合格する予定だった」


 現実は非情である。一浪しても、二浪しても、東大には届かなかった。三浪目になって、いくら勉強しても成績が落ちるようになった。それでも諦めきれず、現在は四浪目。同級生は、大学を卒業しようとしている。


「最初に会ったときに口汚く皆を罵ったが、自分があの中で一番下だった。私は一番になりたかった。でも、私は自分より下と思えるものを捜しているだけだったのだ……」


 赤沢はお冷やをすすりながら沈んでいく。たかしは苦笑いを浮かべた。


「俺だって大して変わらねえよ。おまえらに初めて会った時、勝った、って思ったからな。学校にだって全然行ってないしな……」


「私は怖い……。私はこのまま、何者にもなれないまま、消えてしまう……。そのことが、一番怖い……。私が生きていることには意味があると、信じたい……。私の人生には意味があるのだと、そう信じたい……」


 言わんとすることはわかる。このまま行っても、ろくな人生を歩めない。表舞台に立つ事なんてまずできないし、裏方としても大したことはできないだろう。いてもいなくても同じというポジションでこれから数十年生きなければならないかと思うと、気が狂いそうに感じる。


「でも、それでも、死んだら終わりだ……」


 たかしはそう言うしかない。白鳥や青松は、ヒーローとしてかっこよく死んだのだろうか。そうではなかったとたかしは思う。みっともなくても、恥しかなくても、死んだら終わりだ。先生も、受け入れて生きろと言っていた。


「俺たちは、ヒーローじゃないんだよ……。ヒーローじゃない生き方しかできないんだよ……」


 たかしは自分に言い聞かせるように言う。何の役割もないし、何も果たせない。生にしがみついて、生きるために生きる。生まれてきた意味なんて、ない。人生に意味なんて、ない。

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